命懸けで教えてくれた事

公開日: 友情 | 心温まる話

妊婦さんのお腹(フリー写真)

13年前、俺は親元を離れて一人暮らしの大学生という名のろくでなしだった。

自己愛性人格障害の父親に反発しつつも、影響をもろに受けていた。

プライドばかり高く、傲慢さを誇りと取り違え、感謝の気持ちを知らない鼻持ちならない奴だった。

そんな時、俺は交通事故を起こした。

原付で90歳のお爺さんにぶつけてしまったのだ。

夜中とは言え、横断歩道を渡っていたのに直前まで気が付かなかったこちらのミス。

地元の名士だったらしく、集まって来た付近の住民たちが口々に俺を責め立てる。

救急車で運ばれるお爺さん。

オタつきながら俺はこう考えていた。

『これで前科者か? どうしよう…。死んじまったら補償が…』

下衆だった。

どうしようもなく。

一緒に走っていた友人に付き添われ、逃げ出したい衝動を堪えつつ病院まで付いて行った。

この友人は、警察の事情聴取にまで付き合ってくれた。

そして略式裁判。

思ったより処分は軽かった。

弁護士だったお爺さんが、減刑嘆願したのだと判事が教えてくれた。

お爺さんが退院したと聞き、菓子折を持って友人と見舞いに行った。

その時、お爺さんはこう語った。

「事故を起こして怖い、逃げ出したい。そう考えてもおかしくないのに、君は頑張ってくれた。そんな若者を前科者にしたくはなかった。それに『次は僕が頑張る番』だと思えたからね」

奥さんに聞いた話では、事故で脳内出血を誘発しかけたらしい。

そんな状況で、こちらの事まで気にかけてくれたとは…。

雷に打たれたような衝撃を受けた。

それまで俺は、

『正直に生きるのは馬鹿』

だと教えられ、そう信じていた。

だがお爺さんは(そして友人は)、このどうしようもない若者に教えてくれたのだ。

『誤魔化すな。人には誠意でぶつかれ』

と、命を張って…。

2年後、地元に近い県庁所在地の市役所に就職が決まった。

真っ先にお爺さんに報告したかった。

お爺さんは健在だった。

そして戦前の官庁勤めの経験から、こう語ってくれた。

「欲や誘惑に走るな。市民のために尽くせ」

やれ出世だ高給だ、要領良くとしか言わない親とは大違いだった。

それから更に月日は流れた。

お爺さんや友人とも距離が離れたせいか疎遠になってしまった。

今でも『お爺さんに教わった生き方が出来ているだろうか…』と考える。

出来ていなければせめて伝えよう。

父親として娘に、妻の胎内の子に。

友人に恵まれたこと、こんな気骨の士に巡り会えた事を。

そして…お爺さんが命懸けで教えてくれた事を。

関連記事

プログラミング(フリー素材)

パパの一時間はいくら

プログラマーの父は、今日も仕事で疲れ切って遅い時間に帰って来た。 すると、彼の5歳になる娘がドアのところで待っていたのである。 彼は驚いて言った。 「まだ起きていた…

警察官の方(フリー写真)

人と人との出会い

何年か前の、5月の連休中のこと。 あるご夫婦がライトバンのレンタカーを借り、佐賀から大分県の佐伯(さいき)市を目指して出掛けた。 佐伯市からは夜23時に四国行きのフェリーが…

色鉛筆で描かれた線(フリー写真)

弟の物語

私の家族は、父、母、私、弟の四人家族。 弟がまだ六歳の時の話。 弟と私は十二才も歳が離れている。凄く可愛い弟。 だけど私は遊び盛りだったし、家に居れば父と母の取っ組み…

空(フリー写真)

祖父の恩人

仕事でどうしようもないミスをしてしまい、次の日に仕事に行きたくないと鬱ぎ込んでいた時の事だ。 家に帰りたくなく、仕事帰りにいつもは乗らない電車に乗って他県まで行ってみた。 …

月

三度の祈り

それは今から数年前、俺の人生における三度の神頼みの始まりでした。 最初は七歳の時、両親が離婚し、厳しい祖父母の元へ預けられた時のことです。 彼らから「お前のせいで別れた」…

女子中学生(フリー写真)

中学生の時の娘の友達

今から8年前の話です。 現在21歳になった娘ですが、中学校時代の男友達が良い人過ぎて感動しました。 娘は自閉症などの障害を持っており、小学校の時は授業で当てられても話せな…

電車の車内(フリー写真)

思いやりの紙片

学生時代から長く付き合い、結婚を考えていた彼と別れました。 彼は一年も前から、職場の年上の女性と付き合っていたのです。 その女性から結婚を迫られ、もう既に彼女のご両親とは…

椅子(フリー写真)

脳内共同ガールフレンド

大戦中にドイツ軍の捕虜収容所に居たフランス兵たちのグループが、長引く捕虜生活の苛立ちから来る仲間内の喧嘩や悲嘆を紛らわすために、皆で脳内共同ガールフレンドなるものを作った話を思い出した…

封筒を持つ手(フリー写真)

結婚記念日おめでとう

入社4年目の時に、初めて結婚記念日の日を迎えた。 しかしその日、運悪く社内でトラブルが発生した。 下手したら全員会社に泊まりになるかもしれないという修羅場なのに、 「…

ラムネ(フリー写真)

笑顔でいるんだ

俺が小学生の頃、家のすぐ近くにお好み焼屋があったんだ。 その店はお婆さんが一人でやっているお店で、細々と続いていた。 俺はその頃いじめられててさ、でも家に帰っても家族には何…