母が欠けさせなかった茶碗
炭鉱の閉山で置いていかれた子を二十二人預かった母は、実の娘の私だけをいつも最後にした。子どもたちの茶碗は欠けたまま並び、私の茶碗だけがどこも欠けていない。三十年…
炭鉱の閉山で置いていかれた子を二十二人預かった母は、実の娘の私だけをいつも最後にした。子どもたちの茶碗は欠けたまま並び、私の茶碗だけがどこも欠けていない。三十年…
十九で畳屋に嫁いだ私は、十年ものあいだ仕事場に入れてもらえなかった。義母は褒めず、教えず、座敷の上座の一枚だけを誰にも踏ませなかった。二十六年ぶりに畳を上げ替え…
継母の買い物メモは、いつも大根と卵の絵だった——静かに沁みる泣ける話。東京の大学へ行くと告げた夜に母が言った「うちには読めん」の本当の意味を、わたしは三十八年間…
母が倒れて、私は商店街の小さなクリーニング店に立った。カウンターの隅の青い缶には、色も形もばらばらのボタンが何百個。常連客の一言で、私はその缶の正体を知る。見送…
介護福祉士の主任として、よその家のお母ちゃんばかり何百人と看取ってきた私が、亡き母の鏡台で見つけた桐の文箱と二十九通の便箋。それはすべて、面会に来られない娘を庇…
三年間帰らなかった実家。電話口の「大丈夫」を信じたふりをしていた俺と、膝の痛みを隠していた母。軒先の干し花が教えてくれた、不器用な親子の本当の距離の話。…
墨田の路地を配達して七年、実家のある二丁目だけを避けて走ってきました。三丁目の田中さんが毎回出してくれる縁の欠けた薄緑の湯呑みと、押し入れの奥から出てきた一枚の…
毎朝のおにぎりに込められた母の愛。息子が初めて気づいた日の実話…
タクシー運転手の息子が母の団地で見つけた千を超える折り鶴。翼の裏に書かれた一行の日記が、忙しさを言い訳に疎遠にしていた日々を静かに照らす。母の愛に涙する感動の物…
岐阜・郡上八幡の水路沿いにある小さな花屋を継いだ娘が、母の引き出しから見つけた四十粒のヤグルマギクの種の話です。二十年ぶんの発芽検査の記録と、九月の誕生日のたび…
新潟の式場で流れた、亡き母のビデオレター。鉄筋工の父へ宛てた最後の五行に、二百人の会場が音をなくしました。半年後、画面が三度だけ下がる理由と、箱に書かれたひらが…
「沖縄に行かない?」という母の電話を、就職活動中の私は五分で切りました。半年後、母は逝きました。四十九日のあとに叔母が持ってきた絵日記の写真の裏には、母の字で七…
東京に来ないかと誘うたび、母は人ごみが苦手やからと断った。その母の鏡台の引き出しから出てきた十二年前のガイドブックには、浅草にも焼肉屋にも赤鉛筆の線が引いてあり…
葬儀の朝、腰まであった娘の髪が肩より上で切られていました。お洒落なママとのお別れやもん、と娘は言います。棺に添えられた細い髪の束の意味を、私は七年のあいだ思い違…
体育のあとの教室で、机の上に切り裂かれた文庫本が置かれていました。いじめのことを、私は母に言えませんでした。友達のいない私に、母が月に一冊だけ本を買ってくれる人…