またどこかで会おうね

公開日: ちょっと切ない話 | 仕事

病室(フリー背景素材)

俺は以前、病院勤務をしていた。と言っても看護婦や医者などの有資格者じゃないんだけどね。

それでさ、掃除しようと思ってある病室に入ったんだよ。

よく知らずに入ったらさ、どうやら患者さんがそろそろ…という場面だったんだよ。

『まずい部屋に入っちゃったな』

と思いながら掃除をしていたんだ。

そしたらさ、旦那さんが寂しそうな笑顔で、

「ありがとう」

と言ってくれるんだよ。

家族としての最後の場面を邪魔したような気がして何か居た堪れなくなり、目に見える所だけ掃除して出てしまったんだ。もう逃げるようにな。

それで、部屋から出て廊下を掃除していたら、中から声が聞こえて来るのよ。

掃除途中で出て来ちゃったから、

『何か文句言われてないかな』

なんて思っていたらさ、旦那さんが10歳前後のお子さんに、

「ママにチューしてあげなよ。もう何年もしてないだろ?

最後にもう一回な。

ちゃんと、

『ありがとう』

『心配しないでね』

『またどこかで会おうね』

って声掛けろよ?

泣いてばかりだと、ママも心配しちゃうからな」

そう言って部屋から出て来たんだよ。

でもさ、その旦那は部屋から出た途端に、しゃがみ込んで泣き始めたんだよ。

多分、子供の前では強がっていたんだろうな。

自分が泣いたら子供が余計に辛くなると思ったんだろうな。

旦那が子供に言わせた言葉は、旦那自身が何度も心の中で呟いた言葉なんだろうな。

そう思っていたら、全然知らない患者さんの死がとても身近に感じられて、涙ぐんでしまったよ。

俺も、最愛の人が亡くなる場面に立ち会うことがあったら、

「またどこかで会おうね」

という言葉を掛けたいな。

関連記事

タクシー(フリー写真)

台風の日

タクシーの中でお客さんとどんな話をするか、平均で10分前後の短い時間で完結する話題と言えばやはり天気の話になります。 今日の福岡は台風11号の余波で、朝から断続的に激しい雨が降っ…

皺のある手(フリー写真)

私はおばあちゃんの子だよ

私は幼い時に両親が離婚して、父方の祖父母の家に引き取られ育てられました。 田舎だったので、都会で育った私とは周りの話し方から着る服、履く靴まで全てが違いました。 そのため祖…

学校(フリー背景素材)

たくちゃん

その人は一個上の先輩で、同級生や後輩からも『たくちゃん』と呼ばれていた。 初めて話したのは小学校の運動会の時。 俺の小学校は、全学年ごちゃ混ぜで行われる。俺は青組みだった。…

お味噌汁(フリー写真)

これで仲直りしよう

昨日の朝、女房と喧嘩した。と言うか酷いことをした。 原因は、夜更かしして寝不足だった俺の寝起き悪さのせいだった。 「仕事行くの嫌だよな」 と呟く俺。 そこで女房…

夕焼け(フリー素材)

大きな下り坂

夏休みに自転車でどこまで行けるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。 国道をただひたすら進んでいた。途中に大きな下り坂があって、自転車はひとりでに進む。 ペダル…

秘密

豊かさの秘密

アメリカのとある大富豪が、十人のエージェントにある事を世界中で調査するように命じました。 それは「貧乏人が必ず金持ちになる方法はあるか」「金持ちが金持ちで居続けることができる方…

公園と夕暮れ(フリー写真)

大好きな芸人

芸人の江頭さんがとある公園でロケをしていると、公園の隣にある病院から抜け出して来ていた車椅子の女の子がそのロケを見ていた。 ロケが終わり、その車椅子の女の子は江頭さんに 「…

恋人同士(フリー写真)

彼の真意

今年の5月まで付き合っていた彼の話。 料理が好きで、調理場でバイトをしていた。 付き合い始めの頃、私が作った味噌汁に、溶け残りの味噌が固まって入っていたことがあった。 …

カーネーション(フリー写真)

親心

もう5年も前の話かな。 人前では殆ど泣いたことのない俺が、生涯で一番泣いたのはお袋が死んだ時だった。 お袋は元々ちょっと頭が弱く、よく家族を困らせていた。 思春期の…

婚約指輪(フリー写真)

脳内フィアンセ

もう十年も前の話。 俺が京都の大学生だった頃、男二人、女二人の四人組でいつも一緒に遊んでいた。 そんな俺たちが四回生になり、めでたく全員就職先も決まった。 「もうこう…