
ミケが今週は何も食べていない、とLINEが届いたのは、木曜日の夜のことだった。
祖母からのメッセージは、いつもそっけない。
「今日は晴れ」とか「みかんが色づいた」とか、句読点もなく、ただ事実だけが並ぶ。
だからそのLINEも、最初は読み流しそうになった。
でも何度か読み返して、じわじわと胸が痛くなった。
ミケは、祖母が長年一緒に暮らしてきた三毛猫だ。
俺が小学二年生のときに裏の路地で鳴いていた野良猫で、拾ってきた俺が「飼ってもいい?」と聞くと、祖母は「家に入れるな、外の子は外で生きる」と言いながら、翌朝にはもう縁の下に段ボールの小屋を作ってあった。
それから十七年。もう人間でいえば八十代後半になる。
獣医に「よく生きていますね」と言われるたびに、祖母は「丈夫な子なの」とだけ答えていたらしい。
俺は東京に出てきてから、愛媛に帰れていない年がいくつもあった。仕事が忙しい、金がない、年末は友人と約束がある。そのたびに、来年でいいか、と自分に言い聞かせていた。
最後に帰ったのは七年前、祖父の葬儀のときだった。
あのときも二泊三日だった。それ以来、電話もLINEも、祖母からの一方通行が多かった。
俺は金曜の朝、会社に休みの連絡を入れた。
※
新幹線と特急を乗り継ぎ、松山に着いたのは夕方近くだった。
伊予三崎行きのバスに乗り換えると、窓の外に瀬戸内の海が広がった。十月の午後の光を受けて、海は鈍く光っていた。波は穏やかで、対岸の島の輪郭が霞んで見えた。
こんな景色だったか、と思いながら見ていた。
七年前も同じバスに乗ったはずだけど、そのときは何も見ていなかった。葬儀の段取りのことで頭がいっぱいで、ただ時間をやり過ごしていた。
祖母の家は、坂の途中にある古い木造の家だ。昔は一階で仕立て屋を営んでいたが、今は閉めている。表に掲げられた「田村洋裁店」の看板だけが、かろうじてそのまま残っていた。
インターホンを押すより早く、引き戸が開いた。
「遅かったね」
祖母は、俺の顔を見ても驚きもしなかった。七年ぶりだというのに、まるで昨日も来ていたかのように言う。
「バスが一本遅かった」
「ミケは縁側にいるよ」
それだけ言って、中に入っていった。
居間を抜けて縁側に出ると、ミケは日の残った板の間で横になっていた。目は半開きで、腹が浅くゆっくりと上下していた。
触れると、温かかった。
でも、昔みたいに手を払いのけなかった。俺の手の下でただじっとしていた。背骨が指に当たって、ああ、こんなに細くなったのか、と思った。
祖母は台所でお茶を淹れながら、何も言わなかった。
※
その日の午後を、俺はミケの傍で過ごした。
祖母は縁側の端に古い椅子を置いて、籐のかごを膝に乗せて、縫い物をしていた。
仕立て屋を辞めてからも、その習慣だけは続いているらしかった。針の動きに合わせて、糸が引かれる小さな音がした。
「何作ってるの」
「お手玉」
「誰かにあげるの」
「いや」
それだけ言って、祖母はまた針を動かした。
しばらくして、ミケが小さく鳴いた。くぐもった、弱々しい声で。祖母は顔を上げて、「うん、うん」と言った。まるで言葉の通じる相手に返事をするように。
「ミケはよく喋るの?」
「この子はね、よく話しかけてくれたよ。あんたが東京に行ってから特に」
俺は何も言えなかった。
縁側の向こうに、海が見えた。秋の陽は早く、夕方になると空が橙色に染まり始めた。ミケは目を細めながらその光の中にいた。祖母はずっと縫い物をしていた。俺はずっとミケの横にいた。
夜になっても、帰りたいとは思わなかった。
※
夜中に目が覚めた。
縁側に敷いてもらった布団の上で横になっていたのだが、ミケの様子が気になってそのまま眠れなかった。薄暗い居間に起き上がると、ミケはまだ同じ場所にいた。
じっと見ていると、腹の動きが止まっていることに気づいた。
ゆっくりと近づいて、触れた。
もう温かくなかった。
祖母の寝室のドアをノックしようとして、手が止まった。暗い廊下の先に、薄い光が見えた。
引き戸の隙間から、祖母が縫い物をしているのが見えた。布の上に針を刺して、引いて、また刺して。
「ミケが」
俺が声をかけると、祖母は針を止めずに言った。
「知ってる」
俺は廊下に立ったまま、何も言えなかった。祖母はしばらく縫い物を続けてから、針を膝の布に刺して立ち上がった。
縁側に出て、ミケのそばにしゃがんで、小さな頭をそっと撫でた。
「ありがとうね」
それだけ言った。
夜の海から、波の音が聞こえた。
俺は後ろで立っていた。喉が詰まって、何も言えなかった。
祖母は長いあいだミケの頭を撫で続けた。俺はその背中を見ていた。七十四歳の祖母の背中は、昔よりずっと小さかった。
※
翌朝、祖母はいつもと変わらない時間に起きてきた。
ふたりでミケを庭に埋めてから、朝ご飯を食べた。祖母は味噌汁をよそいながら、「みかんが今年は豊作で」と言った。俺は「そうか」と返した。
何でもない朝のようで、何でもなくなかった。縁側には、もうミケがいなかった。
帰りのバスの時間まで、もう少しあった。
荷物をまとめていると、祖母が縁側から籐のかごを持ってきた。
「これ、持っていきなさい」
「かごを?」
「中も一緒に」
受け取ってみると、ずしりと重かった。かごの中を覗くと、小さな布製のお手玉がたくさん詰まっていた。青や赤や黄色の端切れで作られた、手のひらより小さなもの。
「何個ある?」
「数えてみなさい」
ひとつずつ取り出して、縁側の床に並べた。声に出しながら数えた。十、二十、三十。
三十一個だった。
「俺、三十一歳だ」
祖母は黙って座っていた。
「毎年、作ってたの」
「うん」
「なんで送ってくれなかったの」
祖母は少し間を置いてから言った。
「あんたが来るかと思って」
俺は床に並べたお手玉を見つめた。
十七歳のときに作ったもの、二十歳のとき、二十五歳のとき、去年作ったもの。素材も色も少しずつ違うのに、縫い目の大きさだけはどれも変わらなかった。ひとつひとつ、同じ間隔で丁寧に縫われていた。
俺が東京で仕事に追われていた年も、友人と年末を過ごしていた年も、祖母は毎年ひとつ、縫っていた。
ミケが傍でうとうとするなか、針を動かしていたのかもしれない。
俺は縁側の床に手をついて、泣いた。
声を殺して泣いたが、肩が震えてうまくいかなかった。
祖母は俺の背中に手を置かなかった。ただ横に座って、じっとしていた。海から風が来て、庭先の木がさわさわと揺れた。
ミケの墓に供えた小菊が、風に小さく揺れていた。
※
帰りのバスの中で、籐のかごを膝の上に置いていた。
三十一個は俺の鞄には入りきらなかった。かごごと抱えてバスに乗り込むと、隣に座ったおじいさんが「かわいいもの持ってるね」と声をかけてきた。俺はうまく笑えなかった。
「おばあちゃんがくれたんです」とだけ言った。
おじいさんは「ええおばあちゃんやね」と言って、前を向いた。
窓の外を瀬戸内の海が流れていった。波は穏やかで、光を跳ね返していた。
※
東京の部屋に帰ってから、お手玉を机の上に並べた。
三十一個が一列に並ぶと、なんだかうまく言葉にならないものを感じた。
ひとつ、ひとつ、俺が東京で忙しくしていた年に、祖母は一針ずつ縫っていた。来年は帰ろうと思って眠れなかった夜に、祖母はこれを縫っていたのかもしれない。ミケが鳴くのを聞きながら、縫っていたのかもしれない。
来年の誕生日には、俺が愛媛に持って帰ろうと思った。三十二枚目の布は、一緒に選ぼうと思った。
今度は、ちゃんと帰る。
机の上の三十一個のお手玉が、夜の灯りの下で静かに並んでいた。