作りかけのカレー

父

ある日、おふくろから一本の電話があった。

「お父さんが……死んでたって」

死んだ、じゃなくて――“死んでた”?

電話の向こうの母の声は、静かで現実味がなかった。

親父とおふくろは、俺が小さい頃に離婚した。
だから親父との思い出なんて、ほとんどない。

借金まみれで、自分のことしか考えず、
家族なんて二の次だった人間だ。

おふくろはいつも愚痴をこぼしていた。

「あなたのお父さんは、どうしようもない人だよ」

そう聞かされて育ったから、
俺の中で“父親”という存在は、ずっと遠いままだった。

ただ、大人になってから母の昔話を聞いて、
少しだけ事情を知った。

親父は、子どもの頃に母親に捨てられ、施設で育ったらしい。
愛されることを知らないまま生きてきた人だった。

だから人を愛せなかったのかもしれない。
家族に不器用だったのも、仕方のないことだったのかもしれない。

祖父――親父の父親は、
かつて日本に帰化申請をした朝鮮人だった。

親父は幼い頃から、周囲に差別されていたという。

「朝鮮人はあっち行け」

そんな言葉を浴びながら育った少年が、
どんな思いで生きてきたのか。
今なら少しだけ想像できる。

自分が親になって初めて、
少しずつ親父の気持ちが分かるようになってきた頃だった。

最後に会ったのは三年前。
子どもを連れて、三人で飯を食べた。

けれど、あの人は何も喋らなかった。
ただ黙々と箸を動かし、
食べ終わると小さく頷いて帰っていった。

あの背中を、今でもはっきり覚えている。

親父は糖尿病だった。

病院に行く金がなく、
インスリンの注射も半年近く打っていなかったという。

部屋の中には、チョコレートとコーラの空き缶が山のようにあった。

死因は衰弱。

座椅子に座ったまま、
苦しんだ様子もなく息を引き取っていたらしい。

発見されたのは、亡くなって十日後。
新年を迎える前日のことだった。

俺は母と一緒に、
警察の立ち会いでその部屋を訪れた。

暗くて、静かだった。

冷たい空気の中、
台所の鍋に目をやると――
甘口カレーの作りかけが残っていた。

人参と玉ねぎが切りかけのまま。
鍋の中には、まだ半分も煮えていないルー。

どんな気持ちで、途中でやめたんだろう。

俺は台所に立ち、黙って火を点けた。
そして、焦げないようにかき混ぜながら、
親父が作ろうとしたカレーを、ちゃんと完成させた。

「ちゃんと作っておいたぞ」

「ちゃんと食ってやったからな」

一口食べた瞬間、涙が溢れた。

「なんで言ってくれなかったんだよ……!」

声を上げて泣いた。

最後の最後まで、迷惑ばかりかけて。
それでも、やっぱり親父だった。

一緒に酒を飲みたかったな。
温泉にも行きたかった。

口下手で、不器用で、
でもどこか優しい人だった。

甘口のカレー。
それが、親父らしい最後だったのかもしれない。

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