継ぎ目の音を数えた子
六十三歳で夜間の大学に入った元保線員の私は、講義室の窓の震えの中に線路の継ぎ目の音を聞いていました。十八年会っていない父と息子をもう一度つないだのは、私がかつて…
読んでいるうちに、胸がじわりと温かくなる話を集めました。日常の中に隠れた誰かの優しさ、見えないところで続けられた愛情、言葉にならなかった想い。泣けるというより、しみじみと何かが伝わってくる——そんな感動する話をお届けします。
六十三歳で夜間の大学に入った元保線員の私は、講義室の窓の震えの中に線路の継ぎ目の音を聞いていました。十八年会っていない父と息子をもう一度つないだのは、私がかつて…
夫は毎晩、玄関で靴を外へ向けて並べ直しました。几帳面な小言だと思い、私は十年も腹を立てていたのです。隣の棟が燃えた冬の夜、その手つきの意味をようやく知りました。…
七つで両親に置いていかれた私を、血のつながらない花火師が引き取った泣ける話。五十年ただの一度も名前を呼ばれず、玉名帳にも名簿にも私の名はなかった。その理由は、空…
三つだった姪を自分の娘として育てた紙漉きの女の泣ける話。毎年一枚だけ漉いた売らない透かし紙が、三十年後に娘の手から返ってくる。十月十九日にだけ名を呼ばれなかった…
土曜の三時、最前列の右端にいつも同じ子が座っていた。照明が落ちた数秒だけ、その子は声を出せた。三十年後、閉館の決まったプラネタリウムに現れた整備士が、肘掛けに残…
湯屋の富士は、女湯の裾だけが四十三年ずっと白いままだった。絵描きが仕事を放ったのだと、私はずっと思っていた。廃業を決めた最後の夜、大阪から来た兄弟子が差し出した…
十四で継母を迎えた私を、くめさんは一度も名前で呼ばなかった。泣ける話としてお届けする長編の感動短編です。表具屋の土間に五十年、封を切らずに置いた三つの糊甕。五十…
結婚してから五十年、私は夫の隠しごとを恨み続けました。毎年八月十四日だけ、あの人は何も言わずに家からいなくなるのです。継ぎ当てだらけの萌黄色の蚊帳と、桶屋の指に…
寒天づくりの町に嫁いだ私は、四十年ものあいだ夫に小さな嘘をついていました。夫が毎冬とっておいた割れ寒天の行き先を、廃業を決めた最後の冬に、思いがけない訪問者から…
炭鉱の閉山で置いていかれた子を二十二人預かった母は、実の娘の私だけをいつも最後にした。子どもたちの茶碗は欠けたまま並び、私の茶碗だけがどこも欠けていない。三十年…
昭和三十四年の奥能登。電気の来ない集落の分校で、十九歳のわたしは毎晩ランプの火屋を磨いていた。ようやく電線が届いた夜、村中に灯りがともるのに、分校だけが暗いまま…
父の種袋には、売れ残りの古い種が入っているのだと思っていました。無口な父を見送り、二十四で小さな種苗店を継いだ春、私は触るなと言われた一番上の棚に手を伸ばします…
昭和三十六年、堤防工事の飯場から転校してきた幼なじみに、私は兄のお下がりの運動靴を貸しました。学級費が消えた日、私は教室で黙りました。四十年後、同じ堤防の改修工…
父が遺した十七の巣箱のうち、一箱だけがいつも空だった。三年ぶりに雪を掘り返した私を待っていたのは、いつのまにか増えた三つの箱と、十六の夏にこの高原へ来た青年の話…
三年ぶりに帰った実家で、祖母のラジオは今日も雑音だけを流していました。二人きりの食卓なのに、祖母は毎晩きまって大根を四つに切ります。その四つ目が誰の分なのかを知…