親父の弁当を捨てた
小学1年生の秋に、母親が男を作って家を出て行き、俺は親父の飯で育てられた。 当時は親父の下手な料理が嫌で堪らず、また母親が突然居なくなった寂しさも相まって、俺は…
父親の話は、いつも不器用さの中に愛情があります。一緒に過ごした時間、言えなかった「ありがとう」、父になって初めてわかったこと——お父さんにまつわる泣ける実話風短編を集めました。
小学1年生の秋に、母親が男を作って家を出て行き、俺は親父の飯で育てられた。 当時は親父の下手な料理が嫌で堪らず、また母親が突然居なくなった寂しさも相まって、俺は…
背中を向けたまま何も言わない父でした。合格の日に病室から掛かってきた一本の電話と、物置のブルーシートの下で五年ものあいだ鳴りつづけていた小さな音の正体。浜松のピ…
尾道の坂の下の小さなパン屋に、毎週日曜、クリームパンの親子がやって来る。「おかーちゃんのぶん」の袋に込められた三歳の子の優しさと、待つことをやめない若い父。焼き…
奥多摩の谷を走る町営バス、日向沢線。運転手だった父は、日誌の余白にたった一行だけを書き続けていました。結婚を前に血のつながりを打ち明けた父へ、息子は一言だけ返し…
「式には出ん」と言い続けた父は、娘の結婚式で着る服がわからないと言いました。宍道湖のシジミ漁師の家の鴨居に十九年掛かったままの礼服と、切られなかった仕立て札。ブ…
反抗期の朝、私は母に「産んでくれなんて頼んだ覚えはない」と言い放った。母は言い返さず、ただ黙って夕飯を作った。大学入学の日、戸籍抄本に記されていた「養女」の二文…
造船の町に生きた父は、病に伏してなお息子の全力のキャッチボールを受けとめました。痩せた腕で一球も落とさず、痛みと引き換えに投げ返してくれた三十球。最後の手帳に遺…
下町の蕎麦屋そば処やなぎ。二十歳の暮れ、病床の父が引き出しから出したのは黄ばんだ封筒でした。差出人は、僕が十二の冬に逝った母です。角に重なったテープの跡が四つあ…
りんごの花が咲くころ、私はいつも父を思います。顔も写真も知らない父。仏壇の花立ては二つあるのに、花はいつも片方だけでした。中学二年の春、祖父に連れられて訪ねた畑…
感動する話をお探しの方に。山岳救助隊員だった無口な父は「情熱だけは持ち続けろ」とだけ言い遺し、雪の山で要救助者を庇って亡くなりました。押し入れに遺された私のサイ…
親父は川べりから帰るとき、いつも平たい石をひとつだけポケットに入れていた。負けた日にだけそうしていたと知ったのは、逝ったあとだ。物置の缶に詰まっていた水切りの石…
岡山の北、製材の町で育った私に、無口な父は河原で走り方を教えた。喧嘩のあと走るのをやめた私が、雪の朝に病室で握らされた父のタスキ。あの晩、父が言いかけた言葉の続…
父の四十九日が過ぎた頃、母が簞笥の奥から古いガラケーを出してきた。受信一覧のいちばん下に、保護されたメールが一通だけ残っていた。九年前の三月十日、送信時刻は朝の…
反抗期に、男手ひとつで育ててくれた父へ、ひどい言葉ばかりぶつけていました。数日遅れの誕生日ケーキと、まだ大切に使われていた手縫いの定期入れが教えてくれた、父の深…
血のつながらない父を、私はずっと父だと思えませんでした。無口で不器用なその人が、菓子の缶にひそかに隠していたもの。遺された手帳のたった一行が、すれ違い続けた親子…