父の色褪せた半纏
色褪せて擦り切れた父の半纏が、子供の頃の私には恥ずかしくてたまらなかった。昭和の下町、寡黙な提灯職人だった父と息子の物語。その裏地に隠されていた、先立った母の縫…
色褪せて擦り切れた父の半纏が、子供の頃の私には恥ずかしくてたまらなかった。昭和の下町、寡黙な提灯職人だった父と息子の物語。その裏地に隠されていた、先立った母の縫…
戦後すぐの山あいの貧しい村で病弱だった私の脇に、恩師の体温計を毎日挟みに来てくれた矢島先生。四十年後、記憶を失い私を忘れた先生に、私は同じ体温計で五分の検温を続…
転任前日に音楽の先生がくれた一枚の五線紙を、わたしは読まないまま忘れた。五十三歳のある日、母が熊本の実家を片付けて送ってきた文具箱の底から、その紙が出てきた。万…
昭和の終わり、北関東の城下町で三代続いた床屋を継いだ続かない俺。大叔父である先代から受け継いだ親方の革砥と、三十年分の常連カルテだけを頼りに刃を握る。嵐の朝、シ…
昭和六十年の米沢、紅花染めの白猫を私はいつも追い払っていた。寡黙な親方が四十年誰にも告げず欠けた茶碗で養い続けてきた本当の理由は、空襲で失った五歳の妹『文子』へ…
三重県四日市市の駄菓子屋『八重屋』を四十年営んできた私が、店を畳む夕方に出会ったのは、四十年前に消えた幼馴染の拓ちゃんだった。ラムネ瓶のビー玉に込めた五歳の約束…
平成元年の秋、十八で家業の大工を継いだ私が拾った仔犬シゲは、父の道具袋の上で十七年を静かに眠り続けた。私の出産入院中に旅立った愛犬の傍らで見つけた、不器用な父が…
介護福祉士の主任として、よその家のお母ちゃんばかり何百人と看取ってきた私が、亡き母の鏡台で見つけた桐の文箱と二十九通の便箋。それはすべて、面会に来られない娘を庇…
上田の在所から届いた一通の手紙。三十五年ぶりに訪ねた中学校の恩師が、桐の箱から取り出した一枚の短冊。墨と万年筆と鉛筆で書き足された、教え子の人生を読み続けた一行…
祖父の遺品整理で見つけた、手描きの紙芝居三十七枚。最後の一枚だけが未完で、そこに描かれていたのは白衣を着て顕微鏡を覗く私自身の姿だった——茨城の里山と平成初期の…
認知症で僕の名前を忘れた祖母。それでも深夜のAMラジオから僕の声が流れた瞬間、彼女は『ホタくん、また喋ってる』と呟いた──真空管ラジオが繋いだ最後の言葉を綴る、…
新聞配達25年、誰にも見られない仕事だと思っていた。亡き妻が毎朝海岸で原付の音を聴き、一日一個の貝殻を拾い続けていたことを、漬物樽の中に残された四千の貝殻と犬へ…
群馬から東京に出た私が、若年性パーキンソン病になった兄から呼ばれて蔵を訪ねた。そこで見つけたのは、兄が何年もかけて描き続けた未完成の星座絵本『リョウカの星』だっ…
山形・庄内の訪問理容師として働く私が、九十歳の師匠の最期に頼まれた一度きりの散髪。雪の朝、震える鋏が結んだ六十年越しの師弟の絆を描く実話短編。泣ける話・感動の物…
亡き母が食堂で15年間綴り続けた『お客さんノート』には、常連客の好物や家族の話が几帳面に記されていた。最後の一冊の表紙の裏に、私の名前があった――母の静かな愛情…