麦茶の氷が鳴らなくなった夏

母

冷凍庫を開けると、麦茶の氷が、まだ三段ある。

母が凍らせたものだ。

母を見送って、もうすぐひと月になる。

いつも通り、朝が来て、夜が来る。

楽しいことがあっても、辛いことがあっても、朝は来て、夜は来る。

当たり前のような日常の始まりと終わり。

あの日も、確かにそうだった。

ただ、冷凍庫の氷だけが、減らない。

私が、減らせずにいる。

母は毎年、梅雨が明けると麦茶を凍らせた。

やかんで煮出した麦茶を冷まし、製氷皿に注いで、冷凍庫の一番上に入れる。

「水の氷を入れたら、薄まるやろ」

それが母の言い分だった。

讃岐の夏は、夕方になっても風が止まったままだ。

会社から帰ると、母はまず、麦茶の氷を三つ入れたコップを出した。

カラン、と鳴る。

その音を、私は四十年以上、夏の音だと思って聞いてきた。

薄まらない麦茶は、最後の一口まで濃い。

「濃すぎる」と言うと、母は「贅沢言いな」と笑った。

私は四十代の会社員で、結婚はしていない。

実家で、父と母と三人で暮らしてきた。

いい歳をして、と自分でも思う。

けれど、母の麦茶がある家を出る理由が、見つからなかった。

母は小柄で、声が小さく、怒った顔を私は数えるほどしか知らない。

父は寡黙で、庭の手入れと、朝の新聞だけが日課のような人だ。

朝は、母が一番に起きる。

やかんの音で、私は目を覚ます。

父は新聞を広げ、母は製氷皿を冷凍庫に戻し、私は寝ぼけた顔で麦茶を飲む。

その三人の台所に、夏のあいだじゅう、カランという音があった。

それが当たり前だと思っていた。

当たり前は、音を立てて終わるのではなく、音が消えることで終わる。

あの夏、私はそれを知った。

会社で仕事をしていた午後、携帯電話が鳴った。

父からだった。

父は、めったに昼間に電話をかけてこない。

「お母さんの心臓の鼓動がおかしい。」

「看護師さんも、かなり厳しい言うとる。」

声が、少しだけ高かった。

私は上着も取らずに、駐車場へ走った。

守衛さんが何か言ったが、聞こえなかった。

エンジンをかける手が、鍵を二度、空回りさせた。

病院までの国道は、十五分。

途中に、母とよく行ったうどん屋がある。

母はいつも「かけの小」で、父は「ぶっかけ」だった。

母が残した天ぷらを、私が食べるのが決まりだった。

その看板を見ないように、私は信号の数を数えていた。

数えていないと、別のことを考えそうだった。

病室に入ると、母の呼吸は浅く、胸の上下が不揃いだった。

心電図の線が、波の形を忘れかけていた。

父が、母の手を握っていた。

私を見て、父は何も言わず、顎で椅子を示した。

私は椅子に座らず、ベッドの柵に手をかけた。

柵は、ひんやりしていた。

母のまぶたが、少しだけ動いた。

「来たで」

私が言うと、母の指が、父の手の中で一度だけ曲がった。

看護師の田所さんが、点滴の速度を確かめて、静かに出ていった。

扉が閉まる音が、妙に大きかった。

窓の外で、蝉が鳴いていた。

八月の病院の蝉は、どうしてあんなに平然と鳴くのだろう。

母の額に、汗が浮いていた。

私はタオルで拭いた。

母の肌は、乾いた紙のようだった。

二年前まで台所で麦茶を煮出していた手が、骨の形をしていた。

その手を、父はずっと握っていた。

手すりと夜の廊下

母の病は、脳腫瘍だった。

二年前の梅雨に見つかったとき、すでに末期と言われた。

診察室で医師が説明するあいだ、母は窓の外の雨を見ていた。

手術も放射線も、ほとんど効果は望めないと告げられた。

帰りの車で、母が最初に言ったのは、病気のことではなかった。

「病院の麦茶、薄かったな」

私は返事ができなかった。

父は、ハンドルを握ったまま、鼻を一度すすった。

それでも母は、二年、闘った。

家で過ごすと決めたのは、母自身だった。

「病院は、麦茶が薄いけん」

本気なのか冗談なのか、わからなかった。

父は、翌週、廊下とトイレに手すりを付けた。

日曜大工など、したことのない人だった。

ねじの頭をいくつも潰し、木の粉を廊下に散らしながら、三日かけて付けた。

木の粉を、母がほうきで掃こうとした。

「掃くな」

父が、珍しく大きな声を出した。

母は、ほうきを置いて、手すりを撫でた。

手すりは、少し傾いていた。

母はそれを見て、「曲がっとる」と言って、笑った。

「曲がっとっても、ええ手すりや」

笑ってから、その手すりを、毎日使った。

母は最後まで、自分でトイレに行った。

夜中、廊下をスリッパが擦る音がした。

ずる、ずる、と。

手すりを掴む音が、それに重なる。

私は布団の中で、その音を数えていた。

往復で、八回。

八回聞こえたら、母は無事に戻ったということだった。

七回で止まった夜は、飛び起きて廊下に出た。

母は、手すりにもたれて、息を整えていた。

「寝とき」

母は、それだけ言った。

私は、母の背中に手を添えて、八回目を一緒に歩いた。

母の背中は、手のひらに収まるほど、小さくなっていた。

失禁は、一度もなかった。

訪問看護の田所さんは、母の体を拭きながら、よく言った。

「お母さん、ほんまに強いですね」

「この状態で、よくここまで自宅で介護されましたね。」

父は、その言葉を聞くたびに、庭に出た。

照れているのか、泣いているのか、私にはわからなかった。

庭で父が使う水筒にも、母は麦茶の氷を入れた。

父は、それを一滴も残さずに飲んで、台所に水筒を戻した。

「飲んだで」と、父は言わない。

空の水筒が、父の言葉だった。

去年の夏、母は一度だけ、私に煮出し方を教えた。

「沸いてから五分。火を止めて、蓋をしたまま十分」

「それで濃さが決まるんよ」

私は、聞き流した。

母がいる限り、自分で煮出すことはないと思っていた。

母の言葉は、春の終わりから、少しずつ減った。

言いたい言葉が、口の手前で止まるようだった。

母は、冷蔵庫に紙を貼るようになった。

「むぎちゃ にだした」

鉛筆の字が、日ごとに大きく、歪んでいった。

それでも母は、麦茶だけは、煮出すことをやめなかった。

やかんを持つ手が震え、半分はこぼれた。

製氷皿に注ぐのに、三十分かかる日もあった。

製氷皿は、祖母から譲られた、角のへこんだアルミのものだった。

「私がやるけん」

そう言っても、母は首を振った。

「あんたのは、薄い」

母にとって、麦茶の氷は、家の仕事の最後の一つだったのだと思う。

その最後の一つを、私は、あの朝に取り上げようとした。

製氷皿を落とした朝

七月の、ある朝だった。

私は、前の夜に会社で遅くまで残っていた。

取引先の納期が二度延び、その尻拭いで、終電の一本前に帰った。

帰ると、台所の電気が点いていた。

母が、椅子に座ったまま、眠っていた。

やかんが、流しに置いてあった。

私は母を起こして部屋まで送り、四時間だけ眠った。

台所に行くと、床に麦茶が広がっていた。

製氷皿が、裏返って落ちていた。

母が、しゃがみ込んで、布巾で拭こうとしていた。

手が、震えていた。

布巾は、麦茶を吸う前に、母の指から滑った。

スリッパの先が、麦茶で濃い色に染まっていた。

私は、その朝、疲れていた。

それは言い訳にならない。

「もうええって。」

声が、思ったより大きく出た。

「麦茶くらい、買うたらええやろ。」

母が、私を見上げた。

「誰も頼んどらんのに。」

その言葉を、私は母に投げた。

母は、何も言わなかった。

ただ、布巾をもう一度、掴み直した。

廊下の奥に、父が立っていた。

父も、何も言わなかった。

私は母の手から布巾を取り、床を拭いた。

麦茶の匂いが、床から立った。

拭きながら、自分の言った言葉が、床の麦茶より冷たいことに気づいていた。

気づいていて、謝らなかった。

会社に行く時間だった。

玄関で、母の声がした。

「気をつけてな」

いつもと同じ声だった。

私は、振り返らずに出た。

車に乗ってから、バックミラーを見た。

玄関の戸が、まだ開いていた。

母が、見送っていたのだと思う。

私は、ミラーから目を逸らして、車を出した。

その日、会社で、何度も台所の床を思い出した。

同僚に「顔色が悪い」と言われた。

「寝不足で」と、私は答えた。

納期の電話をしながら、母のスリッパの色を思い出していた。

昼休み、弁当を開いたが、半分も食べられなかった。

弁当は、母が作れなくなってから、私が詰めていた。

母はそれを、毎朝、玄関で「入れたか」と確かめた。

帰ったら謝ろうと思った。

謝る言葉を、帰りの車の中で、何度も練習した。

「朝は、ごめん」

それだけの言葉が、口の中で何度も崩れた。

うどん屋の看板が、暗い国道に浮かんでいた。

母と行ったのは、春が最後だった。

母は、かけの小を、半分残した。

帰ると、母は眠っていた。

父は、庭で水をまいていた。

夕方に見ると、製氷皿は、満たされていた。

誰が注いだのか、私は聞かなかった。

父が注いだのだろうと思った。

父に聞けば、母に伝わる気がした。

謝るのは、明日でいいと思った。

明日は、いくらでもあると思っていた。

その夜、母の部屋の前で、寝息を数えた。

八回数えて、私は自分の部屋に戻った。

翌朝、母は起きてこなかった。

その翌日も、母の声は小さかった。

母が入院したのは、あの朝の三日後だった。

救急車の中で、母は私の顔を見ていた。

何か言いたそうに、唇が動いた。

声は、出なかった。

私は母の手を握って、「大丈夫」と繰り返した。

何が大丈夫なのか、自分でもわからなかった。

麦茶の氷が鳴った病室

入院して、二週間が過ぎた。

母は、ほとんど言葉を発しなくなった。

私は会社の帰りに、毎日病室に寄った。

水筒に、家の麦茶の氷を入れて持っていった。

母は飲めない。

それでも、コップに入れて、ベッドの横に置いた。

カラン、と鳴る。

その音を聞くと、母のまぶたが、少し動いた。

田所さんが、「音、わかっとるんですよ」と言った。

私は、毎日、同じ音を母の横で鳴らした。

溶けた麦茶は、帰りに、私が飲んだ。

濃かった。

謝る言葉は、まだ言えずにいた。

ある夕方、私は母の爪を切った。

母の爪は、薄く、すぐに割れた。

「痛かったら、言うてな」

母は、目を閉じたまま、小さく頷いた。

切った爪を、私はティッシュに包んで、鞄に入れた。

捨てられなかった。

翌日、田所さんが廊下で私を呼び止めた。

「お母さん、今日は昼間、ずっと目ぇ開けとったよ」

「息子さんの来る時間、わかっとるんやと思う」

私は、頭を下げることしかできなかった。

ある午後、母の妹の叔母が、病室に来た。

叔母は、コップの氷を見て、笑った。

「姉さん、まだやっとったんやな」

叔母の話では、麦茶の氷は、祖母の習慣だったという。

祖母は麦畑を持っていて、夏の畑仕事に、凍らせた麦茶を持たせた。

「畑まで持っていったら、溶けてちょうどええ濃さになるんよ」

母は、十歳のころから、その製氷皿を任されていた。

「姉さんはな、こぼしたら、祖母ちゃんに叱られよった」

「それでも、毎朝、注いどった」

私は、叔母の話を、母の横で聞いていた。

あの角のへこんだアルミの製氷皿は、祖母の畑から来たものだった。

母の製氷皿は、母の母から渡されたものだった。

そして、母はそれを、私に渡そうとしていたのかもしれない。

私は、それを「買うたらええ」と言った。

叔母が帰ったあと、母の手が、コップのほうへ動いた。

指先が、コップの縁に触れた。

カラン、と小さく鳴った。

母が、鳴らしたのだと思う。

母の目が開いている時間が、日ごとに短くなった。

ある夜、母の唇が、はっきりと動いた。

私は耳を近づけた。

「あんたが、そばにおってよかった。」

声は、かすれていた。

でも、確かに言葉だった。

「もう、あんたに何もしてやれん。」

私は、母の手を握った。

母の指が、私の手の甲を、一度だけ押した。

謝ろうとした。

言葉が、喉で止まった。

母は、目を閉じた。

それが、母の最後の言葉になった。

母は、私に何もしてやれない、と言った。

製氷皿を落とした朝の、私の言葉への返事だと思った。

誰も頼んどらん、と私は言った。

母は、何もしてやれん、と返した。

その夜、私は病院の駐車場で、車の中で、長いあいだ座っていた。

眠れない夜に、ペンダントの錆びた留め金の話を、携帯で読んだ。

母を見送った人の話を、私は読まずにいられなかった。

読んでも、謝る言葉は、見つからなかった。

母の姿を思い返すと、浮かんでくるのは、あの朝の台所ばかりだった。

あんなに優しく、健気に家族を支えてきた母に、どうしてあの言葉を言ったのか。

悔やんでも、悔やみきれない。

三段の製氷皿

最期の刻は、父の電話から、二時間後に来た。

父は、母の手を、強く握っていた。

母は苦しそうに、大きく息を吸った。

そして、そのまま、呼吸が止まった。

蝉は、鳴いていた。

田所さんが、時計を見て、小さく頭を下げた。

父は、手を離さなかった。

看護師が声をかけるまで、父は母の手を握ったままだった。

「お母さん、お疲れさん」

父はそう言った。

それが、父が母にかけた最後の言葉だった。

通夜も、葬儀も、記憶が薄い。

覚えているのは、親戚が持ってきたペットボトルの麦茶の味だけだ。

薄かった。

叔母が、斎場の隅で、「姉さんのは濃かったな」と言って泣いた。

父は、喪服の袖で、何度も額を拭いていた。

家に戻って、父と二人になった夜、父がやかんを火にかけた。

父が麦茶を煮出すのを、私は初めて見た。

沸いてすぐ、父は火を止めた。

「五分や」

私は、思わず言った。

「沸いてから五分。止めて、蓋して十分」

母の言葉が、そのまま口から出た。

父は、黙って、火をつけ直した。

できた麦茶は、それでも薄かった。

「氷があるやろ」

父が冷凍庫を開けた。

父が製氷皿を出した。

一段ではなかった。

三段、あった。

三段とも、満たされていた。

「母さんがな、入院する前の日に、全部作っとった。」

「あんたが会社から帰ったら飲むけん、言うて。」

製氷皿を落とした朝の、三日後だ。

母は、まだ手が震えていた。

製氷皿に注ぐのに、三十分かかっていた。

三段なら、一時間半だ。

「あの日、夕方のは」

私は、やっと聞いた。

あの日、夕方に満たされていた製氷皿も、父ではなかった。

「わしは、やかんも触っとらん」

「母さんは、あの日、昼からずっと台所におった」

「わしは、庭から見とった」

「止めんかった」

父は、それだけ言った。

父の声は、庭で水をまくときと同じ、低い声だった。

止めなかったのは、父も同じだった。

二人とも、母の最後の仕事を、止められなかった。

誰も頼んどらんと言った麦茶が、三段とも凍っていた。

私は、台所の床に座り込んだ。

あの朝、母のスリッパを染めた場所だった。

冷蔵庫には、まだ紙が貼ってあった。

「むぎちゃ にだした」

一番大きく歪んだ字の紙が、一番上にあった。

父は、何も言わずに、コップに氷を三つ入れた。

カラン、と鳴った。

母がいなくなって、もうすぐひと月が経つ。

いい歳をした自分だが、それでも母が恋しい。

ただ会いたい。

一年に一度でいいから、母に会う時間が欲しい。

幽霊でも幻でも、構わない。

街を歩けば、母と父と一緒に行った場所ばかりが目につく。

遅れて届いた母からのメールのように、届かなかった言葉が、自分にもある。

冷凍庫の麦茶の氷は、毎朝、一つだけ減らしている。

謝る言葉は、まだ言えていない。

今日も、真夏の暑さの中で、カランという音の中に、母のぬくもりを探している。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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