坂の上のコロは雨でも待った

坂の上のコロは雨でも待った

夕方の坂道を上っていくと、白と茶色の小さな影が、いつも同じ場所にいました。

坂の上の、古いブロック塀の角。

そこが、坂の上のコロの定位置でした。

私が豆粒ほどに見えるうちから、コロは首を伸ばして私を見つけます。

そして、ちぎれそうなほどに尻尾を振るのです。

長い毛が西日を受けて、金色に透けていました。

雑種の、どこにでもいそうな犬でした。

それでも私には、世界でいちばん利口な犬に見えました。

これは、坂の上のコロと過ごした十八年の話です。

そして、私が四十を過ぎるまで、ひとつだけ見落としていたことの話でもあります。

実家の玄関には、いまも古い傘立てがあります。

母の傘は、二本とも、右の半分だけが白く褪せていました。

子どもの頃から見ていたのに、私は一度も不思議に思いませんでした。

安物だから色が落ちたのだろう、くらいに思っていたのです。

坂は、家から歩いて七分ほどのところにありました。

途中に魚屋と、小さな公園と、赤いポストがあります。

上りきった角にブロック塀があり、その上に割れた鉢がひとつ置かれていました。

誰が置いたのかは、最後まで分かりませんでした。

その鉢の下が、コロの座る場所でした。

雨の日も、雪のちらつく日も、そこに白と茶色の影がありました。

「今日も来とるな」

魚屋のおじさんは、店先から手を上げてくれます。

私が坂を上ると、町の人が温かい目で会釈をしました。

一匹の犬が、その小さな坂を、やわらかい場所に変えていたのだと思います。

コロの一生は、十八年でした。

犬としては長生きだったと、獣医さんに言われました。

けれど人の時間で数えれば、あっという間です。

小学一年生だった私が、就職して家を出て、背広の肩が馴染む頃には、もう歩けなくなっていました。

段ボールの底のタオル

コロが我が家へ来たのは、私が小学校に上がる前の春でした。

近所の空き地に置かれた段ボール箱の中で、震えていたのを父が見つけたのです。

箱の底には、雨に濡れた古いタオルが一枚だけ敷いてありました。

その上で、握りこぶしほどの子犬が小さく鳴いていました。

父は上着の内側にそれを入れて、そっと連れて帰ってきました。

「飼い主がいるかもしれん。しばらく預かるだけだぞ」

そう言った父でしたが、結局その子犬は、そのまま家族になりました。

母は最初、少し困った顔をしていました。

「うちで、ちゃんと飼えるのかしらね」

そう言いながら、台所でミルクを温めていたのは母です。

スポイトでひと匙ずつ飲ませて、夜中に何度も起きていました。

名前は私が付けました。

毛の色がコロコロと変わって見えるから、コロ。

理由になっていない理由でしたが、誰も反対しませんでした。

「コロ。いい名前じゃないか」

父がそう言って笑ったのを、はっきり覚えています。

家に来て三日目の夜、コロは段ボールの箱から出ようとしませんでした。

母はその箱を土間に置いたまま、上に古い毛布をかけました。

「いきなり広いところに出したら、心細いでしょう」

母は、そういうことをよく知っている人でした。

子犬のコロは、いたずらが好きでした。

私の上履き袋をくわえて、庭じゅうを引きずり回すのです。

叱ると、耳を伏せて上目遣いにこちらを見ました。

その顔を見ると、もう怒れませんでした。

「もう、しょうがないなあ」

頭をなでると、コロは安心したように私の足へもたれてきます。

温かく、少し湿った、やわらかい重み。

夏には、家族で近くの川へ行きました。

コロは水が苦手で、浅瀬で足を濡らしては慌てて岸へ戻ってきます。

そのたびに、私たちは大笑いしました。

濡れた毛が体に張りついて、ずいぶん痩せて見えるのです。

そんな日の終わりには、コロは縁側で私の膝に頭をのせて眠りました。

線香花火のにおいと、犬のにおいが混ざった夕方。

いまでも、ふとした拍子に思い出します。

コロが三つになった冬、一度だけ大きな病気をしました。

何も食べず、水も飲まず、土間の隅でぐったりしているのです。

鼻はからからに乾き、呼吸は浅く速くなっていました。

獣医さんには、年を越せないかもしれないと言われました。

その夜、私はコロのそばに布団を敷きました。

「コロ。お願いだから、いなくならないで」

小さな体に手を当てると、熱でひどく熱くなっていました。

一晩じゅう、その背中をさすり続けました。

明け方、ふと目を覚ますと、コロが私の指先をかすかに舐めていました。

ざらりとした、温かい舌の感触。

「お母さん、コロが、舐めた」

私は母を起こして、泣きながらそう言いました。

母は寝間着のまま土間に下り、何も言わずにコロの前へ座りました。

そして、明るくなるまでそうしていました。

坂の上のコロの定位置

コロには、ひとつ不思議な習慣がありました。

私の下校時刻になると、きまって坂の上まで歩いていって、そこで座って待つのです。

誰が教えたわけでもありません。

母が言うには、午後三時を過ぎるとコロはそわそわし始めるのだそうです。

「時間になるとね、自分で勝手に坂を上っていくのよ」

母はいつも、そう言って笑っていました。

私が角を曲がって姿を見せると、コロは転がるように駆け下りてきます。

「ただいま、コロ」

そう声をかけると、足元をぐるぐる回って何度も飛びついてきました。

ランドセルの肩紐に、湿った鼻先を押し付けてくる感触。

少し獣くさい、けれど嗅ぐとなぜか安心する、あのにおい。

いまでも、はっきり思い出すことができます。

雨の日も、コロは坂の上にいました。

濡れた毛をぺったりと張りつかせて、それでも嬉しそうに待っています。

「風邪をひくよ。もう、待たなくていいのに」

そう言っても、コロは首をかしげるだけでした。

待つことが自分の仕事だと思っているようでした。

雪の日のことも覚えています。

その冬はめずらしく積もり、坂の途中で何度も足を取られました。

上りきると、角の雪だけが、犬の体の形に溶けて丸く黒くなっていました。

そこから湯気のようなものが、わずかに立っています。

ずいぶん前から座っていたのだと、そのときは思いました。

コロの背中にも、うっすら雪が積もっていました。

私が手で払ってやると、コロは首を振って残りを飛ばします。

その雫が、夕日に光って散りました。

魚屋のおじさんは、ときどき煮干しを分けてくれました。

「この子はな、時間になるとちゃんと来るんだ。たいしたもんだよ」

買い物帰りのおばさんも、よく声をかけてくれます。

「今日も待ってるのね。えらいわねえ」

そのたびに私は、少し誇らしい気持ちになったものです。

犬が飼い主を待つのは当たり前だと、どこかで思っていました。

ずっとあとになって、玄関で待っていた猫の話を読んだことがあります。

待つ生き物というのは、案外どこの町にもいるのだと思いました。

坂の上のコロも、いつのまにか近所で知られた存在になっていました。

商店街では、あの子、と言えば通じます。

思えばコロは、待つことで、たくさんの人の夕暮れを彩っていたのかもしれません。

いま振り返ると、母は一度も「私が連れて行った」とは言いませんでした。

自分で勝手に上っていくのよ、と言うだけでした。

その言い方を、私は十八年のあいだ、一度も疑いませんでした。

母は勤めに出ていたわけでも、店を持っていたわけでもありません。

ただ、午後三時前になると、洗い物の途中でも手を拭いていました。

割烹着の紐を結び直して、しばらく姿が見えなくなるのです。

そのことに、私は何の意味も見ていませんでした。

台風の日の玄関先

忘れられないのは、大きな台風が来た日のことです。

その日は、学校が昼前に集団下校になりました。

激しい雨と風の中を、私はずぶ濡れになって坂を上りました。

まさかと思いましたが、コロはいつもの角にいました。

叩きつける雨の中で、それでもじっと私を待っていたのです。

「こんな日に、待ってるやつがあるか」

私は半分泣きながら、コロを抱きかかえて坂を駆け下りました。

腕の中で、心臓がとくとくと速く打っているのが分かりました。

家に着くと、母が玄関で待っていました。

「もう、二匹してびしょ濡れじゃないの」

母はそう言って笑いながら、同じ一枚のタオルで私とコロを拭いてくれました。

そのとき、母の割烹着の右の袖が、肘まで濡れていたことを覚えています。

玄関にいたのだから濡れるはずがないのに、と一瞬だけ思いました。

けれど子どもの思考は、すぐ別のところへ流れていきます。

濡れた犬のにおいと、母の手の温かさ。

あの日の玄関先は、いまも心の中で、やわらかな灯りのように残っています。

私が中学に上がり、やがて高校に上がるあいだも、坂の上の待ち合わせは続きました。

思春期というのは、勝手なものです。

友達の手前、コロを邪険にあつかった時期もありました。

駆け寄ってくるコロを、軽く手で払ってしまったこともあります。

「あっちに行ってろよ」

心ない言葉を投げたことも、一度や二度ではありません。

それでもコロは、次の日もまた、何ごともなかったように坂の上にいました。

何があっても、私を責めない犬でした。

あの無条件の優しさに、私はずいぶん甘えていたのだと思います。

見返りを求めず、ただそこにいてくれる存在のありがたさ。

それに気づいたのは、ずっとあとになってからでした。

高校を卒業する頃、コロは十をいくつか超えていました。

坂を駆け下りる速さは、少しずつゆるやかになっていきます。

それでも、角の定位置だけは頑なに守り続けていました。

就職で家を出る朝、コロは庭の隅からじっとこちらを見ていました。

もう坂を上る力はなく、ただ座っているだけでした。

私はしゃがんで、その頭を何度もなでました。

「行ってくるね。たまには帰ってくるから」

コロは、私の手のひらにそっと鼻先を押し付けてきます。

門を出て振り返ると、まだこちらを見ていました。

その姿が、坂の上で待っていた日の姿と静かに重なりました。

坂のない借家の午後

私が家を出てほどなく、家族も引っ越すことになりました。

新しい家は、以前より庭の狭い小さな借家です。

もちろん、コロも一緒でした。

けれど、そこには坂がありませんでした。

坂の上のコロが私を待つための場所は、もうどこにもなかったのです。

環境が変わったせいか、年のせいか、コロは急に老いていきました。

足腰が弱り、後ろ脚を引きずるようになります。

白く濁った目は、ほとんど見えていないようでした。

耳も遠くなり、帰省して名前を呼んでも、すぐには気づきません。

「コロ。わかる。帰ってきたよ」

耳元で大きな声を出すと、ようやく尻尾がゆっくり動きました。

その動きの小ささに、私は胸が締めつけられました。

昔は足音だけで坂を駆け下りてきた犬です。

それがいま、すぐそばの私に気づくのに時間がかかるのです。

それでもコロは、私の手のにおいを嗅ぎ当てると、安心したように身を寄せてきました。

いちばんつらかったのは、夜鳴きでした。

昼と夜の区別がつかなくなり、コロは深夜に長い声で鳴くようになりました。

狭い住宅地のことです。

近所から苦情が来たのは、一度や二度ではありませんでした。

母は、そのたびに頭を下げに行きました。

「外でしか暮らしたことのない子なので、家には上げられなくて」

母はそう言って、夜中に何度も庭へ出ていました。

冷たい板の間に正座して、毛布をかけ直していたそうです。

「大丈夫よ。お母さんがここにいるからね」

子守唄のように、そう繰り返していたと聞きました。

私は遠くの町で暮らしていて、電話の向こうでその話を聞くだけでした。

何もしてやれない自分が、ただ情けなく、もどかしくてなりません。

あるとき帰省して、私はコロを抱いて昔の坂まで連れて行きました。

もう歩けないコロに、もう一度あの景色を見せたかったのです。

ブロック塀の角に下ろすと、コロは鼻をひくつかせて、ゆっくり首をめぐらせました。

見えない目で、それでもその場所を確かめているようでした。

「ここで、いつも待っててくれたんだよね」

そう話しかけると、コロは小さくひと声だけ鳴きます。

覚えている、とでも言うような声でした。

夕日が、白くなった毛をあの日と同じ金色に染めていました。

そのとき、母は坂の下で待っていました。

上ってくればいいのに、と私は思いました。

「いいのよ。あんたが連れて行ってあげて」

母は首を振るばかりで、一歩も上ってきませんでした。

母の傘は、その日も右の半分だけが白くなっていました。

魚屋の煮干しの袋

その冬は、ことのほか寒い冬でした。

年が明けてすぐの、よく晴れた朝に母から電話がありました。

コロが、眠るように静かに逝ったというのです。

十八歳の誕生日を、ほんの数日あとに控えた朝でした。

急いで実家に帰ると、コロは縁側の日だまりに寝かされていました。

小さなタオルケットにくるまれて、気持ちよさそうに眠っているようでした。

そっと毛に触れると、まだやわらかく、けれど温もりはありません。

あの獣くさいにおいだけが、かすかに残っていました。

「コロ。最期に間に合わなくて、ごめんね」

いくら呼びかけても、返事はありませんでした。

母が隣で静かに言いました。

「痛くも苦しくもなかったわ。ちゃんと、いつもの時間に鳴いてから寝たの」

いつもの時間、という言葉が、そのときは耳を通り過ぎていきました。

翌日、家族そろって火葬場へ行きました。

小さな箱に入ったコロは、ずいぶん軽くなっています。

父がぽつりと言いました。

「こいつは、最期まで坂の上の犬だったな」

扉が閉まっていく短い時間に、私の目に浮かんだのは、あの角の姿でした。

首を伸ばし、一点を見つめ、私を見つけて駆け下りてくる姿。

扉の閉まる音が、やけに静かに胸の奥へ響きました。

四十九日が過ぎた春、私は久しぶりにあの坂を見に行きました。

ブロック塀は建て替えられ、割れた鉢はもうありません。

坂を下りたところの魚屋だけが、以前と同じ場所にありました。

店はもう畳んだのに、おじさんは店先の椅子に座っていました。

私が名乗ると、おじさんはしばらく私の顔を見て、それから目を細めました。

「ああ、あの子の。よう待っとったなあ」

「煮干し、ありがとうございました」

私が頭を下げると、おじさんは手を振りました。

「あれはな、犬にやってたんじゃないんだ」

意味が分からず、私は立ったままでした。

おじさんは、坂の上の角のあたりを指さします。

「角の塀に寄りかかって待っていたのは、いつも二人だったよ」

「あんたが曲がってくると、お母さんだけ、さっと引っ込むんだ」

「毎日な。雨の日も、あの台風の日もだ」

「煮干しは、立ちっぱなしのお母さんに椅子を出す口実だったのさ」

おじさんは、それから少し困ったように笑いました。

「言うなって言われとったんだ。もう、いいだろうと思ってな」

私は、坂の上の角をもう一度見上げました。

新しい塀は白くて、影ひとつありませんでした。

帰り道、私は愛犬が教えてくれたことという話を思い出していました。

犬が人に教えるものだと、私はずっと思い込んでいたのです。

その日、実家の玄関で、私は傘立ての前に長いこと立っていました。

右の半分だけが白く褪せた傘が、まだ二本とも残っています。

母は左の腕で犬を抱き、傘をずっと右へ傾けて歩いていました。

坂の上のコロの隣には、十八年のあいだ、いつも母が立っていました。

台所から、母が顔を出しました。

「なに、ぼんやりして」

私は何も言えず、ただ首を振りました。

母はいまも、午後三時になると、少しだけ手を止めます。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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