フクが運んだ福

うちの家族がまだバラバラだった頃の話を、少しだけさせてください。あの頃の我が家には、笑い声というものが、ほとんどありませんでした。

父は町工場で板金を打つ職人でしたが、若い頃にこしらえた借金を、長いあいだ返し続けていました。帰りはいつも遅く、酒の匂いをさせて、不機嫌な顔のまま玄関をくぐるのが常でした。

母は、その父を支えるために、夜は駅前の小料理屋で働いていました。家で両親が顔を合わせる時間は、ほとんどありません。すれ違いの暮らしというのは、人の心まで少しずつ冷やしていくものです。

夕飯どきになっても、食卓に全員がそろう日はめったにありませんでした。それぞれが、それぞれの時間に、黙って茶碗を持つ。会話のない食事の音だけが、台所に響いていました。

私は高校を出て、近くの自動車整備工場で働き始めたばかりでした。妹はまだ中学生で、家の中ではいつも、部屋の隅でひとり静かに本を読んでいました。

その妹が、学校でうまくいっていないらしいことには、薄々気づいていました。けれど私は、自分の仕事や遊びに夢中で、声をかけてやることもしませんでした。今思えば、いちばん近くにいて、いちばん遠かったのが、あの頃の私たち兄妹でした。

家族の誰もが、自分のことだけで精いっぱいでした。同じ屋根の下にいながら、互いに背を向けて暮らしている。あの頃の我が家は、そういう家でした。

フクが我が家に来たのは、梅雨の終わりの、雨の強い夜でした。びしょ濡れになって帰ってきた妹が、制服の上着の中に、小さな子犬をそっと抱えていたのです。

近所の家で生まれた雑種の子犬を、誰にも相談せず、勝手にもらってきたのでした。茶色と白のぶちで、片方の耳だけがぺたりと垂れた、見るからに頼りない犬でした。

「うちに犬を飼う余裕なんか、あるわけないだろう」

仕事から帰った父が、玄関でその犬を見るなり、開口一番そう言いました。私も、正直なところ、また厄介者が増えたと思いました。母も、深いため息をついて、何も言いませんでした。

「捨ててこい」と父は言いました。妹は子犬を抱きしめたまま、唇を噛んで、首を横に振り続けました。あんなに頑なな妹の顔を、私はそれまで見たことがありませんでした。

「……わたしが、ぜんぶ世話するから」

消え入りそうな声で、妹はそれだけを言いました。結局その夜、誰もそれ以上は何も言えず、子犬はうちに居つくことになりました。

妹は、その言葉どおりにしました。学校から帰ると、誰の手も借りずに、犬の世話をすべて一人で引き受けたのです。自分の弁当の残りを分け、古いタオルで体を拭き、夜は自分の布団のすぐそばに寝かせました。

フク、というのが妹のつけた名前でした。福が来るように、という願いを込めたのだと、ずっとあとになってから、私は知りました。家族から半ば孤立していた妹にとって、あの頃、心を許せる相手は、フクだけだったのでしょう。

夜中に、妹がフクに小さな声で話しかけているのを、何度か耳にしました。学校であった嫌なこと、誰にも言えない胸のうちを、妹はフクにだけ、打ち明けていたようでした。

ある日、妹が学校から帰ってこない夕方がありました。心配して外を見ると、フクが門の前にぴたりと座って、じっと路地の先を見つめていました。やがて、うつむいて歩いてくる妹の姿が見えると、フクは弾かれたように駆け出して、その足元にじゃれつきました。

妹はしゃがんで、フクの首に顔をうずめました。肩が、小さく震えていました。学校で何かあったのだと、私にもすぐにわかりました。

「ただいま、フク」

くぐもった声で、妹はそれだけ言いました。フクは妹の頬を、ぺろりと舐めました。私は声をかけそびれて、ただ窓の内側から、その様子を見ていることしかできませんでした。

あの頃、妹を学校から家まで連れ戻していたのは、私たち家族ではなく、門の前で待っていたフクだったのだと思います。帰る場所がある。待っていてくれる者がいる。それだけで、人はなんとか前を向けるものなのでしょう。

季節が一巡りして、また寒い冬がやってきました。免許を取り立ての私が、無理をして買った中古の軽自動車で帰ってくると、フクが尻尾を振りながら、車のそばまで駆け寄ってきました。

いつのまにか、毛並みのいい、立派な犬に育っていました。鼻先を私の足にこすりつけ、クンクンと甘えた声で鳴きます。見上げると、二階の窓から、妹が申し訳なさそうに、こちらを覗いていました。

「あぁ、冬だから寒いんだな。車のエンジンの横が、あったかいのか」

私が独り言のようにそう言うと、妹が階段を駆け下りてきました。そして、本当に申し訳なさそうな顔で、こう言ったのです。

「お兄ちゃん、ごめん。フクが寒がってて、かわいそうで……外で震えてたの」

その時間、両親はどちらも仕事で家にいませんでした。私はしばらく考えてから、工場でもらってきたベニヤ板を物置から引っぱり出し、その夜のうちに、小さな犬小屋を作ってやることにしました。

金槌で釘を打つ音が、しんとした冬の路地に、こつ、こつ、と響きました。かじかむ手に息を吹きかけながら、私は不器用に板を組みました。妹は隣にしゃがんで、ずっとそれを見ていました。

「お兄ちゃん、すごい」

妹がそう言ってくれたのが、なんだかくすぐったくて、私はわざと無愛想に「黙って押さえてろ」と返しました。それでも、口元は緩んでいたと思います。

小屋ができあがると、妹は、どこにしまっていたのか、古い毛布を持ってきて、中に丁寧に敷きました。フクを抱えて入れてやると、妹は嬉しそうに顔を輝かせ、ブラシでその背中を撫でつけました。

「ありがとう、お兄ちゃん」

妹がそんなふうに私に笑いかけてくれたのは、ずいぶん久しぶりのことでした。私はその時、初めて気づいたのです。妹とフクは、もう切り離せない絆で結ばれているのだと。

凍えるような夜でしたが、その帰り道、私の胸の中だけは、少し温かくなっていました。

その日を境に、少しずつ、家の空気が変わっていきました。最初はあれほど犬を嫌っていた父が、休みの日になると、黙ってフクを散歩に連れ出すようになったのです。

「散歩くらい、わしが行ってやる」

そう言って、照れ隠しのようにぶっきらぼうに出ていく父の背中を、私と妹は顔を見合わせて見送りました。土手沿いの道を、ゆっくり歩く父とフクの後ろ姿は、なんだか、一枚の絵のように穏やかでした。

帰ってくると、父はいつもより機嫌がよく、「あいつ、川の鴨を見て吠えやがった」などと、ぽつりぽつり話すようになりました。フクの話をするときだけ、父の顔から、長年の疲れがふっと抜けるのです。

母は、夜の仕事に出る前に、フクの夕食を用意するのを日課にしました。手の空いた者が散歩に行き、気づいた者が水を替える。誰が決めたわけでもないのに、自然と、皆の持ち場ができていきました。

「フクのごはん、もうあげた?」「散歩、今日は行った?」。そんな短い会話が、家族のあいだに増えていきました。フクという一匹の犬が、背を向け合っていた私たちの、会話のきっかけになっていったのです。

夕食の時間に、皆が顔をそろえる日が、少しずつ増えました。フクの今日のいたずらの話で、食卓に笑いが起きるようになりました。あんなに重かった我が家の空気が、嘘のように、軽くなっていったのです。

やがて、長く父を苦しめていた借金も、ようやく返し終わりました。その晩、父は珍しく機嫌よく酒を飲み、フクに刺身を一切れ分けてやって、母にこっぴどく叱られていました。家じゅうが、その光景に笑いました。

その年の夏祭りには、家族そろってフクを連れて出かけました。浴衣を着た妹がフクの綱を引き、父が金魚すくいに本気になり、母が綿あめを買ってくる。屋台の灯りの下で、私たちはようやく、どこにでもいる普通の家族のように笑っていました。

帰り道、提灯の明かりが揺れる土手を、五人と一匹で歩きました。

「こんなに皆で歩くの、いつぶりだろうな」

父がぽつりと言いました。誰も答えませんでしたが、その沈黙は、もう昔のような冷たいものではありませんでした。フクが、先頭で嬉しそうに尻尾を振っていました。

あの夏祭りの夜のことを、私は今でも、いちばん幸せな家族の記憶として覚えています。すべての始まりが、雨の夜の一匹の子犬だったことを思うと、不思議な気持ちになります。

もちろん、それからも、いいことばかりではありませんでした。夫婦喧嘩もあれば、私と妹の喧嘩もありました。妹の高校受験のときは、家じゅうが、ぴりぴりと張りつめていました。

私自身も、一度、大きな病気をして、長く工場を休み、そのあと職を変えることになりました。先の見えない不安に、夜も眠れない時期がありました。

そんな夜、縁側に出てぼんやりしていると、フクがそっと隣にやってきて、私の膝に、温かい顎をのせるのです。何も言わないその重みが、不思議と、どんな励ましの言葉よりも、心に沁みました。

「お前は、ほんとに、いいやつだなあ」

私がそう言うと、フクは尻尾で縁側の板を一度、ぱたんと打ちました。まるで、大丈夫だ、と返事をするように。人生の転機が訪れるたびに、私たち家族は、このフクに、いくど励まされてきたかわかりません。

一つひとつの困りごとを、私たちはフクのおかげで、なんとか笑ってやり過ごせたのだと思います。あの小さな命が、いつのまにか、家族みんなの支えになっていました。

私が職を失い、再就職の面接に何度も落ちた時期がありました。自信をなくして、布団から出られない朝もありました。そんな朝、フクは私の部屋の前で、いつまでも待っていました。扉を開けると、待ちかねたように、尻尾を振るのです。

「お前が待っててくれるから、起きなきゃな」

そう言って体を起こすのが、あの頃の私の、唯一の支えでした。フクは、人を励まそうとして励ますのではありません。ただ、そこにいて、待っていてくれる。それだけで、人は救われることがあるのだと、私はフクに教わりました。

新しい仕事が決まった日、私は真っ先に、フクに報告しました。フクは何もわかっていない顔で、けれど私の声の弾みを感じ取ったように、嬉しそうにぐるぐると回りました。その夜は、奮発して、フクの好きな煮干しをたっぷりやりました。

時は流れ、その妹も、やがて結婚して、遠い街へ嫁いでいくことになりました。荷物を積んだ車に乗り込む前、妹はフクの前にしゃがんで、長いあいだ、その顔を両手で包んでいました。

「フク、お兄ちゃんのこと、頼んだよ」

妹がそう囁くと、フクは、別れがわかるのか、くうん、と切なげに鳴きました。車が角を曲がって見えなくなると、フクは庭の真ん中で、空に向かって、寂しそうに長く遠吠えをしました。

ぶっきらぼうだけれど優しかった父が、病で亡くなったときも、そうでした。火葬場から戻ってきた夜、フクは月に向かって、いつまでも、いつまでも、遠吠えを続けました。父の散歩を、待っているようにも見えました。

母が、長い独り暮らしのあとに新しい伴侶を得て、街へ移っていったときも、フクはやはり、寂しそうに遠吠えをしました。一人、また一人と、家族がこの家を離れていくたびに、フクは、その背中を見送るように鳴くのです。

二人きりになってから、フクは目に見えて老いていきました。あれほど軽やかだった足取りが鈍くなり、散歩の距離も、少しずつ短くなりました。耳も遠くなり、私が帰っても、気づかずに眠っていることが増えました。

動物病院の先生には、「もう、いつ何があってもおかしくない歳です」と告げられていました。それでも私は、できるだけ長く、フクと過ごしたいと願いました。仕事から急いで帰り、縁側で、ただ並んで日向ぼっこをする。そんな時間が、何より大切でした。

「フク、もう少し、一緒にいてくれよ」

白くなった背中を撫でながら、私は何度もそう頼みました。フクは薄く目を開けて、私の手に鼻先を寄せ、また、ゆっくりと目を閉じるのでした。

気がつけば、あの一時は賑やかだった家に残ったのは、フクと、私だけになっていました。

まさか、いちばん犬を疎んじていた私が、最後にフクと二人きりで暮らすことになるとは、あの雨の夜には、誰が想像したでしょう。自分でも、いまだに信じられません。

「なあ、フク。お前のおかげで、うちは、いい家族だったよなあ」

縁側で、すっかり白くなった顔を撫でながら、私はよくフクに話しかけました。フクは目を細めて、私の手のひらに、温かい鼻先を、ぐっと押し当ててきました。

フクは、去年の夏に、十七歳で、その長い生涯を終えました。最期は、私の腕の中で、眠るように静かに息を引き取りました。あれほど力強かった遠吠えは、もう、聞こえませんでした。

庭に小さな穴を掘って見送ったあと、私はしばらく、その場から動けませんでした。家の中が、こんなにも静かだと感じたのは、生まれて初めてでした。

私は今、仏壇に、父の位牌とならべて、フクの写真を飾っています。線香をあげるとき、いつも二つに、手を合わせます。どちらも、私にとっては、かけがえのない家族です。

あの雨の夜、妹がびしょ濡れで抱えてきた一匹の子犬が、バラバラだった私たちを、もう一度ひとつの家族に、結び直してくれました。福が来るように、と願って名づけられたその犬は、名前のとおり、確かに我が家へ、福を運んでくれたのです。

散歩のたびに通った土手の道を、私は今もときどき、一人で歩きます。隣に、あの温かい重みがないことに、ふと、胸が締めつけられます。

それでも、川面を渡る風の匂いや、足元の草の感触は、あの頃と何ひとつ変わりません。ここを、父とフクが歩いた。妹がフクの綱を引いた。そう思うだけで、誰もいないはずの土手の道が、急に賑やかに感じられるのです。記憶というものは、残された者の寂しさを、そっと埋めてくれる、本当に温かいものなのですね。

それでも私は、寂しいばかりではありません。フクが繋いでくれた家族の記憶は、今もこの胸の中に、ちゃんと残っているからです。遠く離れて暮らす妹や母とも、フクの話になると、いつまでも電話が終わりません。

先日、妹が孫を連れて、久しぶりに帰ってきました。仏壇のフクの写真を見つけた幼い孫が、「このわんわん、だあれ?」と尋ねました。妹は孫を膝に抱いて、目を細めて言いました。

「この子はね、おばあちゃんの家族を、みんな仲良しにしてくれた、すごい犬なんだよ」

その言葉を聞いて、私は思わず、台所のほうを向いて涙を拭きました。フクの物語は、こうして、次の世代へと語り継がれていくのだと思うと、胸がいっぱいになりました。

なあ、フク。お前が運んできてくれた福は、今も、ちゃんとうちにあるよ。そう、写真に向かって報告するのが、近頃の私の、ささやかな日課になっています。

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