小さい位牌は毎朝閉じられた

小さい位牌は毎朝閉じられた

うちの仏壇には、一回り小さい位牌がある。

高さが、ほかの半分もない。

子どもの頃、俺はあれを練習用だと思っていた。

位牌に練習用があるわけがない。

それでも、そう思っておかないと、家の中の説明がつかなかった。

小さい位牌には、要という字が入っている。

生まれる前に亡くなった兄のものだと聞かされていた。

「要ちゃんの分も、お前は頑張らんとな」

親父もお袋も、事あるごとにそれを言った。

通信簿を見せたとき。

風邪で寝込んだとき。

茶碗を割ったときですら、言われた気がする。

顔も声も知らない相手の分まで、なぜ俺が頑張るのか。

うっとうしかった。

心底、うっとうしかった。

お袋は毎朝、仏壇の扉を開けた。

水を替えて、線香を一本立てて、鈴を二度鳴らす。

チーン、と間を置いて、もう一度チーン。

それが済むと、必ず扉を閉めた。

閉めるとき、右手で扉の桟をひと撫でした。

埃を払う手つきではなかった。

撫でてから、指をそっと膝に戻す。

毎朝、同じ順番だった。

「なんで閉めるの」

小学生の頃、一度だけ聞いた。

「風邪ひくから」

お袋はそう答えた。

位牌が風邪をひくわけがない。

それでも、俺はその日から聞かなくなった。

聞いてはいけないことだと、子どもなりにわかったのだと思う。

名前をつけたのは、親父だそうだ。

要。

扇の、要の字だ。

「これが折れると、ばらばらになる」

親父は、それだけ説明した。

名前の意味を聞いたのは、後にも先にもその一度きりだった。

扇の要は、骨を束ねている一本だ。

広げたときは、いちばん奥に隠れて見えない。

子どもの俺には、それがただの言い訳に聞こえた。

見えないものを理由にされるのが、いちばん腹が立った。

小さい位牌の扉

うちは、越後の山際にある小さな鉄工所だった。

親父が旋盤を回し、お袋が電話を取る。

従業員は近所の爺さんが二人。

納期が近づくと、家の壁が一晩じゅう低く鳴った。

油の匂いが、玄関の靴にまで染みていた。

爺さん工員の一人は、旋盤の音だけで刃の減りがわかる人だった。

もう一人は、耳が遠いかわりに手が異様に速かった。

二人とも、俺のことを名前で呼ばずに「坊」と呼んだ。

高校生になっても坊だった。

盆には、膳が一つ多く並んだ。

要の分だ。

小さい茶碗に、小さい箸。

飯を軽く盛って、味噌汁の椀に蓋をしないで置く。

「熱いと食べられんから」

お袋はそう言って、湯気が抜けるまで待った。

生きていれば俺と同い年の男に、幼児用の茶碗を出す。

その矛盾を、うちでは誰も口にしなかった。

膳は、夕方には必ず下げられた。

飯は鳥にやり、汁は流しに捨てる。

茶碗は、俺の茶碗より先に洗われた。

洗って、拭いて、食器棚のいちばん奥に伏せて戻す。

一年に一度しか使わない茶碗が、いつも乾いていた。

親父は膳の前で手を合わせない人だった。

合わせるかわりに、箸を一度だけ揃え直す。

揃えてから、自分の席に戻る。

それが親父の挨拶だったのだと、いまはわかる。

お袋の中で、要はずっと三つのままだった。

俺は高校に入ってすぐ、絵に描いたような不良になった。

髪を抜いて、学校をさぼって、駅裏のゲームセンターにいた。

やりたいことがあったわけじゃない。

ただ、家にいると、小さい位牌がこっちを見ている気がした。

位牌に目はついていない。

それでも、そう感じるほうが、自分の腹立ちに理屈がついた。

駅裏の店は、いつも同じ匂いがした。

煙草と、両替機の油と、じゅうたんの湿気。

そこに、夕方から夜まで座っていた。

金がなくなると、他人の台の後ろに立って画面を見ていた。

同じ高校の奴が二人ほど混じっていたが、名前は憶えていない。

誰かが勝つと店じゅうが少しだけ明るくなって、すぐ元に戻る。

その繰り返しを、俺は毎晩見ていた。

帰る時刻だけは、なぜか十一時を過ぎなかった。

過ぎると、家の壁の音が止まってしまうからだ。

兄のいる家の居心地の悪さは、兄はコンビニの氷を買って帰ったを読んだ人にはわかってもらえるかもしれない。

ただ、うちの兄は氷も買いに行けない。

両替機の上の缶

ある晩、うちの爺さん工員の一人が、店の扉のところに立っていた。

仕事帰りの、油の染みた作業着のままで。

俺と目が合った。

何か言われると思って、身構えた。

爺さんは何も言わなかった。

缶コーヒーを一本、両替機の上に置いて、帰って行った。

俺はそれを飲まずに、朝まで握っていた。

あとで知った。

あの晩、俺を探しに出たのはお袋で、爺さんはそれに付き合っていたのだそうだ。

見つけたことを、爺さんはお袋に言わなかった。

「若いのには、若いのの時間があるすけ」

そう言ったらしい。

爺さんは、その後も何も言わなかった。

工場で顔を合わせても、坊、とだけ言う。

俺のほうも、缶コーヒーの礼を言わなかった。

言えば、あの晩を認めることになる気がした。

俺は、周りじゅうに黙って庇われながら、それを一つも知らずに腹を立てていた。

その夏、俺は三度目をやった。

先輩に立て替えてもらった金の期限が来ていた。

台所の財布は、いつも同じ引き出しにあった。

お袋は、その引き出しに鍵をかけなかった。

かけていれば、俺は諦めたかもしれない。

信じていたわけじゃないと思う。

鍵をかけたら、疑ったことになる。

そう考える人だった。

俺は札を抜いた。

二度目までは気づかれていないと思っていた。

振り返ると、台所の入口にお袋が立っていた。

エプロンの紐を握ったまま、動かなかった。

「返しなさい」

「うるせえ」

「返しなさい」

「うるせえって言ってんだろ」

お袋の声が、そこで一段上がった。

「あんた、そんなことして、要ちゃんに顔向けできんの」

それだった。

それが、いちばん言われたくない言葉だった。

俺は札を床に叩きつけた。

「だったら要が生きてりゃよかっただろ」

「なにを」

「俺じゃなくて、要のほうを産みゃよかったんだ」

言ってしまってから、部屋が静かになったのがわかった。

雨の音だけが、屋根で鳴っていた。

換気扇が回っていた。

味噌汁が、火にかかったままだった。

吹きこぼれる音がして、お袋が振り向かなかった。

振り向かない人ではなかったのに。

お袋の顔から、色が抜けていった。

そして、叫んだ。

「そうだね」

「あんたのほうが、いなくなればよかった」

雨の日に開いた扉

その瞬間だった。

『そんなこと ゆったら、めーっ』

声が、頭の中で鳴った。

耳ではない。

頭の、後ろのほうだった。

舌の回っていない、高い声だった。

三つか四つの子どもが、精一杯に怒っている声。

俺は思わず振り返った。

お袋も、同じほうを向いていた。

台所から仏間までは、襖を一枚隔てただけだ。

その襖も、閉まっていた。

声は、襖の向こうから来たのではない。

もっと近いところで鳴っていた。

俺の後頭部のあたり、と言うのがいちばん近い。

二人とも、同じ場所を見たのだと思う。

「今の」

「聞こえた」

「聞こえた」

二人で、同じ言葉を繰り返した。

それから、仏間のほうを見た。

仏壇の扉が、開いていた。

拝むとき以外は、必ず閉めてある扉だ。

お袋が閉めるところを、俺は毎朝見ていた。

その扉が、両側とも開いていた。

風は入っていない。

雨の日で、窓は全部閉まっていた。

それを見た瞬間、お袋が崩れた。

膝から落ちて、腹の底から声を出して泣いた。

あんな泣き方を、俺は見たことがなかった。

喧嘩していたことも忘れて、俺は肩を支えた。

お袋は、同じことを何度も呟いていた。

「許してくれた」

「許してくれてたんだ」

「ずっと、許してくれてたんだ」

雨脚が、一度だけ強くなった。

屋根の鳴り方が変わって、また戻った。

俺は、許すという言葉の相手が自分ではないことに、そのとき気づいた。

床に落ちた札が、雨の湿りを吸って重くなっていた。

俺はそれを拾うこともできずに、お袋の背中を見ていた。

その晩、俺は初めてお袋を布団まで連れて行った。

肩を貸すと、思っていたより軽かった。

台所の電気を消して、仏間の前を通った。

扉は、開いたままにしておいた。

閉める資格が、その夜の俺にはなかった。

保育器のガラス

その晩、お袋は初めて要の話をした。

要は、流産ではなかった。

俺と一緒に、生きて生まれてきた。

俺と要は、胸のところで繋がっていた。

要のほうは、体がずっと小さかった。

手のひらに載るくらいだったという。

腕も足も、途中までしか育っていなかった。

それでも、顔立ちははっきりしていた。

目も、開いていた。

「切り離せば、要ちゃんは助からない」

「切り離さなければ」

「二人とも、長くはもたない」

医者はそう言ったのだそうだ。

親父とお袋は、俺を生かすほうを選んだ。

選んだ、という言い方は正確じゃない。

選ばされたのだと思う。

手術の朝、お袋は保育器のガラスに手をついた。

名前を呼んで、謝った。

「ごめんね」

「ごめんね」

要は、その間ずっとお袋の顔を見ていたそうだ。

泣きもせず、じっと。

「あの目が、忘れられんかった」

お袋は、そこで初めて俺の顔を見た。

「恨まれてると思ってた」

「十七年、ずっと」

話を、お袋はそこで止めなかった。

止めたら二度と話せないと思ったのだろう。

「切ったあと、あの子は二日、生きたんだよ」

俺は、顔を上げた。

「二日」

「保育器の中でな。ちゃんと息してた」

看護婦さんが、一度だけお袋に抱かせてくれたのだそうだ。

手袋をして、消毒をして、ほんの数分。

「軽かった」

お袋は、両手を少し持ち上げた。

何も持っていない手を、そのままの形で止めた。

「あんたのほうは、ずしっと来たのに」

お袋は、そこで一度だけ笑った。

笑ったのが、いちばん応えた。

「同じ日に生まれたのにな」

「そう。同じ日に」

それから、お袋は自分の手のひらを見た。

「写真はないんだよ」

お袋は、湯呑みを両手で包んだまま言った。

「撮る余裕がなかった。誰も」

だから位牌なのだと、そのとき初めてわかった。

顔の残っていない相手の形が、うちではあの木の板ひとつだった。

毎朝の水は、それを乾かさないための水だったのだと思う。

話が途切れて、しばらくしてから、ぽつりと言った。

「さっきの声な」

「うん」

「あの言い方はな、母さんがあんたを叱るときの口癖だった」

俺は箸を置いた。

「めーっ、って」

「そう。悪さするたび、母さんがそう言ってた」

「憶えてねえ」

「あんたが三つの頃までだもの」

言われて、背中が冷えた。

俺は、台所の柱を見た。

背比べの傷が、一本だけついている。

三つの年に親父が彫って、それきり彫られていない。

二人ぶんを彫る家ではなかったからだ。

要は、二日しか息をしていない。

言葉なんて、一つも知らないはずだ。

知らないはずの言い方で、あいつは俺たちを止めた。

あいつは、聞いていたのだ。

三つの俺が叱られていた台所も、その後の十四年も。

仏壇の扉が閉まっていようが、いまいが。

親父がその続きを話したのは、何年もあとだ。

俺が大学から帰った夏で、事務室で二人になった時だった。

「同意書は、俺が書いた」

唐突にそう言った。

「母さんは、手が動かんかった」

「そうか」

「三時間かかった」

「三時間」

「名前を書くのに、三時間かかった」

親父の字は、いつも角が丸い。

同意書の欄だけ、線が震えていたのを、俺は後年に見た。

役所の写しを取りに行ったときだ。

名前の最後の一画が、紙の外へ少し出ていた。

親父は、旋盤の刃先を布で拭きながら話した。

こっちを見ないのは、あの人のいつものやり方だ。

それきり、親父はその話をしていない。

聞き返しもしなかった。

聞き返してはいけない種類の話だと、そのときの俺にはわかった。

合格発表の雪

翌日から、俺は学校に行き始めた。

急に真面目になったわけじゃない。

兄貴に怒られた手前、格好がつかなかっただけだ。

十七年ぶりに会った兄貴の第一声が「めーっ」では、こっちも立つ瀬がない。

担任は驚いていた。

「どういう風の吹き回しだ」

「兄貴に怒られたんで」

「お前、一人っ子だろ」

「二人ですよ」

それ以上は説明しなかった。

担任はしばらく黙って俺を見て、進路の紙を一枚くれた。

数学は、一年の教科書からやり直した。

夜、鉄工所の事務室の机を借りた。

壁の向こうで、親父の旋盤がずっと鳴っていた。

公式が頭に入らない日は、事務室の壁を蹴った。

壁の向こうで、旋盤の音が一瞬止まる。

止まって、また回り出す。

何も言われない。

言われないから、続けるしかなかった。

俺が机に向かっていると、親父は事務室の電気を消さなくなった。

ただ、湯呑みが二つ置いてあるようになった。

一つは俺の。

もう一つは、空だった。

一度だけ、聞いたことがある。

「これ、誰の」

親父は旋盤を止めずに、

「客用だ」

とだけ言った。

夜中に来る客なんて、いるわけがない。

それきり、俺も聞かなかった。

合格発表の日は、朝から吐きそうだった。

雪が残っていて、掲示板の前は靴が濡れた。

人の頭の間から、自分の番号が見えた。

見えた瞬間、俺は変な声を出した。

「うがああああ」

周りが振り返るくらいの、みっともない声だった。

その、自分の奇声に重なって、聞こえたのだ。

『やったあー』

あの高い声が。

半拍うしろから、俺の声を追いかけるように。

俺は雪の残る地面に手をついて、本気で泣いた。

駅前の公衆電話から、家にかけた。

お袋が出た。

「受かった」

それだけ言うのが精一杯だった。

受話器の向こうで、お袋は何も言わなかった。

代わりに、遠くで旋盤の音が止まった。

あの音が止まるのを、俺は初めて聞いた気がした。

「父さんに言ってくる」

「いい。俺が帰って言う」

「そう」

少し迷ってから、言った。

「仏壇の扉、開けといてくれ」

お袋は、ふふ、と笑った。

「もう開けてる」

その年の冬、缶コーヒーの爺さんが逝った。

通夜の帰り、親父が一度だけ口を開いた。

「あの人はな、お前が来るのを毎晩待ってたんだ」

「工場にか」

「ゲーセンの前でだ。缶コーヒー持って」

俺は、雪の道で立ち止まった。

あの一本は、たまたま持っていた一本じゃなかった。

毎晩、渡せずに持ち帰っていた一本だったのだ。

缶は、いまも事務室の棚にある。

開けずに、二十年。

あれから二十年が経った。

俺は鉄工所を継いで、いま旋盤を回している。

娘が二人いる。

下の子は、まだ二つだ。

二人並んで仏壇の前に座らせると、真ん中に小さい位牌がくる。

座らせたのは偶然だったが、二度目からは俺がその位置に直した。

去年、仏壇の扉の建て付けが悪くなって、俺は蝶番を外した。

扉を抱えて、事務室の蛍光灯の下に置いた。

そこで、気づいた。

桟の右側だけ、十七年ぶん塗りが剥げていた。

指の幅で、白木が出ていた。

お袋は毎朝、鈴を二度鳴らしたあと、そこを撫でていた。

閉めるための手ではなかった。

行ってきます、の手だった。

俺は扉を抱えたまま、しばらく動けなかった。

仏壇の扉は、いまは開けたままにしてある。

閉めておく理由が、うちにはもう一つもない。

上の子が、正月に位牌の前でひとりごとを言っていた。

誰と喋っているのか聞いたら、

「おにいちゃん」

と、当たり前みたいに答えた。

俺は、ふうん、とだけ言っておいた。

それでも、空の湯呑みには茶を注いだ。

母が欠けさせなかった茶碗のように、うちにも減らない食器が一つある。

扇の要は、いちばん細くて、いちばん目立たない。

折れたら、扇はただの板になる。

うちは二十年、ばらばらにならなかった。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。