兄の口笛と踵だけ減った靴

夕暮れの石灰町を歩く老夫婦

「そこ、段があるぞ」

兄がそう言ってくれたことは、生涯で一度もない。

代わりに鳴っていたのは、いつも口笛だった。

わたしはあの音を、四十年、憎んでいた。

白坂は、白い町だった。

石灰の山を削って生きてきた町だから、屋根も、葉も、犬の背中まで薄く粉をかぶっている。

雨が降ると道が乳色に濁って、乾くとまた白くなる。

朝は工場のサイレン、昼はトロッコの軋み、夕方は選鉱場の唸り。

音のたくさんある町だった。

だからこそ、あの一筋の口笛だけが、わたしの耳にはいつも別の高さで届いた。

わたしが右の脚を膝の下から失ったのは、九つの秋のことだ。

引込線の脇に積んでいた石灰の山が、前の晩の雨で緩んでいた。

その日、わたしは近道をしようとしてそこを歩いた。

覚えているのは、白い匂いと、地面が急に肩の高さに来たことだけだ。

母はわたしが四つのときに、静かに眠るように向こうへ行ってしまっていたから、病院の廊下にいたのは父と兄だった。

父は運転手をしていて、その日も夜勤に出ていった。

兄は、廊下の長椅子に座ったまま、一度もわたしの方を見なかった。

洋一兄さんは、わたしより七つ上だった。

無口というより、言葉を惜しむ人だった。

義足に慣れるまでの半年、わたしは家の中で何度も転んだ。

そのたびに、兄は台所の柱にもたれて、こちらを見ていた。

見ていて、動かない。

母のいない家で、手を貸してくれる人は父しかいなかった。

その父も夜はいない。

だから、わたしは自分で立った。

畳の目に爪を立てて、柱を掴んで、汗をかいて立ち上がった。

立ち上がるたびに、兄はふいと台所を出ていった。

わたしはその背中に向かって、心の中で何度も同じ言葉を投げた。

――お兄ちゃんは、わたしが恥ずかしいんだ。

口笛が始まったのは、その冬からだった。

わたしが廊下を歩くと、決まってどこかで口笛が鳴った。

台所の方、玄関の方、階段の下。

短く、二つ三つ、続けて。

歌になっていない、ただの音だった。

夜、便所へ行くのに廊下へ出ると、暗がりの向こうで鳴った。

雪の朝、勝手口から出るときにも鳴った。

わたしはそれを、囃されていると思った。

義足の足音は、生身の足とは違う。

かつ、こつ、かつ、こつ。

自分でも嫌になるほど不揃いなその音を、兄が真似て笑っているのだと、そう思った。

一度だけ、振り返って怒鳴ったことがある。

「やめてよ」

兄は、廊下の暗がりに立っていた。

何も言わずに、そのまま台所へ引っ込んだ。

その晩から数日は、口笛が止んだ。

わたしは廊下でまた転んだ。

そして、口笛はまた鳴り始めた。

白坂の雪は、粉と混ざって降る。

だから積もった雪は、朝のうちだけ、うっすらと灰色をしている。

十一の冬、井戸端の水を汲みに行こうとして、わたしは勝手口で立ち止まった。

雪の上には、境目というものがない。

どこまでが庭で、どこからが用水路なのか、目では分かるのに、脚が信じない。

義足の側は、踏んでも何も返してこない。

石の上を踏んだのか、雪の上を踏んだのか、腿の付け根までしか教えてくれない。

そのとき、井戸の方で口笛が鳴った。

短く、二つ三つ。

わたしは舌打ちをした。

そして、井戸まで歩いた。

一度も止まらずに、桶を提げて戻ってきた。

戻ってから、そのことに気づきもしなかった。

気づいたのは、四十年あとだ。

装具を作ってくれたのは、町外れの桑野義肢という工房だった。

看板は掠れて「桑」の字しか読めない。

引き戸を開けると、革と膠と、鉄粉の混じった匂いが出迎える。

桑野さんは当時、五十を少し過ぎたくらいの人だったと思う。

指が太くて、爪が四角い。

石膏でわたしの脚の形を取るとき、その人は世間話をしなかった。

代わりに、わたしの膝の下を掌でずっと包んでいた。

温かいというより、重かった。

「痛いとこは、痛いと言いんさい」

言葉はそれだけだった。

年に二度、脚が伸びるたびに、わたしはその工房へ通った。

待っている間、工房の隅で革の切れ端をもらって遊んだ。

床には鑢の粉が積もっていて、そこにわたしの足跡が一つだけ残る。

右は残らない。

そのことに気づいた日、わたしは工房の裏で少し泣いた。

戻ると、桑野さんが黙って革を鑢にかけていた。

「痛いとこ、あったな」

そう言って、内側をもう一枚削った。

兄は中学を出ると、セメント工場に入った。

進学の話が出なかったわけではない。

秋の終わりに担任の先生が家に来て、父と長いこと話していた。

わたしは襖の向こうで、それを聞いていた。

先生は、成績のことと、奨学金のことを話していた。

父は、湯呑みを置く音ばかりさせていた。

最後に父が「本人に聞いてください」と言った。

兄は、その場にいなかった。

風呂の焚き口に座って、薪をくべていたのだ。

先生が帰ったあと、父が焚き口の前に立って、何か言った。

兄の返事は、わたしのいる場所までは届かなかった。

翌朝、兄は作業服を畳んで枕元に置いていた。

それが答えだった。

わたしはずっと、自分のせいだと思っていた。

義足は、二年ごとに作り替えなければならない。

その金額を、わたしは知っていた。

工房の壁に貼ってある紙を、何度も盗み見ていたからだ。

だから兄は進学しなかったのだと、そう思って生きてきた。

思うたびに、兄のことが少し嫌いになった。

負い目というのは、そういうふうに人を歪める。

工場に入ってから、兄の靴が変わった。

底の厚い、黒い編上げの安全靴だ。

その靴が、やけに大きな音を立てた。

かつん、かつん、と硬い音が土間に響く。

踵に金具を打ってあった。

町の男は皆そうしていたわけではない。

すり減るのを惜しんで打つ人はいたが、兄のは音が大きすぎた。

わたしは、がさつな人だと思った。

家の中でまで、あんな音を立てて歩く。

夜勤明けに帰ってきて、廊下を歩く音で目が覚めることもあった。

わたしは布団の中で耳を塞いだ。

中学の運動会に、兄は一度も来なかった。

わたしは短距離には出られなかったが、学級対抗の綱引きには出た。

義足でも綱は引ける。

引けるが、砂の上では踏ん張りが利かない。

三年の秋、わたしは列の途中で尻もちをついた。

砂が背中に入って、笑い声が聞こえた。

顔を上げると、校門の外の坂の上に、誰かが立っているように見えた。

逆光で、黒い作業服のようだった。

けれど、次に見たときにはもういなかった。

わたしは、見間違いだと思った。

兄が来るはずがない。

卒業式の日のことを、わたしはずっと自分の中の一番暗い場所に置いていた。

体育館の壇上へ上がる階段は、三段あった。

たった三段だ。

わたしは前の晩から、その三段のことばかり考えていた。

名前を呼ばれて、歩き出した。

床にワックスがかかっていて、義足のゴムが滑る。

一段目に足をかけたとき、体育館の外で、口笛が鳴った。

短く、二つ三つ。

わたしの家の廊下で、四年間鳴り続けていたのと同じ音だった。

後ろの列で、誰かが吹き出した。

それが伝染して、笑い声になった。

先生が「静かに」と言った。

わたしは三段を上がった。

上がりきったことを、覚えていない。

覚えているのは、笑い声の質だけだ。

家に帰って、わたしは兄の部屋の襖を開けた。

兄は畳の上に座って、靴の踵を見ていた。

「なんで来たの」

兄は顔を上げなかった。

「なんであんなとこで吹いたの」

答えない。

わたしは手にしていた通学鞄で、兄の肩を殴った。

一度では止まらなかった。

兄は肘で顔をかばいもせず、ただ座っていた。

その膝の上に、鑢と、小さな鉄の三日月が置いてあるのが見えた。

靴の踵に打つ金具だ。

わたしは最後に、こう言った。

「お兄ちゃんの音、大嫌い」

兄は、その日はじめてわたしの方を見た。

そして、うん、と言った。

うん、とだけ。

その日から、口笛は止んだ。

一度も鳴らなかった。

代わりに、兄の靴の音が大きくなった。

金具を打ち直したのだと、後になって思った。

かつん、かつん、と、家中に響くようになった。

わたしはそれを、当てつけだと思った。

高校を出て、わたしは町を離れた。

義肢装具士の学校に入るためだった。

自分の脚を作ってきた人の仕事を、自分がやる。

そう決めた理由を、当時のわたしは「悔しかったから」と説明していた。

嘘ではない。

けれど、本当のところは、あの工房の匂いの中にいると呼吸が楽だったからだ。

町を出る朝、兄は工場の夜勤明けで、土間に立っていた。

「体、気ぃつけぇ」

それだけだった。

わたしは、うん、とも言わずにバスに乗った。

四十年が過ぎた。

わたしは県庁所在地の病院の隣に、小さな工房を持った。

石膏を取り、革を裁ち、鑢をかける。

桑野さんに教わったわけではないのに、指が同じ動きをする。

正月には白坂へ帰った。

バスは町の入口までしか来ない。

そこから家までは、坂を七、八分のぼる。

冬の坂は、凍って、ところどころが黒く光っている。

わたしがバスを降りると、兄はたいてい停留所の柱のところに立っていた。

「来たか」

それだけ言って、荷物も持たずに、先に歩き出す。

かつん、かつん、と踵の金具が鳴る。

わたしは、その音の後ろを歩いた。

荷物くらい持てばいいのに、と毎年思った。

兄は、決して待たなかった。

半歩だけ前を行って、振り返りもしない。

わたしは息を切らせて、その音を追いかけた。

そして毎年、一度も転ばずに家に着いた。

土間で荷物を下ろすと、兄は「ほうか」と言って、風呂を沸かしに行った。

三人で餅を焼いて、紅白を見て、寝た。

会話はほとんどなかった。

兄の靴は、相変わらず土間で硬い音を立てていた。

父は十二年前の冬に、眠るようにして向こうへ行った。

葬式の晩、兄はずっと台所に立っていた。

わたしが「座れば」と言うと、「ええ」と言った。

その「ええ」が、断りなのか承知なのか、わたしには分からなかった。

以来、兄は一人であの家にいる。

去年の春、わたしの工房に、十一の男の子が来た。

岸本陸くんという。

左の膝下を、病気で失っていた。

初めての義足で、本人は歩く気満々なのに、体が斜めに逃げる。

床の上ではまっすぐ歩けるのに、廊下に出ると壁の方へ寄っていく。

三度目の調整のとき、付き添いのお母さんがぽつりと言った。

「この子、音があると歩けるんです」

わたしは手を止めた。

「テレビでも、換気扇でも、なんでもいいんです。音のする方へなら、すっと行くんですよ」

お母さんは笑っていた。

「不思議ですよねえ。目は見えてるのに」

わたしは、鑢を持ったまま、しばらく動けなかった。

足の裏の感覚がない側の脚は、床からの情報を返してこない。

だから体は、自分がどこを向いているのかを、別の感覚で決めようとする。

耳で決めることがある。

それは、学校で習ったことだった。

教科書に、一行だけ書いてあったことだった。

わたしは四十年、その一行を、他人事として教えていた。

その夜、白坂の兄から電話があった。

兄が自分でかけてくることは、めったにない。

「風呂場で転んだ。腰やった」

入院ではなく、しばらく施設で世話になる、という話だった。

「そうか」

「そうか、じゃなかろう」

兄が電話口で笑ったのを、はじめて聞いた気がした。

わたしは翌週、白坂へ帰った。

町は白いままだった。

けれど、工場のサイレンはもう鳴らない。

十年前に操業を止めていた。

音のたくさんあった町から、音が減っていた。

桑野義肢は、まだあった。

看板の「桑」の字も、まだ掠れたまま同じ位置にあった。

引き戸を開けると、あの匂いがした。

奥の椅子に、桑野さんが座っていた。

九十四になると聞いていた。

もう仕事はしていない。

それでも毎日、工房の椅子に座っているのだという。

わたしが名乗ると、桑野さんは目を細めた。

「三田村んとこの、脚の短い方じゃな」

昔から、この人の言葉には遠慮がない。

わたしは、陸くんの話をした。

音のする方へなら歩ける、という話を。

桑野さんは、しばらく黙っていた。

それから、こう言った。

「音を置け、と教えたんは、わしじゃ」

わたしは、意味が分からなかった。

「あんたの兄さんに、じゃ」

兄は、わたしが病院にいる間、この工房に来ていたのだそうだ。

十六の子どもが、一人で引き戸を開けて、こう言ったという。

「妹は、もう走れんのですか」

桑野さんは、走れる、と答えた。

ただし、暗がりと、雪と、慣れん床は難しい、と。

足の裏で床を読めん脚は、どっちを向いとるか分からんようになる、と。

「ほんなら、どうしたらええですか」

「手を引くな、と言うた」

桑野さんは、四角い爪で膝を掻いた。

「手を引いたら、その子は一生、引かれる脚になる。そうじゃのうて、音を置け。行ってほしい方に、音を置いとけ。人は音の方を向く。向いたら、あとは自分の脚で行きよる」

わたしは、工房の床を見ていた。

鑢の粉が積もった床。

そこに、四十年前と同じように、左の足跡だけが残っていた。

「あんたの兄さんはな」

桑野さんは言った。

「それを、聞いたその日から、やっとった」

わたしは、もう一つだけ訊いた。

兄が進学しなかったのは、義足の金がかかったからですか、と。

桑野さんは、はじめて笑った。

歯のない笑い方だった。

「あの子はな、うちで働かせてくれ、言うて来たんじゃ。中学の終わりに」

わたしは、息を止めた。

「わしは断った。うちは食えん。それに、脚を作る仕事は、身内のを作るときがいちばん辛いけえ」

桑野さんは、湯呑みの茶を見ていた。

「ほんなら、あの子は工場を選んだ。三交代のとこをな」

「なぜ、三交代を」

「昼の便に入りゃあ、妹が学校から戻る時分に、家におれるけえ。そう言うとった」

わたしは、廊下で聞いた口笛の時間を、数えていた。

朝と、夕方と、夜。

すべて、兄が家にいる時間だった。

わたしは、四十年、負い目という名前でその人を嫌っていた。

嫌う理由が、こんなに間違っていたことがあるだろうか。

台所の方。

玄関の方。

階段の下。

わたしが憎んだあの音は、いつも、わたしが行こうとしている場所の側で鳴っていた。

一度も、後ろでは鳴らなかった。

一度も、わたしのいる場所では鳴らなかった。

暗い廊下で、雪の朝で、慣れない床で。

兄は、わたしの行き先に、音を置いていた。

わたしはそれを、四十年、囃し声だと思っていた。

「卒業式の日に、止めたんじゃ」

桑野さんが言った。

「あの子はあの日、坂の上におった。中には入らんかった。外から吹いた。ほしたら、中で笑い声が起きたと」

わたしは、あの笑い声を思い出した。

あれは、兄を笑ったのではない。

わたしを笑ったのだ。

そして兄は、それを外で聞いていた。

「次の日に来てな」

桑野さんは、棚の方を顎で示した。

「金具をくれ、言うた。踵に打つやつを、ようけくれ、言うた」

兄の家の土間には、靴が並んでいた。

安全靴が三足。

長靴が二足。

冬用の編上げが一足。

古いものから順に、几帳面に並べてある。

わたしはしゃがんで、一足ずつ裏を返した。

どれも、踵の外側だけが減っていた。

内側は、ほとんど新しいままだ。

そんな減り方をする歩き方が、一つだけある。

半歩、右にずれて歩く歩き方だ。

わたしの右側に。

わたしの、義足の側に。

金具は、どの靴にも打ち直した跡があった。

打っては抜き、また打つ。

抜いた穴が、踵の革に星のように残っていた。

数えると、一足に十を超えていた。

四十年、兄はわたしの半歩先を、音を立てて歩いていた。

正月に帰るたび、わたしが土間で耳を塞いだあの音を、兄は毎日打ち直していた。

施設は、町を見下ろす高台にあった。

夕方に着いたので、廊下はもう薄暗かった。

兄は、面談室から自分の部屋へ戻るところだった。

杖をついて、廊下の真ん中で止まっている。

七十四になった兄の目は、粉に焼かれていた。

三十年以上、石灰の中で働いた人の目だ。

昼はまだいい。

暮れると、足元の境目が分からなくなるのだと、職員の人が教えてくれた。

わたしは、廊下の向こう側に立っていた。

声をかければよかった。

けれど、わたしは声を出さなかった。

唇を丸めて、息を吐いた。

最初は掠れて、音にならなかった。

もう一度、吐いた。

短く、二つ三つ。

歌にはならない、ただの音が、薄暗い廊下に鳴った。

兄が、顔を上げた。

そして、杖を持ち直した。

一歩、こちらへ出た。

もう一歩。

背中を丸めた、大きな男が、薄暗い廊下を、まっすぐ歩いてくる。

兄さんは、口笛の方へ、ちゃんと歩いてきた。

わたしの前で止まって、兄は言った。

「へたくそじゃのう」

わたしは笑おうとして、失敗した。

兄の作業服の匂いがした。

もう工場には行っていないのに、その匂いだけは、四十年前と同じだった。

「ずっと」

わたしは言った。

「ずっと、嫌いだって言って、ごめんなさい」

兄は、しばらく黙っていた。

それから、こう言った。

「嫌いで、ええんじゃ」

「え」

「嫌いなもんは、よう聞こえる」

わたしは、兄の腕を取らなかった。

半歩、前に出た。

兄の右側ではなく、左側の、半歩前に。

そして、廊下を歩いた。

角を曲がるとき、床の色が変わっているのが見えた。

わたしは、口の中で息を吸って、こう言った。

「そこ、段があるよ」

生まれてはじめて、兄にそう言った。

兄は、うん、と言った。

うん、とだけ。

四十年前と同じ返事だった。

けれど今度は、それが何の返事なのか、わたしには分かった。

工房に戻って、わたしは陸くんの義足の調整を続けている。

膝継手の位置を一分下げて、内側の革をもう一枚削った。

それから、彼のお母さんに一つだけお願いをした。

家の中で、この子が行ってほしい場所に、音を置いてやってください。

台所でも、玄関でも、階段の下でもいい。

小さな音でいい。

手を引くより、ずっと遠くまで、その子は行けます。

お母さんは、意味が分からないという顔をしていた。

それでいい。

意味は、四十年たってから分かればいい。

先月、兄の靴を一足、工房に持ってきた。

減った踵を落として、新しい金具を打った。

打ちながら、鉄の三日月を指で挟んで、しばらく見ていた。

たったこれだけのものだ。

たったこれだけのもので、人は、誰かの脚になれるらしい。

作業台の上に、わたしはそれを置いた。

窓から、白い粉のような光が入っていた。

わたしは口笛を吹いた。

短く、二つ三つ。

歌にはならない、ただの音だった。

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