お母さんと呼んだ日
藍染職人の継母を、私は最後まで「お母さん」と呼べなかった。青い手が苦手だった私を川から押し上げ、そのまま帰らなかった人。遺された日記のダイヤル錠は、私の誕生日で…
家族のことを書いた話は、どれも胸に刺さります。当たり前すぎて気づかなかった愛情、不器用すぎて伝わらなかった気持ち、もう会えない人のことを思い出す瞬間。父、母、子供、祖父母——家族にまつわる感動する話をお届けします。
藍染職人の継母を、私は最後まで「お母さん」と呼べなかった。青い手が苦手だった私を川から押し上げ、そのまま帰らなかった人。遺された日記のダイヤル錠は、私の誕生日で…
十七歳の誕生日に、育ての母だと知らされた私は、母を「おばさん」と呼び、差し出された手紙さえ、その場で丸めて捨ててしまいました。その翌日、母は突然この世を去ります…
社会人になって初めての給料で母に何か贈りたかったのに、素直になれず「こんな安物かよ」と口走ってしまった三千円のエプロン。三年後に見つけた家計簿の余白が、その値札…
父の出て行った家で、母は市場と総菜屋を掛け持ちして俺を育てた。曲がった俺が過ちを犯した日も、家庭裁判所の帰り道も、母は決して泣かなかった。二十歳の冬、一枚の合格…
三年ぶりに帰省した俺は、家の事情で母の隣に布団を並べることになった。布団に染みた陽の匂いの奥にあった薄荷と糸の匂いが、忘れていた記憶を呼び覚ます。指のあかぎれ、…
雪深い北の町の借家で、母は午前五時に家を出る前、あのアルミの弁当箱へ卵焼きを詰めていた。中学二年の春、私はその箱をダサいと言って突き返し、毎朝三百円を受け取るよ…
四つで母を亡くした俺に残った記憶は、ブランコの鎖の音だけだった。右がカ、左がコ。三十年後、親父が病室でこぼした一言と、押入れの缶から出てきた一枚の短冊が、あの夕…
反抗期の朝、私は母に「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」と言い放った。母は言い返さず、ただ黙って夕飯を作った。大学入学の日、戸籍抄本に記されていた「養女」の二文…
蛍は亡くなった人の魂だと父は言いました。言葉少なな川漁師の父と、家を出て藍染職人になった娘。父が繕い続けた竹の火籠と、初盆の夜に籠へとまった一匹の蛍が、ついに交…
造船の町に生きた父は、病に伏してなお息子の全力のキャッチボールを受けとめました。痩せた腕で一球も落とさず、痛みと引き換えに投げ返してくれた三十球。最後の手帳に遺…
雨の県道で倒れた身元不明の女性の首に、錆びた留め金のペンダントが下がっていた。ピンセットでこじ開けた蓋の中の写真を、当直医の佐伯先生は知っていた。結婚式まであと…
母子家庭で小さな惣菜屋を営みながら三人の子を育てた母。電気やガスが止まった夜も割烹着姿で笑い、夜は清掃の仕事も掛け持ちしていた母が、高校進学を諦めようとした私に…
体の弱い母が、震える手で毎朝作ってくれた見映えの悪いお弁当。恥ずかしさからそれを捨て続けた娘が、母を亡くしたあとに見つけた一冊の日記。その最後の一行に綴られてい…
横浜へ単身赴任した私は、人混みが苦手だという母を、いつしかお義理でしか誘わなくなっていました。母の急逝後、遺品から出てきた横浜のガイドブック。赤鉛筆の線と、行き…
下町の蕎麦屋そば処やなぎ。二十歳の暮れ、病床の父が引き出しから出したのは黄ばんだ封筒でした。差出人は、僕が十二の冬に逝った母です。角に重なったテープの跡が四つあ…