不器用な父の宝物

公開日: ちょっと切ない話 | 家族 | 心温まる話 |

父

うちの父は、何だかちょっと変わった人だ。

家事はまったくしないし、気に入らないことがあると、黙り込んで口をきかなくなる。

まるで子供のように、わがままで頑固だ。

甘やかしてくれたかと思えば、突然怒鳴りつける。

そんな気難しい父に、私はずっと反発していた。

ある日、反抗期まっただ中の私は、母に愚痴をこぼした。

「ほんと、なんであんな性格なんだろうね。やってらんないよ~」

すると母は、少しだけ困ったような顔をして、ぽつりと口を開いた。

「A子(私)も、もう一人前の年だから、話しておこうか」

父の父親――つまり私の祖父は、戦争で命を落とした。

父がまだ幼い頃のことだ。

その悲しみが原因で、祖母は精神のバランスを崩してしまった。

そしてある日、祖母は父と父の姉を連れて、線路に飛び込もうとした。

心中だった。

助かったのは、まだ5~6歳だった父だけ。

その後、父は知り合いの家を転々とし、たらい回しにされた。

どこでも居場所はなく、いじめにも遭い、孤独と苦労ばかりの少年時代を送っていたという。

「だから性格がひねくれたんだねぇ…」

と、母は苦笑いしながら言った。

でも、こんな話もしてくれた。

「何回も流産してね、私たち、もう諦めかけてた頃にA子が生まれたの。

そのときね、お父さんね、泣いたのよ」

「天涯孤独な自分にも、家族ができたんだって」

それを聞いて、私の心は締めつけられるように痛くなった。

母は続けた。

「私は所詮、あの人にとって他人だけど、A子はね、生まれて初めてできた“血のつながった家族”なのよ」

「A子は、あの人にとって、一番の宝物なの」

私は、気がついたら泣いていた。

父が、母にこう相談していたという。

「家族を持ったことがないから、どうしていいか分からない」

そうか…。

あの不器用な態度は、愛し方を知らなかっただけなんだ。

言葉で表現できないだけで、父なりに、ずっと私を想ってくれていたんだ。

それからというもの、私は父を見る目が変わった。

口下手で、すぐに黙り込んでしまうあの背中に、

誰にも言えなかった過去と、誰より深い愛情があることを知ったから。

もう少しだけ優しくしてみようと思う。

いや、ちゃんと優しくしてあげよう。

私が、父のたった一人の“家族”なのだから。

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