恥ずかしいと突き返した、母の手作りの弁当。その毎朝の三百円の裏で、母が自分の昼食をそっと抜いていたことを、私が知ったのは十年も後のことでした。空腹の夜にかけた一…
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四つで母を亡くした俺に残った記憶は、ブランコの鎖の音だけだった。右がカ、左がコ。三十年後、親父が病室でこぼした一言と、押入れの缶から出てきた一枚の短冊が、あの夕…
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反抗期の朝、私は母に「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」と言い放った。母は言い返さず、ただ黙って夕飯を作った。大学入学の日、戸籍抄本に記されていた「養女」の二文…
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祖母の遺品の缶から、一本の木の枝が出てきました。村に伝わる背負い坂の言い伝えと、施設へ向かう車の窓から痩せた腕を伸ばし続けた祖母。親が最後まで口にしなかったこと…
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蛍は亡くなった人の魂だと父は言いました。言葉少なな川漁師の父と、家を出て藍染職人になった娘。父が繕い続けた竹の火籠と、初盆の夜に籠へとまった一匹の蛍が、ついに交…
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付き合って三年の彼女に、とつぜん別れを告げられました。理由は「ほかに好きな人ができた」。けれど半年後、私はその嘘の裏に隠された真実を知ります。時計修理士の私と、…
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生花店で出会った五つ年上の彼女は、胸の手術の傷をひそかに隠して、私を遠ざけ続けました。書けなかった婚姻届と、押し花の勿忘草に託された最後の手紙。忘れてほしいと願…
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遠足の山の上で、小学三年生の柚が広げた弁当箱は、花でびっしりと埋まっていた。連絡船で働く父と、母の仏壇のりんどう。前の日の夕方に職員室へ来たあの子の一言を、私は…
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手を繋ぐとき必ず手首を掴む祖母には、七十年間誰にも言えない夏の記憶がありました。停電の夜の蝋燭の下で初めて語られた、離してしまった妹の手と、届かなかった一杯の水…
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南の島の古い桟橋で、日本の歌を口ずさむ老人と出会った。太平洋戦争のさなか、共に陣地を築いた島の若者たちが、日本兵の隊長から浴びせられた一言の暴言。裏切られた——…
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別れ際にひどい言葉を残して去った彼が遺したのは、上映日誌のかたちをした一冊の日記でした。名画座の映写技師見習いだった彼が、消えゆく時間にひそかに綴った私への想い…
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雪国の高校へ転校し、訛りをからかわれて孤立していた私を救ったのは、写真部の彼女がくれた「ほら、笑いなよ」の一言でした。卒業式の三日前に届いた突然の訃報と、彼女が…
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全盲の彼女に告白した夜、涙を隠せない私に、彼女はそっと気付かないふりをしてくれました。手術で光を取り戻した彼女が最後にくれた一言。潮の匂う港町の小さな電気店を舞…
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造船の町に生きた父は、病に伏してなお息子の全力のキャッチボールを受けとめました。痩せた腕で一球も落とさず、痛みと引き換えに投げ返してくれた三十球。最後の手帳に遺…
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五百円玉と百円玉と十円玉。いちばん大きいお金はどれかと問うと、その子は迷わず十円玉を指しました。養護学園の緑の公衆電話と、毎晩磨かれた一枚の硬貨。撤去の日の三十…
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