母の想い

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 悲しい話 | | 長編

母の手を握る赤子(フリー写真)

彼は幼い頃に母親を亡くし、父親と祖母と暮らしていました。

17歳の時、急性骨髄性白血病にかかってしまい、本人すら死を覚悟していましたが、骨髄移植のドナーが運良く見つかり死の淵から生還しました。

その時に一人でも多くの人を助けることが出来たらと医者になることを決意し、猛勉強の末に某国立医科大学を卒業。

インターンを経て、彼が骨髄移植を受けた病院に就職することが出来ました。

その病院で私の友人、彼女もまた医師をしていますが、彼女と出会い、晴れて婚約をしました。

彼の祖母が先日亡くなったので、暫く沈んでいたようですが、日々忙しく働く中で、徐々に持ち直していたようです。

そんなある日、一人の救急患者が運ばれて来ました。

50代後半くらいの女性で、交通事故に遭い意識不明の重態でした。

至急家族に連絡が必要だったのですが、身分証明を所持しておりませんでした。

首に掛かっていたペンダントが俗に言うロケットタイプだったらしく、手掛かりになればと開けてみたところ、何と幼い頃の彼の写真が。

彼はすぐに父親と連絡を取り、その旨を話すと父親もすぐ病院に駆け付けました。

父親から聞いた事情はこうでした。

もともと彼の祖母をはじめとする親族は、父と母の結婚に大反対していた。

それを押し切って結婚したものの、彼の母親は物凄い嫌がらせを受け、心身ともに参ってしまったそうです。

母親は不眠症に陥り、睡眠薬が欠かせない状態で、自律神経失調症になってしまいました。

医師からは環境を変えなければ治りようが無いと言われ、少しの療養のつもりが、結局父親の親族から追い出された形になってしまったのです。

何度も息子に会いに家を訪れる母親を、祖母が知り合いの医者を使って精神異常との診断書を書かせ、それを裁判所に持ち込み、息子との接触を許されない状況にされてしまいました。

そんな状態でしたが、母親が唯一彼と接触した日があったそうです。

彼が急性骨髄性白血病にかかった時、親族で誰一人として型が一致する者が居らず、苦肉の策で母親を呼び出し検査したところ、見事に一致することが判ったのです。

もちろん母親は何の見返りも求めませんでしたが、ただ一つ、夢にまで見た息子とどうしても話がしたいと申し出ました。

そしたら手術の後、眠っている間に顔を見るのは良いと言われました。

もちろん彼は覚えてはいませんが、実際20分程だけ同じ病室に居たそうです。

彼も大好きだった遠い記憶にある優しい母が、夢にまで見た母親が目の前に居ます。

そして彼女は重態だという現状、親族一同が母親にした仕打ち…。

物凄い感情と闘いながら、必死で治療を続けました。

しかし二日間の集中治療の甲斐も虚しく、今日か明日かという状態になり、病院長から

「是非、お母さんと一緒に居てあげてください」

と言われました。

彼はずっとお母さんの傍に座り、一晩中手を握っていたそうです。

そして翌朝、お母さんは息を引き取ったそうです。

事情を知っている同僚や看護婦もみんな涙したそうです。

後日、お母さんのアパートを友人の婚約者と訪ねました。

お母さんはたった一人で暮らしており、とても質素な暮らしぶりだったそうです。

部屋には彼の幼い頃の写真が沢山飾られていました。

そして彼が手にすることの無かった、親族が送り返した大量の手紙、クリスマスプレゼント、誕生日プレゼントなどが押入れに残っていました。

通帳の表表紙には彼の名前がサインペンで書いてあって、預金額はその質素な暮らしぶりからは考えられない程の金額でした。

最後に預金した日がお母さんが交通事故に遭った一日前の日付けで、彼と婚約者はその場にうずくまって泣き続けたそうです。

本当に残念なのが、彼の父親が手紙を送っており、そこには彼が結婚を予定していること、祖母も亡くなり、今更だが息子のために結婚式に参加してもらえないかと書いていたにも関わらず、母親は受け取らないままに亡くなってしまったことでした。

約30年近く、夢にまで見たかけがえのない息子を、抱き締めることが出来ただろうに…。

みなさん、お母さんを大切にしてあげてください。

一度で良いから、

「ありがとう」

と声を掛けてあげてください。

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