猫が運んだ茶のボタン

夕暮れの雪景色と温かな灯り

給湯室の窓辺に、縁の欠けたホーローの計量カップを置くようになったのは、あの冬からだ。

中に注ぐのは、給食室の調理員さんから少しだけ分けてもらう、人肌の牛乳だった。

ある晩、そのカップの横に、すり切れた茶のボタンが一つ置かれていた。

猫が運んできたのだと、私はずいぶん長いあいだ、そう思い込んでいた。

私が四十を二つ越え、まだ独りで、雪深い町の小学校に勤めていた、昭和の終わりの話である。

その町は十一月の声を聞くと白いものが降りはじめ、四月までは灰色の空が続いた。

職員室の同僚たちは、夫の話や子どもの話をしながら帰っていく。

私はいつも最後に鍵をかけて、ひとりで雪を踏んだ。

自分の足音なのに、他人のもののように聞こえる夜があった。

職員室では「先生」と呼ばれ、町の店では「学校の人」と呼ばれた。

そのどちらも、私の名前ではなかった。

牛乳を分けてくれたのは、給食室の菅野さんという年配の調理員だった。

「先生、余りでよかったら持ってきな」

そう言って、いつも寸胴の底に少しだけ残しておいてくれた。

理由は訊かれなかった。

訊かれないというのは、この町の人の優しさの形だった。

私にも、若い頃に一度だけ、祝言の話があった。

相手は隣町の郵便局に勤める人で、母の具合が悪くなった年に、その話は自然に消えた。

消えたというより、私が消した。

母を見送ったあと、私の手元に残ったのは、この仕事と、母の使っていた計量カップだけだった。

縁が欠けているのは、母が流しに落としたからだ。

捨てられないまま、二十年、台所の隅に置いてあった。

耳の先の折れた猫

三毛猫が職員室の裏に現れたのは、十二月の、底冷えのする夕方だった。

右の耳の先が少しだけ折れていて、どこかで誰かと喧嘩でもしたのだろうと思った。

汚れた毛並みの割に、目だけが街灯の光を吸ったように澄んでいた。

はじめは、私のほうも警戒していた。

猫を飼ったことはなかった。

独り身の教員が職員室の裏で猫に餌をやっていると知れたら、何を言われるかわからない。

それでも、雪の上にちょこんと座って窓の灯りを見上げる姿を、見て見ぬふりはできなかった。

私は牛乳をカップに入れ、窓の桟にそっと置いた。

猫は私が窓から離れるのを待ってから、音もなく近づいてきて、小さく舌を鳴らした。

翌日も、その翌日も、猫は判で押したように同じ時刻に現れた。

四時四十分。

校庭の外灯が点く音が、かちりと鳴る、そのすぐあとだった。

私は牛乳を温めながら、時計ではなく、外灯の音を待つようになった。

いつしか私は、その猫を「みけ」と呼ぶようになっていた。

名前で呼ぶ相手が一匹でもいるというのは、思っていたよりずっと、人の心を温めるものだった。

帰りの雪道で、私は小さな声で「みけ」と呼んでみることがあった。

誰もいない道で、白い息だけが前に出ていく。

それだけのことで、その晩の食卓の味が少し変わった。

みけには妙な癖があった。

牛乳を飲み終えると、桟に小さなものを一つ置いていくのだ。

枯れた南天の葉。

赤い洗濯ばさみ。

どこで拾ってきたのか、片方だけの子ども用の軍手。

そして、ある晩には、茶のボタンが一つ、ぽつんと置かれていた。

飼い主のいない猫が、ねぐらのどこかから運んでくるがらくたなのだろう。

そう思いながらも、その茶のボタンだけは、なぜか机の引き出しに仕舞った。

独りの夜の帰り道、コートのポケットの中でそれを握っていると、不思議と寒さが和らいだ。

猫の恩返しのような、ささやかな贈り物だと思うことにしていた。

のちに私は、あの猫の名を呼んだ冬のことを、誰にも話さないまま長く抱えることになる。

名前を呼ぶという行為が、どれほど人を縛るものなのかを、私は知らなかった。

同じ町の古い家で、名を呼ばずに一匹の猫を飼っていた人の話を、ずっとあとに聞いた。

それは伯母が呼ばなかった猫の名という、この町の誰もが少しずつ知っている話だった。

袖口の三つの並び

その冬、私の受け持つ三年二組に、一人の転校生がやってきた。

鈴木透という、痩せた男の子だった。

透はひと月経っても、クラスの誰ともほとんど口をきかなかった。

教室では一番うしろの席で、いつも紺色のジャンパーの襟を立てていた。

そのジャンパーは冬のあいだ一度も洗われた様子がなかった。

袖口には、茶のボタンが三つ、等間隔に並んで縫いつけられていた。

飾りのボタンだ。

上から二つ目の糸がほどけかけていて、歩くたびに小さく揺れていた。

留めるためのものではなく、ただ並んでいるだけの三つだった。

父親と二人暮らしで、その父親も夜になると帰ってこないことがあるらしい、と同僚が小声で教えてくれた。

給食の時間、透はおかわりの列にだけは、誰よりも早く並んだ。

ジャンパーは、教室でも脱がなかった。

暖房の効いた図工室でも、襟を立てたままだった。

二月のはじめ、後ろの席の男子がその背中を指ではじいた。

「お前、それ寝るときも着とるやろ」

教室が笑った。

透は袖口を握って、机に顔を伏せた。

私はその子を叱った。

叱りながら、自分が何も守れていないことを知っていた。

上着を脱げない子には、脱げない理由がある。

四月に来たときから、あの子の持ち物は増えも減りもしなかった。

筆箱の中身は鉛筆が二本と、短くなった消しゴムが一つ。

上履きは前の学校の名前のままで、かかとを踏んでいた。

名前は、油性ペンで二重に書き直してあった。

下の字は、別の苗字だった。

その上から、鈴木、と子どもの字で重ねてある。

あの子は、自分の持ち物を、自分で自分のものに書き換えていた。

あの下に何を着ているのかを、私は最後まで訊けなかった。

私は何度か、透に話しかけた。

今日は寒いね、とか、その漫画おもしろい、とか、他愛のないことばかりを。

そのたびに透はうつむいて、ジャンパーの袖をきゅっと握るのだった。

家庭訪問の日、鈴木の家のブザーは鳴らなかった。

外れた配線が、木枠の内側でぶら下がっていた。

何度か戸を叩いてから、私は玄関先で十五分ほど待った。

帰りぎわ、雪をかぶった自転車の籠に、給食の献立表が丸めて突っ込まれているのが見えた。

日付は、ひと月前のものだった。

放課後、誰もいなくなった校庭の隅に、透がぽつんと立っていることが何度かあった。

声をかけようとすると、子鹿のように逃げるように帰ってしまう。

自分の言葉があの子の心に何ひとつ届いていないことが、ただ悲しかった。

教師という仕事をしていながら、私は一人の子どもの、たった一つの言葉すら聞き出せずにいた。

転校してきた子の口を開かせるのは、いつも大人の側ではないのかもしれない。

何年か経ってから、転校生の父が歌い出した日のことを人づてに聞いて、私はそう思うようになった。

体育館の軒下の膝

年が明けて、いちだんと雪が深くなった頃だった。

私はある夕暮れ、給湯室の窓から思いがけないものを見た。

体育館の軒下に、みけがいた。

そして、その前にしゃがみ込んでいたのは、紺色のジャンパーを着た透だったのだ。

透はポケットから何かを取り出して、みけの前にそっと置いていた。

煮干しか、給食のパンのかけらだったのだろう。

みけはその小さな手に頬をすり寄せ、透の膝にちょこんと前足をのせた。

透の横顔が、私の知らない顔で、ほんの少しだけ笑っていた。

教室では一度も見たことのない表情に、私は息をのんだ。

あの子は誰にも見せない時間を、この一匹の猫とだけ、そっと分け合っていたのだ。

その晩、桟を見ると、また茶のボタンが一つ置かれていた。

私は引き出しの奥から前のボタンを取り出して、机の上に並べてみた。

二つは同じ茶色の、同じ大きさの、同じように糸のほつれたボタンだった。

そこでようやく私は気づいた。

透のジャンパーの袖口に並んでいた、あのボタンと同じものだと。

みけが雪に落ちたボタンを運んできたのだ、と私はそのとき思った。

言葉を持たないあの猫だけが、二人のあいだを誰にも知られず行き来している。

そう思うと、給湯室の窓辺が急に温かい場所になった。

その週、私は湯たんぽを一つ買って、みけの段ボールに入れてやった。

翌朝見に行くと、湯たんぽは段ボールの外に出されていた。

猫の力で押し出せる位置ではなかった。

冷えた湯たんぽを抱えて職員室に戻りながら、私は少し笑った。

段ボールの中には、藁が敷き足されていた。

体育館の裏の物置から持ち出したものだ。

藁の匂いは、雪の日には遠くまで届く。

誰かが、朝、入れ替えているのだと思った。

そのときは、それだけのことだと思った。

それからの私は、牛乳のほかに、こっそりと多めのパンを桟に置くようになった。

半分はみけのために、半分は、あの軒下にしゃがむ小さな背中のために。

翌朝、桟のパンはいつもきれいになくなっていた。

一度だけ、パンではなく、小さなおにぎりを置いてみたことがある。

翌朝、おにぎりは手つかずのまま凍っていた。

猫は米を食べない。

そんな当たり前のことに、私は半日、気づかなかった。

次の日からは、またパンに戻した。

戻したとき、桟の雪が、少しだけ踏み荒らされているのが見えた。

私は透の家のことを根掘り葉掘り聞くことはしなかった。

ただ、給食のおかわりをよそうとき、あの子の器にほんの少しだけ多く盛った。

ある日、配膳のあとで、消え入りそうな声で「ありがとう」と言われた気がした。

聞き返すと、もういつものうつむいた横顔に戻っていたけれど。

二月の半ば、大雪で学校が早じまいになった日があった。

私は下校の列を見送りながら、この雪ではみけは軒下で凍えていないだろうかと案じた。

そして同じくらい、あの子の家には今夜、灯りがともるのだろうかと案じていた。

気づけば私は、一匹の猫と一人の子どもの背中を、毎日、目で追うようになっていた。

同僚の一人が、廊下でそっと言った。

「先生、あんまり一人の子に肩入れせんほうがええよ」

正しい忠告だった。

正しかったから、余計に腹が立った。

私は「はい」とだけ答えて、その日も多めにパンを桟に置いた。

用務員の吉川さんに、一度だけ訊かれたことがある。

「先生、朝いちばんに校舎の裏さ回っとるのは、あの転校生の子だべ」

私は曖昧に頷いた。

みけは夕方にしか来ない猫だった。

では、あの子は朝、何をしに裏へ回っていたのだろう。

そのときの私は、深く考えなかった。

三つ目の茶のボタン

立春の翌朝は、この冬いちばんの冷え込みだった。

出勤して窓辺のカップを見ると、ゆうべの牛乳が白いまま凍りついていた。

みけは、来なかった。

嫌な予感がして、私は体育館の裏へ回った。

軒下に置かれた古い段ボールの中で、みけは丸くなったまま、もう動かなかった。

そばには透がいた。

始業前の薄暗い校庭で、透は声も立てずに自分のジャンパーを脱ぎ、冷たくなったみけにそっとかけていた。

あれほど大事にしていた、たった一枚の上着だった。

私が雪の上に膝をつくと、透ははじめて私の顔をまっすぐに見た。

そして、握りしめていた手のひらをゆっくりと開いた。

そこには、すり切れた茶のボタンが、もう一つのっていた。

「これ、みけが先生に渡しそびれた分です」

透が私に向かって口にした、はじめての言葉だった。

私はその小さな冷たい手からボタンを受け取ることが、すぐにはできなかった。

透の手は、赤くふくれていた。

しもやけではなく、雪を掘った手だった。

段ボールの底には、乾いた新聞紙が何枚も重ねて敷いてあった。

一枚ずつ日付が違う。

取り替えていた者がいる。

受け取ったとき、私はあの子の袖口を見た。

その袖口には、もう、ボタンは一つも残っていなかった。

糸は噛み切られた跡ではなかった。

指で、一つずつ、ほどいた跡だった。

雪の上には、猫の足跡のほかに、小さな長靴の足跡が並んでいた。

足跡は、窓の桟の真下で一度止まり、それから体育館の方へ戻っていた。

背伸びをした跡なのだろう。

つま先の部分だけが、深く沈んでいた。

みけは、一度も、何かを咥えているところを私に見せたことがなかった。

桟にボタンが置かれるのは、いつも私がパンを多めに出した翌朝だった。

けれど私は、その意味をまだ、半分しか受け取れずにいた。

桜の根元の固い土

みけを、校庭の隅の桜の木の根元にうめた。

凍った土は固く、透がかじかんだ手でずっと掘っていた。

私が代わろうとしても、首を横に振って手を止めなかった。

「先生も、みけに会いに来てたんやね」

土に手を合わせながら、透がぽつりと言った。

「来てたよ」

「知っとった」

「どうして」

「牛乳、猫が飲むには多いもん」

私は、返す言葉を持たなかった。

「みけな、はじめは俺のこと引っかいたんよ」

透は土を撫でながら言った。

「でも、三日目に、来た」

「透くんが待っとったから来たんやよ」

「先生も待っとったやろ」

そう言われて、私はようやく泣いた。

子どもの前で泣いてはいけないと、十九年間そう思ってきたのに。

ひとしきり泣いてから、私は訊いた。

「みけは、ボタンをどこから運んできたんやろ」

透は、しばらく土を見ていた。

「猫はな、なんも持ってこんのよ」

「え」

「一回も、咥えとるとこ、見たことないやろ」

「……うん」

「俺が置いた」

風が、桜の細い枝を鳴らした。

朝いちばんに校舎の裏へ回っていたのは、あの子だった。

透は、猫が贈り物を運ぶ猫であり続けるように、自分の袖のボタンを一つずつ外して置いていた。

そうしなければ、先生が牛乳を出さなくなると思ったのだろう。

猫が礼をする猫でなくなったら、桟のカップは片付けられてしまう。

あの子は、代金を払っていたつもりだったのだ。

自分の持ち物のうち、外しても叱られないものは、あの三つしかなかった。

あの猫は、独りだった私と、口をきかなかったこの子のあいだを毎晩行き来していたのではない。

行き来していたのは、あの子のほうだった。

それでも私たちは二人とも、ずっと、誰かに見つけてほしかったのだと思う。

帰りぎわ、透が訊いた。

「先生って、名前なんていうん」

私は黒板に、自分の名を大きく書いた。

透はそれを声に出して読んだ。

名前を呼ばれるということが、あんなに音の大きいものだとは知らなかった。

私は、透のジャンパーの袖口に、新しいボタンを三つ縫いつけた。

茶色ではなく、黒しか手持ちがなかった。

「変やね」と透は言って、はじめて声を出して笑った。

あれから、ずいぶんと長い年月が流れた。

透は町を出て、家庭を持ち、立派な大人になったと風の便りに聞いた。

何年か前、見知らぬ宛名の年賀状が一枚届いた。

印刷された家族写真の隅に、小さなボールペンの字でこう添えられていた。

「先生のおかげで、人を信じられるようになりました」

差出人の欄に鈴木という苗字を見つけて、私はしばらくその葉書を抱えていた。

私は今も、あの町で独りで暮らしている。

古い机の引き出しには、三つの茶のボタンが並べてしまってある。

言葉を失くしていた子どもが差し出せるものは、あの三つしかなかった。

凍てついた桟に置いた牛乳は、もう、あの子も、あの猫も飲みはしないけれど。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。