尊敬する先輩

公開日: 友情 | 悲しい話

野球のボール(フリー写真)

俺は高校三年生で、野球部を引退したばかりです。

世界で一番尊敬する先輩が居ました。

野球は本当に下手で、一度も打席に立たせてもらった事がありませんでした。

それでも毎朝毎晩ずっと練習していて、手はいつも血とマメでボロボロでした。

ある日、俺は先輩に

「Mさん、何でそんなに頑張れるんですか?」

と聞きました。

先輩は、

「頑張らんと試合出られへんやろ?」

と答えて、また黙々とバットを振り始めました。

俺は先輩の努力に憧れ、それからずっと練習に付き合いました。

一緒に練習するうちに段々可愛がってもらえるようになって、よく話もするようになりました。

ある日、先輩が

「俺なぁ…いつか、試合で打席に立つのが夢なんや。ショボイ夢やろ?」

と言いました。

俺は何も言えませんでした。

でも結局、最後の練習試合(先輩はベンチ入り出来なかったため、練習試合が引退試合になりました)まで、出番はありませんでした。

最終回、何と先輩が代打で起用されました。

先輩は凄く真剣な顔で打席に立っていました。

構えは不格好でしたが、俺は絶対打てると信じました。

結果は、ファーストへのボテボテ内野ゴロでした。

先輩は全力で一塁に走りましたが、悠々アウトになってしまいました。

先輩の通算成績は、1打数0安打。

でも、誰よりも価値のある1打数だったと俺は思いました。

結局その年、甲子園には惜しくも届きませんでした。

先輩は引退する時、俺に泣きながら

「努力は絶対報われるからな。頑張れよ」

と言ってくれました。

俺は必死に頑張りました。

先輩に負けないぐらい練習しました。

そして、甲子園に出ました。

大学からも誘いがあり、これからも野球が続けられるようになりました。

全部先輩のお陰です。

こんなに頑張れたのも、甲子園に行けたのも、全部先輩の言葉のお陰でした。

でも、先輩は先月、電車事故で亡くなってしまいました。

仕事帰りだったそうです。

きっと仕事でも、フラフラになるまで頑張っていたのだと思います。

結局、俺は先輩に

「ありがとうございました」

としか言えませんでした。

今になって思います。

神様、何で先輩みたいな人が報われへんかったんですか?

才能だけで生きている人も居るのに…何で先輩は死ななあかんのですか?

おかしいじゃないですか…。

関連記事

繋がれた手(フリー写真)

彼との最後の夜

一年間、同棲していた彼が他界した。 大喧嘩をした日、交通事故に遭ったのだ。 本当に突然の出来事だった。 ※ その日は付き合って三年目の記念すべき夜だった。 しかし…

森

英雄の最期と不朽の絆

我が家に伝わる語り草、それは遠く南の地で戦ったおじいちゃんの物語である。 具体的な国名までの記憶は色褪せているが、彼が足跡を残したのは深緑に覆われたジャングルの地だった。 …

アパート(フリー写真)

おにぎりをくれた女の子

現在から20年以上も前、まだオンボロアパートで一人暮らしをしていた時の事だ。 安月給で金は無かったが、無いは無いなりに何とか食っては行けた。 隣の部屋には50代くらいのお父…

震災の写真

震災を生き抜く少年の記録

「お父さんが軽トラで帰っていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように」と祈っていました。 巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか…

赤ちゃんの手を握る母(フリー写真)

素朴なお弁当

私の母は、常に体調を崩しやすい人だった。 そのせいなのかは分からないが、彼女が作ってくれる弁当は決して美しくはなく、素朴だった。 私は毎日、その弁当を持って学校に行くのが…

教室(フリー背景素材)

同級生の思いやり

うちの中学は新興住宅地で殆どが持ち家、お母さんは専業主婦という恵まれた家庭が多かった。 育ちが良いのか、虐めや仲間はずれなどは皆無。 クラスに一人だけ、貧乏を公言する男子が…

駅(フリー写真)

3年後の約束

私の悲しい恋愛体験を語ります。 私は大学1年生の頃、初めての彼氏ができました。 彼は同じ大学に通う人でした。 同じサークルに入っていて、お互い意気投合して付き合うこ…

カップル(フリー写真)

書けなかった婚姻届

彼女とはバイト先で知り合った。 彼女の方が年上で、入った時から気にはなっていた。 「付き合ってる人は居ないの?」 「居ないよ…彼氏は欲しいんだけど」 「じゃあ俺…

夕日(フリー写真)

自衛隊の方への感謝

被災した時、俺はまだ中学生でした。 家は全壊しましたが、たまたま通りに近い部屋で寝ていたので腕の骨折だけで済み、自力で脱出することが出来ました。 奥の部屋で寝ていたオカンと…

女性の後姿(フリー写真)

宝物ボックス

俺が中学2年生の時だった。 幼馴染で結構前から恋心も抱いていた、Kという女子が居た。 でもKは、俺の数倍格好良い男子と付き合っていた。俺が敵う相手ではなかった。 彼女…