カテゴリー: ちょっと切ない話

胸が締め付けられるような、あの感覚。泣けるほど悲しいわけではないのに、なぜか心のどこかに引っかかって残る話があります。後悔、別れ、言えなかった言葉。切なさの中にこそ、人が生きる美しさがある——そんな短編をまとめました。

並べておいたよ

雪深い温泉町で、十九歳の私は独りで娘を育てていました。玄関の履物をいつもそろえてくれた咲。あの子が遺した小さな習慣の本当の意味に私が気づいたのは、何年もあとのこ…

どんぐり

餌をやると、翌朝きまって沓脱ぎ石の右の端にどんぐりが一つ置いてある。お礼だと思っていました。けれどその置き場所には、私が越してくる三年も前から決まっていた理由が…

彼女の遺言

海の見える坂の町の活版印刷所で、わたしと志乃と省吾は出会いました。志乃が昏睡に落ちる前の晩、一人きりで組んでいたのは、自分自身の言葉でした。彼女が遺した最後の版…

母が見せた涙

父の出て行った家で、母は市場と総菜屋を掛け持ちして俺を育てた。曲がった俺が過ちを犯した日も、家庭裁判所の帰り道も、母は決して泣かなかった。二十歳の冬、一枚の合格…

弁当箱の温度

恥ずかしいと突き返した、母の手作りの弁当。その毎朝の三百円の裏で、母が自分の昼食をそっと抜いていたことを、私が知ったのは十年も後のことでした。空腹の夜にかけた一…

母ちゃんの記憶

四つで母を亡くした俺に残った記憶は、ブランコの鎖の音だけだった。右がカ、左がコ。三十年後、親父が病室でこぼした一言と、押入れの缶から出てきた一枚の短冊が、あの夕…

綺麗なお弁当

遠足の山の上で、小学三年生の柚が広げた弁当箱は、花でびっしりと埋まっていた。連絡船で働く父と、母の仏壇のりんどう。前の日の夕方に職員室へ来たあの子の一言を、私は…