箱にはひらがなで五文字だけあった

箱にはひらがなで五文字だけあった

私は、あの披露宴で、いちばん泣かなかった人間だと思う。

泣けなかったのではない。

受付を任されていたので、席を立てなかっただけだ。

だから私は、会場のいちばん後ろ、扉の脇に立ったまま、二百人が一斉に泣くのを、最初から最後まで見ていた。

その中で一人だけ、泣くより先に、両手をテーブルの下へ隠した人がいた。

新婦の父親だった。

受付台をいっしょに運んだ人

新潟の、信濃川を見下ろす式場だった。

十一月のわりに風がなく、堤防の草がまだ青かった。

美桜とは、高校の三年間、隣の席かその一つ後ろの席だった。

受付をやってほしいと言われたとき、私は二つ返事で引き受けた。

開場の四十分前に控室へ入ると、もう新婦の父親が来ていた。

紺色のスーツだった。

首の後ろだけが、きれいに日に焼けていた。

鉄筋工だと聞いていた。

あごひもの跡が、頬の下に薄く残っていた。

「早すぎたかね」

哲夫さんは、そう言って私に頭を下げた。

「今日は、よろしくお願いします」

私はまだ受付台も出していなかった。

哲夫さんは、その台を私といっしょに運んでくれた。

それから、椅子の脚のゴムが一つ外れているのを見つけて、指で押し込んで直した。

手が大きかった。

爪の脇に、白い切り傷が何本もあった。

「美桜、緊張しとるかね」

「たぶん、お父さんよりは」

哲夫さんは、はは、と短く笑って、それきり何も言わなかった。

笑ったあとの間が、少しだけ長かった。

芳名帳を並べていると、廊下の奥から声が聞こえた。

控室の扉が、少しだけ開いていた。

「お父さん、ネクタイ曲がってる」

「これでええんや」

「よくない」

それきり、しばらく何も聞こえなかった。

直してもらっているあいだ、二人とも黙っていたのだと思う。

私は聞かなかったふりをして、芳名帳のページを一枚めくった。

物心がつく前に、と誰かが言っていた

美桜の母親のことは、本人から聞いたわけではない。

高校のとき、誰かが言っていたのが、いつの間にか耳に入っていた。

物心がつく前にお母さんを亡くして、お父さんに育てられた子だ、と。

そういう話は、まわりが勝手に扱いに困る。

私も困った側の一人で、三年間、一度も自分からは触れなかった。

美桜のほうも言わなかった。

ただ、弁当箱の中身は、三年間ほとんど変わらなかった。

白いご飯に、鮭と、卵焼きと、切り干し大根。

順番まで同じだった。

「飽きんの」と私が聞くと、美桜は少し考えてから言った。

「うち、増やすと、たぶんお父さんが朝起きられんくなる」

そのころ哲夫さんは、朝の五時に現場へ出ていたらしい。

家庭科の調理実習のとき、美桜は玉ねぎを、根元を残したまま切った。

刻んでも、ばらばらにならない切り方だった。

「うちのお父さん、これしか教えてくれんかった」

美桜はそう言って笑った。

その笑い方が、控室で見た哲夫さんの笑い方と同じだったと、いまなら分かる。

親が黙って残していくものを、子どもがずっとあとで見つける話は、どこの家にもあるのだと思う。

たとえば父が捨てなかった種袋のように、捨てられなかったものが、そのまま返事になっていることもある。

三か月前に、式場へ一人で来ていた

これは、式のあとで司会の女性から聞いた話だ。

哲夫さんは、式の三か月前に、一人でこの式場へ来ていたそうだ。

作業着のまま、受付で「打ち合わせではないんですが」と切り出したという。

手に持っていたのは、紙袋に入れたビデオテープだった。

「これ、流せますかね」

司会の女性は、まず中身を確認させてほしいと言った。

「中身は、私も知らんのです」

「見とらんのですか」

「見とらんです」

そのやりとりを、彼女は何度も思い返したという。

テープは古い規格で、そのままでは会場の機械にかからなかった。

業者に出しますか、と聞いたら、哲夫さんは首を振った。

知り合いの電気屋に頼む、と。

他人の手に渡すのが嫌だったのだろうと、彼女は言った。

それから、哲夫さんは一つだけ、頼みごとをしたそうだ。

上映は、乾杯のすぐあとではなく、お色直しの後にしてほしい。

理由を聞くと、こう答えた。

「みんな、酒が入っとるほうがええでしょう」

「あれが泣いても、ごまかせるでしょうから」

あれ、というのは娘のことだった。

自分が泣くとは、まったく思っていない言い方だった。

叔父が、扉のところで言ったこと

受付をしていると、哲夫さんによく似た人が来た。

弟さんだった。

芳名帳に名前を書きながら、会場のほうを何度も見ていた。

「あれ、流すんかね」

独り言のような聞き方だった。

私が答えられずにいると、弟さんは自分で頷いた。

「兄貴、二十年、あの箱を開けとらんのですわ」

里美さんは、長く入院していたわけではなかったそうだ。

最後の一年は、ほとんど家にいた。

畳の部屋の、窓際に布団を敷いて、調子のいい日は起きて茶を淹れた。

「兄貴は、その一年、現場を一日も休まんかった」

それを、弟さんは長いあいだ怒っていたという。

そばにおってやればええのに、と。

「でもね、里美さんが、休むなって言うたんですわ」

「あんたが家におったら、私が寝とられんでしょう、って」

弟さんは、そこで少し笑った。

笑ってから、芳名帳のペンをきちんと戻して、会場へ入っていった。

その話を、私はその時点では、ただの家族の思い出として聞いた。

昼間、家に大人が一人もいなかったという意味だとは、半年後まで気づかなかった。

司会者が、少しだけ声を落とした

披露宴は、なんの変哲もなく進んだ。

乾杯があって、上司の挨拶があって、お色直しがあった。

私は受付台をたたんで、扉の脇に立った。

そこからだと、会場のぜんぶが見える。

旧友のテーブルは、もう三本目の瓶が空いていた。

司会の女性が、それまでより少しだけ声を落として言った。

ここで、新婦のお母様からのメッセージをご覧いただきます、と。

言い方があまりに静かだったので、かえって半分の人が聞き逃した。

会場はまだ賑やかだった。

笑い声も、氷の音も続いていた。

照明が落ちて、スクリーンが白くなった。

クラッカーの音で、画面が大きく揺れた

映ったのは、私たちと同じくらいの年の女の人だった。

畳の部屋だった。

後ろの窓の外に、干してある作業着が見えた。

陽が高かった。

障子の桟の影が、畳の上でほとんど真下に落ちていた。

女の人は、カメラに向かって、パン、とクラッカーを鳴らした。

その音で、画面が大きく揺れた。

「美桜ちゃん、おめでとー」

声が若かった。

いま思えば当たり前なのに、そのことが、いちばん先に胸に来た。

「美桜ちゃんは、何歳で結婚したのかな」

「きっと、ママに似た、いい女になってるんだろうね」

会場から、ぽつぽつと笑いが起きた。

どこにでもあるホームビデオの声だった。

穏やかで、少しふざけていて、間の取り方が下手だった。

その下手さが良かった。

照明が落ちた会場の空気が、ゆっくりとあたたかくなっていくのが分かった。

女の人は、ときどき言葉に詰まって、そのたびに笑ってごまかした。

途中で一度、画面の外へ向かって「はい、そのまま」と言った。

誰かに向かって言ったのだと、そのときは思わなかった。

撮影の練習をしているのだろう、くらいに聞き流した。

五分ほど、そんな時間が続いた。

「あと……」のあとに続いた言葉

女の人が、ふと視線を落とした。

言葉を探すような、短い沈黙だった。

そろそろ終わりだな、と誰もが思った。

実際、私も背筋を伸ばして、扉のほうへ半歩下がった。

そのときだった。

「あと……」

小さく息を継いだ。

「最後に、哲夫君」

会場の空気が、そこで一段、静かになった。

娘に向けていた声とは、明らかに違う声だった。

「美桜ちゃんを、ちゃんとお嫁に出してくれて、ありがとう」

「哲夫君のこと、愛してます」

「お腹が出てきても」

「頭がちょっと寂しくなっても、愛してます」

「おじいちゃんになっても、ずっと愛してます」

そう言って、少しうつむいた。

それから、照れくさそうに笑って、画面のこちら側へ手を伸ばした。

その手は、レンズに触れなかった。

レンズより、少し下のほうへ伸びて、そこで止まった。

映像は、そこで終わった。

会場が、音をなくした

会場が明るくなる直前、スクリーンが白いまま、二秒ほど残った。

その二秒のあいだ、誰も何も言わなかった。

音楽も入っていなかった。

司会の女性が音を消していたのだと、あとで知った。

哲夫さんに頼まれていたそうだ。

終わったあと、すぐに曲をかけないでほしい、と。

理由は言わなかったという。

明かりがついても、誰も動かなかった。

賑やかだった会場が、一瞬で音をなくした。

そういう静かさを、私は後にも先にも一度しか経験していない。

最初に音を立てたのは、哲夫さんだった。

テーブルに突っ伏して、口を手で押さえて、それでも声が漏れていた。

その前に、両手をテーブルの下へ隠したのを、私は見ていた。

手が震えるのを、娘に見せたくなかったのだと思う。

隠しきれなくなって、突っ伏したのだ。

美桜が、ドレスの裾を両手で持ち上げて走った。

高砂から父親のテーブルまで、十歩もない。

それでも遠回りをして、椅子の後ろから抱きついた。

正面から抱きついたら、顔を見てしまうと思ったのだろう。

そこからは、もう、どこを見ても誰かが泣いていた。

女の人はほとんどが泣いた。

男の人は黙って目を拭った。

親戚のテーブルで、小さい子が、大人が泣いているのを見て大きな声で泣き出した。

お葬式のようで、でも、まったく違う光景だった。

司会の女性が、なんとか場を戻そうとして、明るい声を張った。

「本当に素敵なメッセージでしたね。引き続き、お料理をお楽しみください」

誰もフォークを持たなかった。

それから五分ほどして、ようやく、どこかのテーブルで笑い声が起きた。

その笑い声に、みんなが救われたのだと思う。

愛してまーす

宴の終わりに、新婦の父の挨拶があった。

哲夫さんは、さっきの涙をなかったことにするみたいに、やたらと声が大きかった。

「本日は、まことに、ありがとうございました」

台本を持つ手が、まだ震えていた。

途中で二行飛ばして、自分で気づいて、また戻った。

戻ったところで、会場から拍手が起きた。

最後に、哲夫さんは台本をたたんで、ポケットに入れた。

そして、両手をマイクの前で組んで、満面の笑みでこう言った。

「私も、里美を、愛してまーす」

会場が、どっと笑って、それから拍手が鳴りやまなかった。

プロレスの真似だと、あとで誰かが教えてくれた。

不器用にも程がある。

でも、あの日あの場所で言える言葉は、たぶんそれしかなかった。

新婦より幸せそうに笑う父親の顔を、私はいまでも思い出せる。

テープの箱に、ひらがなだけの字があった

二次会のあと、私は美桜を家まで送った。

タクシーの中で、美桜はずっと窓の外を見ていた。

「ねえ」

信濃川の橋を渡るあたりで、美桜が言った。

「あのビデオね、十三本あったの」

私は意味が分からなかった。

絵本を読み聞かせているのが数本と、誕生日のメッセージが、小学校を卒業するまでのぶん。

数えると、十二本になるはずだった。

「十三本目だけ、ラベルに日付がないの」

「それが、今日のやつ」

十二本には、全部きちんと日付が入っていた。

順番も、番号も振ってあった。

十三本目だけが、白いままだった。

いつ渡されるのか、書きようがなかったのだと思う。

哲夫さんは、そのビデオを見たことがない、と言っていたそうだ。

見たがらないのだと、美桜はずっと思っていた。

思い出すのがつらいのだろう、と。

「でもね、お父さん、こう言ったの」

「あれは、お父さんが見るもんじゃない、って」

テープは、菓子折りの空き箱にまとめて入れてあった。

その箱には、油性ペンで、ひらがなだけの字が書いてあった。

「ぱぱとみて」

と、たった五文字。

「お母さん、どうしてひらがなだけで書いたんだろうね」

美桜は、そう言って笑った。

私も、そのときは、笑って頷いた。

画面は、三度だけ下がった

半年後、美桜の家で、もう一度あのビデオを見た。

再生機がもう家になくて、哲夫さんが知り合いの電気屋から借りてきたものだった。

今度は、泣く準備をしてから見た。

だから、気づいたのだと思う。

画面が、三度だけ、すこし下がった。

下がって、また戻る。

誰かが持ち上げ直しているような下がり方だった。

それから、里美さんの視線が、レンズを見ていない。

レンズより、拳ひとつぶん下を見ている。

クラッカーの音で画面が大きく揺れたのも、思い出した。

三脚なら、揺れない。

いちばん最初の二秒に、白いものが画面の端に映り込んでいた。

止めて、近づいて、二人で顔を寄せた。

小さな指だった。

レンズの縁にかかった、子どもの指だった。

美桜が、口を押さえた。

他の十二本も、その日のうちに全部かけた。

絵本を読み聞かせているものは、ページをめくる手が、全部左手だった。

里美さんは右利きだったという。

絵をこちら側へ向けたまま、左手でめくっていたのだ。

読み聞かせの相手は、画面の向こう側にいた。

どのテープも、背景に干してある作業着が映っていた。

影の落ち方も、全部そろって真下だった。

撮ったのは、昼間だ。

哲夫さんが現場に出ているあいだの、昼間だった。

美桜が台所へ行って、哲夫さんに聞いた。

あれ、誰が撮ったの、と。

哲夫さんは、湯呑みを流しに置いて、こちらを見ずに答えた。

「俺やない」

「俺は、一本も撮っとらん」

「撮ったら、里美がおらんようになるみたいで、嫌でな」

だから撮らなかったし、見なかった。

電気屋の主人にも、あとで確かめた。

あのころ里美さんが持ち込んだのは、いちばん小さくて軽い機種で、録画のボタンにだけ、白いテープが貼ってあったという。

指の小さい人が押しやすいように、と頼まれたそうだ。

ひらがなだけの字を書いたのは、里美さんではなかった。

四歳が書ける字が、ひらがなしかなかったからだ。

あのビデオを回していたのは、四歳の美桜だった。

手は、レンズに触れなかった

美桜には、その記憶がない。

四歳の記憶なんて、そんなものだと思う。

覚えていないのに、二百人の前で泣いた。

あの日、画面の中の里美さんが最後に手を伸ばしたのは、カメラを止めるためではなかった。

レンズより下に、娘の頭があった。

母が娘に残していったものを、娘が長いあいだ気づかないまま持っている。

そういう話は、母が欠けさせなかった茶碗のように、たいてい、いちばん近くに置いてある。

私は、あの場でいちばん泣かなかった人間だ。

受付を任されていたから、席を立てなかった。

いまは、少し違うことを思う。

あの映像を撮っていた四歳の子も、あの日、席を立てなかったのだ。

去年、美桜に子どもが生まれた。

お食い初めの日、美桜はスマートフォンを三脚に載せなかった。

膝の上の子に持たせて、下から自分を撮らせていた。

帰り道、私は自分の親に電話をかけた。

用事は何もなかった。

母が出て、こんな時間にどうしたの、と言われて、それで切った。

切ってから、少しだけ泣いた。

受付が終わっていたので、もう、立っていなくてよかった。

画面は、何度も下がって、そのたびに戻っていた。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

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