
「そこ、段があるぞ」
兄がそう言ってくれたことは、生涯で一度もない。
代わりに鳴っていたのは、いつも口笛だった。
わたしはあの音を、四十年、憎んでいた。
※
白坂は、白い町だった。
石灰の山を削って生きてきた町だから、屋根も、葉も、犬の背中まで薄く粉をかぶっている。
雨が降ると道が乳色に濁って、乾くとまた白くなる。
朝は工場のサイレン、昼はトロッコの軋み、夕方は選鉱場の唸り。
音のたくさんある町だった。
だからこそ、あの一筋の口笛だけが、わたしの耳にはいつも別の高さで届いた。
わたしが右の脚を膝の下から失ったのは、九つの秋のことだ。
引込線の脇に積んでいた石灰の山が、前の晩の雨で緩んでいた。
その日、わたしは近道をしようとしてそこを歩いた。
覚えているのは、白い匂いと、地面が急に肩の高さに来たことだけだ。
母はわたしが四つのときに、静かに眠るように向こうへ行ってしまっていたから、病院の廊下にいたのは父と兄だった。
父は運転手をしていて、その日も夜勤に出ていった。
兄は、廊下の長椅子に座ったまま、一度もわたしの方を見なかった。
※
洋一兄さんは、わたしより七つ上だった。
無口というより、言葉を惜しむ人だった。
義足に慣れるまでの半年、わたしは家の中で何度も転んだ。
そのたびに、兄は台所の柱にもたれて、こちらを見ていた。
見ていて、動かない。
母のいない家で、手を貸してくれる人は父しかいなかった。
その父も夜はいない。
だから、わたしは自分で立った。
畳の目に爪を立てて、柱を掴んで、汗をかいて立ち上がった。
立ち上がるたびに、兄はふいと台所を出ていった。
わたしはその背中に向かって、心の中で何度も同じ言葉を投げた。
――お兄ちゃんは、わたしが恥ずかしいんだ。
※
口笛が始まったのは、その冬からだった。
わたしが廊下を歩くと、決まってどこかで口笛が鳴った。
台所の方、玄関の方、階段の下。
短く、二つ三つ、続けて。
歌になっていない、ただの音だった。
夜、便所へ行くのに廊下へ出ると、暗がりの向こうで鳴った。
雪の朝、勝手口から出るときにも鳴った。
わたしはそれを、囃されていると思った。
義足の足音は、生身の足とは違う。
かつ、こつ、かつ、こつ。
自分でも嫌になるほど不揃いなその音を、兄が真似て笑っているのだと、そう思った。
一度だけ、振り返って怒鳴ったことがある。
「やめてよ」
兄は、廊下の暗がりに立っていた。
何も言わずに、そのまま台所へ引っ込んだ。
その晩から数日は、口笛が止んだ。
わたしは廊下でまた転んだ。
そして、口笛はまた鳴り始めた。
※
白坂の雪は、粉と混ざって降る。
だから積もった雪は、朝のうちだけ、うっすらと灰色をしている。
十一の冬、井戸端の水を汲みに行こうとして、わたしは勝手口で立ち止まった。
雪の上には、境目というものがない。
どこまでが庭で、どこからが用水路なのか、目では分かるのに、脚が信じない。
義足の側は、踏んでも何も返してこない。
石の上を踏んだのか、雪の上を踏んだのか、腿の付け根までしか教えてくれない。
そのとき、井戸の方で口笛が鳴った。
短く、二つ三つ。
わたしは舌打ちをした。
そして、井戸まで歩いた。
一度も止まらずに、桶を提げて戻ってきた。
戻ってから、そのことに気づきもしなかった。
気づいたのは、四十年あとだ。
※
装具を作ってくれたのは、町外れの桑野義肢という工房だった。
看板は掠れて「桑」の字しか読めない。
引き戸を開けると、革と膠と、鉄粉の混じった匂いが出迎える。
桑野さんは当時、五十を少し過ぎたくらいの人だったと思う。
指が太くて、爪が四角い。
石膏でわたしの脚の形を取るとき、その人は世間話をしなかった。
代わりに、わたしの膝の下を掌でずっと包んでいた。
温かいというより、重かった。
「痛いとこは、痛いと言いんさい」
言葉はそれだけだった。
年に二度、脚が伸びるたびに、わたしはその工房へ通った。
待っている間、工房の隅で革の切れ端をもらって遊んだ。
床には鑢の粉が積もっていて、そこにわたしの足跡が一つだけ残る。
右は残らない。
そのことに気づいた日、わたしは工房の裏で少し泣いた。
戻ると、桑野さんが黙って革を鑢にかけていた。
「痛いとこ、あったな」
そう言って、内側をもう一枚削った。
※
兄は中学を出ると、セメント工場に入った。
進学の話が出なかったわけではない。
秋の終わりに担任の先生が家に来て、父と長いこと話していた。
わたしは襖の向こうで、それを聞いていた。
先生は、成績のことと、奨学金のことを話していた。
父は、湯呑みを置く音ばかりさせていた。
最後に父が「本人に聞いてください」と言った。
兄は、その場にいなかった。
風呂の焚き口に座って、薪をくべていたのだ。
先生が帰ったあと、父が焚き口の前に立って、何か言った。
兄の返事は、わたしのいる場所までは届かなかった。
翌朝、兄は作業服を畳んで枕元に置いていた。
それが答えだった。
わたしはずっと、自分のせいだと思っていた。
義足は、二年ごとに作り替えなければならない。
その金額を、わたしは知っていた。
工房の壁に貼ってある紙を、何度も盗み見ていたからだ。
だから兄は進学しなかったのだと、そう思って生きてきた。
思うたびに、兄のことが少し嫌いになった。
負い目というのは、そういうふうに人を歪める。
工場に入ってから、兄の靴が変わった。
底の厚い、黒い編上げの安全靴だ。
その靴が、やけに大きな音を立てた。
かつん、かつん、と硬い音が土間に響く。
踵に金具を打ってあった。
町の男は皆そうしていたわけではない。
すり減るのを惜しんで打つ人はいたが、兄のは音が大きすぎた。
わたしは、がさつな人だと思った。
家の中でまで、あんな音を立てて歩く。
夜勤明けに帰ってきて、廊下を歩く音で目が覚めることもあった。
わたしは布団の中で耳を塞いだ。
※
中学の運動会に、兄は一度も来なかった。
わたしは短距離には出られなかったが、学級対抗の綱引きには出た。
義足でも綱は引ける。
引けるが、砂の上では踏ん張りが利かない。
三年の秋、わたしは列の途中で尻もちをついた。
砂が背中に入って、笑い声が聞こえた。
顔を上げると、校門の外の坂の上に、誰かが立っているように見えた。
逆光で、黒い作業服のようだった。
けれど、次に見たときにはもういなかった。
わたしは、見間違いだと思った。
兄が来るはずがない。
※
卒業式の日のことを、わたしはずっと自分の中の一番暗い場所に置いていた。
体育館の壇上へ上がる階段は、三段あった。
たった三段だ。
わたしは前の晩から、その三段のことばかり考えていた。
名前を呼ばれて、歩き出した。
床にワックスがかかっていて、義足のゴムが滑る。
一段目に足をかけたとき、体育館の外で、口笛が鳴った。
短く、二つ三つ。
わたしの家の廊下で、四年間鳴り続けていたのと同じ音だった。
後ろの列で、誰かが吹き出した。
それが伝染して、笑い声になった。
先生が「静かに」と言った。
わたしは三段を上がった。
上がりきったことを、覚えていない。
覚えているのは、笑い声の質だけだ。
※
家に帰って、わたしは兄の部屋の襖を開けた。
兄は畳の上に座って、靴の踵を見ていた。
「なんで来たの」
兄は顔を上げなかった。
「なんであんなとこで吹いたの」
答えない。
わたしは手にしていた通学鞄で、兄の肩を殴った。
一度では止まらなかった。
兄は肘で顔をかばいもせず、ただ座っていた。
その膝の上に、鑢と、小さな鉄の三日月が置いてあるのが見えた。
靴の踵に打つ金具だ。
わたしは最後に、こう言った。
「お兄ちゃんの音、大嫌い」
兄は、その日はじめてわたしの方を見た。
そして、うん、と言った。
うん、とだけ。
※
その日から、口笛は止んだ。
一度も鳴らなかった。
代わりに、兄の靴の音が大きくなった。
金具を打ち直したのだと、後になって思った。
かつん、かつん、と、家中に響くようになった。
わたしはそれを、当てつけだと思った。
高校を出て、わたしは町を離れた。
義肢装具士の学校に入るためだった。
自分の脚を作ってきた人の仕事を、自分がやる。
そう決めた理由を、当時のわたしは「悔しかったから」と説明していた。
嘘ではない。
けれど、本当のところは、あの工房の匂いの中にいると呼吸が楽だったからだ。
町を出る朝、兄は工場の夜勤明けで、土間に立っていた。
「体、気ぃつけぇ」
それだけだった。
わたしは、うん、とも言わずにバスに乗った。
※
四十年が過ぎた。
わたしは県庁所在地の病院の隣に、小さな工房を持った。
石膏を取り、革を裁ち、鑢をかける。
桑野さんに教わったわけではないのに、指が同じ動きをする。
正月には白坂へ帰った。
バスは町の入口までしか来ない。
そこから家までは、坂を七、八分のぼる。
冬の坂は、凍って、ところどころが黒く光っている。
わたしがバスを降りると、兄はたいてい停留所の柱のところに立っていた。
「来たか」
それだけ言って、荷物も持たずに、先に歩き出す。
かつん、かつん、と踵の金具が鳴る。
わたしは、その音の後ろを歩いた。
荷物くらい持てばいいのに、と毎年思った。
兄は、決して待たなかった。
半歩だけ前を行って、振り返りもしない。
わたしは息を切らせて、その音を追いかけた。
そして毎年、一度も転ばずに家に着いた。
土間で荷物を下ろすと、兄は「ほうか」と言って、風呂を沸かしに行った。
三人で餅を焼いて、紅白を見て、寝た。
会話はほとんどなかった。
兄の靴は、相変わらず土間で硬い音を立てていた。
父は十二年前の冬に、眠るようにして向こうへ行った。
葬式の晩、兄はずっと台所に立っていた。
わたしが「座れば」と言うと、「ええ」と言った。
その「ええ」が、断りなのか承知なのか、わたしには分からなかった。
以来、兄は一人であの家にいる。
※
去年の春、わたしの工房に、十一の男の子が来た。
岸本陸くんという。
左の膝下を、病気で失っていた。
初めての義足で、本人は歩く気満々なのに、体が斜めに逃げる。
床の上ではまっすぐ歩けるのに、廊下に出ると壁の方へ寄っていく。
三度目の調整のとき、付き添いのお母さんがぽつりと言った。
「この子、音があると歩けるんです」
わたしは手を止めた。
「テレビでも、換気扇でも、なんでもいいんです。音のする方へなら、すっと行くんですよ」
お母さんは笑っていた。
「不思議ですよねえ。目は見えてるのに」
わたしは、鑢を持ったまま、しばらく動けなかった。
足の裏の感覚がない側の脚は、床からの情報を返してこない。
だから体は、自分がどこを向いているのかを、別の感覚で決めようとする。
耳で決めることがある。
それは、学校で習ったことだった。
教科書に、一行だけ書いてあったことだった。
わたしは四十年、その一行を、他人事として教えていた。
※
その夜、白坂の兄から電話があった。
兄が自分でかけてくることは、めったにない。
「風呂場で転んだ。腰やった」
入院ではなく、しばらく施設で世話になる、という話だった。
「そうか」
「そうか、じゃなかろう」
兄が電話口で笑ったのを、はじめて聞いた気がした。
わたしは翌週、白坂へ帰った。
町は白いままだった。
けれど、工場のサイレンはもう鳴らない。
十年前に操業を止めていた。
音のたくさんあった町から、音が減っていた。
※
桑野義肢は、まだあった。
看板の「桑」の字も、まだ掠れたまま同じ位置にあった。
引き戸を開けると、あの匂いがした。
奥の椅子に、桑野さんが座っていた。
九十四になると聞いていた。
もう仕事はしていない。
それでも毎日、工房の椅子に座っているのだという。
わたしが名乗ると、桑野さんは目を細めた。
「三田村んとこの、脚の短い方じゃな」
昔から、この人の言葉には遠慮がない。
わたしは、陸くんの話をした。
音のする方へなら歩ける、という話を。
桑野さんは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「音を置け、と教えたんは、わしじゃ」
わたしは、意味が分からなかった。
「あんたの兄さんに、じゃ」
※
兄は、わたしが病院にいる間、この工房に来ていたのだそうだ。
十六の子どもが、一人で引き戸を開けて、こう言ったという。
「妹は、もう走れんのですか」
桑野さんは、走れる、と答えた。
ただし、暗がりと、雪と、慣れん床は難しい、と。
足の裏で床を読めん脚は、どっちを向いとるか分からんようになる、と。
「ほんなら、どうしたらええですか」
「手を引くな、と言うた」
桑野さんは、四角い爪で膝を掻いた。
「手を引いたら、その子は一生、引かれる脚になる。そうじゃのうて、音を置け。行ってほしい方に、音を置いとけ。人は音の方を向く。向いたら、あとは自分の脚で行きよる」
わたしは、工房の床を見ていた。
鑢の粉が積もった床。
そこに、四十年前と同じように、左の足跡だけが残っていた。
「あんたの兄さんはな」
桑野さんは言った。
「それを、聞いたその日から、やっとった」
※
わたしは、もう一つだけ訊いた。
兄が進学しなかったのは、義足の金がかかったからですか、と。
桑野さんは、はじめて笑った。
歯のない笑い方だった。
「あの子はな、うちで働かせてくれ、言うて来たんじゃ。中学の終わりに」
わたしは、息を止めた。
「わしは断った。うちは食えん。それに、脚を作る仕事は、身内のを作るときがいちばん辛いけえ」
桑野さんは、湯呑みの茶を見ていた。
「ほんなら、あの子は工場を選んだ。三交代のとこをな」
「なぜ、三交代を」
「昼の便に入りゃあ、妹が学校から戻る時分に、家におれるけえ。そう言うとった」
わたしは、廊下で聞いた口笛の時間を、数えていた。
朝と、夕方と、夜。
すべて、兄が家にいる時間だった。
わたしは、四十年、負い目という名前でその人を嫌っていた。
嫌う理由が、こんなに間違っていたことがあるだろうか。
※
台所の方。
玄関の方。
階段の下。
わたしが憎んだあの音は、いつも、わたしが行こうとしている場所の側で鳴っていた。
一度も、後ろでは鳴らなかった。
一度も、わたしのいる場所では鳴らなかった。
暗い廊下で、雪の朝で、慣れない床で。
兄は、わたしの行き先に、音を置いていた。
わたしはそれを、四十年、囃し声だと思っていた。
「卒業式の日に、止めたんじゃ」
桑野さんが言った。
「あの子はあの日、坂の上におった。中には入らんかった。外から吹いた。ほしたら、中で笑い声が起きたと」
わたしは、あの笑い声を思い出した。
あれは、兄を笑ったのではない。
わたしを笑ったのだ。
そして兄は、それを外で聞いていた。
「次の日に来てな」
桑野さんは、棚の方を顎で示した。
「金具をくれ、言うた。踵に打つやつを、ようけくれ、言うた」
※
兄の家の土間には、靴が並んでいた。
安全靴が三足。
長靴が二足。
冬用の編上げが一足。
古いものから順に、几帳面に並べてある。
わたしはしゃがんで、一足ずつ裏を返した。
どれも、踵の外側だけが減っていた。
内側は、ほとんど新しいままだ。
そんな減り方をする歩き方が、一つだけある。
半歩、右にずれて歩く歩き方だ。
わたしの右側に。
わたしの、義足の側に。
金具は、どの靴にも打ち直した跡があった。
打っては抜き、また打つ。
抜いた穴が、踵の革に星のように残っていた。
数えると、一足に十を超えていた。
四十年、兄はわたしの半歩先を、音を立てて歩いていた。
正月に帰るたび、わたしが土間で耳を塞いだあの音を、兄は毎日打ち直していた。
※
施設は、町を見下ろす高台にあった。
夕方に着いたので、廊下はもう薄暗かった。
兄は、面談室から自分の部屋へ戻るところだった。
杖をついて、廊下の真ん中で止まっている。
七十四になった兄の目は、粉に焼かれていた。
三十年以上、石灰の中で働いた人の目だ。
昼はまだいい。
暮れると、足元の境目が分からなくなるのだと、職員の人が教えてくれた。
わたしは、廊下の向こう側に立っていた。
声をかければよかった。
けれど、わたしは声を出さなかった。
唇を丸めて、息を吐いた。
最初は掠れて、音にならなかった。
もう一度、吐いた。
短く、二つ三つ。
歌にはならない、ただの音が、薄暗い廊下に鳴った。
※
兄が、顔を上げた。
そして、杖を持ち直した。
一歩、こちらへ出た。
もう一歩。
背中を丸めた、大きな男が、薄暗い廊下を、まっすぐ歩いてくる。
兄さんは、口笛の方へ、ちゃんと歩いてきた。
わたしの前で止まって、兄は言った。
「へたくそじゃのう」
わたしは笑おうとして、失敗した。
兄の作業服の匂いがした。
もう工場には行っていないのに、その匂いだけは、四十年前と同じだった。
「ずっと」
わたしは言った。
「ずっと、嫌いだって言って、ごめんなさい」
兄は、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「嫌いで、ええんじゃ」
「え」
「嫌いなもんは、よう聞こえる」
※
わたしは、兄の腕を取らなかった。
半歩、前に出た。
兄の右側ではなく、左側の、半歩前に。
そして、廊下を歩いた。
角を曲がるとき、床の色が変わっているのが見えた。
わたしは、口の中で息を吸って、こう言った。
「そこ、段があるよ」
生まれてはじめて、兄にそう言った。
兄は、うん、と言った。
うん、とだけ。
四十年前と同じ返事だった。
けれど今度は、それが何の返事なのか、わたしには分かった。
※
工房に戻って、わたしは陸くんの義足の調整を続けている。
膝継手の位置を一分下げて、内側の革をもう一枚削った。
それから、彼のお母さんに一つだけお願いをした。
家の中で、この子が行ってほしい場所に、音を置いてやってください。
台所でも、玄関でも、階段の下でもいい。
小さな音でいい。
手を引くより、ずっと遠くまで、その子は行けます。
お母さんは、意味が分からないという顔をしていた。
それでいい。
意味は、四十年たってから分かればいい。
※
先月、兄の靴を一足、工房に持ってきた。
減った踵を落として、新しい金具を打った。
打ちながら、鉄の三日月を指で挟んで、しばらく見ていた。
たったこれだけのものだ。
たったこれだけのもので、人は、誰かの脚になれるらしい。
作業台の上に、わたしはそれを置いた。
窓から、白い粉のような光が入っていた。
わたしは口笛を吹いた。
短く、二つ三つ。
歌にはならない、ただの音だった。