父が隠した首輪

秋の田舎道と夕暮れ

父の遺品を整理していて、私はその抽斗だけを、最後まで開けられずにいた。

仏間の隅に据えられた白木の文机の、いちばん下の段である。鍵などないのに、把手に指をかけるたび、胸の奥でなにかが静かに押し返してきた。

意を決して引くと、防虫剤の匂いに混じって、古い革の、雨に濡れた獣を思わせる匂いが、ふと立ちのぼった。

抽斗の底に、赤い首輪が一本、輪のかたちを保ったまま横たわっていた。

シロが我が家へ来たのは、私が八つになった春のことだった。

父が勤めからの帰り道、紙箱に入れて捨てられていたのを、拾ってきたのである。

掌に乗るほどの、薄汚れた、けれど目だけは澄んだ白い仔犬だった。

母は眉を寄せたが、父は珍しく頑として譲らなかった。

「縁があって来たものを、追い返す家がどこにある」と、低い声で、ただ一度だけ言った。

それが、無口な父の生涯で、もっとも雄弁な決断だったように、今では思える。

シロは、よく私になついた。

私はひとりっ子で、勤めに出ずっぱりの父とも、内職に追われる母とも、ろくに言葉を交わさぬ子どもだった。

そんな私にとって、シロの体温だけが、家のなかで唯一、たしかに私を必要としてくれるもののように感じられた。

学校へ出る朝、シロは必ず門の柱のそばに座り、私の背が角を曲がって見えなくなるまで、身じろぎもせずに見送った。

夕、私が同じ角に姿を現すと、白い尾が地を払うように、激しく揺れた。

待つ、ということの意味を、私はあの犬から教わったのだと思う。

雨の日も、雪の降る日も、シロは門の前の決まった場所から、けっして動かなかった。

その一点だけ、夏になっても土がへこんで、雑草の生えぬ小さな窪みになっていた。

父もまた、口にこそ出さなかったが、シロを疎んではいなかった。

夜更けに私が厠へ起きると、縁側で煙草をくゆらせる父の足もとに、いつもシロが寄り添っているのを、私は幾度も見ている。

言葉を持たぬ者どうしが、月明かりの下で、ただ静かに同じ闇を見ていた。

夏の宵、私はよくシロの腹に頭をあずけて、縁側に寝ころんだ。

規則正しい鼓動が後頭部に伝わり、遠くで鳴る風鈴の音と溶け合って、私はそのまま幾度も眠ってしまった。

目を覚ますといつも、父の半纏が一枚、私の肩に掛けられていた。

私はそれを、ただ夜露が寒いからだろうと、深くも考えずにいた。

家の暮らしが傾いたのは、私が中学へ上がる前の冬だった。

父の勤めていた小さな鉄工所がたたまれ、父は遠い町の社宅へ移ることを決めた。

鉄筋の、四階建ての団地である。

「犬は、飼えん」と、父は夕餉の箸を置いて言った。

規則だ、と。たった、それだけの言葉だった。

私は茶碗を置いて、父を睨んだ。

シロをどうするのかと詰め寄る私に、父は、田舎の伯父の農家へ預けることになった、とだけ答えた。

広い土地で、鶏もいる、シロには却ってよかろう、と。

その理屈の正しさが、かえって私には憎らしかった。

母は黙って俯き、味噌汁の椀から立つ湯気だけが、灯りのなかで頼りなく揺れていた。

私はその晩、シロを抱いて床に入り、痩せた背の毛を、夜どおし指で梳いていた。

思えば、あの犬との別れこそが、私と父のあいだに長く横たわる、沈黙のはじまりだった。

引き渡しの朝のことを、私は今もたやすく思い描ける。

父は軽トラックの荷台に古い毛布を敷き、その上にシロを乗せた。

シロは事情を解さぬまま、いつものように、無心に尾を振っていた。

私は、見送りには出なかった。

二階の窓硝子の向こう、遠ざかる荷台の上で、白い影が私の方をいつまでも振り返っているのを、ただ見ていた。

振り返るな、と心の中で叫んだ。振り返られると、自分の決心が崩れてしまう気がした。

それきり、シロは私の前から消えた。

団地の暮らしのなかで、私は努めて、あの犬のことを考えまいとした。

窓の外に犬の鳴き声を聞くたび、私は本のなかへ目を伏せ、聞こえぬふりを覚えた。

団地の狭い部屋には、もう、私の頭をあずける温かな腹も、夜ごと肩に掛けられる半纏もなかった。

父は前にも増して無口になり、休みの日には朝から出かけ、夕暮れに疲れた顔で帰ってきた。

内職の口を増やしにいっているのだと、母は言った。私もそう信じて、疑いもしなかった。

数年が経ち、父がぽつりと、シロは向こうで安らかに天へ還ったと告げたとき、私は「そう」とだけ答えた。

涙は、出なかった。出すまいと、固く決めていた。

父が、私から犬を取り上げた人なのだという思いは、年を経るごとに、私の裡で冷たい石のように凝っていった。

やがて私は町を出て、所帯を持ち、父とは盆暮れに短い言葉を交わすだけの間柄になった。

父の不器用さも、その底の知れぬ沈黙も、私には最後まで馴染まなかった。

孫の顔を見せにいっても、父は縁側で茶をすすり、ただ庭の一点を眺めているばかりだった。

今になって思えば、その視線の先には、いつも、いるはずのない白い犬の影があったのかもしれない。

そして先頃、父は長い患いの果てに、ひとり静かに、この世を去った。

葬儀を終え、誰もいなくなった生家で、私はようやく、あの抽斗を開けたのだった。

赤い首輪を、私は震える指でつまみ上げた。

革は手脂を吸って飴色に光り、留め金は薄く錆びていた。

まぎれもなく、シロのものだった。

伯父に預けたはずの犬の首輪が、なぜ父の手元にあるのか、はじめは、まるで解せなかった。

私は首輪を灯りにかざし、しばらくのあいだ、ただ呆然と、その赤い色を見つめていた。

首輪の下に、薄い紙の束が、錆びた目玉クリップで留めてあった。

古いバスの乗車券の、半券であった。

同じ路線の、同じ停留所までの半券が、几帳面に、日付の順へ重ねられている。

いちばん古いものは、私たちが団地へ移った、あの年の春の日付。

いちばん新しいものは、それから七年ののちの、ある秋の日付であった。

そのすべてが、日曜だった。

半券はどれも端がやわらかく毛羽立ち、何度も指で繰られた跡があった。

父はおそらく、夜ごとこれを取り出しては、行けなかった日を悔い、行けた日を数えていたのだろう。

私は、その停留所の名に見覚えがあった。伯父の村の、ひとつ手前の停留所である。

父は、毎週の日曜ごとに、あの犬に会いに通っていたのだ。

七年のあいだ、ただの一度も欠かさずに。

私には、ひと言も告げぬまま。

鉄工所を失い、わずかな給金で家族を養いながら、父はそのなかから、日曜のバス代だけは、けっして崩さなかったのだ。

母にも、私にも、それを誇ることを、ついぞしなかった。

半券の一枚一枚に、父のあの大きな背中が、揺れるバスの窓に映っているような気がした。

片道一時間、父は何を思いながら、あの田舎道を歩いたのだろう。

終点のひとつ手前で降り、畦道を歩く父の姿が、ありありと目に浮かんだ。

垣根の向こうから、年老いた白い犬が、よろめく足で駆けてくる。

父はしゃがみ、節くれだった手で、その頭をいつまでも撫でてやったにちがいない。

言葉はいらなかったろう。あの縁側の夜と、同じように。

そして日が傾けば、父はまた背を向け、振り返るシロを残して、最後のバスに乗ったのだ。

見送られる側の苦しさを、父はあの七年間、たったひとりで、私に代わって引き受けていた。

私はもう一度首輪を手に取り、小さな金属の名札を、指の腹でそっと撫でた。

表には、子どもだった私が釘で懸命に刻んだ、たどたどしい「シロ」の二文字。

その名札を、私は静かに、裏返した。

名札の裏には、父の不器用な彫りで、ある日付と、ただ「ありがとう」とだけ残されていた。

その日付は、最後の半券の、あの秋の日曜と、同じ日であった。

父は、あの最後の日曜、シロの旅立ちに、たしかに立ち会っていたのだ。

私の知らぬ村の片隅で、老いて白くなった犬の頭を、撫でてやりながら。

そうして、息子の胸から憎しみが消えてしまわぬようにと、その優しさのいっさいを、抽斗の闇のなかへ仕舞い込んだまま、父もまた逝ったのだった。

私は首輪を握りしめ、誰もいない仏間で、声をあげて泣いた。

八つの春に父が拾ってきた、掌のなかの白い温みが、四十年の時を越えて、今ごろになって、私の胸をいっぱいに満たしていた。

門の前の、あの小さな窪みで、シロが待っていたのは、私だけではなかったのだ。

日曜ごとに、片道一時間の道のりを、息を切らして降りてくる、無口なひとりの男をもまた、あの犬は待っていた。

あの朝、二階の窓から私が背けた顔を、父はきっと、荷台の上で見ていた。

見ていて、なお、なにも言わなかったのだ。

父さん、と私は呼んだ。返事はもう、どこからも返ってはこなかった。

ただ、飴色の首輪だけが、私の掌のなかで、かすかに、雨に濡れた獣の匂いを、まだ残していた。

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