
五月の雨が、脱衣場の窓を叩く夜だった。
俺は番台でタオルの折り畳みをしながら、壁の絵を見ていた。
油絵だ。
古い木の額縁に入った横長の作品で、富士山の稜線と、そこから昇る朝日が描いてある。
右下の隅に、細い筆で記されたサインがある。「S.I. 1972」。
誰が描いたのか、じいちゃんも、親父も知らなかった。
「昔からそこにある絵や」というだけで、それ以上のことを俺は何も聞いていない。
聞かないまま、二人とも逝ってしまった。
※
「のぞみ湯」は、大阪の西成区にある銭湯だ。
俺の曾祖父が昭和二十九年に開いた店で、今年で七十二年になる。
四代目は俺になると思っていたのは俺一人で、親父が五年前に亡くなってからというもの、廃業の話が常連さんの間でちらちらと出るようになっていた。
それでも俺は続けていた。
理由はうまく言葉にできない。
ただ、店を閉めた夜のことを想像すると、胸の中が妙に狭くなる気がして──それだけがわかっていた。
タイル張りの浴槽。ペンキの剥げた壁。錆の浮いた蛇口。
古くて、くたびれていて、それでも毎晩お湯を張れば、常連さんが来る。
それだけが、俺の理由だったかもしれない。
※
岩田さんが来るのは、決まって木曜日だ。
週に一度。夜の七時ごろに引き戸を開けて、黙って下駄箱に下駄を入れて、番台の俺に小銭を置いていく。
「毎度」と俺が言うと、岩田さんはほんの少しだけ顎を引く。
それだけだ。
背が低くて、痩せていて、いつも紺色の半纏を着ている。
白髪交じりのざんばら髪で、顔の皺は深い。
年齢は後から知った。八十一歳。
見た目よりずっと、老いていた。
言葉数が少ない人だった。
「熱いな」とか「ええ湯や」とか、浴場から出てきてそれだけ言う。長く話したことは一度もなかった。
他の常連さんが「岩田はんは昔から無口やで」と教えてくれたのは、岩田さんが来始めて三ヶ月ほど経った頃のことだ。
「昔から? 岩田さん、ずっとうちに来てはったんですか」
「そらそうよ。あんたのじいさんの代から来てるんちゃうかな」
俺は驚いた。
じいちゃんの代、ということは、もう三十年以上になる計算だ。
それだけ来ているのに、俺は岩田さんの名前すら知らなかった。
※
岩田さんを意識するようになったのは、去年の秋のことだ。
閉店前の最後のひと湯を済ませた岩田さんが、脱衣場から出てくるのがいつもより遅かった。
どうしたんだろうと思って覗いてみると、岩田さんは半纏の帯を締めながら、壁の絵をじっと見ていた。
いつもより長く、立ち止まっていた。
「好きですか、この絵」
思わず声をかけると、岩田さんは振り返らずに言った。
「……うまい絵やと思てな」
それだけ言って、出ていった。
それ以来、俺は気になって仕方なくなった。
毎週木曜日、岩田さんは必ず絵の前で少しだけ立ち止まっていた。
着替えながら、ちらりと。
でもその「ちらり」が、他の人のそれとは違う気がした。
確かめるように、見ている。
そんな気がした。
※
岩田さんと少し話せるようになったのは、今年の二月のことだ。
常連の竹田さんが仲介してくれた。「岩田はん、昔は絵を描いてはったんやて。商店街の看板とか、そういう」
岩田さんは照れ臭そうに「そんな大げさな」と言った。
それでも少しずつ、聞いてみた。
「どんな仕事してはったんですか」
「看板描きや。昔は、店の名前を木の板に書いてもうてな。ペンキで。今みたいに印刷の機械とかないから、全部手ぇで描くんや」
「かっこいい仕事ですね」
「かっこよくはないわ。地味で、汚れる仕事や。でも、好きやったな」
そう言ってから、岩田さんはふっと視線を番台の奥のほうへやった。
「もう手ぇが震えてな、描けへんようになったんや。十五年前くらいからかな」
俺は何も言えなかった。
「でも描いてた頃は、楽しかった。壁とか看板とか、自分が描いたものがそこにあるのが──なんか、よかったな」
そう言って笑った。
しわだらけの、静かな笑いだった。
その笑い方が、俺には少し切なかった。
もう描けなくなった手を、膝の上で静かに重ねていた。
※
その夜、俺は岩田さんに一つ聞いた。
「のぞみ湯、廃業するって噂、聞いてますか」
岩田さんは湯呑みを持ったまま、少し首を傾けた。
常連さんが差し入れてくれたお茶を、番台の前で飲んでいるところだった。
「聞いてる。するんか」
「まだわかりません。でも一人でやってると、いろいろ厳しくて」
「そうか」
岩田さんはそれだけ言って、湯呑みを返した。
もう少し何か言ってくれるかと思った。
でも岩田さんは「気ぃつけや」と言って、いつも通り引き戸を閉めて帰った。
その背中が、なんとなく残った。
翌週の木曜日も、岩田さんは来た。
その次の木曜日も。
廃業の話は、岩田さんの来訪を変えなかった。
その事実が、俺の胸のどこかに刺さった。
※
五月のはじめに、岩田さんが来なくなった。
一週、二週、三週。
木曜日が三度過ぎても、のぞみ湯の引き戸は岩田さんによって開かれなかった。
俺は竹田さんに聞いてみた。
竹田さんは少し間を置いてから、「岩田はん、入院してはるらしいわ。もう足腰が難しゅうなったとかで」と言った。
心配した。
でも住所も電話番号も知らなくて、俺にできることは何もなかった。
来なくなってから初めて、岩田さんのことを俺がどれだけ何も知らなかったかに気づいた。
名前だけしか知らなかった。
家族がいるのかも、どこに住んでいるのかも、好きなものも、歩いてきているのかバスなのかさえ、聞いたことがなかった。
毎週来てくれていた人のことを、そんなに何も知らなかった。
※
岩田さんの息子が来たのは、六月の第一週の木曜日だった。
雨の日だった。
「のぞみ湯さんですか」と言って引き戸を開けた男は、五十代に見えた。スーツを着ていて、傘を持っていた。
「父が、六月の三日に亡くなりまして」
俺は番台から出た。
何も言えないまま、頭を下げた。
「父がここに通っていたのを知りまして。ご挨拶に伺いました」
「毎週来てくれてはりました。木曜日に、必ず」
息子さんは頷いた。
少し目が潤んでいた。
「父から聞いていたんです。のぞみ湯さんのことは」
「俺の話ですか」
「若い人が一人で続けているって。消えていくものを守っている、って」
俺はその言葉を、うまく受け取れなかった。
守っている、という感覚は俺にはなかった。
ただ閉めることができなかっただけで──守っているというより、諦められなかっただけだ。
でも岩田さんはそう言っていたのだと知って、胸の中が少しだけ熱くなった。
「あの、一つだけ、教えてもよろしいですか」
息子さんは脱衣場のほうを見た。
「あちらの壁に、絵が飾ってありますよね」
「ええ」
「あれは──父が若い頃に描いたものです」
俺は息を止めた。
「昭和四十七年。父が三十歳のときに、この銭湯の先代の方にお願いされて描いたんだそうです。油絵は専門じゃなかったんですけど、一所懸命に描いたって言ってました」
「S.I.というサインは」
「岩田誠司のイニシャルです」
俺はゆっくりと、脱衣場の壁を見た。
五十四年前に描かれた油絵が、そこにある。
富士山の稜線。
朝日の橙色。
「父は、最後の数年はのぞみ湯さんのことをよく話してくれました。木曜日が楽しみだ、って」
「どうして木曜日だったんですか」
「木曜日が父の若い頃の、休みの日だったそうです。看板の仕事をしていた頃は、木曜定休が多くてって。習慣が抜けなくて、と笑っていました」
息子さんは、少し笑った。
そして静かに、言った。
「親父は、この絵を見に来ていたんじゃないんです。」
雨の音が、少し強くなった。
「この絵が、まだここにあるかどうかを確かめに来ていたんです。」
俺は何も言えなかった。
脱衣場の窓の外で、雨が続いていた。
※
息子さんが帰った後、俺は一人で脱衣場に入った。
閉店後の空の脱衣場は、誰もいなくて静かだ。
ロッカーの扉が一枚、少し開いていた。
俺は絵の前に立った。
富士山の稜線。
朝日の橙色。
五十四年間、この壁にある絵。
岩田さんは、自分が描いた絵が「まだここにある」かどうかを、毎週確かめに来ていた。
俺に言えばよかったのに、と思った。
でもすぐに思い直した。
言えない人なんだと、わかっていた。
「うまい絵やと思てな」と言って、振り返らずに出ていった人だ。
照れ臭くて、不器用で、自分が描いた絵だとは名乗れなかった人だ。
でも毎週来た。
三十年以上、この銭湯に。
老いた体で、木曜日に。
廃業の噂を聞いても、翌週もその次の週も、引き戸を開けた。
それが岩田さんのやりかただったのだと思う。
感謝でも、懐かしさでも、愛着でもなく──ただ、来ることで伝えていた何かがあったのだと。
※
のぞみ湯には、今夜も常連さんが来ていた。
竹田さん、森田のおじいちゃん、最近来始めた若い夫婦。
俺は番台に戻って、いつも通り受け付けをした。
「毎度」と言い続けた。
タオルを折り畳みながら、壁の絵を少し長く見ていた。
岩田さん。
俺も言えなかったな、と思う。
来てくれていたこと、嬉しかった。
あなたが来るから、木曜日が少し楽しみだった。
来なくなって、ずっと気になっていた。
もっと話しかければよかった。
住所を聞いておけばよかった。
でも岩田さんが言えなかったことがあるように、俺にも言えないことがあった。
そういう者同士が、毎週木曜日に引き戸を挟んで向き合っていたのかもしれない。
※
のぞみ湯の廃業を、俺はまだ考えていない。
正確には、考えるたびに胸が狭くなって、それ以上考えられなくなる。
岩田さんが毎週来ていたことを知る前も、知った後も──それは変わらない。
ただ少しだけ、確かなことが増えた気がする。
岩田さんが来てくれていたのは、ここに意味があったからなのだと。
壁の絵は、昭和四十七年から今夜もここにある。
岩田誠司が三十歳のときに描いた富士山が、五十四年間、この脱衣場の壁から動いていない。
それを確かめに来ていた人が、もういない。
だから今度は俺が、毎晩確かめる。
ちゃんとある。
まだここにある。
雨が上がった夜の、のぞみ湯の脱衣場に。