
俺は、月に三度、願いごとをした。
三度とも、叶わなかった。
だから四度目はしないと決めて、ずいぶん長く生きてきた。
それなのにこの頃、寝る前になると、雨戸を一枚だけ閉め残している自分がいる。
誰にも見せられない癖だ。
これは、その一枚がどこから来たのかという話になる。
※
月の出る晩だけ、雨戸が一枚
両親が別れたのは、俺が小学校に上がってすぐだった。
俺は父方の祖父母に預けられた。
富山の氷見、定置網の浜の、網を繕うことを仕事にしている家だった。
土間には縄の匂いが染みついていて、いつも網が山になっていた。
網を繕うのは、破れたところに新しい糸で目を作り直していく仕事だ。
破れの縁を指でたどって、生きている目と切れた目を見分けるところから始まる。
祖父は網針を持たせると人が変わった。
「目を一つでも飛ばしたら、そこから全部ほどける」
そう言って、俺の手元を長いこと見ていた。
俺は放課後、土間の隅に座らされて、繕った跡を指で撫でさせられた。
うまく繕えた場所は、目をつぶって触っても継ぎ目がわからない。
「わからんのが、ええ仕事や」
祖父の教え方は、それだけだった。
学校のほうは、あまり覚えていない。
親が別れた子は、あの頃の浜ではまだ珍しかった。
誰にいじめられたということもなく、ただ、俺の周りだけ半歩ぶん空いていた。
その半歩を、俺は自分から広げていったのだと思う。
その祖父が、酒が入ると別のことを言った。
「お前が生まれんかったら、あれも出て行かんかったんや」
あれ、というのは母のことだった。
何度も言われた。
祖母はそのたび、湯呑みを下げて台所へ立った。
止めもしなければ、庇いもしなかった。
俺はその背中を、味方ではない側として数えていた。
冬の氷見は、日が落ちるのが早い。
四時をまわると外はもう藍色で、家じゅうの音が海鳴りに沈む。
夜が長かった。
布団に入ってから、声を出さずに泣く方法だけがうまくなった。
枕を裏返すと冷たいところがあって、そこに顔を当てると少しだけ落ち着いた。
泣いている音が漏れないように、息を止めては吐く、というのを繰り返す。
そのうち、泣くという行為そのものが面倒になった。
※
ある晩、目を開けたら、部屋の畳に細長い光が伸びていた。
雨戸が一枚だけ、閉まっていなかった。
起き上がって障子を開けると、海のほうに月が出ていた。
浜の家は屋根が低いから、月がやたらと大きく見える。
あの光なら、何でも聞いてくれそうな気がした。
俺は正座して、手を合わせた。
「父ちゃんと母ちゃんと、一緒におらせてください」
一度目の願いごとだった。
叶わなかった。
父はその正月に一度顔を出しただけで、あとは何年かに一度来るかどうかになった。
母には、それきり会っていない。
そして俺は、いつの頃からか、人を信じることも、泣くこともできなくなった。
祖母は、月の出る晩だけ、雨戸を一枚、閉め残した。
俺はそれを、単に締め忘れる人なのだと思っていた。
※
待合室の窓から見えたもの
中学を出ると、俺は網の家を飛び出して住み込みで働き始めた。
荷物は紙袋一つで、見送りはなかった。
それでよかった。
富山市の運送屋で荷を積んで、寮の二段ベッドの下で寝て、休みの日は寝ていた。
二十歳のとき、こんな俺にも付き合ってくれる人ができた。
美和という。
笑うと目がなくなる人で、俺の生い立ちを聞いても、かわいそうにとは言わなかった。
「ふうん」
と言って、それから俺の茶碗に飯を盛った。
その盛り方が、なぜだか胸に来た。
初めて、心から信じられる相手だと思った。
俺たちは、慌ただしく所帯を持った。
※
子が生まれたのは、それから二年後だ。
湊と名づけた。
生まれてすぐ、左の手足と内臓のいくつかが育ちきっていないことがわかった。
担当の医師は、言葉を選びながら、それでも逃げずに言った。
「持って、ひと月かと思います」
湊という名は、美和がつけた。
「船が帰ってくるところやろ」
俺の育った浜のことを、そんなふうに言ってくれたのが嬉しかった。
美和は保育器の前から動かなかった。
俺は、動けなかった。
その晩、消灯した待合室で、俺は自動販売機の光だけを頼りに座っていた。
ふと窓のほうを見た。
山のうえに、月が出ていた。
氷見の畳の上に伸びていたのと、同じ形の光だった。
枯れ果てたと思っていたものが、止め処なく出てきた。
俺は床に額をつけた。
「俺はどうなってもいい。この子を助けてください」
二度目の願いごとだった。
それからの日々を、美和は大学ノートに全部つけていた。
体温と、ミルクの量と、その日に湊が動かした指の本数。
四日目の欄に、一行だけ違う字がある。
「あくびをした」
俺はガラス越しに手をかざすことしかできなくて、そのノートを見るのが怖かった。
読めば、終わりが近づいているのが数字でわかってしまう気がした。
湊は、ひと月と四日で逝った。
抱かせてもらったとき、軽さよりも、温かさのほうが記憶に残った。
俺は、その温かさを誰にも渡したくなくて、しばらく誰とも口をきかなかった。
※
「こいつ、俺の大親友なんです」
地元の景気が落ちて会社がたたまれ、俺は関東へ出た。
埼玉の川越で、エレベーターの保守の仕事に就いた。
月に何十台という箱を開けて、ワイヤーの毛羽立ちを指の腹で確かめる。
暗い縦穴のなかは静かで、俺の性に合っていた。
誰とも喋らずに、切れかけているものを先に見つけて直す。
網を繕うのと、やっていることは大して変わらない。
美和はこちらに知り合いがいないから不安だと言い、俺は一人で来た。
その一人が、二年になり、三年になった。
寂しい思いをさせて、いろいろあって、俺たちは別れた。
一年後に美和が再婚したと人づてに聞いて、俺は少しだけほっとした。
ほっとした自分に、また嫌気がさした。
※
矢口と会ったのは、川越の駅の東口だった。
氷見の同級生で、小学校の頃から何度も殴り合った相手だ。
殴り合ったのに、次の日には並んで歩いていた。
唯一、友達と呼べる奴だった。
「なんでお前がおるがや」
「お前こそやろ」
それだけで、四年ぶりの空白が埋まった気になった。
矢口は塗装の職人になっていて、現場が近いと言っては顔を出した。
一度、俺の点検についてきたことがある。
暗い縦穴を覗き込んで、あいつは長いこと黙っていた。
「お前、こんなとこで働いとるがか」
「静かでええぞ」
「暗いやろ」
「暗いほうが、切れとるとこがよう見える」
矢口は、それきり何も言わなかった。
今になって思えば、あれは心配されていたのだと思う。
矢口はそれから、しょっちゅう俺の部屋に泊まるようになった。
缶を二本だけ空けて、テレビも点けずに、しょうもない話をして寝る。
それでも俺は、こいつを心から信用してはいなかった。
誰のことも、そうしないと決めていたからだ。
信じなければ、失っても堪えないと思っていた。
親しい相手の本当の姿を、いちばん近くにいた人間が最後まで知らずにいることは、たぶん珍しくない。親友の本棚の奥に隠されていたものの話を、あとになって思い出した。
※
四年前の、こぶのようなもの
再会してひと月ほど経った頃から、矢口は熱を出すようになった。
「病院行け」
「行かん」
「行けって」
「注射がいややって言うとろが」
そんなやり取りを何度もした。
ある朝、自分の家に戻ると言って帰り、その次の日に病院から電話が来た。
アパートの前で倒れて運ばれたという。
駆けつけて、癌だと聞かされた。
あちこちに散っていて、手の施しようがないと言われた。
説明をしてくれた医師は、俺を家族だと思っていたらしい。
途中で気づいて、言い直そうとした。
「あ、ご家族の方では」
「いえ」
俺はそう答えてから、なぜ否定したのだろうと思った。
四年前、矢口の首の付け根に、こぶのようなものがあった。
俺は指で押して、「なんやこれ」と笑った。
矢口も笑った。
あのとき無理やり引っ張って病院に連れて行けたのは、たぶん俺だけだった。
病室で「すまん」と言ったら、矢口は天井を見たまま答えた。
「お前、馬鹿か」
それきり、その話はしなかった。
俺は毎日、仕事のあとに病院へ寄った。
点滴の速さを見て、窓の桟の埃を指で拭いて、それから座る。
矢口は塗装の話をした。
下地をどれだけ丁寧に作るかで、十年後の色の残り方が変わるのだという。
「上っ面だけ塗ったやつは、三年でわかる」
笑いながら、あいつは自分の腕を見ていた。
※
入院して一週間ほど経った日、病室に矢口の両親が来ていた。
氷見から夜行バスで出てきたという。
俺が挨拶をすると、矢口はベッドの上で身を起こして言った。
「こいつ、俺の大親友なんです」
大親友、というその四文字が、胸のなかで妙に硬いものに当たった。
俺は会釈をして、廊下に出て、トイレに入って鍵をかけた。
信じていなかった相手から、そう呼ばれた。
俺はうずくまって泣いた。
情けなかった。
湊のときも、美和のときも、俺は結局こうやって、後から泣いている。
※
それから数日して、矢口が天井を見たままぽつりと言った。
弱音というものを、この男は一度も吐いたことがなかった。
「まだ、生きていたいな」
俺は何も言えなかった。
ただ、二人で泣いた。
看護師が一度戸を開けて、そのまま静かに閉めた。
その日の帰り道、駐輪場の上に月が出ていた。
アスファルトが冷たかった。
通りかかった人が足を止めて、それから何も言わずに行った。
俺は自転車を置いて、その場に膝をついた。
「もう頼まん。これで最後にする。俺はどうなってもいいから、あいつを助けてください」
三度目の願いごとだった。
矢口は、桜の咲く前に逝った。
※
氷見には、あの家のほかになかった
葬式のあと、俺は久しぶりに氷見へ帰った。
祖父はとうに亡くなっていて、祖母は高岡の施設にいた。
網の家は空き家になり、土間の網も片づけられていた。
それでも縄の匂いだけは、まだ残っていた。
雨戸を順に開けていくと、板の一枚だけ、戸車の減り方が違った。
そこだけ何千回も余計に動かされた戸だった。
俺はその場に座り込んで、しばらく立てなかった。
隣で網屋をしている澄江さんが、俺を見て手を止めた。
「おかえり」
その一言に、返す言葉が出てこなかった。
茶をもらいながら、俺は何の気なしに、雨戸の話をした。
祖母は締め忘れる人だった、と。
澄江さんは湯呑みを置いて、俺の顔をまっすぐ見た。
「あんた、それ、忘れとったんでないよ」
「え」
「網の家は、夜に雨戸を開けとかん。潮風が入ったら、網が湿るがや」
言われて、初めて筋が通った。
祖父が雨戸の締まりに口うるさかったのも、そういうことだったのだ。
それなのに、あの家では、月の出る晩だけ一枚だけが開いていた。
湿った網は、繕っても目が甘くなる。
網を繕って食っている家が、夜に一枚でも開けておく理由はない。
雨戸を一枚だけ閉め残す家は、氷見には、あの家のほかになかった。
※
澄江さんは、あの頃うちの土間によく茶を届けに来ていた。
「あんたのばあちゃん、あんたが泣いとるがを知っとったよ」
「泣いとらんかったです」
「声出さんかっただけやろ」
祖母は、祖父の口を止めることができなかった。
あの家では、それは無理な相談だったのだと思う。
だから代わりに、光の通る道を一本だけ空けた。
締め忘れではなく、締めなかった。
湿った網を、翌朝、余計に繕いながら。
澄江さんは、そのことも見ていた。
「朝いちばんに、あんたのばあちゃんだけ土間におったよ」
「同じ網を、二回も三回も触っとった」
俺が学校に行っているあいだ、祖母は前の晩の一枚ぶんを繕い直していた。
そんな手間を、何年もかけて。
俺が月に願いごとをしていたことなど、祖母は知らなかったはずだ。
知らないまま、俺の一度目の願いごとの場所を、毎晩用意していた。
俺は、祖母のことを長いあいだ、味方ではない人として数えてきた。
庇ってくれなかった、という一行だけで済ませていた。
庇うという言い方をしなかっただけの人が、世の中にはいる。
そのことを、俺は四十を過ぎるまで知らずにいた。
施設に会いに行った日、祖母はもう俺の名前が出てこなかった。
それでも俺の手を取って、指の腹を何度も撫でた。
網針を握る手かどうかを確かめる、あの家の癖だった。
海の見える場所で誰かを待ち続けた人の話を、俺は最近になって読んだ。灯台守の爺と孫の小舟のように、黙って灯りだけを絶やさない人が、たぶんどこの浜にもいる。
※
帰りの電車で、俺はずっと窓の外を見ていた。
富山から糸魚川へ抜けるあたりで、海の上に月が出た。
願いごとはしなかった。
そのかわりに、湊のノートの四日目の一行を、初めてまともに思い出した。
あくびをした、という字は、少し笑っているみたいな形をしていた。
美和はあのとき、終わりを数えていたのではなかったのだと思う。
その日にあったことを、一行だけ、残していた。
※
矢口が看護師に頼んでいたこと
矢口の四十九日が済んで少しした頃、病院の看護師だった田尻さんから封筒が届いた。
矢口の私物のなかに、俺の名前と勤め先が書いてあったのだという。
手帳の裏表紙に、鉛筆で。
あいつは俺の勤め先の正式な名前を、一度も口に出したことがなかった。
どこかで見て、黙って写していたことになる。
入っていたのは、氷見の中学の集合写真と、便箋が一枚。
集合写真は三年のときのもので、俺と矢口は端と端に離れて写っていた。
喧嘩していた時期だ。
それを、あいつは最後まで持っていた。
便箋には、矢口が入院中に一つだけ看護師に頼んでいたことが書いてあった。
消灯のあと、カーテンを全部は閉めないでほしい、という頼みだった。
矢口の病室のカーテンは、いつも、月の出る側だけが開いていた。
俺は、それを一度も見ていない。
面会は消灯前に終わるからだ。
便箋の終わりに、田尻さんは矢口の言葉をそのまま書き写していた。
「あいつんち、月んとこだけ開いとったんですよ。うち、泊まりに行ったことあるけん」
「あいつ、独りになると、雨戸を全部閉めるけん」
田尻さんは、その二つの言葉の意味を測りかねたまま、そのまま書いてくれていた。
意味を測れなかったのは、俺のほうも同じだった。
読んで、封筒を持ったまま、台所に立ち尽くしていた。
中学の頃、矢口は一度だけうちに泊まったことがある。
畳に伸びた細長い光を、あいつも見ていたということだ。
そして、俺が何をそこで願っていたかまでは、たぶん知らなかった。
知らないまま、自分の病室に同じ一枚を作らせていた。
三度目の願いごとは、叶わなかった。
叶わなかったが、あの晩、月の下で膝をついていたのは、俺だけではなかった。
※
今夜も、一枚だけ
俺は長いあいだ、独りでいることを罰だと思っていた。
だから寂しがって生きるのが筋だと、勝手に決めていた。
今はそう思っていない。
祖母は、罰として雨戸を開けていたわけではなかった。
矢口も、そうではなかった。
閉めきってしまわないでおく。
あの二人が俺にしてくれたのは、それだけのことだ。
俺は職場の昼休みに、人の輪の端に座るようになった。
年に一度、氷見に帰って、澄江さんの網を繕う。
目は一つも飛ばさない。飛ばすと、そこから全部ほどけるからだ。
四度目の願いごとは、しない。
願うかわりに、開けておく。
湊。
矢口。
今夜も、一枚だけ開けてある。