猫が運んだ茶のボタン

夕暮れの雪景色と温かな灯り

給湯室の窓辺に、縁の欠けたホーローの計量カップを置くようになったのは、あの冬からだ。

中に注ぐのは、給食室の調理員さんから少しだけ分けてもらう、人肌に温めた牛乳だった。

私が四十を二つ越え、まだ独りで、雪深い町の小学校に勤めていた、昭和の終わりの話である。

その町は、十一月の声を聞くと白いものが降りはじめ、四月までは灰色の空が続いた。

職員室の同僚たちは、夫の話や子どもの話をしながら帰っていき、私はいつも最後に鍵をかけて、ひとりで雪を踏んだ。

その三毛猫が職員室の裏に現れたのは、十二月の、底冷えのする夕方だった。

右の耳の先が少しだけ折れていて、どこかで誰かと喧嘩でもしたのだろうと思った。

汚れた毛並みの割に、目だけが、街灯の光を吸ったように澄んでいた。

はじめは、私のほうも警戒していた。

猫を飼ったことはなかったし、独り身の教員が職員室の裏で猫に餌をやっているなどと知れたら、何を言われるかわからない。

それでも、雪の上にちょこんと座って、じっと窓の灯りを見上げているあの姿を、見て見ぬふりはできなかった。

私は牛乳をカップに入れ、窓の桟にそっと置いた。

猫は、私が窓から離れるのを待ってから、音もなく近づいてきて、小さく舌を鳴らした。

翌日も、その翌日も、猫は判で押したように同じ時刻に現れた。

いつしか私は、その猫を「みけ」と呼ぶようになっていた。

名前で呼ぶ相手が一匹でもいるというのは、思っていたよりずっと、人の心を温めるものだった。

みけには、妙な癖があった。

牛乳を飲み終えると、窓の桟に、小さなものを一つ置いていくのだ。

枯れた南天の葉。

赤い洗濯ばさみ。

どこで拾ってきたのか、片方だけの子ども用の軍手。

そして、ある晩には、すり切れた茶色いボタンが一つ、ぽつんと置かれていた。

飼い主のいない猫が、ねぐらのどこかから運んでくる、がらくたなのだろう。

私はそう思いながらも、その茶色いボタンだけは、なぜか机の引き出しに仕舞った。

なぜ捨てなかったのか、自分でもわからない。

独りの夜の帰り道、コートのポケットの中でそれを握っていると、不思議と寒さが和らぐ気がした。

今思えば、あれは猫の恩返しのような、ささやかな贈り物だったのかもしれない。

その冬、私の受け持つ三年二組に、一人の転校生がやってきた。

鈴木透という、痩せた男の子だった。

透は、ひと月経っても、クラスの誰ともほとんど口をきかなかった。

教室では一番うしろの席で、いつも袖口のほつれた紺色のジャンパーの、襟を立てていた。

そのジャンパーは、冬のあいだ一度も洗われた様子がなく、袖のボタンが一つ、いつもぐらぐらと揺れていた。

父親と二人暮らしで、その父親も、夜になっても帰ってこないことがあるらしい、と同僚が小声で教えてくれた。

給食の時間、透は、おかわりの列にだけは、誰よりも早く並んだ。

私は何度か、透に話しかけた。

今日は寒いね、とか、その漫画おもしろい、とか、他愛のないことばかりを。

そのたびに、透はうつむいて、ジャンパーの袖を、きゅっと握るのだった。

放課後、誰もいなくなった校庭の隅に、透がぽつんと立っていることが、何度かあった。

声をかけようとすると、子鹿のように、逃げるように帰ってしまう。

私は、自分の言葉が、あの子の心に何ひとつ届いていないことが、ただ悲しかった。

教師という仕事をしていながら、私は一人の子どもの、たった一つの本音すら、聞き出せずにいた。

年が明けて、いちだんと雪が深くなった頃だった。

私はある夕暮れ、給湯室の窓から、思いがけないものを見た。

体育館の軒下に、みけがいた。

そして、その前にしゃがみ込んでいたのは、紺色のジャンパーを着た、透だったのだ。

透は、ポケットから何かを取り出して、みけの前にそっと置いていた。

煮干しか、給食のパンのかけらだったのだろう。

みけは、その小さな手に頬をすり寄せ、透の膝に、ちょこんと前足をのせた。

透の横顔が、私の知らない顔で、ほんの少しだけ、笑っていた。

教室では一度も見たことのない、その柔らかな表情に、私は息をのんだ。

私は、窓から離れられなかった。

あの子は、誰にも見せない時間を、この一匹の猫とだけ、そっと分け合っていたのだ。

その晩、いつものように窓の桟を見ると、また茶色いボタンが一つ、置かれていた。

私は引き出しの奥から、前のボタンを取り出して、机の上に並べてみた。

二つは、同じ茶色の、同じ大きさの、同じように糸のほつれたボタンだった。

そこでようやく、私は気づいた。

透のジャンパーの袖口で、ほつれて揺れていた、あのボタンと同じものだと。

みけは、透の袖から取れて雪に落ちたボタンを、私のところへ運んでいたのだ。

言葉を持たないあの猫だけが、二人の間を、誰にも知られず行き来していた。

それからの私は、牛乳のほかに、こっそりと多めのパンを窓辺に置くようになった。

半分はみけのために、半分は、あの軒下にしゃがむ小さな背中のために。

翌朝、桟のパンはいつもきれいになくなっていた。

私は、透の家のことを根掘り葉掘り聞くことはしなかった。

ただ、給食のおかわりをよそうとき、あの子の器に、ほんの少しだけ多く盛った。

透は気づいていたのかもしれない。

ある日、配膳のあとで、消え入りそうな声で「ありがとう」と言われた気がした。

聞き返すと、もう、いつものうつむいた横顔に戻っていたけれど。

二月の半ば、大雪で学校が早じまいになった日があった。

私は下校の列を見送りながら、この雪では、みけは軒下で凍えていないだろうかと案じた。

そして同じくらい、あの子の家には、今夜、灯りがともるのだろうかと案じていた。

気づけば私は、一匹の猫と一人の子どもの背中を、毎日、目で追うようになっていた。

立春の翌朝は、この冬いちばんの冷え込みだった。

私が出勤して窓辺のカップを見ると、ゆうべの牛乳が、白いまま凍りついていた。

みけは、来なかった。

嫌な予感がして、私は体育館の裏へ回った。

軒下に置かれた古い段ボールの中で、みけは、丸くなったまま、もう動かなかった。

そばには、透がいた。

始業前の、まだ薄暗い校庭で、透は声も立てずに、自分のジャンパーを脱いで、冷たくなったみけにそっとかけていた。

あれほど大事にしていた、たった一枚の上着だった。

私が雪の上に膝をつくと、透は、はじめて私の顔を、まっすぐに見た。

そして、握りしめていた手のひらを、ゆっくりと開いた。

そこには、すり切れた茶色いボタンが、もう一つ、のっていた。

「これ、みけが先生に渡しそびれた分です。」

透が、私に向かって口にした、はじめての言葉だった。

私は、その小さな冷たい手から、ボタンを受け取ることが、すぐにはできなかった。

みけを、校庭の隅の、桜の木の根元にうめた。

凍った土は固く、透が、かじかんだ手で、ずっとずっと掘っていた。

私が代わろうとしても、首を横に振って、手を止めなかった。

「先生も、みけに会いに来てたんやね。」

埋め終えたあと、土に手を合わせながら、透がぽつりと言った。

私は、うん、と頷くのが、やっとだった。

あの猫は、独りぼっちだった私と、口をきかなかったこの子の間を、毎晩、行き来していたのだ。

何も言わずに、ただ、互いのぬくもりを、あの小さな背中に乗せて運んでいた。

私たちは二人とも、ずっと、誰かに見つけてほしかったのだと思う。

その日から、透は、少しずつ言葉を取り戻していった。

はじめは、みけの話だけ。

あの子の喉が好きだった、とか、雪の日は軒下で丸くなっていた、とか。

やがて、給食の献立の話や、父親がたまに買ってくれる漫画の話を、私の机の横でするようになった。

あの子のジャンパーの、揺れていた袖のボタンは、私が新しい糸で、しっかりと縫いつけてやった。

あれから、ずいぶんと長い年月が流れた。

透は、町を出て、家庭を持ち、立派な大人になったと、風の便りに聞いた。

何年か前、見知らぬ宛名の年賀状が一枚届いた。

印刷された家族写真の隅に、小さなボールペンの字で、こう添えられていた。

「先生のおかげで、人を信じられるようになりました」と。

差出人の欄に、鈴木という苗字を見つけて、私はしばらく、その葉書を抱えていた。

私は今も、あの町で、独りで暮らしている。

けれど、古い机の引き出しには、三つの茶色いボタンが、今も並べてしまってある。

独りの夜、それを手のひらに転がすたびに、私は思い出す。

言葉を持たない一匹の猫が、言葉を失くしていた二人に、いちばん大切なものを運んでくれた、あの遠い冬のことを。

ありがとう、と、私は今も、誰もいない窓辺につぶやく。

凍てついた桟に置いた牛乳は、もう、あの子も、あの猫も、飲みはしないけれど。

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