最初で最後のキス

公開日: 恋愛 | 悲しい話

手を繋ぐカップル(フリー写真)

私が小学生の頃、初めて人を好きになりました。

上級生だったのですが、誰にでも分け隔てなく優しい人で、誰もが彼を好いていました。

そんな彼がどういう訳か、地味な私を好きになってくれて、子供ながらに本気で愛していました。

その彼とは途中、日本とロスという遠距離恋愛もしながらも、お互い気持ちが変わる事はなく、自分は彼と結婚するのだと信じて疑いませんでした。

しかしその彼が事故に遭い、一度は元気になったものの他界…。

まるでドラマのような展開でその恋は終わりました。

正確に言えば、私の恋は終わってはいなかったのですが。

彼が私の世界であり、彼こそが私の全てだった。

亡くなってからもずっと彼が忘れられず、やっと好きになれたと思った部活の先輩は、結局は彼の面影を重ねていただけだった事に気が付き、すぐに別れました。

もう好きな人に置いて行かれるのは嫌だった。

だから人を好きになって失うのが恐くて、新しい恋愛から自分を遠ざけていた部分もあったのかもしれない。

もうきっと誰も好きにならない…寧ろずっと彼だけを愛してる。

そう思っていました。

彼が居ない世界で生きて行く意味が見つからず、何度も自殺未遂をしたけれど、結局死ねずに、気が付けば彼を好きになってから10年が経っていました。

大学生になってすぐのある日、高校生の男の子が電車で痴漢に遭った私を助けてくれました。

とても気さくで可愛い子で、その日から彼とよく会うようになりました。

不思議と彼と居る時は、心の底から笑う事が出来ました。

自然とお互い惹かれ合って行くのが解りました。

でも私は昔の彼の事を、どうしても思い出には出来ませんでした。

それだけ彼は私の中で大きな存在でした。

だから目の前の彼に告白された時には、嬉しかったけれどとても困惑しました。

未来が消えてしまった昔の彼を置いて、私だけが幸せになろうとしても良いのか、と。

私は彼に自分の過去を話しました。

重い女だと思われるかもしれないと覚悟していたのですが、いつも可笑しな事ばかり言っているような彼が、私の為に泣いてくれたのです。

「辛かったな。

その人の事、忘れなくていい。ゆっくり思い出にして行ったらいい。

想い出に出来るまで、傍で待ってるから」

と言ってくれました。そして、

「俺は死なないから」

とも…。

とても嬉しかった。

彼と接しているうちに、昔の彼の事を思い出す時、穏やかな気持ちになれていた事に気付き始めていた頃の事でした。

彼が事故に遭い、病院に運ばれたと連絡が入ったのです。

急に昔の彼の事が頭を過ぎり、全身の血の気が引くのが分かりました。

当初は、朦朧としてはいたものの意識もあったそうですが、病院に運ばれてから急に悪化し、私が駆けつけた時には既に息を引き取った後でした。

以前から何度かお会いしていた彼のお父さんに付き添われて、彼に会いました。

彼の綺麗だった顔には大きな傷が残っていて、痛々しくて自分の心も痛くて息が出来ませんでした。

そんな私を気遣いながら、彼のお父さんは私に彼の携帯を渡してくれました。

救急車の中でも携帯を離さなかったそうで、その携帯を開くと私宛のメールが打ってありました。

『ずっと愛してる。約束やぶってごめん』

人前で泣くのが大嫌いな私が、堪えきれずにボロボロ泣いていました。

こんな声が出るのかと思うくらい惨めな声で泣きじゃくりました。

彼のお父さんは、

「きっと、どうしても最期に伝えたかったんだと思うよ」

と言って、私の肩をポンと叩きました。

顔を上げると、お父さんも泣いていました。

「こいつは、ずっと君と結婚するんだと騒いでいたんだよ」

と言った擦れた声が、妙にはっきりと私の頭に響きました。

そして以前、ふざけながら話していた子供の名前の話や、マイホームの話を、彼の明るい声と笑顔と共に思い出していました。

臆病で照れ屋で…今まで一度も、以前好きだった彼にさえした事はなかったけど、傷付いた彼の唇に自分からキスをしました。

最初で最後の、彼へのキスでした。

今はとても後悔しています。

気付いていたのに、それでも素直に認める事が出来なかった。

もっと早く、自分の気持ちを伝えていれば良かった。

「誰よりも、あなたのことが大好きです」

と…。

関連記事

キャンドル(フリー写真)

キャンドルに懸けた想い

僕は24歳の時、当時勤めていた会社を退職して独立しました。 会社の駐車場で寝泊まりし、お子さんの寝顔以外は殆ど見ることが無いと言う上司の姿に、未来の自分の姿を重ねて怖くなったこと…

母の手を握る赤ちゃん(フリー写真)

生まれて来てくれて有難う

親と喧嘩をし「出て行け」と言われ、家を飛び出して6年。 家を出て3年後に知り合った女性と同棲し、2年後に子供が出来た。 物凄く嬉しかった。 母性愛があるのと同じように…

カップル(フリー写真)

書けなかった婚姻届

彼女とはバイト先で知り合った。 彼女の方が年上で、入った時から気にはなっていた。 「付き合ってる人は居ないの?」 「居ないよ…彼氏は欲しいんだけど」 「じゃあ俺…

戦後

少女の小さな勇気

第二次大戦が終わり、私は復員した日本の兵士の家族たちへの通知業務に就いていました。暑い日の出来事です。毎日、痩せ衰えた留守家族たちに彼らの愛する人々の死を伝える、とても苦しい仕事でし…

雪(フリー写真)

プライド

私には自分で決めたルールがある。 自分が悪いと思ったらすぐに『ごめんなさい』と言うこと。 私は元々意地っ張りで、自分が悪いと思っても『ごめんなさい』の一言が出ない。 …

結婚式(フリー写真)

式場の奇跡

当時付き合ってた恋人(現在の嫁)が突然、心因性発声障害という病に罹りました。 当日は遊びに行く予定だったのですが、彼女の方からLINEで断りのメッセージ。 どんな些細な事で…

カップル

余命と永遠の誓い

彼は肺がんで入院し、余命宣告されていました。 本人は退院後の仕事の予定を立て、これからの人生に気力を振り絞っていました。 私と彼は半同棲状態で、彼はバツイチで大分年上だっ…

親子(フリー写真)

娘が好きだったハム太郎

娘が六歳で死んだ。 ある日突然、風呂に入れている最中に意識を失った。 直接の死因は心臓発作なのだが、持病の無い子だったので病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受…

夏休みの情景(フリー写真)

バス停の女の子

俺が小学3年生の夏休みの話。 今の今までマジで忘れていた。 小学校の夏休みとか、遊びまくった覚えしかない。 俺は近所の男子と夏休み中、開放されていた学校の校庭で、午後…

虹(フリー写真)

人生

1960年に私は生まれて、今まで生きてきた。 いたずらっ子だった小学生時代。 落ちこぼれだった中学生時代。 レスリングに出会い、スポーツが何たるかを学んだ高校時代。 …