愛犬が教えてくれたこと

公開日: ペット | 悲しい話 | | 長編

柴犬(フリー写真)

俺が中学2年生の時、田んぼ道に捨てられていた子犬を拾った。

名前はシバ。

雑種だったけど柴犬そっくりで、親父がシバと名付けた。

シバが子犬の頃、学校から帰って来てはいつも構っていた。

寝る時もご飯の時も、起きる時間も全部一緒だった。

何故、ずっとそんな風に愛してやれなかったのだろう。

俺が高校に上がり、仲間も沢山できて悪さをするようになった頃には、もうシバを構うことはなくなっていた。

シバが『遊ぼう!』と飛びついて来ても「邪魔や!」と振り払った。

世話はいつしかお袋と親父ばかりがするようになった。

いつしかシバも、俺を見ても尻尾さえ振らなくなった。

そして俺は高校を中退した。

遊び呆けて家にも長いこと帰らなくなっていた。

そんな時、携帯が鳴った。

『シバが、車にひかれて…病院連れてったけど、もうアカンって言われた』

お袋からだった。

『はあ? なんや、いきなり。あのバカ犬が死ぬわけないやん』

俺は軽く考えていた。

『取り敢えず、帰って来なさい。今、シバを家に連れて帰って来たから…』

正直、面倒くさかった。

どうせもう、俺を見ても喜びもせんし、もしかしたら忘れてるかもしれん。

俺は重い腰を持ち上げ、居座っていた仲間の家を出て実家へ戻った。

玄関先に繋いでいるはずのシバの姿がない。

家に入ると、俺は目を見開いた。

布団のようなものを掛けられ、ぐったりしているシバ。

そしてお袋が優しく体を撫でていた。

「リードをちぎって脱走したみたい。そんで轢かれよったらしい…。近所の中井さんが教えてくれたわ」

お袋の目には涙が溜まっていた。

俺の体にじっとりと嫌な汗が滲む。

「最初はなんでシバが脱走したんか分からんかったけど…。

中井さんが言うには、青い原付を必死に追いかけてたって…。

そんで後ろから来た車に轢かれたんやって。

そう教えてくれたわ」

俺はその言葉に息を呑んだ。

青い原付…。俺の原付も、同じ青色だ。

「多分、よその人の原付を、あんたやと思ったんやろなぁ」

お袋の目から涙が溢れた。

そして俺の目にも、気付けば涙。

初めてシバを拾って来た時の光景が頭に浮かぶ。

シバの横へ、俺は腰を下ろした。

シバが痛々しい躰を、少し持ち上げる。

すると、フンフンと鼻を鳴らし、尻尾を振った。

俺は何かが弾けたように泣きじゃくった。

シバを拾ったあの日、最後まで面倒を見ると誓ったはずだった。

ずっとこいつと生きて行くと決めたはずだった。

シバがいつか死ぬ時は、笑顔で送り出してやろう。

だからそれまでいっぱいの愛情で接してやろうと…。

あの頃、そう誓ったのは自分自身だったのに。

「シバ、ごめんよぉ。俺、いつもお前のこと無視して…。

お前はいつも俺のこと見てたんやな。

許してくれや、シバ…」

そう言ってシバの体を撫でた。

ペロペロとシバが俺の手を舐める。

それと同時に俺の手に付く…シバの血。

お袋も声を上げ泣いていた。

「いつもあんたぐらいの男の子が、家の前を通るたび、シバ、ずーっと見つめててん」

お袋の言葉が、更に俺の涙を溢れさせる。

「シバ、逝かんでくれやぁ。また一緒に遊ぼうやぁっ…」

視界が涙で霞んだ時、シバがキュンキュンと声を上げた。

そして頭を俺の膝の上に乗せ、まるで俺に

『生きたいよ』

と言っているようで、涙が止まらんかった。

代わってやりたかった。

そしてシバは、その後すぐ息を引き取った。

シバが死んで、6年。

今でもシバの命日には、シバの大好物だったササミを玄関に置いておく。

たまに猫がつまみ食いするけど、優しいシバのことやけん、黙って見とるんやろな…。

お前のおかげで、自分の愚かさを知った。

ありがとう。ほんまに、ありがとう…。

そして、ごめんな。

大好きやで、シバ。

俺がいつか死んで、そっちに行ったら、また俺の愛犬になってくれ。

そん時はもう絶対、傍から離れんから。約束するよ。

出典元: すべての人が幸せになる魔法の言葉たち

関連記事

ファミレス(フリー写真)

兄妹の情

ファミレスで仕事をしていると、隣のテーブルに親子が座ったんです。 妙に若作りしている茶髪のお母さんと、中学一年生くらいの兄、そして小学校低学年くらいの妹です。 最初はどこに…

恋人(フリー写真)

彼からの手紙

幼稚園から一緒だった幼馴染の男の子が居た。 私は今でも憶えている。 彼に恋した日のことを。 ※ 幼稚園で意味もなく友達に責められている時に唯一、私の側に居てくれて、ギュ…

母の手を握る赤子(フリー写真)

母の想い

彼は幼い頃に母親を亡くし、父親と祖母と暮らしていました。 17歳の時、急性骨髄性白血病にかかってしまい、本人すら死を覚悟していましたが、骨髄移植のドナーが運良く見つかり死の淵から…

眠る犬(フリー写真)

飼い犬との別れ

今年の元旦の事だった。 僕の実家にはKという犬が居た。 Kは僕が大学の頃に飼い始めて、かれこれ14年。 飼い始めの頃はまだちっちゃくて、公園に散歩に連れて行っても、懸…

教室(フリー写真)

お母さんの匂い

その小学校の先生が5年生の担任になった時、一人服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年が居た。 先生は中間記録に少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。 …

柴犬(フリー写真)

おばあちゃんと柴犬

昔の話だが、近所に旦那さんに先立たれ、独り暮らしをしているお婆ちゃんが居た。 お婆ちゃんは室内で柴犬を飼っていた。 嫁いだ娘さんや孫たちがしょっちゅう様子を見に来ていたから…

ピアノ

最後の演奏会

8年前、九州の西日本新聞に掲載され、映画化された物語があります。これは特攻出身の学徒兵たちの話です。 当時東京に住んでいた私は、銀座の東映でその映画を軽い気持ちで観に行きました…

震災(フリー写真)

救助活動

東日本大震災。 辺りは酷い有り様だった。 鳥居の様に積み重なった車、田んぼに浮く漁船。 一階部分は瓦礫で隙間無く埋め尽くされ、道路さえまともに走れない。 明るく…

朝焼け(フリー写真)

半年前の俺へ

半年前の俺へ。 そっちは午前4時だな。 部活で疲れてぐっすり眠っている頃だと思うが、頑張って起きろ。 今から言う事をやってくれ。頼む、お前のためだから。しくじるなよ。…

寝ている猫(フリー写真)

飼い猫の最後の別れ

10年以上前、ひょんな切っ掛けで、捨てられたらしいスコティッシュの白猫を飼う事になった。 でもその猫の首には大きな癌があり、猫エイズも発症していて、 「もうあと一ヶ月ぐらい…