最高に幸せなこと

港町の商店街の、いちばん外れ。

少し歩けば防波堤が見えて、風の向きによっては潮の匂いが届くその場所に、つばめ食堂という小さな定食屋があります。

私は大学二年の春から、その店で皿洗いと給仕の手伝いをさせてもらっています。

はじめは、家から近いという、ただそれだけの理由で選んだアルバイトでした。

面接の日、私は緊張して声が裏返ってしまったのですが、おかみさんはそれを見て、ふふっと笑ってくれました。

「そんなに固くならんでええよ。うちは、来てくれる人みんな家族みたいなもんやから」

今では、この店で過ごす時間が、私の一週間でいちばん好きな時間になっています。

本当のことを言うと、私がこの店に惹かれた理由は、もうひとつありました。

私を育ててくれた祖母も、昔、小さな惣菜屋をやっていたのです。

幼い頃の私は、その店の隅で、祖母が煮物を炊くのをいつまでも眺めていました。

「美味しいって言うてもらえると、疲れがぜんぶ吹き飛ぶんよ」

祖母はよく、そう言って笑っていました。

その祖母が亡くなってから、私はずっと、台所の湯気のあたたかさを、どこかで探していた気がします。

つばめ食堂の暖簾をくぐったとき、なつかしい匂いがして、胸がぎゅっとなったのを覚えています。

暖簾を守っているのは、みんなから「おかみさん」と呼ばれている、七十八歳の女性です。

旦那さんを早くに亡くしてから、半世紀近くも、この店をたった一人で続けてきた人でした。

厨房に立つのはおかみさん、表で注文を取るのは私。たったそれだけの、椅子が六脚しかない店です。

常連さんは、近くの市場で働く人や、朝の漁から帰ってきた人ばかりでした。

みんな日に焼けていて、声が大きくて、けれどおかみさんの前では、どこか子どものような顔になります。

「おかみさん、今日も生きとったか」と笑う漁師の正一さんに、「あんたよりは長生きするわ」と返すおかみさんが、私は好きでした。

正一さんは、毎朝かならず焼き魚定食を頼んで、最後にだし巻きを一切れ追加で注文します。

「これを食わな、一日が始まらんのや」

その一言を聞くたびに、私はこの店のだし巻きが、誰かの一日をそっと支えているのだと感じていました。

いつだったか、なぜ一人で店を続けているのですか、と尋ねたことがあります。

おかみさんは、少しだけ遠い目をしてから、こう答えました。

「うちの人がな、最後に食べたのも、この店のだし巻きやったんよ」

「あの人が好きやった味を、こうして誰かが喜んでくれるうちは、まだ続けたいんよ」

その言葉を聞いてから、私はこの店の一皿一皿が、ただの料理ではないのだと知りました。

そこには、誰かを思う気持ちが、静かに溶け込んでいるのです。

この一年で、おかみさんの手のふるえが、少しずつひどくなってきました。

包丁を握る指先が小刻みに揺れて、見ているこちらが思わず手を出したくなることが増えました。

それでもおかみさんは、弱音を一度も口にしませんでした。

ある日のことです。仕込みの途中で、おかみさんが菜箸を置いて、ふいに私にこう言いました。

「だし巻きだけは、これからあんたに任せるわ」

つばめ食堂のだし巻き卵は、この店の看板料理のひとつでした。

ふんわりとして、噛むとだしがじゅわっとあふれる、おかみさんが何十年も焼き続けてきた味です。

それを「任せる」と言われたとき、私は飛び上がりそうなほど嬉しくて、同時に足がすくむほど怖かったのを覚えています。

嬉しかったのは、信じてもらえたから。

怖かったのは、その味を、私が崩してしまうかもしれないと思ったからです。

それは、おかみさんと旦那さんの思い出を預かることでもあったからです。

それから私は、開店前の、まだ誰もいない厨房で、何度もだし巻きを焼く練習をしました。

火加減を少し間違えるだけで、卵はすぐに固くなったり、だしが流れ出してしまったりします。

最初の頃は、巻きすの上でぼろぼろに崩れた卵を見て、こっそり落ち込んだりもしました。

ある朝などは、五本続けて失敗して、情けなくて少し涙ぐんでしまいました。

「私には、向いていないのかもしれません」

思わずそう口にした私に、おかみさんは静かに首を横に振りました。

「卵焼きはな、急いだら負けや。卵の声を聞いて、待ってやり」

それから、だしの取り方も一から教えてくれました。

昆布を前の晩から水に浸しておくこと、沸かしすぎないこと、鰹を入れたらすぐに火を止めること。

「手間を惜しんだぶんだけ、味は正直に薄うなる。料理は、そういうとこ嘘つかへんのよ」

その言葉は、料理のことを言っているようで、生き方そのものを教わっている気がしました。

不思議と、それから少しずつ、だし巻きは形になっていきました。

「うん、今のは上手やった」と言ってもらえた日は、家までの帰り道が、いつもより明るく見えました。

自分の作ったものが、誰かの店の看板になる。

その重みと誇らしさを、私はこのとき初めて知った気がします。

秋の、雨上がりの夕方でした。

その日も、私はいつものように厨房でだし巻きを焼いていました。

閉店間際に、親子三人連れのお客さんが入ってきました。

若いお母さんと、品のいいおばあさんと、五歳くらいの男の子でした。

男の子は店じゅうをきょろきょろ見回して、椅子の上で落ち着かない様子でした。

定食を運んでしばらくすると、おばあさんがゆっくりと私を呼びました。

「このだし巻きを作っているのは、どなたですか」

その瞬間、私は心臓が縮みあがりました。

きっと、味が薄いとか、焼き加減が悪いとか、苦情を言われるのだと思いました。

手をぎゅっと握りしめて、震えそうになる声を必死におさえながら、私はテーブルへ向かいました。

「……作っているのは、私です」

そう答えると、お母さんとおばあさんは顔を見合わせて、それから私の顔をじっと見つめました。

その沈黙の数秒が、永遠のように長く感じられました。

ところが、お母さんが口を開いて言ったのは、思いもよらない言葉でした。

「この子、卵が大嫌いで、家ではどんなふうに作っても、絶対に食べないんです」

その隣で、男の子は黄色いだし巻きを口いっぱいに頬張っていました。

「玉子焼きも、オムレツも、茶碗蒸しも、ぜんぶ口から出してしまうのに」

「このお店のだし巻きだけは、いつも一切れ残さず食べるんです」

「美味しい、美味しいって、ほっぺを落としそうな顔をして」

おばあさんが、しわの寄った手で、小さなメモ帳とペンを差し出してきました。

「もしご迷惑でなかったら、作り方を教えていただけませんか」

「この子が、家でもこの味を食べられたらと思って」

私はとっさに、これはおかみさんに確認しないといけない、と思いました。

「少々お待ちください」と、できるだけ冷静を装って厨房に下がりました。

けれど暖簾の裏に入った途端、こらえていた涙が、ぼろぼろとあふれて止まらなくなりました。

自分の焼いたものを、こんなふうに言ってもらえる日が来るなんて、思ってもみませんでした。

正一さんが毎朝だし巻きを頼んでくれる、あの気持ちが、少しだけ分かった気がしました。

そして、惣菜屋の隅で笑っていた祖母の顔が、ふっと胸によみがえりました。

厨房に入ると、おかみさんは、もうすべてを聞いていたようでした。

「話は聞こえとったよ。教えてあげなさい」

そう言って、ふるえる手で、レシピを書いた一枚の紙を、そっと私に握らせてくれました。

いつのまにか、私が戻るより先に、用意してくれていたのです。

その紙の字も、少し揺れていました。

「ええんですか。お店の味を、教えてしまって」

そう尋ねた私に、おかみさんは穏やかに笑いました。

「味は、独り占めするもんやない。喜んでくれる人がおるなら、いくらでも分けてやり」

そして、揚げたての唐揚げを小さな経木に包んで、こう言いました。

「これも持っていき。うちのいちばんの自慢やから」

私はテーブルに戻り、レシピのメモと、湯気の立つ唐揚げを、そっと並べました。

「これは、お店からの気持ちです」

そう伝えると、男の子は満面の笑みで「ありがとう!」と言ってくれました。

お母さんもおばあさんも、唐揚げをひとつ口に運んで、目を細めました。

「まあ、この唐揚げも、すごく美味しいですね」

その言葉を聞いて、私はまた泣きそうになるのを、必死にこらえました。

男の子は帰りぎわ、扉のところでもう一度振り返って、小さな手を大きく振ってくれました。

三人が帰っていったあと、私はとうとう、厨房でわんわん泣いてしまいました。

恥ずかしいくらい、子どものように泣きました。

おかみさんは、ふるえる手で私の背中をゆっくりとさすりながら、こう言いました。

「飯屋の幸せはな、お客さんにうまいと言うてもらえること、それだけや」

「だから今のあんたは、この店でいちばんの幸せもんやで」

私が泣き止むまで、おかみさんはずっと、誰もいない店に残っていてくれました。

店の小さな窓から、橙色に染まった港の空が見えていました。

それから三週間ほど経った、ある日のことです。

あの親子が、もう一度お店に来てくれました。

男の子は私の顔を見つけると、駆け寄ってきて、得意げに言いました。

「あのね、おうちでも、たまごやき食べられるようになったよ!」

お母さんが、少し照れたように頭を下げました。

「いただいたレシピで、何度も練習したんです。最初は全然うまくいかなくて」

その言葉に、私はおかみさんと顔を見合わせて、思わず笑ってしまいました。

うまくいかなかったのは、私も同じでしたから。

「それでも、ここのお店のだし巻きがいちばん美味しいって、この子が言うんですよ」

その日、男の子はやっぱり、つばめ食堂のだし巻きを、一切れ残さず食べていきました。

翌朝、いつものように正一さんが店にやってきました。

おかみさんが前の晩のことを話すと、正一さんは焼き魚をつつきながら、ぶっきらぼうに言いました。

「そらそうやろ。うちのだし巻きが、いちばんうまいに決まっとる」

そう言って、追加のだし巻きを、いつもより一切れ多く頼んでくれました。

日に焼けた大きな手が、湯気の立つ皿を大事そうに受け取るのを見て、私はまた胸が熱くなりました。

この人たちの「うまい」に支えられて、この店は半世紀も続いてきたのだと、あらためて思いました。

あれから私は、だし巻きを焼くたびに、あの男の子の笑顔を思い出します。

誰かのために手を動かして、その人が「美味しい」と笑ってくれる。

たぶん、それ以上に幸せなことを、私はまだ知りません。

祖母が言っていた「疲れがぜんぶ吹き飛ぶ」という言葉の意味も、今はよく分かります。

おかみさんの手のふるえは、今も少しずつ進んでいます。

いつか、この店に立てなくなる日が来ることも、私はうすうす分かっています。

だからこそ私は、この味を、この温かさを、きちんと受け継ぎたいと思っています。

いつか私が、私の祖母やおかみさんのように、誰かの「美味しい」を支えられる人になれたら。

そんなささやかな願いを胸に抱きながら、私は今日もまた、湯気の立つ厨房で、そっと卵を割っています。

この小さな店も、ここに来てくれる人たちも、私は心から大好きです。

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