パパのいるあした

優しい夜のひととき

大阪に来て、三百日が過ぎていた。

俺の名前は近藤誠司。自動車部品メーカーに勤める三十三歳で、その年の四月から単身赴任で大阪支社に転勤になった。

娘のひかりは、その年ちょうど四歳になっていた。

転勤の辞令が出たのは、ひかりの誕生日の三日後だった。

妻の友美はテーブルの向こうで、辞令の紙を一度だけ読んで、黙って台所に立った。

俺は何か言おうとして、やめた。

言葉を探したが、何も出てこなかった。「仕方ない」という言葉が頭に浮かんで、口には出せなかった。

単身赴任が始まってから、俺は毎晩七時に娘とビデオ通話をするようにした。

決まりを作ったのは友美だった。出発の前夜、ひかりが寝たあとで、友美は台所で洗い物をしながら言った。「ひかりちゃんが寝る前に、一度パパの顔を見せてあげて。それだけでいいから」

俺は「わかった」と答えた。

それだけの会話だった。でも出発の朝まで、友美は俺の目を見なかった。

大阪に着いた最初の夜、会社が用意してくれた単身寮の部屋は、六畳一間に小さなユニットバスがついただけの、がらんとした部屋だった。

窓の外に夜の街が広がっていて、遠くに観覧車の明かりが見えた。

七時になって、スマートフォンを取り出した。

呼び出し音が鳴り、画面に友美の顔が映った。「着いた?」と友美が言った。

「ああ」と俺は答えた。

「ひかり、呼んでくる」

しばらくして、画面が大きく揺れて、ひかりの顔がいっぱいに映った。

「パパー!」

ひかりは画面に顔を押しつけた。鼻がつぶれて、目が白目になっていた。

俺は思わず声を上げて笑った。大阪の、知らない街の、誰も知らない部屋で、一人で声を上げて笑った。

その笑い声が消えた後、部屋の静けさが余計に深く感じられた。観覧車の明かりがゆっくり回っていた。

毎晩の通話で、ひかりはきまってこう聞いた。

「ねえパパ、あしたかえってくる?」

最初の週は、「来週の土曜日に帰るよ」と答えた。

でも次の日もひかりは「あしたかえってくる?」と聞いた。

「あと五日で帰るよ」と俺は答えた。

翌日も同じ問いが来た。「あしたかえってくる?」

俺はそのたびに、帰宅まであと何日あるかを数えて答えた。「あと四日」「あと三日」「あと二日」「明日だよ」。

「明日だよ」と答えた夜だけ、ひかりは「やったー!」と叫んで布団の上で跳ね回った。その声が画面越しに聞こえるのが、俺は好きだった。

でも月曜日になるとまた大阪に戻り、また「あしたかえってくる?」が始まった。

俺は「来週また帰るよ」と答えながら、その一週間がひかりにとってどれほど長いのか、想像しようとしては、うまくできなかった。

四歳の娘にとって、一週間は途方もなく長い時間なのかもしれない。それでもひかりは毎晩、泣きもせず、ただ「あしたかえってくる?」と聞いた。

その健気さが、俺には時々つらかった。

ある夜、通話を終えた後、友美からLINEが来た。「ひかり、電話の後いつも布団に入ってから『もうすぐパパ帰ってくるよね』って言うんだよ」と書いてあった。「毎晩そう言ってから寝てる」

俺はそのメッセージを三回読んで、スマートフォンをテーブルに置いた。

返信をしようとして、何も送らないまま、ベッドに横になった。

転勤から半年が過ぎた頃、友美からLINEで写真が届いた。

「ひかりが作ったよ」とだけ書いてあった。

写真を開くと、居間の壁に何枚もの画用紙が貼り付けてあった。

どれもひかりが描いた絵だった。

丸い頭に二本の線が腕で、ぼこぼこした足が四本生えている。クレヨンの色が紙からはみ出して、赤や青の線が背景に散っていた。それがひかりの描く「パパ」だった。

友美によると、毎週日曜日の夜、ビデオ通話が終わるとひかりは新しい絵を描いて壁に貼るのだという。

ある日ひかりに「どうして貼るの?」と聞いたら、こう答えたそうだ。

「ここのパパはいつもいるから」

俺はその言葉を、スマートフォンの画面の前で何度も読み返した。

翌日、昼休み、大阪の事務所の休憩室で弁当を食べながら、また写真を開いた。

棒人間のパパが、壁に何十枚も並んでいた。

誠司は仕事があるから帰れない。でも画用紙の中のパパはいつもそこにいる。

俺は弁当の箸を置いて、しばらくスマートフォンの画面を見つめた。窓の外で春の雨が降っていた。

あの絵が描かれるたびに、ひかりは何を思っていたのだろうかと考えた。寂しかったのか、それとも、壁にパパがいることで少し気持ちが楽になっていたのか。それがわからないことが、俺にはいちばん苦しかった。

転勤から十ヶ月が過ぎたある夜のことだ。

いつものようにビデオ通話をしていると、ひかりがふと、こう言った。

「ねえパパ、あしたってなかなかこないね」

俺は一瞬、言葉を失った。

画面の向こうで、ひかりは手を膝の上に置いて、まっすぐこちらを見ていた。泣いているわけでも、怒っているわけでもなかった。ただ静かに、思ったことを口にしただけのような顔だった。

「あしたってなかなかこないね」

もう一度繰り返した。

俺は「そうだな」とだけ言った。

「ごめんな」という言葉は、どこかに詰まって出てこなかった。「もうすぐ帰るよ」という言葉も、その夜だけは嘘のように感じられて言えなかった。

「そうだな」。その四文字しか出てこなかった。

通話を切った後、俺は部屋の電気を消したまま、窓の外を眺めた。大阪の夜景が滲んでいた。

目が潤んでいるのに気づいて、指で目頭を押さえた。三十三歳の男が、暗い部屋で一人でいることが、その夜は急に情けなくなった。

何のために大阪にいるのか。仕事のためだということはわかっている。家族のためだということもわかっている。でも娘が「あしたってなかなかこないね」と言う声が、耳から離れなかった。

翌朝、出社して自分の席に着いた後、俺はしばらくパソコンの画面を眺めていた。何かを考えているわけでもなく、ただ眺めていた。隣の席の同僚が「どうした?」と声をかけてきたが、「なんでもない」と答えた。

転勤が終わる知らせが来たのは、翌年の二月だった。

三月末に千葉に戻れると上司が言った。俺は「わかりました」と答えて、席に戻り、しばらく何もできなかった。

友美に電話すると、「ほんとう?」と一度だけ言った。それからしばらく、電話口に沈黙があった。

「ひかりには、帰る少し前に言おう」と友美は言った。「ぬか喜びさせたくないから」

「そうだな」と俺は答えた。

ひかりに伝えたのは、帰宅の二日前だった。電話口でひかりは「やったー!」と叫んで、また布団の上で跳ね回ったらしかった。後ろで友美の笑い声が聞こえた。俺はスマートフォンを持ったまま、廊下に立って目を細めた。

帰宅した日は、三月の土曜日だった。

新幹線を降り、在来線に乗り換えて、地元の駅に着いたのは昼過ぎだった。

改札を出ると、友美とひかりが並んで立っていた。

ひかりは俺を見た瞬間、一直線に駆けてきた。俺はしゃがんで手を広げた。ひかりが胸に飛び込んできた。首に腕を回して、ぎゅっとしがみついた。

俺は何も言わずに、しばらくひかりを抱いたまま立っていた。

友美は少し離れたところで「おかえり」と言った。目が赤かった。

「ただいま」と俺は答えた。

特別なことは、何もなかった。ただ、家に帰った。

家に着いて、まず目に入ったのは居間の壁だった。棒人間が何十枚も並んでいた。ひかりが毎週日曜日に描き続けた「パパ」の絵が、壁をほとんど埋め尽くしていた。

俺は荷物を置いたまま、しばらく立ってそれを見ていた。

「ぜんぶパパだよ」とひかりが言った。

「うん」と俺は言った。それ以上何も言えなかった。

その夜、ひかりを寝かせようと布団に入ると、ひかりが暗い天井を見たままこんなことを言った。

「ねえパパ」

「ん?」

「あしたのこと、かんがえてたよ」

俺は「あした、どうかした?」と聞いた。

ひかりは少し間を置いて、こう言った。

「パパがいるあしたって、くるの早いんだね」

俺はすぐに返事ができなかった。

ひかりはそのまま目を閉じて、すぐに寝息を立て始めた。

俺は暗い部屋の中で、娘の小さな手を握ったまま、声を出さずに泣いた。

「あしたってなかなかこないね」と言ったあの夜のことを思い出した。

あの頃のひかりにとって、「あした」はひどく遠い場所にあった。毎晩「あしたかえってくる?」と聞きながら、何百日もの「あした」を、ひかりは待ち続けていた。

それが今夜、娘は「パパがいるあしたは来るのが早い」と言った。

俺がここにいるだけで、娘の「あした」が近くなる。

そのたったそれだけのことを、俺は一年近くかけてやっと知った。

壁に貼られた何十枚もの棒人間を思い出した。「ここのパパはいつもいる」と、ひかりが言ったあの言葉を。

画用紙の中のパパと、布団の隣で眠っているパパ。今夜からは、同じ場所にいられる。

ひかりの寝息が静かに聞こえる中、俺はそのことをしばらく、噛みしめていた。

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