月まで届いた嘘

私は、たった一度だけ、実況で嘘をついたことがあります。

四十年近く、野球の実況をしてきました。

事実を、正確に、声に乗せて伝える。

それが、アナウンサーの、たったひとつの仕事です。

見えないものを、見ている人に。

聞いている人に、その場の景色を、ありのままに届ける。

だからこそ、嘘だけは、ついてはいけない。

そう信じて、私はマイクの前に座り続けてきました。

声には、表情があります。

高ぶる声、沈む声、祈るような声。

私はその声で、何万もの人に、見えない景色を届けてきました。

誇りのある、仕事でした。

それでも、私は一度だけ、嘘をつきました。

あの一球を、私は、いまも忘れることができません。

あれは、もう三十年ほど前のことです。

私はまだ若く、地方局の駆け出しのアナウンサーでした。

ある日、局に一通の手紙が届きました。

宛名は、私たちの地元球団の、ベテランの四番打者でした。

名前を、仮に、村瀬さんとしておきましょう。

村瀬さんは、その年、ひどい打撃不振に苦しんでいました。

かつては球場を沸かせた長距離砲も、四十を前にして、引退の噂が絶えませんでした。

村瀬さんは、その球団の、生え抜きの選手でした。

若い頃は、誰よりも遠くへ、ボールを飛ばしました。

ファンは、彼のホームランを見るためだけに、球場へ通ったものです。

けれど、年齢には、勝てません。

バットは振り遅れ、自慢の打球も、外野の定位置に収まるようになっていました。

スタンドからは、心ない野次も、飛びました。

それでも村瀬さんは、毎日、誰よりも長く、バットを振り続けていました。

その姿を、私は、実況席から、ずっと見てきました。

手紙の差出人は、市内の病院に入院している、ひとりの少年でした。

私は、その手紙を、彼に届ける役を任されました。

不振の村瀬さんに、こんな手紙を渡してよいものか、私は迷いました。

これ以上、重荷を背負わせることに、なるかもしれない。

それでも私は、その封筒を、村瀬さんの手に、そっと渡しました。

便箋には、たどたどしい、けれど一生懸命な字が、並んでいました。

『むらせせんしゅへ。

ぼくは、めがみえません。

でも、ラジオで、まいにち、せんしゅのしあいをきいています。

せんしゅがホームランをうつおとが、ぼくは、せかいでいちばんすきです。

ぼくは、もうすぐ、めのしゅじゅつをします。

うまくいけば、みえるようになるかもしれません。

でも、こわくて、こわくて、たまりません。

せんしゅみたいな、つよいこころが、ほしいです。

ぼくのヒーローへ』

私は、その手紙を、何度も読み返しました。

そして、これは、伝えなければならない、と思いました。

後で知ったことですが、その少年は、健太くんといいました。

幼い頃の病気で、光を失ったのだそうです。

長い入院生活のなかで、外の世界とつながる窓は、古いラジオ、ただひとつでした。

健太くんは、毎晩、布団にもぐって、野球中継に耳を澄ませました。

バットのしなる音。打球の弾ける音。歓声のうねり。

音だけで、彼は、グラウンドの景色を、頭の中に描いていました。

「いまの音は、ライト線の二塁打だ」

「いまのは、詰まった当たりだね」

付き添う母親が驚くほど、健太くんは、音で打球を、言い当てたといいます。

なかでも、村瀬さんがホームランを打つときの、あの乾いた一打の音が、彼は何より好きでした。

「あの音を聞くと、胸がすうっとするんだ」

健太くんの病室は、五階の、いちばん奥にありました。

窓の外には、遠くに、球場の照明塔が見えたそうです。

もちろん、健太くんには、その光は、見えません。

それでも、ナイターのある夜は、ラジオを抱えて、窓のほうを向いていたといいます。

「いまごろ、あそこで、村瀬選手が打ってるんだね」

見えない光のほうへ、彼はいつも、まっすぐ顔を向けていました。

見えない少年にとって、村瀬さんのバットの音は、世界の広さを教えてくれる、希望の音だったのです。

村瀬さんは、不振のさなかでした。

それでも、少年の手紙を読むと、しばらく黙ったあと、こう言いました。

「会いに行こう。その子に」

病室での対面は、すぐに実現しました。

少年は、ベッドに身を起こし、見えない目で、まっすぐ村瀬さんのほうを向いていました。

「村瀬選手ですか」

「ああ、村瀬だ。きみの手紙、嬉しかったよ」

少年の手が、おそるおそる、村瀬さんの大きな手に触れました。

「すごい。手が、ごつごつしてる」

「毎日、バットを振ってるからな」

「ホームランって、どんな感じですか」

健太くんが、たずねました。

村瀬さんは、少し考えてから、答えました。

「そうだな。芯で捉えると、手に、なんの衝撃もないんだ」

「打った気が、しないくらいに」

「あれ、痛くないんですか」

「ああ。気持ちよくて、空に吸い込まれていくみたいでな」

健太くんは、その言葉を、宝物のように、繰り返しました。

「空に、吸い込まれていく……」

見えない目を細めて、彼は、見えないボールの行方を、追っているようでした。

少年は、はにかんで笑いました。

その笑顔を、村瀬さんは、まぶしそうに見つめていました。

別れぎわ、村瀬さんは、ひとつのボールを、健太くんの手に握らせました。

「これ、俺が使ってたボールだ。お守りにな」

健太くんは、両手で、そのボールを、大事そうに包みました。

「ありがとうございます。一生、宝物にします」

そのボールを、健太くんは、手術のあいだも、ずっと握りしめていたそうです。

別れぎわ、村瀬さんは、少年と、ひとつの約束をしました。

「今度の試合で、俺がホームランを打ったら、きみは、勇気を出して手術を受ける。どうだ」

少年は、息を呑みました。

「ほんとうに、打てますか」

「打つさ。きみのためにな」

「……わかりました。約束します」

その声は、小さく、震えていました。

怖くないわけが、ありません。

それでも健太くんは、ヒーローとの約束のために、震える声で、約束したのです。

小指と小指を、そっと、からめました。

病室を出たあと、村瀬さんは、廊下で、ぽつりと言いました。

「参ったな。もう何ヶ月も、打ってないってのに」

その横顔は、笑っているのに、どこか、泣きそうにも見えました。

私は、何も言えませんでした。

試合の前夜、私は、球場の室内練習場に、村瀬さんを訪ねました。

灯りはひとつだけ。

村瀬さんは、たったひとり、黙々と、バットを振っていました。

額から、汗が、したたっていました。

何百回、何千回。

その音だけが、がらんとした練習場に、響いていました。

「無理を、しないでください」

私が言うと、村瀬さんは、振る手を止めずに、笑いました。

「打てなかったら、あの子に、なんて言えばいい」

「嘘でも、いいんだ。あの子が、勇気を出してくれるなら」

その背中は、不振にあえぐ老兵ではなく、ひとりの父親のように、見えました。

私は、頭を下げて、練習場を、後にしました。

約束の試合の日が来ました。

私は、その試合の、ラジオ実況を担当していました。

試合は、終盤までもつれました。

一点を追う、九回裏でした。

二死から、走者が、塁に出ました。

ベンチも、スタンドも、総立ちです。

打席に向かう村瀬さんに、地鳴りのような声援が、降り注ぎました。

そして、村瀬さんの、その日最後の打席が回ってきました。

私は、マイクに向かって、声を張りました。

「さあ、四番、村瀬。この打席に、すべてがかかっています」

病院のベッドで、少年が、ラジオに耳を澄ませているはずでした。

全国の、いや、少なくともこの街じゅうの人が、あの約束を、知っていました。

新聞が、少年と村瀬さんの話を、大きく報じていたのです。

その記事は、街じゅうの人の心を、動かしました。

喫茶店でも、銭湯でも、人々は、あの約束の話をしていました。

「村瀬、打てるかねえ」

「打ってほしいなあ。あの子のためにも」

不振の四番打者は、いつのまにか、街じゅうの願いを、背負っていました。

球場は、固唾を呑んで、見守っていました。

病院では、健太くんが、母親と並んで、ラジオの前に座っていました。

小さな手は、シーツを、ぎゅっと握りしめていたそうです。

「村瀬選手、打てるかな」

「打つわよ。約束したんだもの」

母親は、そう言いながら、祈るように、両手を合わせていました。

球場の何万人もが、テレビやラジオの向こうの少年のことを、知っていました。

誰もが、同じ祈りを、胸に抱いていました。

どうか、この一打を。

どうか、あの子に、勇気を。

カウントは、ツーストライク、スリーボール。

フルカウントです。

ピッチャーが、振りかぶりました。

最後の一球が、投じられました。

村瀬さんのバットが、空を切りました。

ボールは、大きな音とともに、キャッチャーミットに、突き刺さりました。

空振り、三振。

バットは、ボールの、はるか上を、通り過ぎていました。

村瀬さんの、最後の力を振り絞った、渾身のスイングでした。

けれど、ボールは、無情にも、ミットの中でした。

球場全体から、ため息が、漏れようとしました。

その瞬間です。

私の頭に、病室の少年の顔が、浮かびました。

『つよいこころが、ほしいです』

あのたどたどしい字が、目の裏に、よみがえりました。

私は、考えるより先に、マイクに向かって、叫んでいました。

マイクを握る手が、震えていました。

事実だけを伝える。

四十年、守ってきたはずの、その誓いが、このとき、音を立てて崩れました。

それでも、構わない、と思いました。

「打ったー! ホームランです!」

「大きい、大きい! 月にまで届きそうな、特大のホームランだー!」

一瞬、球場が、しんと静まりました。

スタンドの人々が、私の実況席を、振り返りました。

そして、誰からともなく、立ち上がり、割れんばかりの拍手が、湧き起こったのです。

観客は、すべてを、わかっていました。

わかった上で、少年のために、声を限りに、歓声を上げてくれたのです。

グラウンドの村瀬さんも、空振りの体勢のまま、天を仰いでいました。

その頬を、一筋、光るものが、伝っていました。

試合のあと、村瀬さんは、記者たちに囲まれました。

誰ひとり、空振りのことを、口にしませんでした。

ひとりの記者が、こう聞きました。

「いまの一打、どんな思いで振りましたか」

村瀬さんは、しばらく黙ってから、静かに答えました。

「あの子が勇気を出してくれるなら、俺の野球人生は、それで十分です」

その夜、私は、なかなか眠れませんでした。

嘘をついた、という罪の意識と。

それでも、あれでよかったのだ、という思いが。

ふたつ、胸の中で、いつまでも、せめぎ合っていました。

数日後、少年は、勇気を出して、手術を受けました。

手術は、成功しました。

少年の目は、見えるように、なったのです。

目隠しが外された日、健太くんが、最初に見たのは、付き添ってきた母親の顔だったそうです。

母親は、声をあげて、泣きました。

「見える。お母さん、顔が、見えるよ」

健太くんも、初めて見る母の顔を見つめて、泣いていました。

見えるということが、どれほどの奇跡か。

その奇跡へ踏み出す勇気を、あの一打が、与えてくれたのです。

退院の日、少年は、村瀬さんと、私のところへ、挨拶に来ました。

初めて、自分の目で、村瀬さんを見上げて、少年は言いました。

「やっぱり、大きいです。ホームランを打つ人の、顔だ」

村瀬さんは、何も言わず、ただ、少年の頭を、大きな手で、撫でていました。

私は、自分の嘘が、ばれてしまうのではないかと、ひやひやしていました。

けれど、少年は、最後まで、信じきっていました。

あの日、村瀬さんが、月まで届くホームランを打ったのだ、と。

その年かぎりで、村瀬さんは、現役を引退しました。

引退の挨拶のあと、彼は、私にだけ、そっと、こう言いました。

「あの空振りが、俺の野球人生で、いちばんの一打だったよ」

不振の末の、静かな引退でした。

それでも、その背中は、どこか、満ち足りているように、見えました。

それから、長い年月が流れました。

村瀬さんは、その年かぎりで、ユニフォームを脱ぎました。

私は、転勤を重ね、いつしか、定年を迎えました。

そんなある日、私のもとに、一人の青年が訪ねてきました。

立派に成長した、あの少年でした。

「ずっと、お礼が言いたかったんです」

彼は、深々と、頭を下げました。

「実は、ずいぶん前に、当時の新聞を読んで、知ったんです」

「あの打席が、本当は、空振りの三振だったって」

私は、言葉を失いました。

彼は、まっすぐ私を見て、微笑みました。

「でも、あれは、ぼくの人生でいちばん大きなホームランでした」

「あの嘘が、ぼくに、目を開ける勇気をくれたんです」

「あの音のない世界で、ぼくは、ずっと怖かった」

「でも、あの実況を聞いた瞬間、世界が、ぱっと明るくなったんです」

「見えないぼくにも、あのホームランが、たしかに、見えた気がした」

「ぼくは、あの嘘に、救われたんです」

「だから今度は、ぼくが、誰かの世界を、声で照らしたい」

そう言って、青年は、晴れやかに、笑いました。

青年の目に、うっすらと、涙がにじんでいました。

私は、何も言えず、ただ、彼の手を、握り返しました。

退院してしばらくして、健太くんは、初めて、自分の目で、球場へ行ったそうです。

青い芝生。白いボール。村瀬さんの、大きな背中。

ラジオの中だけにあった世界が、目の前に、ありありと広がっていました。

「想像していたより、ずっと、まぶしかった」

後年、彼は、そう語っていました。

青年は、いま、ラジオ局で、働いているそうです。

見えない人にも、その場の景色が、ありありと伝わるように。

言葉で、世界を、届けているのだといいます。

「先生みたいな、アナウンサーになりたくて」

そう言って、彼は、笑いました。

私は、四十年近く、嘘だけはつくまいと、声を出してきました。

たった一度ついた、あの嘘を、私は、いまも誇りに思っています。

事実だけが、人を救うのではないのだと思います。

ときに、たった一言の優しさが、ひとりの人生を、まるごと照らすことがある。

あの日、月まで届いたのは、ホームランではありませんでした。

村瀬さんと、球場の何万人もの、優しさだったのです。

健太くんが、音だけで打球を言い当てたように。

人は、目に映るものだけで、世界を見ているのではないのだと思います。

本当に大切なものは、いつも、見えないところに、あるのかもしれません。

あの日、私がついた嘘も。

村瀬さんが流した、ひとすじの涙も。

何万人もの、優しい歓声も。

どれも、目には、見えませんでした。

それでも、たしかに、そこに、ありました。

私は、いまでも、ラジオから流れる野球中継を、聴くことがあります。

打球の音が響くたび、あの病室の少年の、見えない目を、思い出します。

音だけを頼りに、世界の広さを信じていた、あの澄んだ横顔を。

嘘をついてはいけない、と私は教わってきました。

けれど、人を生かす嘘も、この世には、たしかにあるのだと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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