
母の家の電話は、いつも話し中でした。
夜の十時。私が東京からかける、その十時の電話は、ほとんどつながったためしがありません。
受話器から返ってくるのは、短い音の繰り返しだけでした。
はじめのうちは、十分ほど置いて、かけ直していました。
それでも、同じ音でした。
三度目には、もういいか、と思うようになりました。
何度かけても同じなので、私はそのうち、かけるのをやめました。
やめてから、十九年が経ちました。
母が旅立ったのは、三週間前のことです。
新潟の高田。雁木の通りに面した、間口の狭い家でした。
雪の季節になると、軒の下の通路だけが黒く乾いて、そこだけ町の音が響きました。
下駄の音。自転車のベル。誰かが咳をする音。
子どものころ、私はその音で、通りを歩いているのが誰かを当てられました。
私はその家に、片付けのために帰っていました。
四十八になっていました。
仏間の畳は、母が最後まで自分で拭いていたようで、艶が残っていました。
柱の低いところに、鉛筆の線が何本か残っています。
私の背丈を測った跡です。
いちばん上の線は、中学二年の春で止まっていました。
そこから先は、私が測らせなかったのだと思います。
台所には、湯呑みが二つ、伏せてありました。
どちらも、母のものでした。
色も大きさも違うのに、どちらの糸底も、同じだけ欠けていました。欠けた器を最後まで使い切る人のことを、私はあとになって考えるようになりました(母が欠けさせなかった茶碗)。
玄関の傘立てには、黒い折りたたみ傘が一本、ずっと差さったままでした。
子どものころから、そこにありました。
私はそれを、顔も覚えていない父の忘れ物だと思っていました。
母に訊いたことは、一度もありません。
訊けば、母が黙る気がしたからです。父が最後にかけたという電話のことも、私は同じ理由で訊けずにきました(父が最後にかけた電話)。
黙られるのが、私はいちばん苦手でした。
固定電話は、まだ生きていました。
解約の手続きは、来週にしようと決めていました。
黒い電話台の上で、受話器のコードが、いつものように右へねじれていました。
その電話が鳴ったのは、帰った日の、夕方でした。
時計の針は、六時を少し過ぎたところです。
町のスピーカーが、夕方のチャイムを鳴らし終えた直後でした。
私は、なぜか身構えました。
この家の電話が鳴るところを、私は長いこと見ていなかったのです。
三度鳴って、四度目の途中で、私は受話器を取りました。
若い男の声がしました。
「もしもし。俺だけど、母さん」
私は、すぐに詐欺だと決めつけました。
自分のことを「俺」と名乗るのが、決め手でした。
黙って切ればよかったのです。
けれど私は、切りませんでした。
片付けに疲れていて、誰かの声を聞いていたかったのだと思います。
私は、下手な裏声を作りました。
「ああ、あんたかね」
母の声は、もっと低くて、語尾が少し跳ねました。
似ても似つかない声だったはずです。
それでも相手は、気づきませんでした。
「やっと就職先が決まったんだ。母さん、口を利いてくれてありがとう」
私は、ぽかんとしました。
詐欺にしては、話が具体的すぎたのです。
金の話も、事故の話も、出てきません。
男はただ、嬉しそうに、就職先の話を続けました。
配送の仕事で、四トンの箱車に乗るのだと言いました。
朝は五時に起きるのだと言いました。
「五時に起きるのは、昔から決まってるんだ」
「五時に起きるの、俺、得意だから」
その言い方に、妙な懐かしさがありました。
言葉の終わりが、少しだけ上がるのです。
この町の子の、話し方でした。
傘立ての黒い傘
男は、それから昔の話をはじめました。
松の湯、という言葉が出てきました。
私は、受話器を握り直しました。
松の湯は、うちから三軒先にあった銭湯です。
母は、そこの番台に、二十年近く座っていました。
夕方の五時から、夜の十時まで。
私が学校から帰ると、家には誰もいませんでした。
「下足箱の四十三番、いつも空けてくれてたよね」
男は、そう言って笑いました。
私は、返事ができませんでした。
四十三番は、暖簾のいちばん近くにある札です。
紺の暖簾をくぐって、すぐ右です。
湯冷めしやすい人が、いちばん早く外へ出られる場所でした。
体の弱い客のために、母が空けておく番号でした。
男の話は、一時間近く続きました。
途中で、聞いているかと確かめられました。
「聞いてる?」
私は慌てて、また裏声を作りました。
「うん、聞いとるよ」
男は安心したように、話を戻しました。
脱衣所の青い冷蔵ケースのこと。
瓶の牛乳が、いつも上から三本目だけ冷たかったこと。
ケロリンの桶を、洗い場で取り合ったこと。
高校の願書の締切を忘れて、番台で泣いたこと。
番台のラジオが、いつも野球中継だったこと。
母がそれを、点数だけ確かめて、すぐ音量を下げたこと。
私は、母がラジオを聴く人だということも、知りませんでした。
どれも、私の知らない話でした。
私が東京の大学へ出たあとの、この町の話です。
「また明日、かけるね」
男はそう言って、電話を切りました。
受話器を置いたあと、私はしばらく動けませんでした。
玄関を見ると、傘立ての黒い傘が目に入りました。
柄のゴムが、手のかたちに少しへこんでいます。
父のものにしては、新しすぎる気がしました。
その晩、私は仏間で、母の電話帳をめくりました。
表紙のビニールが、飴色に焼けていました。
指で押すと、ぱりぱりと音を立てます。
知った名前ばかりが並んでいます。
隣の畳屋。かかりつけの内科。私の東京の番号。
私の番号の横には、何も書き足されていませんでした。
最後のページに、一つだけ、私の知らない名前がありました。
陽介、とだけ書いてありました。
鉛筆で薄く書いて、上からボールペンでなぞってあります。
一度、消すつもりだったのかもしれません。
姓はありません。
番号の横に、小さく「十時」と書き足されていました。
母の字でした。
私は、そのページを開いたまま、長いこと眺めていました。
十時の電話の相手は、この人なのだろうか。
そう思っても、確かめる手立てはありませんでした。
朝の五時に起きる子
翌朝の十時に、また電話が鳴りました。
私は、迷わず受話器を取りました。
「これから、仕事に行ってくるよ」
気づけば、私は自然に答えていました。
「うん。気をつけてね」
自分の声が、少し母に似ていた気がしました。
喉の奥で、聞き覚えのある調子が鳴ったのです。
その日は、それだけで電話が切れました。
私は受話器を置いて、台所で湯を沸かしました。
薬缶の口から出る湯気を、ぼんやり見ていました。
母が旅立った日から、涙は一度も出ていません。
葬儀の日も、骨を拾う日も、目は乾いたままでした。
薄情なのだろうと、自分では思っていました。
出るべきところで、出なかったのです。
その日の夜も、電話は鳴りました。
男は、昔話を続けました。
その晩は、「あの時は」という言い方を、何度も繰り返しました。
あの時は本当に助かった。
あの時は、行くところがなかった。
あの時は、ごはんを食べていなかった。
私は、その「あの時」がいつのことか、まるでわかりませんでした。
わからないまま、うん、うん、と返していました。
それでも男は、満足そうでした。
私は、相槌を打ちながら、途中で眠ってしまいました。
受話器を持ったまま、電話台にもたれて眠っていたのです。
目が覚めたのは、明け方でした。
受話器からは、もう何も聞こえませんでした。
耳に当てたままだった側の頬に、コードの跡がついていました。
土曜の朝、男は真っ先に謝りました。
「昨日、長く話しすぎた。ごめん」
私は、いいよ、とだけ言いました。
その日の話で、男の思い出話は、どうやら終わったようでした。
高校を出てからのこと。
勤め先を三度変えたこと。
一度、東京へ出て、半年で戻ってきたこと。
戻ってきた日に、まっすぐ風呂屋へ行ったこと。
荷物を駅のロッカーに預けて、湯銭だけ握って行ったこと。
その日には、もう風呂屋がなかったこと。
話し終えると、男は少し黙りました。
受話器の向こうで、風の音がしていました。
公衆電話からかけているのだと、そのとき気づきました。
硬貨の落ちる音が、話の合間に何度か混じっていました。
携帯を持っていないのか、番号を知られたくないのか。
どちらにしても、この人は、この家の番号だけを覚えているのだと思いました。
それから、いつもより丁寧に言いました。
「じゃあ、またね」
電話は、それきり鳴りませんでした。
日曜の夜も、月曜の朝も、鳴りませんでした。
私は、寂しくなりました。
自分でも、それが不思議でした。
留守番電話の赤い光
月曜の昼、買い出しから戻ると、電話台の赤い光が点滅していました。
留守番電話でした。
再生すると、あの男の声がしました。
声の調子が、これまでと違っていました。
「母さん。じゃなくて、ごめんなさい」
男は、はじめから知っていたと言いました。
声が違うことも、母がもういないことも。
節子さんの葬式は、遠くから見ていたのだと言いました。
「香典、出せる身分じゃなかったから、通りから見てた」
「でも、線香の匂いがしたから、それでいいと思った」
「でも、話してるうちに、母さんが戻ってきたみたいで、楽しかった」
テープの中で、男は一度、鼻をすすりました。
「でも昨日、気づいたんだ。俺、ずっと誰かに頼って生きてた」
「これからは、一人でやっていく」
「くだらない話に付き合ってくれて、ありがとうございました」
録音は、そこで切れました。
私は、電話台の前に座ったまま、何度もそれを聞き返しました。
二度目に聞いたとき、男の声の後ろで、鳥の声がしているのに気づきました。
朝の早い時間に、外からかけていたのです。
四度目に聞いたとき、私は再生を止めました。
これ以上聞けば、消せなくなると思ったからです。
結局、消さないまま、いまも残してあります。
三度目に聞いたとき、受話器を置く場所に、しずくが落ちました。
母が旅立ってから、はじめて出た涙でした。
それから私は、上着を着て、家を出ました。
松の湯は、もうありません。
建物は、砂利敷きの駐車場になっていました。
煙突の土台だけが、四角く残っています。
白線が引かれ、三台ぶんの区画になっていました。
ちょうど、脱衣所のあったあたりです。
私はその上に手を置きました。
苔が生えて、指の腹がざらつきました。
煙突の高さは、子どもの私の物差しでした。
どこで遊んでいても、あれを探せば家の方角がわかったのです。
石は、思ったより冷たくありませんでした。
元の主人の安西さんは、隣の町で健在だと聞いていました。
私は、そのまま歩いて会いに行きました。
十時の電話の相手
安西さんは、私の顔を見るなり、節子さんの息子さんか、と言いました。
番台に置いてあった丸椅子が、いまも玄関の三和土にありました。
座面の布が、真ん中だけ黒くすり減っています。
母が二十年、そこに座っていた跡でした。
私は、陽介という名前を出しました。
安西さんは、ああ、と短く息を吐きました。
「あの子な。母親が出ていって、父親が長いこと寝たきりでな」
中学のころ、湯銭を握りしめて、いつも閉店間際に来たそうです。
「終いの客なら、湯がぬるくても文句を言われんでな」
安西さんは、当時の湯の落とし方を、手つきで真似てみせました。
「節子さんは、あの子が上がるまで、栓を抜かんかった」
母は、四十三番の下足札を空けて待っていました。
湯から上がると、番台の横で宿題をさせたと言います。
「節子さんは、あの子に、勉強を教えとったよ」
高校の願書も、母が書き方を教えたそうです。
「学校の先生より、よっぽど細かかった」
願書を出しに行く朝、母は握り飯を二つ持たせたそうです。
「片方は昼の分、片方は帰りの分だと言うてな」
私は、自分の高校の願書を思い出そうとしました。
けれど、誰と出しに行ったのか、思い出せませんでした。
安西さんは、そう言って笑いました。
それから、少し言いにくそうにしました。
「あの子が高校に上がった年に、風呂場に傘を忘れてったことがあってな」
黒い折りたたみ傘だったと言います。
私は、玄関の傘立てを思い浮かべました。
柄のゴムの、あのへこみを思い浮かべました。
「節子さんは、それを返さんかった」
「返さずに置いておけば、また来るから。節子さんは、そう言っていました」
安西さんは、湯呑みを両手で包みました。
「風呂屋を畳んだあともな、あの子は電話しとった」
「毎晩、十時になると」
私は、十時の電話のことを訊きました。
どうしてそんなに長くなるのか、と。
安西さんは、湯呑みを置いて言いました。
「節子さんはな、あの子の電話代を気にしとった」
「一度切って、こっちからかけ直しとったんだよ」
十円玉が落ちる音を、母は毎晩聞いていたのでしょう。
だから、切ったのだと思います。
話を止めるためではなく、続けさせるために。
だから、あの音だったのです。
私は、湯呑みに伸ばしかけた手を、止めました。
十時。
電話帳の隅に、母が書き足していた、あの二文字です。
「風呂屋の閉まる時刻だからな」
「番台に座っとった時間に、家で電話を取っとったんだよ」
私は、しばらく何も言えませんでした。
母は、私に話し中の音を返しながら、誰かの母をしていました。
そのことを、責める気にはなれませんでした。
私には、東京がありました。
帰る家も、まだありました。
あの子には、あの電話しか、なかったのです。
母が私に黙っていたわけも、わかる気がしました。
言えば、私が順番を数えると思ったのでしょう。
母は、順番をつけたくなかったのだと思います。
それに、私はもう、かけていませんでした。
十九年、一度も。
私が東京からかけていた時刻は、母が、あの子の電話を受けていた時刻でした。
コードのねじれた受話器
家に戻ると、雁木の下は、もう暗くなっていました。
軒の切れ目から、雪の匂いのする風が入ってきます。
私は玄関の傘立てから、黒い傘を抜きました。
柄のゴムのへこみに、自分の指を当ててみました。
私の指より、少しだけ細い跡でした。
傘は、開かずに、そのまま傘立てへ戻しました。
開けば、雨の日の匂いがする気がしました。
その匂いは、私のものではありません。
その夜、私は解約の書類を、封筒に入れたまま鞄にしまいました。
電話は、もう少し置いておくことにしました。
十時になると、私は電話台の前に座りました。
受話器のコードは、相変わらず右へねじれています。
母が右手で受話器を取り、左手で何か書いていたからでしょう。
電話は、鳴りませんでした。
鳴らないことが、あの子の返事なのだと思いました。
十時の電話は、もう私のものでも、あの子のものでもありません。
一人でやっていくと言ったのですから、それでいいのです。
私は立ち上がって、台所の湯呑みを一つ、棚へ戻しました。
棚の奥には、まだ紙箱に入ったままの湯呑みが一つありました。
客用ではなく、誰かのために買って、渡せずにいたもののようでした。
残った一つに、湯を注ぎました。
糸底の欠けたところに、指が自然に掛かりました。
母は、この欠けを避けずに持っていたのだと思いました。
湯気の向こうで、電話台の赤い光が、静かに消えていました。