父の色褪せた半纏

夕暮れの提灯並ぶ祭り通り

父の半纏は、緑がかった黒だった。

もともとは深い藍だったはずのその色を、私は中学を出るまで、ただの一度も誇りに思えなかった。

昭和も終わりに近づいたあの夏、祭りの夜に父の隣を歩くことが、私にはどうしようもなく恥ずかしかった。

父は下町で提灯を張る職人だった。

盆になれば家々の軒先を、祭りが来れば町じゅうの辻を、父の張った提灯の灯がやわらかく埋めていった。

細く割った竹ひごを丸く組み、薄い和紙を糊で一枚ずつ張り、乾いたところへ筆で町名や家紋を入れていく。

その手はいつも糊で白く乾いて、指先には小さな切り傷が絶えることがなかった。

一つの提灯を仕上げるのに、父はときに半日もかけ、わずかな歪みも許さなかった。

「安く仕上げることはできても、雑に仕上げることはできねえ」と、父は口癖のように言った。

夜更けに作業場を覗くと、裸電球の下で背を丸めた父の影が、壁いっぱいに伸びていたのを覚えている。

その影は、まるで一日じゅう骨を折ったあとの、疲れの形そのもののように見えた。

それでも父は、私が起きていると気づくと、決まって「もう寝ろ」と短く言うだけだった。

母を見送ったのは、私が六つになったばかりの春だった。

病室の白い天井と、母の細くなった指の感触だけが、今もぼんやりと残っている。

それからの父は、男手ひとつで私を育てながら、毎晩のように夜なべをして提灯を張り続けた。

朝は誰よりも早く起きて、不格好なおにぎりを握り、私の弁当箱に詰めてくれた。

暮らしは楽ではなく、私の運動靴はいつも爪先が白くすり減って、かかとが斜めに潰れていた。

それでも父は、私の前で金の話も、苦労話も、ただの一度も口にしなかった。

ないものをねだると、父はいつも「そのうちな」と笑って、私の頭を大きな手で撫でた。

父の祭り半纏は、まだ若かった頃に町内会から渡された、たった一着きりだった。

背に大きく染め抜かれた「睦」の字はかすれ、袖口は擦り切れて糸がほつれ、洗うたびに藍の色が薄くなっていった。

肘のあたりには小さな継ぎ当てがあり、それは母の手のものだと、後になって知った。

同級生の父親たちは、白いワイシャツにネクタイを締めて、朝の駅へ吸い込まれていく人ばかりだった。

その中で、いつも糊の匂いをまとった色褪せた半纏の父が、私にはどうしてか、ひどく小さく見えてならなかった。

授業参観に来た父が廊下の隅で会釈したとき、私はとっさに目をそらして、知らんふりをしたことさえあった。

あの日の帰り、父は何も咎めず、ただ「いい先生だなあ」と、嬉しそうに言っただけだった。

その声が優しければ優しいほど、私は自分が嫌になった。

その年の梅雨明け、町内会の寄り合いで、誰かがふと言った。

「親方、その半纏もずいぶん草臥れたね。新しいのを一枚、みんなで仕立てちゃどうだい」

若い衆が幾人もうなずいて、どこそこの呉服屋の反物が良いという話まで持ち上がった。

私は柱の陰で、寄り合いの隅に小さくなりながら、胸の中で何度も何度も頼んでいた。

頼むから、新しいのを貰ってくれ、あんな襤褸はもう脱いでくれ、と。

けれど父は、湯呑みを静かに置いて、ゆっくりと首を横に振った。

「ありがてえ話だが、俺ぁ、これでいいんだ」

理由は何も言わなかった。

ただ、その横顔がいつになく頑なで、それ以上は誰も勧められなかった。

帰り道、私は父より三歩も前を歩いて、わざと振り返らなかった。

父の下駄の音が、夜の路地でいつもより遠く鳴っていた。

なぜあんな見すぼらしいものに、父はあれほどこだわるのか。

意地なのか、ただの面倒くさがりなのか、私には、まるで分からなかった。

あの頃の私は、目に見えるものだけで、人の値打ちを決めてしまっていたのだ。

祭りの前の晩、私は飾り提灯を取りに、父の作業場まで使いに出された。

戸を開けると、裸電球だけが点いていて、父の姿はなかった。

川へ和紙を晒しに行っているのだと、私はすぐに分かった。

張りかけの提灯がいくつも梁から下がり、糊と竹の青い匂いが、部屋いっぱいに満ちていた。

畳まれた半纏が、作業台の隅にぽつんと置かれていた。

何の気なしにそれを手に取ったとき、裏地の襟元に、小さな縫い取りがあるのに気づいた。

古びた木綿の白い糸で、私の名が、一針ずつ、丁寧に縫い込まれていた。

角の取れた、けれど確かに見覚えのある、母の字だった。

幼い頃に着せられた肌着の襟にも、同じ字が縫われていたのを、私はだしぬけに思い出した。

母は針を持つと、いつも少しだけ口をすぼめる癖があった。

その横顔が、台所の小さな窓の光の中に、一瞬だけくっきりと浮かんで、すぐに消えた。

私はその場にしゃがみ込んだまま、しばらく立ち上がれなかった。

色褪せた半纏は、まだほのかに、川の水と糊の匂いがした。

それは、私がまだ小さかった頃、父に背負われて渡った、あの冷たい川と同じ匂いだった。

戻ってきた父は、私が半纏を抱えてうつむいているのを見て、ほんの少しだけ笑った。

「それはな」

父は濡れた手を手拭いで拭きながら、ぽつりと言った。

「お前が生まれた晩に、母さんが夜通しかけて、その半纏の裏に縫ってくれたもんだ」

「祭りでお前が迷子になっても、これを見せりゃ町の誰かが連れて帰してくれる、ってな」

「母さんは、お前が祭りばやしを聞くと、いつもきゃっきゃっと笑ったって、よく言ってたよ」

父はそう言って、ほつれた袖口を、まるで懐かしいものに触れるように、指でそっとなぞった。

「だからな、これだけはどうしても、新しいのにする気になれなかったんだ」

色が褪せていたのではなかった。

父は二十年ものあいだ、その一着を着て、母の縫った私の名を、ずっと背中に負って歩いていたのだ。

町じゅうの提灯を灯しながら、自分の背では、いなくなった母と、幼い私を抱えていたのだ。

私はようやく、なぜ父があの半纏を脱がなかったのかを知った。

新しい一着では、母の縫った字も、二十年の祭りの匂いも、何ひとつ受け継げないのだ。

翌日の夜、町じゅうの辻という辻に、父の張った提灯が一斉に灯った。

橙の灯がいくつも連なって、夕闇に沈んだ路地を、内側から温めるように照らしていった。

「今年も親方の提灯は、灯の色がまるで違わぁ」と、年寄りが目を細めて手を合わせた。

和紙の張りが薄くも厚くもないから、灯がいちばん優しく透けるのだと、誰かが言った。

神輿が辻を曲がるたび、揺れる提灯の灯が、父の色褪せた半纏の背を、ほのかに照らした。

「睦」のかすれた一字が、灯を受けて、その晩だけは確かに浮かび上がって見えた。

祭りの人混みの中で、同級生が私の袖を引いて、灯の海を指さした。

「これ、ぜんぶお前の親父さんが灯したのか。すげえなあ」

その声には、からかいも、見下しも、何ひとつ混じっていなかった。

ただ、まっすぐな驚きと、隠しようのない羨ましさだけがあった。

「俺の親父なんか、毎晩遅くて、祭りにも来やしねえよ」と、その子は少し寂しそうに笑った。

私は生まれて初めて、父の背中を、まともに見つめることができた。

色褪せた半纏の背に、町じゅうの灯が宿っているように、その夜の父は大きく見えた。

神輿を見送ったあと、私は人波に紛れて、父の半纏の袖を、そっと握った。

「とうちゃん」

何年も呼んでいなかったはずのその言葉が、自分でも驚くほど自然に、口からこぼれ落ちた。

父は何も言わず、糊で白く乾いた大きな手を、黙って私の頭にのせた。

その手のひらの重みが、いつもの「そのうちな」の代わりのように、温かかった。

提灯の灯が、私たちの足もとに、長い影をふたつ並べて落としていた。

祭りばやしが遠くで鳴って、私はその夜、初めて、自分が父の子であることを誇らしく思った。

祭りが終わると、父は何事もなかったように、また提灯を一つひとつ取り外して回った。

色褪せた半纏は、いつものように箪笥の引き出しに、きちんと畳まれて仕舞われた。

私はそれから、二度と父の身なりを恥じることはなかった。

父の隣を歩くとき、私は半歩だけ後ろに下がって、その背中の「睦」の字を、そっと見るようになった。

あれから三十年あまりが過ぎ、私は今、建具を削る職人になった。

木を削るたびに、あの夜の糊と竹の匂いを、ふと思い出すことがある。

父はもう年老いて、提灯を張ることはない。

それでも私の仕事場の壁には、今もあの色褪せた半纏が、一着だけ静かに掛けられている。

裏地の襟元には、母の縫った私の名が、糸の白さも褪せないまま、今も確かに残っている。

いつか私にも子が生まれたら、その襟に、母がそうしたように、同じ字を縫ってやろうと思っている。

祭りの灯を入れずとも、その色褪せた背は、手を当てるといつでも、不思議なほど仄かに温かい。

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