タカさんの真鍮の笛

オムライス

引き出しの底にしまい込んだ、ひと目で古いと分かる小さな真鍮の笛がある。

磨いても磨ききれない緑青が、丸っこい胴体の継ぎ目にうっすらと残っている。

もう三十年も前のことなのに、口に当てるとほんのり潮の匂いがする気がして、俺はいまだに、これを引き出しの一番奥にしまい込んでいる。

俺が小学二年生のころ、母さんは夜勤の看護師だった。

父は俺が三つの時に出ていったきり、ただの一度も連絡を寄越さない人で、俺と母さんは、函館の元町の古い坂道のいちばん下にある六畳一間の借家に住んでいた。

夜勤に出る前、母さんはいつも炊いたばかりのご飯を握って、保温瓶に味噌汁を詰めて、最後に小さく折った千円札を二つ折りの財布に入れて、俺に持たせた。

「足りなかったら、みなと食堂のおばあちゃんとこ行きなさい」

母さんがそう言って俺の頭を撫でて夜の坂を下りていくと、八歳の俺はもう、どうにも自分の足音が大きく聞こえる夜が怖くて怖くて、結局はほとんど毎晩、握り飯を抱えたまま坂を一本登って、みなと食堂の暖簾をくぐっていた。

みなと食堂のタカさんは、当時で七十をいくつか越えていたと思う。

背筋がしゃんとした、白髪を引っ詰めにした老女で、しわの寄った頬の真ん中にいつも一粒の小さなホクロがあった。

店は二人客でいっぱいになるような小さな洋食屋で、煤けた壁にエビフライと豚汁とオムライスの貼り紙だけが何年も剥がれずに残っていた。

タカさんは、俺が店に入って隅の二人席にちょこんと腰掛けても、いらっしゃい、とも、また来たね、とも言わない人だった。

ただ、こちらに背を向けたまま、慣れた手つきで卵を割って、油の温度をたしかめて、五分もしないうちに、半熟の黄色い座布団に小さなケチャップの旗を一本立てたオムライスを、俺の前にことりと置いてくれた。

旗は、爪楊枝の先に切ったケチャップ袋の切れ端を巻きつけた、ただそれだけのものだった。

けれど、八歳の俺には、その小さな旗が、世界のどこにもない特別な目印に見えた。

タカさんはいつも、白い割烹着の襟元に、子供の小指ほどの真鍮の笛を細い革紐で吊るしていた。

料理を運ぶたびに、その笛が、ことり、ことり、と胸元で鳴った。

夏も終わりに近い、雨の続いた週のことだった。

その日、俺は学校の渡り廊下で、同じクラスの三人組に上履きを取り上げられた。

父親がいないことを理由に、ひどい言葉で囃し立てられた。

たいしたことのない言葉だったはずなのに、八歳の俺にはどうしても受け流す術がなく、その夜、いつもの坂を登る足どりがどうにも重たかった。

みなと食堂の引き戸を開けたとき、俺は自分でも気づかぬうちに、ぽろぽろと泣いていたらしい。

カウンターの中のタカさんが、初めて、ほんのわずか、こちらを振り向いた。

けれど、何があったの、ともどうしたの、とも、聞かない。

ただ黙って、いつものオムライスをこしらえて、ケチャップの旗を立てて、俺の前に置いた。

俺はうつむいたまま、声を殺して、しゃくり上げながら少しずつ匙を動かした。

店の小さなラジオから、雑音まじりの古い歌謡曲が流れていた。

食べ終わったあと、タカさんは初めて俺の前の椅子に腰掛けた。

そして、白い割烹着の襟元から、あの真鍮の小さな笛をはずした。

「これね、うちの旦那さんがね、船乗りだった頃にいつも首から下げていた笛なの」

タカさんはそう言って、自分でひとつ、ぴいっ、と短く吹いた。

頼りない、けれど、店中の空気が一瞬だけ揺れたような、不思議な高い音だった。

「うちの人はね、嵐の海で、舵が利かなくなって、もう駄目かと思った晩に、これを吹いてたんだって」

「自分のためにじゃないよ。一緒にいた若い船員が泣いてたから、その子のために吹いてやったんだって。そしたら、なぜか自分も怖くなくなったって、よく言ってた」

タカさんは笛を俺の小さな手のひらにそっと載せた。

「だからね、お兄ちゃん。怖い時はね、これをそっと吹いてごらん。自分のためじゃなくて、自分のとなりにいる、もっと小さくて、もっと泣きそうな誰かのために吹いてごらん。きっとね、その子が、お兄ちゃんを守ってくれるから」

俺は、その夜、笛を握りしめて坂を下りた。

家に着くまでの間、何度も指の関節で笛の冷たさをたしかめた。

翌朝から、俺はその笛を制服の内ポケットにしのばせて学校に行くようになった。

渡り廊下を渡る時、一年下の小さな子が転んで泣いていると、それまでだったら見て見ぬふりをしていたところを、なぜだか足が止まって、駆け寄って、ハンカチを差し出すようになった。

そうしているうちに、いつの間にか、上履きを取られることもなくなっていた。

歳月は、坂道のように静かに過ぎた。

俺は中学に上がり、高校に上がり、北海道を出て本州の大学に通うようになった。

真鍮の笛は、いつしか机の引き出しの一番奥に押し込まれて、思い出すこともなくなった。

大学三年の冬、母さんから珍しく電話があった。

みなと食堂のタカさんが、市民病院に入院しているという話だった。

俺は、その夜のうちに夜行バスを取って函館に戻った。

引き出しから、忘れていた真鍮の笛を取り出して、コートの胸ポケットに入れた。

病室に入ると、タカさんは、すっかり小さくなって、けれど背筋だけはやはりしゃんと伸ばして、ベッドに座っていた。

俺の顔を見ると、ふにゃりと笑った。

「あら、坂下のお兄ちゃん」

三十をいくつか越えた俺のことを、タカさんは八歳の俺のままで呼んだ。

取りとめのない話を少しした後、タカさんは枯れ枝のような指で、自分の枕元のあたりを撫でた。

「あの笛ね、まだ持ってるかしら」

俺は黙って胸ポケットから笛を取り出し、タカさんの枕の横にそっと置いた。

タカさんは、しばらくその笛を見つめてから、ふっと息を吹きかけるように言った。

「吹いてごらん。あの夜のとおり、誰かのために」

俺は、唇を笛に当てた。

窓の外の冬の海を思い浮かべて、ゆっくりと、長く、息を送った。

頼りなくて、しんと細い、けれど、確かに耳に届く音が、消毒液の匂いのする病室を、ほんの一瞬、潮の風で満たした。

タカさんは、目を閉じたまま、子供みたいに小さく頷いていた。

タカさんは、それから一週間ほどで、眠るように逝った。

葬儀は、坂の途中の小さな寺で、こぢんまりと営まれた。

俺は喪服のポケットにあの笛を入れたまま、最後尾の椅子に座っていた。

焼香を済ませてふらりと境内に出ると、見たことのない初老の男性が、煙草の煙の向こうから声をかけてきた。

分厚い黒のコートに、海風で焼けた赤銅色の頬。

「あんた、坂下のお兄ちゃんかい」

男はそう言ってから、自分の名前を名乗った。

タカさんの旦那さんと同じ船に乗っていた、機関員だったという。

「この前、タカさんが入院してから、何度か顔を出してたんだよ。あんたの話、よくしてた」

俺は、なんと答えていいか分からず、黙ってポケットの中の笛を握りしめていた。

男はそれに気づいたのか、ふと、自分の太いコートの胸元から、まったく同じ大きさの真鍮の笛をそっと取り出した。

形も、緑青の浮き具合も、革紐の擦れ具合まで、俺の笛とほとんど変わらない。

「俺もね、子供のころにタカさんからこれをもらったんだ」

「タカさんはね、自分の子をね、若い時に病気で亡くしてるんだ。それからずっと、店に来る、寂しそうな子供にこれを渡してた。函館の港の倉庫にね、旦那さんの形見の笛が、一袋分、まるまる残ってたから」

俺は、思わず男の顔を見上げた。

「全部で何人かは、誰も数えてない。けど、あんたみたいなのが、北海道のあちこちに、たぶん、何十人もいるよ」

男はそう言って、ふっと笑った。

俺は、自分だけの特別な笛だと、ずっと信じていた。

世界にひとつしかない、自分のためだけの守り神だと、思っていた。

けれど、本当は、たくさんの寂しい夜を抱えた子供たちの胸ポケットの中で、おなじ音で鳴り続けてきた笛だった。

そう知った瞬間、俺は不思議と、悲しくはならなかった。

かわりに、自分の中で、長い間ほどけなかった結び目が、ほどけた気がした。

いま、俺は、北海道の片田舎にある小さな中学校の養護教諭をしている。

保健室の机の引き出しには、真鍮の小さな笛がいつも入れてある。

たまに、上履きを片方だけ抱えて、肩を震わせて駆け込んでくる子がいる。

そんな時、俺はその子の前にそっと座って、何も聞かずに、温かい麦茶を一杯出すことにしている。

そして、その子の涙が少し止まったころ、引き出しから笛を取り出して、ぴいっ、と短く吹いてみせる。

「これね、昔、俺が一番怖かった夜に、ある人がくれたんだ」

「自分のためじゃなくて、もっと小さい誰かのために吹くんだよ」

そう言って、子供の小さな手のひらに、笛を載せる。

たぶん、あと何十年かしたら、北海道のどこかで、また誰かの胸ポケットの中で、この音が鳴り続けるのだろう。

その日まで、俺は、坂下の八歳のままで、この小さな笛を磨き続けるつもりでいる。

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