半年前の俺へ

半年前の俺へ。

そっちは、まだ二月だな。

窓の桟に、白いものが積もっているはずだ。

雪じゃない。石灰の粉だ。

白岩の町では、二月でもそれが積もる。

お前はたぶん、朝練で疲れて、こたつで寝落ちしている。

頼むから、起きてくれ。

これから書くことを、順番に、そのとおりにやってほしい。

お前のためじゃない。

兄貴のためだ。

白岩は、山をひとつ削って生きてきた町だった。

町の南に立っている山は、頂上のあたりが階段状に平らになっている。

石灰石を掘り出した跡だ。

その石を焼いてセメントにする工場が、川沿いに長く伸びていた。

煙突が三本。焼成炉の建屋が二棟。

夜になると、その建屋の窓だけがオレンジ色に灯って、遠くから見ると船みたいだった。

町の人間の三軒に一軒は、あの工場に誰かを出していた。

うちも、そうだった。

親父が運転員で、兄貴が二年前からその下に入った。

兄貴の名前は慎司という。

俺より四つ上で、高校を出てすぐ、迷いもせずに工場へ行った。

俺はそれが、少し恥ずかしかった。

クラスの誰かが「白岩の粉屋」と言って笑ったのを、へらへら聞き流したこともある。

笑ったやつも、家に工場の人間がいた。

この町では、自分の家を笑うことが、いちばん簡単な逃げ方だった。

恥ずかしいと思うようになったのは、中学に上がってからだ。

それまでは、逆だった。

小学校の卒業式の前の晩、兄貴は物置で俺の自転車を組み直していた。

親戚からもらった、赤い錆の浮いた中古だった。

裸電球の下で、兄貴はチェーンを外して、灯油の缶に浸けて、指で一コマずつ汚れを落としていた。

工場の油の匂いがした。

兄貴の指の関節は、その頃からもう、白くひび割れていた。

セメントの粉は、手の脂を全部持っていく。

「明日、これで行くか」

兄貴がそう言って、サドルを俺の背丈に合わせた。

俺はうれしくて、その晩は寝る前に何度も物置を覗きに行った。

自転車は、ハンドルまで拭いてあった。

翌朝、俺はその自転車で卒業式に行った。

たった一年で、俺はそれを恥ずかしいと思うようになった。

工場は三交替だった。

一番方、二番方、三番方。

一週間ごとに時間が回っていく。

兄貴が三番方――つまり夜勤の週になると、家の朝が二重になった。

俺が起きる六時半に、兄貴が帰ってくる。

自転車のブレーキが、門のところで一度だけ鳴る。

その音で、俺は目が覚めた。

兄貴は玄関を開けて、まず土間で立ち止まる。

作業服の肩を二回、手のひらで払う。

白い粉が、朝の光の中でゆっくり落ちていく。

それから、俺が前の晩に脱ぎ散らかした運動靴を、爪先を外へ向けて直してから、上がった。

毎朝だ。

一度も欠かさなかった。

俺は布団の中でその音を聞きながら、几帳面な人だな、と思っていた。

ただ、それだけだった。

台所ですれ違うとき、兄貴はいつも同じことを言った。

「おやすみ」

これから寝る人間の挨拶だ。

俺はこれから学校へ行く。

だから俺は、こう返す。

「また明日な」

会うのは今日の夕方なのに、俺たちはずっとそう言い合っていた。

いつからそうなったのか、覚えていない。

たぶん兄貴が働き始めた最初の週に、どちらかが言い間違えて、そのまま癖になったんだと思う。

母さんはその掛け合いを聞くたび、笑って味噌汁をよそっていた。

「あんたたち、時間がずれてるだけで、仲がいいんだか悪いんだか」

母さんは、兄貴の作業服だけ、別のたらいで洗っていた。

一緒に洗うと、他の服まで白くなるからだ。

すすいだ水が、最初はミルクみたいに濁る。

それを三回替えて、やっと透きとおる。

母さんはその水を、いつも庭のあじさいの根元に捨てていた。

「土がよくなるんだって、お父さんが」

そう言っていた。

本当かどうかは、いまだに知らない。

悪いに決まってるだろ、と俺は言った。

兄貴は何も言わずに、飯を三杯食って、寝に行った。

兄貴は、寝る前に必ず、風呂場でもう一度、頭を洗った。

夜勤明けの朝に湯を沸かすのは、うちだけだったと思う。

湯気の中で、白い水が排水口へ流れていく音がした。

その音がやむと、家がしんとして、俺は自転車を出して学校へ行った。

町の坂を下りると、工場の煙突が三本、朝の空に立っていた。

いちばん右の煙突から出ている煙が、兄貴の受け持ちだった。

中学の三年になった春、俺は進路の紙を渡された。

第一志望に、隣町の県立高校を書いた。

母さんは「よく考えな」と言った。

親父は何も言わなかった。

兄貴だけが、風呂上がりに廊下で「そこ、電車どのくらいかかるんだ」と聞いてきた。

四十分、と俺は答えた。

「早いな。始発だと、俺と一緒になるかもな」

そのとき俺が何と返したか、いまでも一字残らず覚えている。

「一緒にすんなよ」

そう言った。

「俺は、兄貴みたいにはならないから」

兄貴は「そうか」と言って、頭を拭きながら風呂場のほうへ戻っていった。

廊下の電球が、少しだけ古くて、じじ、と鳴っていた。

あのとき、兄貴の耳が赤かったのは、風呂上がりだからだと思っていた。

その夏、戸田さんがうちに来たことがある。

事故のあとも、兄貴と同じ班にいた人だ。

母さんがスイカを切って出した。

戸田さんは縁側に腰かけて、種を庭に飛ばしながら、俺に話しかけてきた。

「慎司さんの弟か。似とらんな」

似てません、と俺は言った。

戸田さんは笑って、それから、少しだけ声を落とした。

「あの人な、点検のとき、いつもおれの後ろを歩くんだ」

「前を歩けって言っても、聞かん」

「後ろにおったら、おれが見えんとこが見えるからって」

その意味を、俺はそのとき考えなかった。

兄貴は台所で、戸田さんの湯呑みに氷を足していた。

戸田さんが帰るとき、兄貴は門の外まで出て、自転車の後ろのランプが見えなくなるまで立っていた。

俺が言った言葉には、理由があった。

兄貴はその年、工場でひどく静かになっていた。

二年前の秋に、集塵室で事故があったからだ。

事故といっても、誰も帰らぬ人にはならなかった。

戸田さんという若い人が、機械の点検中に粉をかぶって、出口が分からなくなった。

集塵室というのは、空気の中の粉を集める部屋だ。

一度に舞い上がると、三歩先が白一色になる。

戸田さんは十五分ほど、壁づたいに手探りで歩いて、別の班の人に見つけられた。

そのとき、非常扉が閉まっていた。

開いていれば、外の光が入って、方向は分かったはずだった。

扉の前を最後に通ったのが、兄貴だった。

だから、扉を閉めたのは兄貴だということになった。

誰も、そうは言わなかった。

戸田さんは職場に戻って、兄貴に「気にすんな」と言ったらしい。

でも兄貴は、その日から、休みの日でも工場のほうを見なくなった。

それまでは、風呂上がりに縁側から煙突を眺めるのが癖だった。

煙の色でその日の焼き具合が分かるんだと、得意そうに言っていた。

その縁側に、兄貴は座らなくなった。

家で、笑わなくなった。

俺は、その静かさが嫌だった。

夕飯のとき、兄貴は箸を持ったまま、長いこと動かないことがあった。

母さんが「慎司」と呼ぶと、はっとして食べ始める。

親父は、それを見ても何も言わなかった。

たぶん、言い方を知らなかったのだと思う。

俺も知らなかった。

この家は、みんな、そうだった。

嫌だという言い方を知らなかったから、あんな言い方になった。

その年の九月、兄貴はいなくなった。

朝のことだった。

夜勤明けの週で、いつものように、門のところで自転車のブレーキが鳴った。

俺は布団の中でそれを聞いた。

土間で肩を払う音がした。

台所へ行くと、兄貴は湯呑みを持って立っていた。

「おやすみ」

そう言った。

俺は制服のボタンを留めながら、生返事をして、玄関を出た。

昼前に、母さんが学校へ来た。

そこから先のことは、うまく書けない。

書こうとすると、手が別のことを書き始めてしまう。

あの日、家には工場の人が何人も来て、母さんの代わりに電話に出ていた。

俺は二階の階段の途中に座って、下の声を聞いていた。

誰かが「慎司は、まじめすぎた」と言った。

その言葉が、いちばん、腹が立った。

まじめだから、ああなったみたいに聞こえたからだ。

兄貴は、まじめだから、二年間も俺の靴を直していたのに。

半年経った今でも、そうだ。

母さんは冬になっても、兄貴の茶碗を出し続けた。

十一月に、学校で担任に呼ばれた。

「無理して来なくていいぞ」と言われた。

俺は「大丈夫です」と答えた。

大丈夫じゃなかったが、家にいると、朝の六時半に耳が勝手に起きた。

体が覚えてしまった時間は、なかなか忘れてくれない。

目が覚めてから、何も鳴らないことを確かめる時間が、いちばん長かった。

部活も、そのまま続けた。

走っているあいだだけは、何も考えなくてよかったからだ。

門のところで、自転車のブレーキが鳴るのを待ってしまうからだ。

学校に行っているほうが、まだよかった。

親父は工場を休まなかった。

朝、いつもの時間に出ていって、いつもの時間に帰ってくる。

ただ、玄関の電気を消さなくなった。

俺は、何度も同じ朝を思い返した。

川原へ行くこともあった。

石灰の粉が流れ込むせいで、白岩の川の石は、どれも表面が白い。

小さい頃、兄貴とそこで水切りをした。

兄貴は五回跳ばして、俺は二回で沈めた。

「腕じゃない。石の選び方だ」

そう言って、平べったい石をいくつも拾って、俺のポケットに入れてくれた。

あの冬、俺は同じ場所で石を拾って、一つも投げずに帰った。

あの朝の兄貴は、いつもどおりだった。

肩を払って、湯呑みを持って、おやすみと言った。

いつもどおりだった。

そう思うことで、なんとか息をしていた。

年が明けて、二月の終わりに、工場の大谷さんという人が家に来た。

兄貴の班の、いちばん古い人だ。

線香をあげたあと、大谷さんは玄関の三和土を、長いこと見ていた。

俺と親父の靴が、めちゃくちゃに脱ぎ散らかしてあった。

「亮くん」

大谷さんは、そう俺を呼んだ。

「慎司は、家でも履物を外に向けとったか」

はい、と俺は答えた。

毎朝、俺の靴だけ直してました、と。

大谷さんは、ゆっくりうなずいた。

「あれは工場の癖だ」

そう言った。

「粉の中じゃ、三歩先が見えん。目が使えん。だから履物は、いつも外を向けて置く。出口の向きを、足で覚えるためだ」

俺は、その意味が分かるまでに、少し時間がかかった。

兄貴は、二年間、毎朝、俺の靴を出口の向きに直していた。

俺がいつでも、まっすぐ外へ出られるように。

大谷さんはそのあと、湯呑みを両手で持ったまま、うつむいて言った。

「あの扉な」

集塵室の、非常扉のことだった。

「あれを閉めたのは、おれだ」

風が入ると粉が舞う。だから閉めるのが決まりだった。

大谷さんが閉めて、そのあとに兄貴が通った。

順番が、逆だったのだ。

「言おうと思った日は、何遍もあった」

大谷さんは、そう言った。

「言えんかった」

大谷さんは、湯呑みの縁を親指でなぞりながら、続けた。

「秋に一度、言いかけたことがある」

工場の食堂で、兄貴と二人になったときだ、と大谷さんは言った。

「戸田の一件だがな、と言うたところで、あいつが先に立った」

「湯呑みを流しに持っていって、そのまま帰った」

「あれは、逃げたんじゃないと、おれは思っとる」

「おれに言わせたら、おれが背負うことになる。それが分かっとったんだ」

大谷さんの声は、そこで一度、止まった。

「あいつは、そういう順番の考え方をする男だった」

俺は、玄関の三和土のほうを見た。

兄貴が二年間、毎朝やっていたことを思った。

親父は何も言わなかった。

俺も、何も言えなかった。

大谷さんの湯呑みから、湯気が上がって、それが途中で見えなくなった。

大谷さんが帰ったあと、俺は兄貴の部屋に入った。

机の引き出しに、俺の高校の願書の下書きが入っていた。

俺が名前の欄を書き損じて、丸めて捨てたやつだ。

それが、しわを伸ばして、四つ折りにしてしまってあった。

同じ引き出しに、兄貴の手帳があった。

三月十日のところに、赤いボールペンで丸がしてあった。

俺の、合格発表の日だった。

手帳には、ほかにも丸がついていた。

六月の第二日曜。

俺の、最後の陸上の大会の日だ。

その日、兄貴は二番方で、家にいなかったはずだった。

いなかったはずの日に、丸がついていた。

ページの端に、鉛筆で薄く、競技場までのバスの時刻が書いてあった。

その丸は、去年の秋に書かれたものだった。

インクの色が、前の年の予定と同じだった。

その年の秋、兄貴はいちばん静かだった。

いちばん静かな時期に、兄貴は俺の春に丸をつけていた。

兄貴は、その日を見られないと知らずに、丸をつけたのだ。

俺は、あの朝のことを、もう一度思い返した。

自転車のブレーキ。

肩を払う音。

湯呑み。

おやすみ。

そこで、指が止まった。

あの朝、兄貴は「おやすみ」と言った。

俺は生返事をして、玄関を出た。

俺は「また明日な」を、言っていない。

そして、玄関を出るとき、俺の運動靴は、内を向いたままだった。

半年間、俺はそれを思い出さずにいた。

思い出せなかったんじゃない。

見ていたのに、見えていなかった。

あの朝だけ、俺の運動靴は、内を向いたままだった。

半年前の俺へ。

だから、頼む。

二月のうちに、これをやってくれ。

まず、こたつから出ろ。

台所へ行って、兄貴の帰りを待て。

門のところでブレーキが鳴ったら、玄関に立っていろ。

兄貴が土間で肩を払っているあいだに、こう言え。

「あの扉、閉めたの、兄貴じゃないよ」

理由は言わなくていい。お前はまだ知らないんだから。

それでも言え。何回でも言え。

言い方が下手でもいい。

うちの家は、みんな言い方が下手だ。

それから、これも言え。

兄貴の指のひび割れに、母さんの薬を塗ってやれ。

嫌がるだろうけど、押さえつけてでも塗れ。

塗りながら、何でもいいから喋れ。

学校のことでも、テレビのことでもいい。

黙って塗るな。

うちの家は、黙るのが一番うまいんだ。

それから、これも言ってくれ。

「一緒にすんなよ」なんて言って悪かった。

本当は逆だ。

学校で、俺は兄貴のことばかり喋っていた。

うちの兄貴は工場でキルンを回してるんだ、と。

町の煙突の煙は、うちの兄貴が出してるんだ、と。

自慢していた。

面と向かって、一度も言わなかっただけだ。

三月十日に、俺は受かった。

母さんは玄関で泣いて、親父は「そうか」とだけ言った。

俺は靴を脱いで、上がる前に、爪先を外へ向けて直した。

自分でも、なぜそうしたのか分からなかった。

手が勝手に動いた。

そうしたら、母さんが黙って、隅にあった兄貴の長靴も、同じ向きに直した。

二人とも、何も言わなかった。

白岩の煙突からは、その日も白い煙が上がっていた。

いちばん右の煙突だ。

俺は自転車を停めて、しばらくそれを見ていた。

煙は、風がないと、まっすぐ上へ伸びる。

白い煙は、遠くから見ると、雲と区別がつかない。

俺は、あの工場を恥ずかしいと思わなくなった。

たぶん、これからも思わない。

半年前の俺へ。

しくじるなよ。

音を立てるなよ。

母さんが起きるから。

兄貴が土間にいるうちに、言え。

頼む。

頼むから、この手紙を、半年前へ送らせてくれ。

そっちの朝は、まだ間に合う。

おやすみ。

また明日な。

バカ兄貴。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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