無償の愛

雪深い北の町の、もう何十年も建っている古い木造の家でのことです。

僕は当時、高校二年生で、両親と、祖父と祖母の五人で、その家に暮らしていました。

祖母は数年前から、老いのために手足が思うように動かなくなり、立ち上がるのもひと苦労になっていました。

トイレに一人で行くことも、もうずいぶん前から難しくなっていたのです。

だから普段は、祖父が朝から晩までつきっきりで、祖母の身の回りの世話をしていました。

祖母は、祖父以外の人に下の世話をされることを、どうしても嫌がりました。

「年寄りのみっともないところを、若い子に見せたくないんだよ」と、いつも小さな声で言っていました。

僕はそんな祖母を、少し離れた場所から見ていることしかできませんでした。

何かしてあげたいという気持ちはあっても、どう手を差し出していいのか、分からなかったのです。

思春期の僕には、祖母の弱っていく姿を正面から見るのが、どこか怖くもありました。

その日は、朝からずっと、ぼたん雪が静かに降り続いていました。

夕方近くになって、祖父が突然、胸のあたりを押さえて、その場にうずくまってしまいました。

顔が真っ青で、僕は慌てて救急車を呼びました。

母と父が付き添って病院へ向かい、部活帰りの兄も、連絡を受けて直接病院へ駆けつけました。

気がつくと、広くて古いその家には、僕と祖母の二人きりが残されていました。

外はもう真っ暗で、窓の外を、雪がしんしんと落ちていくのが見えました。

祖父は大丈夫だろうか、と気が気ではありませんでした。

居間でテレビをつけてみても、画面の音も映像も、まるで頭に入ってきませんでした。

ストーブの上のやかんが、しゅんしゅんと、頼りない音を立てていました。

僕は何度も携帯電話を握りしめては、母からの連絡を待ちました。

祖父が倒れたときの真っ青な顔が、まぶたの裏に焼きついて離れませんでした。

こんなとき、自分は何の役にも立たないのだと、僕は無力さばかりを感じていました。

どれくらいの時間が経った頃でしょうか。

奥の部屋から、祖母のとても遠慮がちな、小さな声が聞こえてきました。

「はると……ごめんね、悪いんだけど、お手洗いに、連れて行ってもらえないかい……」

その声を聞いた瞬間、僕は自分のことを、本当に馬鹿だと思いました。

祖母が一人ではトイレに行けないことを、僕はちゃんと知っていたはずなのに。

祖父がいないあいだ、ずっとそばについていてあげようと、どうして気づけなかったのか。

孫の、それも男の僕に頼むのは、祖母にとって、どれほど勇気のいることだったでしょう。

きっと、ぎりぎりまで、ずっと一人で我慢していたに違いありません。

そう思うと、申し訳なさで、胸がぎゅっと締めつけられました。

僕は祖母の背中に手を回して、ゆっくりと支えながら、トイレへ連れて行きました。

祖母の体は、子どもの頃に背負ってもらった記憶よりも、ずっと軽くなっていました。

その軽さが、僕にはたまらなく悲しかったです。

下着は、もうずいぶん前から汚れてしまっていました。

声をかけるきっかけをつかめないまま、長いあいだ、つらい思いをさせてしまっていたのです。

僕は気づかれないように、奥歯をぐっと噛みしめました。

祖母が少しでも気を楽にできるように、僕はわざと明るい声で、学校であった笑い話を話し続けました。

友達がふざけて廊下で派手に転んだ話や、先生が授業中に大きなくしゃみをして入れ歯が飛びそうになった話を、できるだけおかしく話しました。

祖母は、「ふふ」と小さく笑ってくれました。

その笑い声に、僕のほうが救われていました。

明るく話しながら、僕の頭の中には、子どもの頃の記憶がいくつも浮かんでいました。

まだ僕が小さかった頃、雪が積もると、祖母はいつも庭に小さなかまくらを作ってくれました。

赤くなった手で、せっせと雪を固めて、中にろうそくを灯してくれたものです。

「はると、ここなら風が当たらないから、あったかいだろう」

そう言って、二人でみかんを食べた、あのオレンジ色の灯りを、僕は今でも覚えています。

あんなに大きく、あたたかかった祖母の手が、今はこんなに細くなってしまった。

その手を、今度は僕が支えているのだと思うと、不思議な気持ちになりました。

体をあたたかいタオルで拭いて、新しい下着をはかせると、祖母はようやく、ほっとした顔になりました。

その安心しきった表情を見て、僕も少しだけ、肩の力が抜けました。

同時に、祖父がこれを毎日、当たり前のように繰り返しているのだと思うと、何とも言えない気持ちになりました。

愛するということは、こういうことなのかもしれない、と思いました。

言葉にすればきれいですが、その中身は、こんなにも地道で、こんなにも根気のいる、あたたかいものなのです。

新しい下着を整えながら、僕は祖母の手をふと見ました。

節くれだって、しみの浮いた、けれど僕の知っているどの手よりもやさしい手でした。

この手が、何十年ものあいだ、家族みんなのご飯を作り続けてきたのです。

この手が、泣いていた幼い僕を、何度も抱きしめてくれたのです。

僕はこの夜、それを身をもって知りました。

世話を終えて布団に戻った祖母が、ふいに、枕元の小さな引き出しに手を伸ばしました。

取り出したのは、長いあいだ使い込まれた、古いがま口の財布でした。

祖母はその中から、きれいに折りたたんだお札を取り出して、僕のほうへ差し出しました。

「ごめんね、ありがとう。これで、何か好きなものでも買いなさい」

そう言って、震える手で、三千円を渡そうとしたのです。

僕は、おばあちゃんも本当に馬鹿だなあ、と思いました。

もちろん、心の中で、ですが。

だって、おばあちゃん。

僕がまだ赤ん坊だった頃、両親は共働きで、朝から晩まで忙しく働いていました。

そのあいだ、僕のおしめを替えて、ミルクを飲ませて、育ててくれたのは、おばあちゃんじゃないですか。

熱を出して泣いた夜、一晩じゅう、冷たいタオルを替えながら背中をさすってくれたのも。

幼稚園の送り迎えも、自転車に乗れるようになるまで、何度も後ろを支えて走ってくれたのも。

はじめてのおつかいに、こっそり物陰からついて来てくれたのも、ぜんぶおばあちゃんでした。

小学校の遠足のお弁当に、僕の好きな卵焼きを、毎回いちばん大きく焼いてくれたのも。

運動会で転んで泣いた日、誰よりも先に駆け寄って、膝の砂をはらってくれたのも。

受験で落ち込んでいた夜に、何も言わずに、あたたかいおしるこを出してくれたのも。

数えきれないほどの場面に、いつも、おばあちゃんがいてくれました。

思えば、僕という人間は、おばあちゃんのやさしさで形づくられてきたようなものでした。

その大きな恩を、たった数枚のお札で清算してしまうことなど、できるはずがありません。

あのとき、おばあちゃんは僕に、一円だってお金を求めたことはありませんでした。

あれこそが、見返りを求めない、本物の無償の愛だったのでしょう。

それなのに、たった一度のことで、どうしてお金なんか受け取れるでしょうか。

僕は、おばあちゃんが大好きなんです。

だから、お金なんて、いらないんです。

僕は、できるだけ落ち着いた声で、そう伝えました。

祖母は、しばらく黙ったまま、僕の顔をじっと見ていました。

それから、しわだらけの手で、そっと、がま口の口を閉じました。

「……そうかい。ありがとうね、はると」

その声は、少しだけ震えていました。

気がつくと、祖母の目から、涙がひとすじ、静かにこぼれていました。

つられて、こらえようとしていた僕の目からも、涙が落ちてしまいました。

二人して、しばらくのあいだ、何も言わずに泣きました。

言葉は、もう、ほとんど必要ありませんでした。

窓の外では、雪が、何も言わずに、ただ静かに降り続けていました。

夜が更けた頃、母から電話がかかってきました。

祖父は軽い心臓の発作だったけれど、処置が早かったので、命に別状はないとのことでした。

その知らせを祖母に伝えると、祖母はまた、ほろりと涙を流しました。

「おじいさんが、いてくれて、よかった」

そう言って、何度も何度も、小さくうなずいていました。

六十年近く連れ添った人を思う気持ちが、その横顔に、深くにじんでいました。

僕はその夜、祖母が眠るまで、枕元にずっと座っていました。

祖母は時々目を覚ましては、「おじいさんは大丈夫かい」と、同じことを何度も尋ねました。

そのたびに僕は、「大丈夫だよ」と、できるだけ穏やかに答えました。

やがて祖母は、安心したように、すうすうと寝息を立て始めました。

その寝顔は、どこか、子どものようにあどけなく見えました。

僕は布団をそっと肩までかけ直して、しばらくその寝顔を見つめていました。

祖父はそれから、しばらく入院することになりました。

僕は学校帰りに、何度も病室を訪ねました。

ある日、僕がベッドの脇に座っていると、祖父がぽつりと言いました。

「あの晩、ばあさんの世話をしてくれたんだってな。ありがとうな」

僕が照れて何も言えずにいると、祖父は窓の外の雪を見ながら、静かに続けました。

「ばあさんはな、自分のことより、いつも誰かのことばかり考えてきた人なんだ」

「だから、たまには甘えさせてやってくれ。それが、いちばんの恩返しになる」

僕は黙ってうなずきました。

祖父の言葉が、あの夜に感じたことと、すうっと重なっていくのが分かりました。

退院した祖父は、前よりも少しだけ、僕に祖母のことを任せてくれるようになりました。

「二人で支えれば、ばあさんも楽だろう」と、照れくさそうに笑いながら。

それは、僕が家族の一員として、ようやく認めてもらえたような気がした瞬間でした。

その日をきっかけに、僕の家には、介護のヘルパーさんが来てくれるようになりました。

祖母も、少しずつ、家族に頼ってくれるようになりました。

あれほど嫌がっていた身の回りの世話も、僕や母が手伝うのを、受け入れてくれるようになったのです。

祖父一人に重くのしかかっていた負担も、ずいぶんと軽くなりました。

あの雪の夜に二人で泣いたことが、祖母の心の中の、固く結ばれた何かを、そっとほどいてくれたのかもしれません。

今でも僕は、ときどき、あの雪の夜のことを思い出します。

誰かを世話するということは、決して、きれいごとだけでは語れません。

けれど、その地道なやさしさの一つひとつの積み重ねこそが、愛と呼ばれるものなのだと、僕はあの夜に教わりました。

祖母が幼い僕に惜しみなく注いでくれたものを、ほんの少しでも返すことができたのなら、これほど嬉しいことはありません。

無償の愛は、きっと、こうして静かに、次の人の手のひらへと渡されていくのだと思います。

誰かにやさしくしてもらった記憶は、こうして、めぐりめぐっていくのでしょう。

あの夜に祖母と流した涙は、悲しい涙ではなかったと、今ははっきり分かります。

あれはきっと、ありがとうを、うまく言葉にできなかった二人の、不器用な涙だったのです。

僕もいつか、誰かに同じものを、何も求めずに渡せる人になりたい。

しんしんと雪の降るあの夜に、僕は心から、そう願いました。

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