藍染の夫がくれた十二の約束
納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、夫が夜明け前の藍場で独り染めたものでした。十二の約束の中身を私が知ったのは、四十九日のあとに染め帳の最後の頁を開いた…
納戸の桐箪笥に仕舞われていた十二反の藍布は、夫が夜明け前の藍場で独り染めたものでした。十二の約束の中身を私が知ったのは、四十九日のあとに染め帳の最後の頁を開いた…
機械が牧場にやってきた昭和の冬、私は世話をしてきた三頭の馬を手放すことになった。最後の朝、ハナはそっと私の肩に額を押しあてた。北の開拓村で交わした別れと、今も引…
昭和の終わり、北関東の城下町で三代続いた床屋を継いだ続かない俺。大叔父である先代から受け継いだ親方の革砥と、三十年分の常連カルテだけを頼りに刃を握る。嵐の朝、シ…
母を亡くした後、無口な林業家の父と疎遠になった陶芸家の息子。父の入院をきっかけに実家を訪れた彼が、作業小屋で見つけた28体の木彫りの人形に刻まれていた、誰にも語…
不治の病で5歳の息子を亡くした夫婦が、生前の約束を果たすため遊園地を訪れる。空の椅子に感じた小さな温もりが、二人に再び生きる力を与えてくれた。…
裏磐梯の桧原湖へ往診に行くと、玄関から出てきたのは八年前に絶縁した弟でした。父の形見のダッフルコート、欠けたままの一番上のトグル、そしてその穴に毎年通し替えられ…
墨田の路地を配達して七年、実家のある二丁目だけを避けて走ってきました。三丁目の田中さんが毎回出してくれる縁の欠けた薄緑の湯呑みと、押し入れの奥から出てきた一枚の…
大分・長湯温泉の朝、四十年前の琺瑯の弁当箱を開けると、底に色褪せた付箋が一枚だけ残っていました。包みの結び目がいつも左に寄っていた理由、妻が四十年切らさなかった…
福井・敦賀の坂の上の施設で育った私に、修司さんは指輪を買う約束をしてくれました。二月の交差点で失ったもの、二年後の敦賀駅で拾ってもらった小銭、そして事故の記録の…
新潟・高田の雁木の家で、母の残した黒い電話が鳴りました。「俺だけど、母さん」と名乗る若い男。詐欺だと思い声真似で応じた四日間の先に、私のかけた十時の電話がいつも…
妻がいなくなって二日目の夜、私は台所の付箋を数えた。十一枚あり、どれも右下の角が小さく折ってあった。剥がす人のことを考えて貼る人だったのだ。三日目の朝、出汁パッ…
朝、私は妻がよそった味噌汁を腕で払い、底の焦げた鍋を床に落とした。弁当も持たずに家を出た。夜、二階の窓に明かりがあり、玉ねぎとバターの匂いがした。妻がその鍋で四…
伊万里の坂の下で毎朝遅刻していた中学生は、私の部屋に来るたび畳の毛を手のひらで集めて帰りました。一年後に学園から戻ってきたその子の鞄から出てきた白い封筒が、その…
父の作業台の抽斗には、売り物にしない蝋細工の膳が、年にひとつずつ増えていた。失敗作だと聞かされていたので、抽斗を開けたのは十三回忌の今日が初めてだ。十七の膳に書…
母の家の三和土には、誰も履かない小さなサンダルが、いつも同じ角度で揃えて置いてあった。妹のお古だと、俺はずっと思っていた。彼女の親に別れさせられた秋、母は泣きな…