同じ皿が二つ並んだ洋食屋
新潟の燕で十五の春から洋食器を磨いていた僕は、街の洋食屋の品書きが一文字も読めませんでした。恥をかいてうつむいた僕の隣で、慎一が同じ注文をしてくれた日のこと。二…
新潟の燕で十五の春から洋食器を磨いていた僕は、街の洋食屋の品書きが一文字も読めませんでした。恥をかいてうつむいた僕の隣で、慎一が同じ注文をしてくれた日のこと。二…
静岡・浜松でピアノの響板を作る工場で出会った妻は、生まれたときから音を知らないろう者でした。西日の部屋で背後からそっと告げた、聞こえるはずのない言葉。それでも妻…
群馬の桐生でのこぎり屋根の工場を壊す解体屋になった十七歳の私に、母が誕生日に贈った一本の単焦点レンズ。写真機店の古い帳面と、玄関で毎日拭かれていたサンダルの底が…
長野の諏訪で寒天を作る家に、雪の朝、こはくという猫が生まれました。嫁いだ私を、こはくは毎日夕方になると玄関で待っていたそうです。三和土に揃えて置かれていた古いス…
秋田の角館で樺細工の見習いをしている俺を、認知症のばあちゃんは毎朝、郵便屋だと思って丁寧に頭を下げます。座布団の下の小さな箱と、幼い日に送った一枚の絵はがき、そ…
富山・高岡の銅器着色師だった父は、給料日の晩だけ湯呑みに酒を注ぎ、それを飲まずに置く人でした。結婚の報告に帰った日、ぶっきらぼうに差し出された通帳の入金欄は、十…
福井の越前和紙を漉く家の話です。祖父が倒れた雪の夜、高校二年の僕は祖母をお手洗いへ連れて行き、礼にと三千円を差し出されて断りました。その三千円が、祖母が一年に一…
三重・尾鷲の港町にある椅子六脚の定食屋つばめ食堂。七十八歳のおかみさんは、だし巻きを焼くとき一巻き目だけ菜箸を右から左へ持ち替えます。半世紀のあいだ誰にも教えな…
初めての給料で両親を食事に招いた、新米保育士の私。藍染職人の父は終始不機嫌で、二十年の苦労は晩飯一回で帳消しにはならないと言い放ちました。盃を支える青く染まった…
五歳の夏、海辺の小さな町で自転車屋を営む父が、ひとりで大切に育ててきた娘の七海が、何の前ぶれもなく逝きました。父が冬じゅうかけて組み直した赤い自転車、四百二十円…
讃岐の手袋の町で、写真機を買えない母が革の端切れに子の姿を縫い続けた泣ける話です。小学四年の春に私はその束を引き裂き、母は一晩かけて綴じ直しました。ただ一枚だけ…
半年家を空ける岩手の南部杜氏の父と、そのたびに父の顔を忘れてしまう娘の泣ける話です。蔵へ持って出た柄杓の柄に刻まれた十八の刻みと、いちばん上の一本だけがなぜ深い…
鹿児島の甲突川ぞいで錫器を打っていた父と、二十年会わなかった息子の泣ける話。工房の作業台に残された小さな湯呑みと、桐箱に眠る十九個が語るのは、いちばん深いへこみ…