青いポリタンクを置いていく朝

雪道を上る冬の海辺の村

蛇口をひねって、空気の音しかしない朝というものを、私はあの冬まで知らなかった。

きゅう、と細い音がして、それきりだった。

水は、来ない。

元日の地震から、三日目の朝だ。

私は町の小学校の体育館にいて、床の冷たさで目を覚ました。

毛布の上から膝を抱えて、しばらく天井の梁を見ていた。

体育館の隅の水道にも、朝から人が並んでいた。

出ないと分かっていても、みんな一度は行って、ひねって、戻ってくる。

そういう三日目だった。

その日から私は、青いポリタンクというものを毎朝見ることになる。

元日の夕方のことだった。

私は台所で、ひとりぶんの雑煮を温めていた。

鍋が鳴って、それから床が鳴った。

立っていられなくて、流しの下の扉に手をついた。

冷蔵庫が横に歩いて、壁に当たって止まった。

揺れがおさまってから、最初に思ったのは火のことだった。

コンロは消えていた。

ガスは、自分で止まってくれていた。

次に思ったのは、水のことではなかった。

水のことを思うのは、もっとあとになってからだ。

私は28歳で、町の水産加工場でイカの皮を剥いでいた。

指はいつも冷たくて、爪のまわりが白くふやけていた。

町の名前は真浦という。

半島の先の、小さな港町だ。

道は海沿いに一本しかない。

その一本が何か所も崩れて、町はしばらく外と切れていた。

私は真浦の生まれではない。

4年前に、この町の加工場の求人を見て、ひとりで越してきた。

親は九州にいて、そのときは電話がつながらなかった。

つながったのは、四日目の昼だ。

無事だと伝えると、母は何も言わずに、しばらく黙っていた。

町に、頼れる親戚はいなかった。

私のアパートは、町のいちばん端にあった。

坂を上りきった、松林のきわ。

二階建ての、古い文化住宅だ。

外階段の手すりが片側だけ外れて、外壁に長い亀裂が入った。

それでも住めないことはなかった。

昼は体育館にいて、夜はその部屋に戻る生活をしていた。

電気は五日目に来た。

水だけが、いつまでも来なかった。

もともと、うちの蛇口は水の出が遅かった。

ひねってから、一拍おいて出る。

越してきた年に、大家さんに言われたことがある。

「いちばん端やけん、ちょっと待たされるんよ」

そのときは、そういうものかと思っただけだった。

4年住んで、私はその一拍にすっかり慣れていた。

体育館の夜は、いろんな音がした。

咳と、いびきと、ビニール袋の音。

段ボールの仕切りの向こうで、誰かが小さくラジオをかけていた。

私は毎晩その音を聞きながら、明日の朝の水のことを考えていた。

考えることが、水しかなかった。

給水車の来る時間

給水車が来るようになったのは、三日目の朝からだった。

午前7時、小学校の校門の前。

一世帯につき20リットルまで。

町の広報車がそう言って回っていた。

20リットルというのは、思っているよりずっと重い。

満タンのポリタンクを提げると、体が片側に傾く。

傾いたまま坂を上るので、翌日は肩の付け根が痛くなった。

給水の列は、6時半にはもうできていた。

いちばん前は、たいてい東さんだった。

80を過ぎたおばあさんで、腰が曲がっているのに足だけは速い。

東さんは並ぶたびに、後ろを振り返って言う。

「今日はいちばんや」

誰も競っていないのに、東さんだけが毎朝勝っていた。

その後ろに、犬を連れた前田さんがいた。

コロという名前の柴犬で、並んでいるあいだじゅうポリタンクの匂いを嗅いでいた。

前田さんはある朝、真剣な顔で係の人に交渉していた。

「カップ麺のぶんは、別にしてもらえんやろか」

係の若い人が、本気で困っていた。

列のあちこちから笑い声が出た。

私はそのとき、三日ぶりに笑った。

笑ったあとで、少し泣きそうになった。

水のことばかり考えていると、人は妙なところで泣きたくなる。

顔を洗う水と、床を拭く水は、別のバケツに分けていた。

髪は、十日目に駐車場へ来た入浴車で、やっと洗った。

順番が来たときには、もう日が暮れていた。

濡れた髪のまま外に出ると、睫毛が凍りそうに冷たかった。

それでも、その夜はよく眠れた。

青いポリタンクの取っ手

列に並ぶと、必ず目に入る人がいた。

戸野さんだ。

67歳だと聞いていた。

町でずっと水道の仕事をしてきた人だ。

うちの台所の蛇口も、たぶんこの人が付けたのだと思う。

背は低い。

首の後ろだけが、冬でも日に焼けていた。

戸野さんは、いつも列のいちばん後ろにいた。

そして、青いポリタンクを、両手にひとつずつ提げていた。

ふたつ。

一世帯につき20リットルまで、と広報車は言っていた。

私はその二つ目を見るたびに、胸の奥が小さく尖った。

戸野さんのポリタンクは、どちらも同じ青だった。

同じ形で、同じ大きさで、同じ色。

ただ、片方だけ、取っ手の青いビニールが白く毛羽立っていた。

もう片方は、新しいもののようにつるりとしていた。

私はそれを、二つ目を後から買い足したからだと思っていた。

一度だけ、戸野さんと言葉を交わしたことがある。

五日目の朝だった。

順番が来て口金を外そうとしたら、うまく回らなかった。

手がかじかんでいた。

何度もやっていると、後ろから手が伸びてきた。

戸野さんだった。

口金を受け取って、指の付け根で一回まわして、すぐに開けた。

それから、中の黒い輪を爪の先で持ち上げて、明かりに向けた。

「パッキンが減っとる」

そう言って、作業着の胸のポケットから小さな袋を出した。

同じ形の黒い輪が入っていた。

戸野さんは私の口金の輪を新しいものに替えて、返してよこした。

「これで、こぼれん」

私は、ありがとうございます、と言った。

顔を上げたときには、戸野さんはもう列の後ろに戻っていた。

水の出ん町で、水漏れの心配をする人がいるのだと、そのとき思った。

思っただけで、それ以上は考えなかった。

六日目の朝、列の前のほうで、誰かが小さな声で言った。

「あれ、ええんやろか」

誰を指しているのかは、言わなくても分かった。

係の人は、何も言わなかった。

戸野さんも、何も言わなかった。

ただ、その日も二つ提げて、坂のほうへ歩いていった。

私は、その背中を見送った。

見送りながら、腹を立てていた。

自分が我慢していることを、誰かが我慢していないように見える。

それは、あの頃いちばん苦しいことだった。

同じ日、列の途中で、谷内さんが私の肘をつついた。

加工場で同じ台に立っていた人だ。

「戸野さんとこ、ひとり暮らしやろ」

谷内さんは、それだけ言って前を向いた。

私は何も言わなかった。

何も言わずに、小さくうなずいた。

あのうなずきを、私は今でも覚えている。

戸野さんは、並んでいるあいだ、ほとんど誰とも話さなかった。

ただ、唇だけが少し動いていた。

数えているように見えた。

一度、前田さんが聞いたことがある。

「戸野さん、何を数えとるんですか」

戸野さんは首を横に振った。

「数えとらん」

それだけだった。

外階段の下に置くもの

一週間が過ぎて、加工場が当分動かないと決まった。

冷凍庫の電源が落ちたまま何日も経って、中のものは全部だめになっていた。

同じころ、内陸の市の弁当工場が臨時で人を入れるという話が回ってきた。

バスは一日に二本だけ動いていた。

朝いちばんのバスは、6時50分に出る。

給水車が来るのは7時だ。

私は、並べなくなった。

バスは、坂の下の停留所から出る。

6時50分に間に合うには、5時半に起きなければならない。

暗いうちに階段を降りて、真っ暗な海沿いの道を歩く。

工場に着くと、暖かい。

暖かいところで働いていると、町のことを忘れていられた。

忘れていられる時間が欲しくて、私は残業を断らなかった。

初めて並ばなかった日の夜、坂を上って部屋に帰った。

外階段の下に、青いポリタンクが置いてあった。

持ち上げると、重かった。

満タンだった。

私はしばらく、それを見下ろしていた。

大家さんだろうと思った。

大家さんはそのとき既に娘さんのところへ移っていた。

私はまだ、それを知らなかった。

次の日も、置いてあった。

その次の日も。

朝、部屋を出るときには何もない。

夜、帰ってくると、階段の下に一つある。

空になったほうを置いていくと、翌日には満タンのものに替わっていた。

帰りが遅くなるほど、その水は冷たくなっていた。

私はそれを、ありがたいと思うより先に、気味が悪いと思った。

誰が、と考えるより先に、なぜ私に、と考えた。

人の親切を素直に受け取れないくらいには、あの頃の私は疲れていた。

一度だけ、待ち伏せようとしたことがある。

工場を早退して、昼過ぎに坂を上った。

階段の下には、もう水が置いてあった。

私は何も見なかった。

そのあと、待ち伏せるのはやめた。

知ってしまえば、お礼を言わなければならない。

お礼を言えば、次の日からは置いてもらえなくなる気がした。

そういう計算をする自分が、いちばん嫌だった。

二月の半ばに、町の半分で水が出た。

うちのあたりは、そのまた後だった。

結局、私の蛇口から水が出るところを、私は見ていない。

出るより先に、私が町を出たからだ。

内陸の市の工場が、正式に採ってくれることになった。

部屋は、市が借り上げたアパートだった。

引っ越しの日は、よく晴れていた。

荷物は軽トラック一台にも満たなかった。

最後に、外階段の下の青いポリタンクをどうするか迷った。

誰のものか、分からないままだった。

返す相手が分からないものを、置いていくわけにもいかない。

私はそれを、助手席の足元に載せた。

軽トラックを出すとき、階段の下のコンクリートが目に入った。

丸い輪が、いくつも重なっていた。

ポリタンクの底の形だった。

雨に洗われずに残っていたのは、そこが庇の下だったからだ。

輪は、ぴったり重なってはいなかった。

少しずつずれて、白く、たくさんあった。

そのときの私は、それを見ても何も思わなかった。

水を置いた跡だな、と思っただけだ。

町を出る日の朝に、人は多くのことを考えられない。

町でいちばん最後の蛇口

それから、二年八か月が過ぎた。

私は31歳になって、いまも同じ弁当工場にいる。

検品の係で、ベルトの上を流れていく容器を一日じゅう見ている。

先月の日曜日、網戸を張り替えようと思って、郊外のホームセンターに行った。

水道用品の棚の前だった。

作業着の背中に、見覚えがあった。

首の後ろだけが、日に焼けている。

戸野さんだった。

声をかけるまでに、たぶん一分くらいかかった。

戸野さんは私を見て、少し考えてから言った。

「松林の、上のほうの人やな」

名前ではなく、場所で覚えられていた。

私は、それが妙に嬉しかった。

戸野さんは、去年からこの店で働いているのだと言った。

水道の仕事はやめたそうだ。

右手の指が途中までしか曲がらん、と言って、開いて見せてくれた。

薬指と小指が、途中で止まっていた。

「もう管は触れん。棚に並べるだけや」

そう言って、笑っていた。

私は、網戸の押さえゴムを持ったまま立っていた。

戸野さんは、それを見て、太さが違うと言った。

棚から別のものを取って、並べて見せてくれた。

確かに、細い。

こういうことを、この人は四十年やってきたのだと思った。

私は、聞こうかどうか、まだ迷っていた。

二年八か月、誰にも聞けずにいたことだった。

「あの、うちの階段の下に、水を置いてくださっとったの」

言い終わる前に、戸野さんが言った。

「ああ」

それだけだった。

あんまりあっさりしていたので、私は次の言葉を用意していなかった。

「なんで、うちやったんですか」

戸野さんは、棚のパッキンの箱を一つ、向きを直した。

「あんたんとこは、町でいちばん最後に水が来る場所や」

そう言って、こちらを見た。

「いちばん高いとこにあって、いちばん端や」

「止まるときは最初に落ちる。通すときは最後に来る」

私は、蛇口の一拍のことを思い出した。

ひねってから、水が来るまでの、あの短い間のことだ。

「四十年、末端から見にいっとった」

戸野さんは、手のひらを下に向けて、水平に動かした。

「通っとるかどうかは、いちばん遠いとこ見ればわかる」

「手前は、みんな出とるに決まっとるけん」

私は、うなずくことしかできなかった。

私は、真浦のことを聞いた。

道は去年つながったそうだ。

加工場は、建て直さないことに決まったらしい。

松林の上の文化住宅も、もう取り壊されたと聞いた。

「あの坂はきつかったやろ」

戸野さんが言った。

私は、きつかったです、と答えた。

きつかったです、と口に出せたのは、そのときが初めてだった。

「それと」

戸野さんが、少し笑った。

「あんたんとこからは、4年、一ぺんも電話が来んかった」

「電話」

「水が出んいうて、みんなかけてくる。朝いちばんに、怒った声で」

戸野さんは、パッキンの箱をもう一つ直した。

「あんたは、待っとったんやろ」

私は何か言おうとして、うまくいかなかった。

一拍待つことを、私は我慢だと思ったことが一度もない。

ただの癖だった。

その癖を、この人は4年ぶん数えていた。

資材売り場のパッキン

もうひとつだけ、聞かなければならないことがあった。

「戸野さん、ポリタンク、二つ持っとりましたよね」

「持っとった」

「片方がうちので、もう片方が、戸野さんの」

戸野さんは、首を横に振った。

「ちがう」

「え」

「二つとも、よそのぶんや」

私は、意味が分からなかった。

「じゃあ、戸野さんのは」

戸野さんは、少しのあいだ黙っていた。

それから、当たり前のことを言うように言った。

「いちばん後ろやったろ」

「はい」

「足りんかったら、黙って外れられる」

私は、息を吸ったまま、しばらく吐けなかった。

唇が動いていたのを思い出した。

数えとらん、と言っていた朝のことも。

東さんがいちばん前で、前田さんがコロを連れて、その後ろに私がいた。

戸野さんは、その全部を後ろから数えていた。

並んでいる人の数と、車のタンクに残っている量。

戸野さんはそれを、毎朝ずっと照らし合わせていたのだ。

自分が外れれば、20リットル足りる。

二つ提げて帰る人が、いちばん最後で、いちばん先に諦める人だった。

戸野さんは、自分のぶんを、一度も受け取っていなかった。

「じゃあ、水はどうしとったんですか」

「裏の川」

「煮沸すりゃ飲める。四十年、あの川の水は見とる」

「あのポリタンク、まだ持っとるか」

「持っとります」

「ええよ。もう、水は運ばんけん」

戸野さんは、棚から小さな袋を一つ取って、私に押しつけた。

蛇口のパッキンだった。

「取っ手の内側、見てみ。提げて運んだやつは、内側から白うなる」

私が何か言おうとすると、戸野さんは首を振った。

「それ、ええやつやけん」

それでも、私は笑った。

レジのほうへ歩きながら、振り返らなかった。

顔を見られたくなかったからだ。

部屋に帰って、ベランダに出た。

あの青いポリタンクは、まだそこにある。

しゃがんで、傾けて、底を見た。

縁が、片側だけ丸く減っていた。

坂を上って、膝をついて、そっと置いた側だ。

取っ手の内側は、白く毛羽立っていた。

4年住んだ部屋の階段の下に重なっていた、あの白い輪を思い出した。

一日にひとつずつ、少しずつずれて増えていったのだと、今なら分かる。

袋の中の黒い輪を、指の先で持ち上げてみた。

「これで、こぼれん」と言った朝の声が、そのまま戻ってきた。

台所に行って、蛇口をひねった。

ここの水は、ひねった瞬間に出る。

待つ時間が、ない。

それを、私は少しさびしいと思う。

あの一拍は、誰かがいちばん遠いところまで見にきてくれていた時間だった。

いまは、蛇口をひねって、水が出るまでの一拍を、私のほうが待つようになった。

コップを出すのは、そのあとでいい。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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