母は缶の縁で量っていた
四日市の社宅で母が作っていたミートソース。レシピを聞かないまま母を見送った兄弟が、父のひとことをきっかけに四日間かけてその味を追いかけました。缶の内側に残ってい…
胸が締め付けられるような、あの感覚。泣けるほど悲しいわけではないのに、なぜか心のどこかに引っかかって残る話があります。後悔、別れ、言えなかった言葉。切なさの中にこそ、人が生きる美しさがある——そんな短編をまとめました。
四日市の社宅で母が作っていたミートソース。レシピを聞かないまま母を見送った兄弟が、父のひとことをきっかけに四日間かけてその味を追いかけました。缶の内側に残ってい…
母は、強い人だった。 父が前立腺癌だと判った時も、入院が決まった時も、葬式の準備の時も、私たち子どもの前で一度も泣かなかった。 だからなのか、当時私はまるで映画…
葬儀の朝、腰まであった娘の髪が肩より上で切られていました。お洒落なママとのお別れやもん、と娘は言います。棺に添えられた細い髪の束の意味を、私は七年のあいだ思い違…
妻がいなくなって二日目の夜、私は台所の付箋を数えた。十一枚あり、どれも右下の角が小さく折ってあった。剥がす人のことを考えて貼る人だったのだ。三日目の朝、出汁パッ…
もう5年も前の話かな。 人前では殆ど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。 お袋は元々ちょっと頭が弱く、よく家族を困らせていた。 思春…
ガンダム芸人の若井おさむさん。 彼は幼い頃から日常的に、兄と母親から相当な虐待を受けていました。 それは彼が20代前半の頃までずっと続きました。 それに耐えかね…
大正生まれの祖父は、妻である祖母が認知症になってもたった一人で介護をし、祖母が亡くなって暫くは一人で暮らしていた。 私が12歳の時に、祖父は我が家で同居すること…
妻を見送って七ヶ月、四歳の誕生日を境に娘がぱったり泣かなくなりました。ばあばと約束したと言いますが、義母は知らないと言います。風呂の湯を足す音の意味に父が気づく…
私が4歳の時、父と母は離婚した。 当時は父方の祖父母と同居していたため、父が私を引き取った。 母は出て行く日に私を実家に連れて行った。 家具や荷物がいっぱい置い…
ある女性が学生の頃に暴行されました。 男性不信になった彼女はずっと男性を避けていましたが、会社勤めをしているうちに、そんな彼女に熱烈にアタックしてくる人がいまし…
三年間、海苔の缶の底に眠らせた最後の手紙を、私はようやく開けた。二十歳の雅人が鉛筆まじりの字で書いた便箋の裏には、読めるようになった頃の私への追伸があった。阪神…
私には双子の妹がいます。名前はあやか。 私たちはそっくりすぎるほどよく似ていて、両親もたまに間違えるほどです。 でも性格は全く違って、あやかは昔からとても活発で…
生まれて初めて、万年筆をくれた人がいました。 私はまだ小学4年生で、使い方も知りませんでした。 万年筆をくれたので、その人のことを『万年筆さん』と呼びます。 万…
「いっぱいの幸せをありがとう。 私は幸せ者だ。 だって最期にあなたの顔を見られたから。 これも日頃の何とやらなのかな?」 病室のベッドで手を握りながら彼女は言う…
私がその先生に出会ったのは中学一年生の夏でした。 先生は塾の英語の担当教師でした。 とても元気で、毎回楽しい授業をしてくれました。 そんな先生の事が私はとても大…