白いテープの傘を探す男
毎月第一木曜、駅の窓口へ白いテープの傘を探しに来る男がいた。届出書の文字は二十五年、一字も変わらない。保管庫の青い傘立ての奥で見つけたものと、前任者の引き継ぎノ…
毎月第一木曜、駅の窓口へ白いテープの傘を探しに来る男がいた。届出書の文字は二十五年、一字も変わらない。保管庫の青い傘立ての奥で見つけたものと、前任者の引き継ぎノ…
駅前のコインランドリーで、父は七番の壊れた乾燥機だけを直さなかった。夜ごと百円玉が戻ってくる音の裏には、月末の菓子缶と、色の褪せた貼り紙と、私が長いあいだ見落と…
病院の売店で、毎週いちご牛乳とストロー二本を頼む八歳の男の子。曲がったストローを作る小さな手を見て、私は彼の母親を疑っていた。その理由を知ったのは、雨で品切れに…
学童の閉め作業のたび、三年生の颯くんはブラインドの羽根を一枚だけ開けて帰っていった。私は規則どおり、毎晩それを閉め直していた。理由を知ったのは、寒い冬の朝、まだ…
木曜になると、棚の遺失物の傘だけが数本消えていく。几帳面な駅員は、雨の改札の庇の下で元助役の老人を問いただした。盗みではなかった。けれど棚の奥の小さな青い傘だけ…
二杯目はいらない、と言いながら、私は毎月、父が取ってくる二杯目のメロンソーダを半分も飲まなかった。残りを飲み干す父が恥ずかしくて、会うのをやめた。十四年後、結婚…
毎年十一月、祖母から十一個の梨が届いた。毎年、箱の新聞紙を丸めて捨てながら、出来損ないの木の梨だと思っていた。俺の梨の木は、生まれた年に裂けた「半分の木」だと、…
園バスの運転手が対向の白い冷凍車へ返してきた二回のパッシング。年中の湊くんは朝に「ただいま」、夕方に「いってきます」と言う。言い間違いだと思っていた私は、ライト…
夜勤の夫と入れ違いに暮らして七年。帰宅した私を待つのは、いつも四十一度の湯と、橙色に点いた保温ボタンの小さな灯だった。ところが台風で早く帰った夜、浴槽は空っぽで…
大学の食堂で、私の前に置かれる茶碗だけがいつも重かった。底の厚い茶碗は7つしかなく、みんなが避けた外れくじなのだと思っていた。3年間そう思い込んだまま、私は一度…
訪問理容師のわたしが十年通った丘の団地の一室。桐生さんの注文はいつも耳の上二分だけで、部屋には鏡がなかった。切り終えるたび指でカレンダーを押す仕草の意味を、わた…
十七の冬、厳しい父と衝突し家を捨てた俺は、雪の北の港町で行き場を失った。飯にありつけず座り込む俺に声をかけたのは、腰に藍色の手ぬぐいをさげた老いた船頭だった。名…
銭湯「松ノ湯」の番台で、俺は路地の奥から通ってくる椿油の少年を、ずっと睨み続けていた。先代の遺した古い帳面、母の匂いが残る小さな硝子の瓶、そして返しそびれた一本…
心に灯る感動の泣ける話。行くあてをなくした娘を拾ったのは、霧深い湖の老いた渡し守だった。夜明けごとに舟提灯を灯し、湖をわたり続けた爺さま。その灯りがある限り、人…
祖父が施設に入った春、家を片付けに行った私は止まった懐中時計と古い駐在日誌を見つけた。三歳の春、雨の山道で私を救った三十七分間。沈黙の人が四十年抱き続けた感動の…