夫は靴を外へ向けて並べた
夫は毎晩、玄関で靴を外へ向けて並べ直しました。几帳面な小言だと思い、私は十年も腹を立てていたのです。隣の棟が燃えた冬の夜、その手つきの意味をようやく知りました。…
夫は毎晩、玄関で靴を外へ向けて並べ直しました。几帳面な小言だと思い、私は十年も腹を立てていたのです。隣の棟が燃えた冬の夜、その手つきの意味をようやく知りました。…
結婚してから五十年、私は夫の隠しごとを恨み続けました。毎年八月十四日だけ、あの人は何も言わずに家からいなくなるのです。継ぎ当てだらけの萌黄色の蚊帳と、桶屋の指に…
寒天づくりの町に嫁いだ私は、四十年ものあいだ夫に小さな嘘をついていました。夫が毎冬とっておいた割れ寒天の行き先を、廃業を決めた最後の冬に、思いがけない訪問者から…
昭和三十四年の奥能登。電気の来ない集落の分校で、十九歳のわたしは毎晩ランプの火屋を磨いていた。ようやく電線が届いた夜、村中に灯りがともるのに、分校だけが暗いまま…
子どもは望めないと告げられた日、私は好きだからこそ、彼に別れを切り出した。けれど彼は、裏の畑に植えた二本の若木の根元に、生まれるはずだった子の名を彫った名札を、…
昭和の城下町の貸衣装店を舞台にした泣ける話。先に逝った父の黒紋付を、息子の祝言のために仕立て直してほしい——そう持ち込まれた一枚の紋付の裏地から、二十年眠ってい…
嫁にもらってもらった負い目を抱えて、四十年。夫と二人、城下町の小さな和菓子屋を守ってきた。店を畳む日、桔梗の菓子木型の奥から出てきた一冊の帳面が、負い目だと思っ…
兵隊になれなかった夫は、戦時中の豆腐屋を私と二人で営みながら、町の人に蔑まれても、夜ごと腹を空かせた子らに、欠けた椀で一杯の豆腐をよそい続けた。それから数十年、…
昭和四十年代の織物の町。心の臓が弱い藍染職人の夫は、息子の節目のために十二反の藍布を染め残してこの世を離れた。染め帳に残る藍色の指の跡、夕立の出会いから続いた夫…
昭和三十三年の秋、一夜の野分が稔りの田を流した。荒れる私に、妻はただ黙って耐えていた。妻の優しさに私が気づいたのは、亡き母の形見の鼈甲の櫛を手放してまで田を守ろ…
新聞配達25年、誰にも見られない仕事だと思っていた。亡き妻が毎朝海岸で原付の音を聴き、一日一個の貝殻を拾い続けていたことを、漬物樽の中に残された四千の貝殻と犬へ…
妻を喪って三年。納戸から取り出した漁師着のほつれが、消えていた。誰が繕ったのか──桐の裁縫箱の二重底に眠っていた、五十年前の手紙が真実を告げる。夫婦の絆と隣人の…
妻が逝って一ヶ月。針箱の小さな抽斗から、見覚えのない空色の手帳が出てきた。そこに綴られていたのは、夫の私が何ひとつ気づけなかった、強かった妻の最後の半年だった。…
船大工の俺は、亡き父の道具箱から「とみ」と妻の名が彫られた古い鑿を見つけた。三十五年連れ添った妻と、亡き父が静かに残した感謝の物語。号泣必至の感動短編。…
夫が死んで三年。和菓子屋を一人で守り続けてきた私が、ある朝ずっと使えずにいた夫の茶碗を手に取ると、底に小さな文字が刻まれていた。…