二つの指輪
「もう死にたい…。もうやだよ…。つらいよ…」
妻は産婦人科の待合室で、人目もはばからず泣いていた。
前回の流産の時、私の妹が妻に言った言葉…。
「中絶経験があったりすると、流産し易い体質になっちゃうんだって」
そのあまりにも人を思い遣らない言葉に私は激怒し、それ以来、妹夫婦とは疎遠になっている。
妻は口には出していないが、物凄く辛い思いをしていたと思う。
だから今日まで何とか二人で頑張って来たのだが、三度目の流産。
前回も前々回の時も「また、頑張ろう」と励まして来たが、励ます言葉が妻にプレッシャーを掛けるような気がして、何も言えなかった。
いや、そうではない。今考えると恐らく、三度目の流産を告げられて、子供が居ない人生を私は模索し始めていたのだと思う。
私は、冷淡な動物だ。情けない。
「ごめんね…。でも、もう私、頑張れないかも。もう、駄目だと思う」
待合室に妻の嗚咽だけが響く。
「ううん…○○(妻の名前)が悪い訳じゃないんだから。こればかりは、運だから…」
それ以上、かける言葉が見つからなかった。
※
その時、妻の隣に4、5歳ぐらいの男の子が座った。
「あのね、これあげるから、もう泣かないで」
その子が差し出した手の上には二つの指輪。恐らくお菓子のおまけだと思う。
男の子「水色のは泣かないお守り。こっちの赤いのはお願いできるお守り」
私「いいの? だって、これ、ボクのお守りなんでしょ?」
男の子「いいよ、あげるよ。ボクね、これ使ったら泣かなくなったよ。もう強い子だから、いらないの」
私「赤い指輪は? お願いが叶うお守りなんでしょ? これは、いいよ」
男の子「これね、二つないとパワーが無いんだって。おとうさんが言ってた」
そう言うと男の子は、
「だから、もう泣かないで」
と言いながら妻の頭を撫でた。
少し離れた所から、
「ゆうき~、帰るよ~」
という彼のお父さんらしき人の呼ぶ声がすると、男の子は妻の膝に二つの指輪を置き
「じゃあね、バイバ~イ」
と言って去って行った。
今時珍しい五分刈頭で、目がくりっとした可愛い男の子だった。
私はその子の後姿をずっと目で追っていたが、ふと隣を見ると、妻は二つの指輪をしっかりと握り締めていた。
迷信とか宗教とかおまじないとか、そう言ったものは全く信じない二人だけど、この指輪だけは、私たちの夢を叶えてくれる宝物に見えた。
その日から妻は、流石に子供用の指輪なのでサイズが合わないため、紐を付けてキーホルダーにしていた。
※
それから2年半後の今年2月9日、我が家に待望の赤ちゃんが誕生した。
2770グラムの女の子。
名前は、あの男の子にあやかって『有紀(ゆうき)』にした。
生まれる前から、男の子でも女の子でも『ゆうき』にしようと決めていた。
※
ゆうきくん、あの時は本当にありがとう。
あの時、君に会えていなかったら、君に慰めてもらえなかったら、今、この幸せを感じることは出来なかったと思う。
私たち家族は、君に助けてもらいました。
君から貰った二つの指輪は、娘のへその緒と一緒に、大事に保管してあります。
我が家の宝物です。
うちの娘も、君のように人に幸せを分けてあげられるような子に育って欲しい。
本当に、本当にありがとう。