城下町の番傘

秋の雨の城下町

あの日の雨のことを、今でも鮮明に覚えている。

石畳の坂が続く城下町の路地で、俺は思わず足を止めた。

秋の時雨が音もなく降り続けていた。

義肢装具士という仕事をしていると、全国の病院に出張することが多い。

患者が使う義手や義足は、一人ひとりの体の形や生活に合わせて調整しなければならない。だから工房で作るだけでは終わらなくて、現地に足を運んで確認する仕事が定期的に生まれる。

あの日は、山陰にある中核病院のリハビリテーション科に義手の適合確認に来ていた。

打ち合わせが昼前に終わって、次の新幹線まで二時間ほどあった。

タクシーを呼ぼうとスマートフォンを取り出したとき、雨が降り始めた。

病院の裏口を出ると、旧城下町の石畳の路地が続いていた。

両側に古い商家が並んでいて、軒先に暖簾が揺れていた。

折り畳み傘を持っていなかった俺は、とりあえず軒下で雨宿りをした。

正面に、城址公園へ続く石段が見えた。

百段近くある急な石段で、苔が両脇の石垣を覆っていた。

霧が降りてきていて、石段の上の方はぼんやりとかすんでいた。

そのとき、上の方から番傘が一本、ゆっくりと降りてきた。

藍染めの番傘。

古い、昔ながらの和傘だった。

雨足が強くなって、俺はもう少し軒下に入った。

番傘の主が視界に入ってきたのは、それからすぐのことだった。

グレーのコートを着た、三十代くらいの女性。

石段をゆっくり降りながら、傘の柄を両手で持っていた。

俺は最初、他人の空似だと思った。

いや、そう思いたかったのかもしれない。

似ているな、と胸の中で苦笑したとき、石段の途中で女性が傘を少し傾けた。

目が合った。

向こうも足を止めた。

「……朝倉くん?」

十年ぶりに聞く声だった。

大学のゼミで同じだった。

竹内悠——ゆうと呼ばれていた彼女は、福祉工学を専攻していて、義肢の研究に興味があった俺とよく図書館で居合わせた。

話すようになったのは三年生の春で、気づいたら週に何度も連絡を取り合っていた。

同じ福祉の道を目指していたから、話が合った。

勉強の話をしながら、気づいたら閉館まで残っていたことが何度もあった。

好きだった。

でも言えなかった。

卒業前になると、就職の話が出るようになって、俺は東京の義肢製作所に内定をもらった。

「すごいじゃない」と悠は言って、目を細めた。

「朝倉くんらしい職場だと思う」

本当はそのとき言うべきだったのかもしれない。

でも俺は「悠は?」と聞いた。

「私は地元に帰ることにした。おじいちゃんが体を悪くしたから、実家に戻ることにして」

「そうか」

それだけだった。

卒業式の後、駅のホームで別れた。

改札を出るまで振り返らなかった。

振り返ったら、言ってしまいそうだったから。

それ以来、一度も会っていなかった。

「びっくりした。こんなところで」と悠は言った。

番傘を少し下げて、俺の顔を確かめるように見ていた。

「仕事で来てて。病院に」

「そっちは?」

「おじいちゃんのリハビリに付き添いで。月に二回くらい来てるの」

「そうか」

会話が途切れた。

雨の音だけが石畳を叩いていた。

「朝倉くん、義肢装具士になったって聞いてたよ」

「聞いてた?」

悠は少し照れたように番傘の柄を持ち直した。

「おじいちゃんが最近、義肢の先生に世話になってて。担当の方のことをよく話してくれてたから」

俺は思い当たった。

竹内さん——七十八歳の男性で、交通事故で左手首から先を失った患者さんだった。

今日確認に来た、あの義手の患者さん。

「竹内さんが、俺のことを話してくれてたんですか」

「うん」と悠は言った。

「おじいちゃんね、最初はリハビリをすごく嫌がってたの。

義手をつけることに抵抗があって、病院に行くたびにふさぎ込んでた」

俺には覚えがあった。

最初の適合のとき、竹内さんは義手を見ることもしなかった。

「こんなもの、いまさらつけても仕方ない」と言っていた。

「でも担当の先生が変わってから、少しずつ前向きになってきたって言ってた」

俺が担当になったのは、去年の春からだった。

竹内さんは最初、俺のことを「若いな」と言って笑った。

それからは毎回、リハビリの後に少し話すようになった。

家族のこと、若い頃の仕事のこと、城下町の昔の話。

「先生に会わせたい孫がいるんだ」と先月、竹内さんは言っていた。

「孫が大学のころ、義肢の勉強をしている仲間に好きな人がいたって昔話してくれてな。先生を見ていると、その話を思い出すんだ」

俺はそのとき、まさかとは思わなかった。

「朝倉くん」と悠が続けた。

「おじいちゃんね、今日出かける前に蔵から傘を出してきてくれて。雨になりそうだから持っていけって」

「それが……その番傘」

「そう。家に百年以上あるものなんだって」

悠は傘の骨を一本、そっと指でなぞった。

「大事な日に使う傘だって、おじいちゃんが言ってた」

石畳の上に雨が細かく跳ねていた。

俺には竹内さんの顔が浮かんだ。

リハビリ室で義手を一生懸命動かしながら、先週こんなことを言っていた。

「この手がうまく動くようになったら、孫に会いに来てほしいんだがな。朝倉先生に一度会わせたい人がいて」

そのとき俺は、深く考えなかった。

ただ、「はい」と答えた。

「おじいちゃんが義手のリハビリを続けてくれてよかった」と悠は言った。

「最初はほんとに嫌がってたから、心配してたの。朝倉くんが担当になってから、一緒にリハビリに来るのが楽しみになったって言ってくれるようになって」

「竹内さんは頑張ってますよ」と俺は言った。

「義手でお茶を入れることを目標にして、毎回すごく集中してます」

「うん、知ってる」と悠は笑った。

「お茶を入れてくれたら、孫に飲ませてやるって言ってるから」

石段の上で、風が少しやんだ。

霧が薄くなって、石垣の苔が濡れて光っていた。

俺は言いたいことがあった。

十年前の夜から、ずっとしまっておいたことが。

でも言葉にしようとすると、どこかで怖くなった。

「……あのさ」

「なに?」と悠が顔を上げた。

俺は少し間を置いた。

「今日ここに来られてよかったな、と思って」

嘘ではなかった。

悠はしばらく俺を見ていた。

それから番傘を少し傾けて、静かに笑った。

「私も」と彼女は言った。

「今日ここに来てよかった」

雨の中で、藍染めの番傘が少し明るく見えた。

竹内さんが初めて義手で急須を持てた日のことを思い出した。

リハビリ室の小さな流し台の前で、竹内さんは義手の指先を一本ずつ確かめるように動かした。

震えながら急須の柄を握って、「こぼれた」と笑って、もう一度やり直した。

あの笑顔が、孫のために頑張っていたものだったのかもしれない。

俺はそれを知らなかった。

でも竹内さんはずっと知っていたはずだ。

石段の下で、二人で並んで立っていた。

城下町の秋雨は、しばらくやみそうになかった。

俺は、それでいいと思った。

この城下町には、かつて武家屋敷が並んでいた通りがそのまま残っているらしい。

石畳と白壁と古い蔵。

雨がその全部を静かに濡らしていた。

俺が住む東京では、こういう雨の止まり方をするところがない。

軒先に水滴が連なって、ぽたりぽたりと石畳に落ちていた。

次に来るときは、傘を持ってこよう。

そう決めながら、俺はまだ石段の下に立っていた。

雨が少し弱まった気がした。

石段の苔が光って、番傘の藍が霧の中でにじんでいた。

竹内さんが、義手でお茶を入れる日を楽しみにしているような気がした。

俺もそれを楽しみにしていた。

きっと悠も、来てくれるだろうと思った。

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