
シャッターの半分閉まった商店街で、うちの理容室の看板だけが四十年変わらない。
三代続いた「大久保」の白青赤の回転灯は、夕方になるといつも同じ音で回る。
ジー、ジジ、カチン。
その音を、俺は耳を閉じていても聞き分けられる。
五つ下の弟の裕介はよく、店の回転灯の音を「兄ちゃんの鼓動みたいだ」と言った。
あいつは、音というものに対して、普通の人間より遥かに敏感な子どもだった。
雨の降り始めの土の匂い、夕暮れのツバメの鳴き声の変化、母の台所の包丁のリズム。
そういうものを、裕介は幼い頃から黙って聴き分け、ノートに書きつけていた。
店の奥の棚には、真空管式のナショナル製の古いラジオが置いてある。
昭和四十三年、まだ両親が生きていた頃にうちへ来た機械で、もともとは弟の部屋にあった。
父が病で倒れて俺が家業を継ぐことになったとき、中学生だった裕介は自分の部屋から外して店に持ってきた。
「兄ちゃんの店で鳴らしてよ、お客さんに聴かせてあげて」。
そう言って差し出した裕介の真剣な目を、俺は三十年経った今でもはっきり覚えている。
照れくさくて、俺は礼のひとつも言わなかった。
「重いから置いて帰れ」とだけ、ぶっきらぼうに答えた。
あの日から、このラジオは毎朝AMの雑音混じりの放送を鳴らし続けている。
※
裕介と最後に話したのは、あいつが二十二歳、俺が二十七歳のときだった。
仕事のことで、つまらない兄弟喧嘩になった。
大学を出た裕介が地元に戻ってきて、俺の店を手伝うと言い出したのがきっかけだ。
俺は、自分の不甲斐なさも重なって、きつい言葉を並べてしまった。
「おまえが頭下げる仕事をする必要はない、俺みたいな半端者の真似をするな」と。
裕介は一瞬、ひどく寂しそうな顔をして、それから小さく笑った。
「兄ちゃんは昔からそうだ、不器用で、言葉が足りない」。
そう言ってあいつは、店のドアベルを鳴らさないようにそっと開けて、静かに出ていった。
追いかけて謝ればよかった。
でも俺は、その日の夜も、翌日も、一週間経っても、謝れなかった。
兄貴が弟に頭を下げることが、どうしても出来なかったのだ。
三ヶ月後、裕介は勤め先で倒れた。
急性白血病という病名を、医者は淡々と告げた。
入院が決まったときには、もう痩せた青年が白い枕に沈んでいた。
俺は仕事の合間を縫って、何度も病室に通った。
天気の話も、野球の話も、子どもの頃の笑い話もした。
けれど、あの日の「ごめん」だけは、どうしても口にできなかった。
謝れば、弟の命が終わってしまうような気がしていた。
裕介が最後に目を閉じたとき、俺の手は弟の細い手首を握ったまま、言葉を見つけられずに震えていた。
※
それから三十年、俺はこの店を一日も休まず開け続けた。
妻の洋子が受付に立ち、息子は都会で別の道を選んだ。
店は古くなり、回転灯はガタが来て、商店街の仲間は次々とシャッターを下ろしていった。
それでも俺は、毎朝ラジオのスイッチを入れた。
ジジジ、と真空管が温まる音が、弟の声の代わりだった。
客の白髪を整えながら、俺はいつもひとつのことを考えていた。
あの日、俺が謝っていたら、裕介は少しでも長く生きられただろうか。
謝らなかったことが、あいつの命を削ったのではないか。
誰にも言えない後悔を、俺は鋏の音にまぎれさせて三十年続けてきた。
※
春の昼下がり、店のドアベルが鳴った。
「伯父さん、すみません、お忙しいところ」。
入ってきたのは、裕介の一人娘の茉莉だった。
黒い髪を後ろでひとつに束ねて、淡い水色のワンピースを着ている。
二十七歳になっていた。
奇しくも、裕介が最後に店に来た年と同じ歳だ。
顔立ちのどこかに、弟の面影が静かに漂っていた。
「結婚することになりました、来月です」。
茉莉は柔らかく微笑んで、紙袋から古い大学ノートを取り出した。
背表紙には「裕介の宝箱・中学三年」と、懐かしい弟の字があった。
俺は鋏をそっと布の上に置き、客用の椅子に腰を下ろした。
ノートを開くと、プロ野球選手のカードや歌謡曲の歌詞、友達と撮ったモノクロ写真が丁寧に貼られていた。
中ほどのページに、色あせた一枚の写真が挟まっていた。
俺が理容師見習いの頃、初めて客の頭を任されたときの写真だ。
下手くそな手つきと、強ばった肩の角度が一目でわかる。
その下に、裕介の字でこう書かれていた。
「兄ちゃんは今日、人の髪を切った。すごく真剣な顔だった。俺はいつか、兄ちゃんの鋏で髪を切ってもらう」。
俺は、息を一度だけ深く吸った。
ページをめくる手が震えていた。
「伯父さん、これも、見てほしいんです」。
茉莉はスマートフォンを差し出した。
画面の中で、古い動画が再生され始める。
裕介が、映っていた。
おそらく二十歳頃の、少し粗い画質の映像だった。
友人たちとの誕生会だろうか、居酒屋の奥の小さな部屋で、弟は照れくさそうに誰かに促されて話し始めていた。
「俺の自慢? うん、兄貴だよ、兄貴」。
画面の向こうの弟が、俺が一度も見たことのない顔で笑っていた。
「うちの兄ちゃんは床屋でさ、三代目なんだ」。
「すげえ不器用で、ほとんど喋らないんだけどさ」。
「でも、兄ちゃんは手でしゃべる人なんだよ」。
「俺はね、兄ちゃんの鋏の音で、兄ちゃんの気持ちが全部わかるんだ」。
「嬉しいときの『チャキッ』、悩んでるときの『シャ、シャッ』、真剣なときの『サシャ、サシャ』」。
「俺の髪だけは、兄ちゃんはいつも真剣な音で切ってくれたんだ」。
「俺、あの音で育ったようなもんだよ」。
「そういう兄貴を持ててよかったって、毎日思ってる」。
動画は、弟の照れ笑いで終わった。
店の天井の蛍光灯がチカチカと瞬いていた。
俺はしばらく、動けなかった。
鋏を握る指先が、自分のものではないように冷たくなっていた。
「父は病気になる少し前、伯父さんと言い合いをしたと、よく母に話していたそうです」。
茉莉が、静かな声で続けた。
「『自分の言い方が悪かった、兄ちゃんを傷つけた、ちゃんと謝らなきゃいけない』って」。
「でも、どうやって切り出せばいいか分からないまま、入院してしまって」。
「最後まで、伯父さんに謝れなかったことだけが心残りだったって、母は言っていました」。
俺は顔を上げられなかった。
三十年の間、俺だけが謝れなかった兄だと思い込んで生きてきた。
裕介もまた、同じ場所で立ち往生したまま逝ったのか。
どうしようもなく不器用な兄弟だった、俺たちは。
涙が一滴、磨き込まれた革張りの椅子の肘掛けに落ちた。
その滴を、裕介の娘が見て見ぬふりをして、そっと目を逸らしてくれた。
※
「伯父さん、お願いがあるんです」。
茉莉が小さく頭を下げた。
「結婚式の朝、私の髪を整えてもらえませんか」。
「父が生きていたら、絶対に伯父さんに頼んだと思うんです」。
「『俺の娘の髪だけは、兄ちゃんの鋏で仕上げてほしい』って」。
俺は、ずいぶん長い時間をかけて頷いた。
言葉は、まだ出なかった。
ただ鋏の棚に手を伸ばし、奥にしまってある古い布包みを取り出した。
中には、小さな鋏が一丁、眠っている。
裕介が中学二年生のとき、小遣いを三ヶ月分ためて、俺の誕生日に贈ってくれたものだ。
刃は少し欠けていて、柄の革は擦り切れている。
だが俺は三十年、毎晩この鋏を研ぎ続けてきた。
いつか、使う日が来るはずだと信じていた。
ようやく、その日が来たのだった。
※
式の朝、俺は店を臨時休業にして、古いラジオを抱えて会場の控え室へ向かった。
控え室は畳敷きで、春の柔らかい光が障子越しに差し込んでいた。
白無垢を着た茉莉が、鏡の前に静かに座っている。
「ラジオ、持ってきたよ」。
「父が大切にしていた機械ですね」。
茉莉の目が、かすかに潤んだ。
俺はラジオの電源を入れた。
三十秒ほど待って、真空管の奥で小さな橙色の灯りが点る。
ジジジ、とノイズが鳴って、やがて穏やかな朝のクラシック番組が流れ始めた。
茉莉の黒髪に、俺は鋏を入れた。
チャキッ。
弟が聴き分けていた、あの澄んだ真剣な音だった。
一筋ずつ、祈るように整えていく。
俺の手のひらの中で、三十年前の裕介の声がひっそりと蘇る。
「兄ちゃんは手でしゃべる人なんだよ」。
ああ、裕介。
俺は今、お前の娘に、お前に言えなかった「ごめん」と「ありがとう」を伝えている。
それは声にはならない。
けれど、お前の耳なら、きっと聴き分けてくれるだろう。
最後のひと筋を整えて、俺は鋏をそっと下ろした。
鏡の中の茉莉が、かすかに微笑んだ。
「ありがとうございました、伯父さん」。
「父もきっと、この音を聴いてますね」。
俺は、静かに頷いた。
不器用な兄貴のまま、三十年過ごしてしまった。
それでも、弟の耳には、俺の鋏の音がずっと届いていた。
ラジオの雑音の向こうで、遠い日の弟の笑い声が、一度だけ確かに聞こえた気がした。
それで、もう十分だ。
十分だった。