妻の青い点は自転車屋で止まる
木曜の夜、妻の青い点は商店街の外れで止まったまま動かなかった。問い詰めるつもりで路地の奥の自転車屋へ向かった私は、三年前に手放したはずの赤い色が吊られているのを…
読んでいるうちに、胸がじわりと温かくなる話を集めました。日常の中に隠れた誰かの優しさ、見えないところで続けられた愛情、言葉にならなかった想い。泣けるというより、しみじみと何かが伝わってくる——そんな感動する話をお届けします。
木曜の夜、妻の青い点は商店街の外れで止まったまま動かなかった。問い詰めるつもりで路地の奥の自転車屋へ向かった私は、三年前に手放したはずの赤い色が吊られているのを…
犬の散歩の記録が届き続け、猫の銀の鈴が鳴り、九官鳥がおかえりと繰り返す。ペットの泣ける話を11本選び、犬・猫・鳥と山羊の順に案内します。別れのあとも寄り添う小さ…
二日の午前零時、スマホが一度だけ短く震える。毎月二日の千円は、三年間、同じ五文字のメモを添えて届いた。実家から届いた部費帳の鉛筆の十二行を見つけた夜、私は初めて…
木曜になると、棚の遺失物の傘だけが数本消えていく。几帳面な駅員は、雨の改札の庇の下で元助役の老人を問いただした。盗みではなかった。けれど棚の奥の小さな青い傘だけ…
卵焼きの形も、割烹着の匂いも、母は何も言わずに残していた。台所と道具と遅れて届いた言葉から、母の泣ける話を十四編ならべました。弁当や携帯、ボタン缶といった小さな…
二杯目はいらない、と言いながら、私は毎月、父が取ってくる二杯目のメロンソーダを半分も飲まなかった。残りを飲み干す父が恥ずかしくて、会うのをやめた。十四年後、結婚…
毎年十一月、祖母から十一個の梨が届いた。毎年、箱の新聞紙を丸めて捨てながら、出来損ないの木の梨だと思っていた。俺の梨の木は、生まれた年に裂けた「半分の木」だと、…
園バスの運転手が対向の白い冷凍車へ返してきた二回のパッシング。年中の湊くんは朝に「ただいま」、夕方に「いってきます」と言う。言い間違いだと思っていた私は、ライト…
夜勤の夫と入れ違いに暮らして七年。帰宅した私を待つのは、いつも四十一度の湯と、橙色に点いた保温ボタンの小さな灯だった。ところが台風で早く帰った夜、浴槽は空っぽで…
駅そばの窓に立って三年。五時五分になると、店長は誰も頼まない月見を一杯作り、下りが出たあとに伸びたまま食べる。閉店の朝、私はその丼を持って跨線橋を渡り、二番ホー…
深夜三時半に出庫する塵芥収集車。先輩運転手の松原は、ある県営住宅の前で毎朝一分だけ圧縮レバーを切る。朝四時の圧縮音が止まる理由を、語り手は二年間訊けなかった。仕…
夜10時、佐渡の柿畑から届くビデオ通話。画面の中の彼は、いつも左の耳にだけ片耳のイヤホンを挿していた。聞き逃されるたびに笑い合った2年のあいだに、私は少しずつ片…
父の教習車は、冬でも助手席側の窓が指二本ぶん開いていた。所内でいちばん合格率の低い指導員だった父を、私は腕が悪いのだと思っていた。閉所の決まった教習所で古い配車…
母の煮物は、私が高校2年の春から急に濃くなった。しょっぱい、と何度も言った。母は笑うだけで、味つけを戻さない。22年後、手首を痛めた母の代わりに台所へ立った私は…
大学の食堂で、私の前に置かれる茶碗だけがいつも重かった。底の厚い茶碗は7つしかなく、みんなが避けた外れくじなのだと思っていた。3年間そう思い込んだまま、私は一度…