養蜂家の父が空けておいた箱

夕映えの山岳養蜂場

私は三年のあいだ、父の巣箱の蓋を一度も開けなかった。

音無平の冬は、十二月の半ばで雪の下になる。

巣箱に菰を巻き、板を渡し、縄をかけて、あとは春まで触らない。

触らないのが正しいのだと、父は言っていた。

冬の蜂は箱の中で毬のように固まって、羽を震わせて熱をつくる。

蓋を開ければ、その熱が逃げる。

逃げた熱は、戻らない。

だから私は開けなかった。

——ただ、それは理由の半分でしかない。

残りの半分を、私は三年間、言葉にしないでいた。

雪をかき分けて、板の隙間に耳を当てる。

音がする。

低くて、遠い。

湯が沸きはじめる前のやかんに似た音だ。

父はそれを「鳴っている」と言った。

鳴っていれば、生きている。

私は毎年その音を確かめるためだけに、雪の中へ入った。

蓋は開けず、耳だけを当てて、掘った雪をまた戻した。

音無平は、標高が千を少し超えたあたりにある。

平と名がついているが、平らなのは家のまわりの二反ほどだけで、あとは笹と栃と、痩せた白樺の斜面だ。

冬は、道が消える。

音無平という名は、雪が来ると音が絶えるからだと聞かされて育った。

実際には、絶えない。

雪の下の箱は、みな鳴っている。

音が無いのではなく、聞きに行かなければ聞こえないだけだ。

それを教えたのも、父だった。

六つか七つの冬に、手を引かれて雪を掘らされた。

掘って、耳を当てて、顔を上げると、父は少し離れて立っていた。

「鳴ったか」

それだけ聞いて、父は先に家へ戻った。

麓の集落から上がってくる道は、十二月の終わりには轍ごと埋まって、三月まで戻らない。

父はその三か月を、道具の手入れと、薪と、ラジオで過ごした。

私が子どもの頃、冬の家の匂いは、蜜蝋と、灯油と、煮干しの出汁だった。

父は四十年、この高原で蜂を飼った。

春は菜の花を追って里へ下り、初夏に山へ戻る。

栃、藤、それから秋の蕎麦。

軽トラックの荷台に巣箱を積んで、花の咲く場所を追いかけて回る暮らしだ。

父の巣箱は十七箱あった。

数えなくても分かる。

四十年かけて増やしたり減らしたりして、最後に十七で止まった数だ。

そのうちの一箱は、いつも空だった。

群れを入れず、蓋を閉めたまま、列のいちばん端に置いてある。

私はそれを、父の几帳面さの余りだと思っていた。

道具は一つ多く持て、というのが父の口癖だったから。

砥石も、鋸も、面布も、父はいつも一つ多く持っていた。

巣箱がひとつ余っているくらいで、私は何も疑わなかった。

父が向こうへ行ったのは、三年前の九月だ。

私は麓の町の花屋にいて、昼過ぎに電話を受けた。

受話器を置いて、エプロンを外して、山道を三時間かけて上がった。

戸を開けたとき、家の中はもう静かだった。

「間に合わなかった」という言い方を、私は今も使えない。

その言い方をすると、間に合う道がどこかにあったことになる。

十九年、私はこの山に上がらなかった。

三時間の道を、十九年かけて上がらなかったのだ。

十九の春に、私は一度だけ「継ぐ」と言った。

母が向こうへ行った次の年で、家には父と私の二人しかいなかった。

台所の椅子が一脚、いつも空いたままになっていた。

私はその椅子を片づけようとして、父に止められたことがある。

理由は言われなかった。

だから私は、父が片づけられない人なのだと思った。

継ぐ、と言ったのは、四月の朝だった。

父はそのとき、燻煙器に杉の葉を詰めていた。

乾いた葉を握って、押し込んで、蓋を閉める。

ふいごを二度押して、煙の出を確かめてから、手を止めずにこう言った。

「お前には無理だ」

杉の葉の煙は、青くて、目に沁みる。

私はその煙のせいにして、顔を背けた。

父の言葉には、続きがあったのかもしれない。

けれど私は、最後まで聞かなかった。

聞かずに、その春に山を下りた。

町の花屋に勤めて、十九年いた。

花を切って、水を替えて、束ねて、渡す。

悪くない仕事だった。

店長は気のいい人で、私は二番目に古い従業員になった。

ただ、五月になると、手が勝手に匂いを探した。

花屋の花には、蜜の匂いがしない。

咲ききる前に切ってしまうからだ。

栃の花が咲く頃、店の裏でバケツを洗っていると、ときどき蜂が一匹だけ迷い込んできた。

私はその一匹を、しばらく見ていた。

どこから来たのか、どこへ帰るのか、見当はついていた。

一度だけ、便箋を買ったことがある。

十年目の五月だった。

書き出しを三度直して、三度とも「お父さん」の四文字で止まった。

その先に書きたいことが、一つも思いつかなかったわけではない。

思いつきすぎて、どれから書けば嘘にならないのかが、分からなかった。

便箋は、レジ袋に入れたまま、店の休憩室の棚に置きっぱなしになった。

翌年の五月、棚を片づけていて出てきたそれを、私は捨てた。

父からは、年に一度だけ荷物が届いた。

段ボールに、蜜の瓶が二本。

手紙はない。

新聞紙で包んで、隙間に籾殻を詰めてある。

割れたことは、一度もなかった。

私も返事を書かなかった。

書かないまま十九回、瓶は届いた。

三年前の九月、二十回目は届かなかった。

父の家を片づけるのに、ひと月かかった。

片づけた、というより、動かせるものだけを動かして、残りをそのままにした、という方が近い。

作業場の壁には、面布が三つ掛かっていた。

一つは父の、擦り切れたもの。

残りの二つは、網が新しかった。

父は面布も一つ多く持つ人だ、と私はまた思った。

二つ多かったことには、そのとき気づかなかった。

私は山に残ることにして、蜂を飼いはじめた。

父の十七箱には触れず、新しい箱を五つ買った。

板の色が白くて、角がまだ尖っている箱だ。

父の箱は、四十年ぶんの雨と煙で、飴色を通り越して黒くなっている。

同じ場所に並べると、私の箱だけが浮いて見えた。

それでいいと思った。

父の箱には、父の群れが入っている。

私が蓋を開ければ、それは私の群れになってしまう。

なる資格が、私にはない。

一年目は、ひどいものだった。

採蜜の遠心分離機を回す速さが分からず、巣脾を三枚壊した。

給餌の砂糖水を薄くしすぎて、秋に群れを弱らせた。

巣門の幅の詰め方を間違えて、隣の強い群れに蜜を盗られた。

盗蜂というのは、静かに始まる。

気づいたときには、弱った箱の前に他所の蜂が列をつくっている。

私は箱を毛布でくるんで、震える手で巣門を塞いだ。

父ならどうしたか、と考えて、考えても分からないことが、いちばんこたえた。

一年目の冬、私は父の箱に菰を巻いた。

自分の五箱に巻くのと同じ手つきで、十七箱に巻いた。

二年目も巻いた。

三年目の春、雪が緩んで菰を剥いだとき、縄の結び目に指が止まった。

私の結び方では、なかった。

私は男結びしか知らない。

父に教わったのは、それだけだ。

結ばれていたのは、輪をひとつ余分に通した、ほどけにくい結び方だった。

雪が押したのだろう、と思うことにした。

雪は縄を押すが、結び直しはしない。

分かっていて、私はそう思うことにした。

そう思っておかないと、誰かがここへ来ていることになる。

誰かがここへ来ているのに、私はその誰かを知らないことになる。

四月の終わりに、軽トラックが上がってきた。

道の雪が消えて、まだ十日と経っていない頃だ。

荷台に、巣箱が三つ載っていた。

板が不揃いで、釘の頭がところどころ飛び出ている。

うちの箱ではない、と一目で分かった。

降りてきたのは、二十代半ばの男だった。

作業ズボンに、袖の擦り切れた作業着。

手の甲に、細かい斑点のような跡が散っていた。

蜂に刺された跡だ。

何度も刺されて腫れなくなった手の甲は、ああいう色になる。

花屋にいた十九年で忘れかけていたものを、私はその手で思い出した。

「先生に、世話になりました」

男はそう言った。

先生と呼ばれる人間を、私は父しか知らない。

けれど父は、教師でも何でもなかった。

「三箱、置かせてください」

男は名を、拓と言った。

私が黙っていると、拓は荷台の箱をひとつ抱えて、父の列のいちばん端まで運んだ。

空の一箱の、隣だ。

置く場所を、迷わなかった。

私は列を数えた。

十七では、なかった。

二十あった。

「三年で、三つ増えました」

拓は箱の天板を手のひらで押さえて、そう言った。

「毎年、一つずつ作って持ってきてたんで」

「……ずっと、来ていたんですか」

「雪の下から掘って、菰を巻き直して、また埋めて」

拓は足元の縄を一本つかんで、指先で輪をひとつ余分に通した。

私が三年、雪の中で触れてきた結び目が、目の前でできあがった。

「三度目の冬でした」

私は、何か言おうとして、言葉が出なかった。

私が蓋を開けなかった三年、この箱は誰にも開けられていないのだと思っていた。

誰にも開けられずに、それでも鳴っているのだと思っていた。

鳴っていたのは、そういう理由ではなかった。

「勝手にすみません」

拓は頭を下げた。

「先生の箱を、俺の箱だと思ったことは、一度もないです」

拓は、麓のさらに下の町で、果樹の手伝いをしているのだと言った。

桃と、林檎。

受粉の時期に蜂を貸す農家があって、そこで蜂に触れるようになった。

自分の群れも四つ持っている、と言うとき、拓は少しだけ背筋を伸ばした。

「先生に、返しに来てるつもりでした」

返す、という言葉を、拓は二度使った。

私はその二度目で、この人はもう十年近く、返す相手のいない場所に通っているのだと気づいた。

茶を淹れて、作業場の丸椅子に座らせた。

拓は湯呑みを両手で持って、しばらく黙っていた。

十六の夏に、ここへ来たのだという。

麓の学園から、夏のあいだだけ何人かが上がってくる。

父はそれを、二十年以上続けていた。

私は、何も知らなかった。

父は家では蜂の話しかしなかったし、その蜂の話も、たいていは天気の話だった。

「最初の夏、俺は逃げようとして三回捕まりました」

拓は笑った。

「四回目は、先生が黙って面布を渡してきて」

面布を被れば、顔が見えない。

泣いていても、分からない。

父はたぶん、そういうつもりで渡したのだと思う。

壁に掛かっていた新しい網の面布が、二つあった理由を、私はそのとき理解した。

その夏、拓と一緒に上がってきた子の中に、六つの男の子がいたそうだ。

ノブ、と呼ばれていた。

ノブは蜂を怖がらなかった。

刺されても声を上げず、腫れた腕を袖の下に隠した。

「泣かない子だと思ってました。俺は」

夏のあいだ、子どもたちには小さな瓶に蜜が配られる。

一人に一本、朝のパンに塗る分だ。

拓は自分の分を三日で舐めきった。

ノブの瓶は、八月の終わりになっても減っていなかった。

拓は、ノブが我慢しているのだと思って、腹が立ったという。

我慢する子を見ると、自分が惨めになる。

ある晩、拓はノブの枕元から瓶を取り上げて、蓋を開けて突きつけた。

「舐めろよ。誰も怒らねえよ」

ノブは首を横に振った。

そして、こう言った。

「かえるとき、もっていくから」

ノブはそれまでに、三度、住む場所が変わっていた。

三度とも、持って行けたものは何もなかったのだという。

着ていた服も、履いていた靴も、置いてきた。

「次はぜったい、なんかもってく」

六つの子は、そう決めていた。

拓はその晩、瓶を枕元に返して、外に出た。

堆肥場の裏に座って、肩を震わせて泣いたそうだ。

自分が世界でいちばん損をしていると、十六の拓は思っていた。

その隣で、六つの子が、次に行く先で渡すもののために蜜を貯めていた。

「俺、あの夏まで、自分より小さい人間を、ちゃんと見たことがなかったんです」

拓は、そう言った。

ノブは、自分の分の蜜を、ひと匙も舐めていなかった。

夏の終わり、ノブはその瓶を拓に押しつけた。

拓のほうが遠くへ行くから、と言ったそうだ。

拓は、その瓶をまだ持っている。

中身は、とっくに白く固まっている。

「先生に、その話をしたんです。次の年の夏に」

拓は湯呑みを置いて、外へ目をやった。

列の端に、蓋を閉めたままの箱がある。

「そしたら先生、あれを指して言いました」

「これは、空けてあるんだ、って」

私は、その箱を三年、ただの余りだと思っていた。

「毎年、八月の終わりに一箱だけ空にして、蓋を閉めておくんだそうです」

「群れが逃げても、割れても、いつでもここに戻せるように、って」

「戻ってこないほうが、ずっと多いけどな、って笑ってました」

「空けておくのは、こっちの仕事だから、って」

風が鳴って、菰の切れ端が地面を転がっていった。

私は、十九の春に、煙の中で背中を向けた。

父の言葉の続きを、聞かなかった。

聞かないまま十九年、瓶だけを受け取った。

台所の椅子が一脚、ずっと空いたままだったことを、私は思い出した。

父は片づけられない人なのだと、私は思っていた。

片づけない人と、空けておく人は、違う。

四十年、父は一箱を空けておいた。

そこに何を戻すつもりだったのか、父は一度も言わなかった。

言わないのが、たぶん、父の空け方だった。

私は、しゃがみこんだ。

立てなくなったのは、悲しかったからでは、ない。

三年ぶりに、膝の力が抜けたからだ。

拓は何も言わずに、湯呑みを持ったまま、外を見ていた。

しばらくして、拓が聞いた。

「今年の夏、子ども、上げてもいいですか」

学園は今も麓にある。

父がいなくなってから、夏の受け入れは途切れたままだった。

「面布が、足りません」

私はそう答えた。

拓が、はじめて声を出して笑った。

「三つ、あるはずです。壁に」

壁に掛かった三つのうち、二つは網が新しいままだった。

新しいのではない。

使う人が来なくなって、そこで止まっていただけだ。

五月の半ば、山桜が終わって栃の花が咲きはじめる頃に、分蜂が起きた。

私の五箱のうち、いちばん強い群れが、新しい女王を送り出した。

蜂の塊が栗の枝に垂れ下がって、ひとつの黒い実のようになる。

私は箕を差し出して、枝を一度だけ揺すった。

群れは、落ちた。

どこへ入れるかは、迷わなかった。

列の、いちばん端。

四十年、空けてあった箱だ。

蓋を開けた。

中は、乾いていた。

四十年、一度も蜜のついたことのない板は、白いままだった。

私は群れを落として、蓋を閉めた。

手が震えていたのは、蜂のせいではない。

その夜、二十一箱目を作りはじめた。

板の寸法は、父の箱を測って写した。

釘の頭が飛び出たのは、直さないでおいた。

拓の三箱と、同じにしておきたかった。

八月、軽トラックが三人を乗せて上がってきた。

中学生が二人と、小学校の高学年が一人。

いちばん小さい子は、車を降りてから三十分、誰とも口をきかなかった。

私は面布を三つ、作業台に並べた。

被れば、顔が見えない。

その子は面布の中で、巣枠に群がる蜂を、まばたきもせずに見ていた。

「中に、人がいるみたい」

それが、その子の最初の一言だった。

私は返事の代わりに、巣枠を少しだけ傾けて、光の当たる角度を変えてやった。

夕方、瓶に蜜を詰めて、三人に一本ずつ渡した。

その子が瓶を両手で持って、しばらく動かなかったのを、私は見ていた。

何も言わなかった。

言わないのが、たぶん、この山のやり方だ。

八月の終わりに、私は採蜜を終えて、一箱だけ群れを移した。

父がしていたのと、同じ手順で、同じ日に。

空の箱を列の端に置いて、蓋を閉める。

何を戻すつもりなのか、私も言わないでおくことにした。

十一月に、菰を巻いた。

縄は、輪をひとつ余分に通して結んだ。

教わっていない結び方を、私はもう、覚えてしまっている。

雪が来て、平が白くなって、また十二月が半ばになる。

私は雪をかき分けて、板の隙間に耳を当てる。

鳴っている。

端から二番目の箱も、鳴っている。

父が四十年、鳴らさずに置いていた場所だ。

蓋は、開けない。

開けなくても、分かる。

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