線路の向こうで二本の指が上がる
駅そばの窓に立って三年。五時五分になると、店長は誰も頼まない月見を一杯作り、下りが出たあとに伸びたまま食べる。閉店の朝、私はその丼を持って跨線橋を渡り、二番ホー…
駅そばの窓に立って三年。五時五分になると、店長は誰も頼まない月見を一杯作り、下りが出たあとに伸びたまま食べる。閉店の朝、私はその丼を持って跨線橋を渡り、二番ホー…
雨の日、片方の肩ベルトが切れたランドセルを抱えた男の子が、父の小さな店に立っていた。ランドセルの修理の代金を、父は一度も受け取らない。ただ甘いだけの人だと思って…
単身赴任で娘と離れ、毎晩ビデオ通話をしていた父親。娘は毎晩「あしたかえってくる?」と聞き続けました。壁に増えていく棒人間の絵と、帰宅した夜に娘が口にした「パパの…
「なつき、宿題したか」それだけしか言えない不器用な父が、担任の言葉で初めて知った。娘は毎朝、父の安全帯にそっと息を吹きかけていた。転ばないように、と。…
新潟の式場で流れた、亡き母のビデオレター。鉄筋工の父へ宛てた最後の五行に、二百人の会場が音をなくしました。半年後、画面が三度だけ下がる理由と、箱に書かれたひらが…
県外の大学へ進む私に猛反対した父は、実は病気を隠していました。父と歩くはずのバージンロードを思いながら、反抗した日々、届いたメールの一文、車道側に立つ父の癖が繋…
新婦の父が抱えてきた一本のビデオテープには、二十五年前の母の声が残っていた。式場の調整室で試写の音を聞いた私は、最後の十秒だけ音を絞ってほしいと頼まれる。試写の…
国道沿いのファミレスで、毎月第三土曜日に会う父と娘。父の袖口には、午後四時五十分で止まった腕時計があった。新しいお父さんの話を終えた娘が、店員の私に借りたのは、…
秋田・大館の曲げわっぱ工房で、妻は樺縫いの最後のひと針だけを、毎晩かならず翌朝へ残していました。妻を失った冬、四つになる娘の一言と、老いた職人の静かな証言が、そ…
妻の連れ子だった娘を、鬼瓦を彫る職人の私は十二年かけて育てました。血の繋がらない父娘に向けられた世間の冷たい目、そして結婚式で娘が静かに明かした「鬼の裏に彫られ…
四つになった娘が、ある日ぱったり泣かなくなりました。ばあばと約束したのだと言います。提灯屋の父が祭りの夜にようやく知った、枕元の小さな灯りの意味。湖北の雪深い宿…
蛍は亡くなった人の魂だと信じて育った娘と、言葉の少ない川漁師の父の物語。父が繕い続けた竹の火籠と、初盆の夜に籠へとまった一匹の蛍が、ついに交わせなかった親子の想…
二歳で母を亡くし、声も顔も知らずに育った娘。その結婚披露宴で、父が二十五年間ひそかに守り続けた一本のテープを再生します。初めて聞く母の声と子守唄に会場が涙した感…