
布団の上で生まれた子
その子は、雪の降る朝、私の布団の上で生まれました。
高校生だった私の、電気毛布のぬくもりの上で。
母猫が産んだ五匹のうち、最後まで貰い手のつかなかった一匹でした。
小さな体に、琥珀色の縞があったので、私はその子を「こはく」と名づけました。
家で飼うと決めたとき、母は少しだけ困った顔をして、それから笑いました。
「あんたが面倒みるんだよ」
はい、と私は迷わず答えました。
五匹のうち、三匹は近所の人が、一匹は同級生がもらってくれました。
段ボール箱から一匹ずつ消えていくたび、母猫は鳴き、私も少しだけ泣きました。
最後に残ったのが、いちばん小さくて、いちばん泣き虫の、この子でした。
手のひらに乗せると、まだ目もよく見えていないのに、私の指を一生懸命に探しました。
その小さな爪の感触を、私は今でも覚えています。
※
寒天を干す家
私の家は、長野の諏訪で、寒天を作っていました。
冬になると、田んぼの跡地に長い棚を組んで、煮固めた寒天を並べます。
夜のあいだに凍らせて、昼の日差しで溶かす。
それを二週間繰り返すと、白くて軽い角寒天になるのです。
厳しい寒さと、強い日差しと、乾いた風。
その三つが揃う土地でしか作れないのだと、母はよく言っていました。
朝はまだ暗いうちから、家じゅうが天草を煮る匂いに包まれます。
磯の匂いと、湯気と、薪の煙。
私の子ども時代は、その匂いでできています。
干し場の棚は、全部で十二本ありました。
そのうち、いちばん端の一本だけは、いつも並べ方が雑でした。
割れたものや、端の欠けたものばかりが、まばらに置いてあるのです。
こはくは、決まってその棚の上で眠りました。
凍った寒天のあいだに体を丸めて、日が高くなるまで動きません。
「あの子、冷たくないのかしらね」
母はそう言って笑っていましたが、追い払ったことは一度もありませんでした。
※
いつも私を待っていた
こはくは、私のあとをどこへでもついて来る子でした。
私が怖がりなのを知っていたのでしょうか。
お風呂に入ると、脱衣所のマットの上にちんまり座って、私が出てくるのをじっと待っていました。
湯気で曇った扉の向こうに、小さな影がいつもありました。
学校から帰ると、玄関で必ず出迎えてくれました。
きちんと前足を揃えて、お座りをして。
嫌なことがあった日は、何も言わずに、ただ隣にいてくれました。
こはくは、私の宝物でした。
※
諏訪の冬は、夜になると空気がぱきぱきと音を立てそうなほど冷えます。
そんな夜も、こはくが布団に潜り込んでくると、急に世界がやわらかくなりました。
喉を鳴らす音が、遠くの湖の氷が鳴る音に重なって聞こえました。
私はその音を子守唄に、何年も眠ってきたのです。
夏になると、こはくは縁側のいちばん風の通る場所を陣取りました。
私が守ってあげているつもりが、本当はいつも、守られていたのは私のほうでした。
受験勉強をしていた夜のことも、よく覚えています。
机に向かう私の手元に、こはくは決まってちょっかいを出しました。
シャープペンを転がし、参考書のページの上に、どっかりと寝そべるのです。
「邪魔だよ」と言いながら、私はその背中を撫でていました。
成績が思うように伸びず、机に突っ伏して泣いた夜もありました。
そんなとき、こはくは私の頬に、そっと頭を押し当ててきました。
言葉のかわりに、ぬくもりで励ましてくれているようでした。
高校の終わり頃、初めて人を好きになって、初めて失恋もしました。
布団にもぐって声をひそめて泣いていると、こはくが布団の中に入ってきました。
ぬれた私の頬を、ざらりとした舌で、何度もなめてくれました。
あの夜のこはくの体温を、私は一生忘れないと思います。
※
凍る棚のそばで
寒天の仕事は、朝が早いというより、夜が長いという感じでした。
まだ星が出ているうちに、母は長靴を履いて干し場へ出ていきます。
私も高校生の頃は、休みの日だけ手伝いました。
凍った寒天は、指で持つと、そのまま指に貼りつきます。
だから軍手を二枚重ねて、両手で挟むようにして持ち上げるのです。
息が白くて、まつ毛が凍って、頬の感覚がなくなります。
それでも、東の山から日が差した瞬間だけは、いつも手が止まりました。
三千枚の寒天がいっせいに光って、田んぼ一面が白く燃えるように見えるのです。
その光の中に、こはくがいました。
いちばん端の棚の上で、丸くなったまま、目だけを細く開けて。
「そこ、冷たくないの」
私が声をかけると、しっぽの先だけ、ぱたりと動かします。
返事のつもりだったのだと思います。
母は、離れたところから、それを見ていました。
「猫は、いちばんいい場所を知ってるんだよ」
そう言って、また手を動かし始めるのでした。
※
あの白い建物の前
こはくがいなくなってから、私はひとつだけ、どうしてもできないことがありました。
こはくが入院した病院の前を、通ることです。
実家へ帰る道の途中にあるので、少し遠回りをして避けています。
あの白い建物を見ると、最後の鳴き声が、耳の奥でよみがえるのです。
あの日、私はあの子を、知らない天井の下に置いてきてしまいました。
いちばんそばにいたかった子を、ひとりぼっちにしてしまったのです。
母にも、つらい嘘を、ずっと吐かせ続けてしまいました。
こうして書いている今も、目の奥がじんと熱くなります。
あの子は、最後の夜、何を思っていたのでしょう。
怖かったのか、それとも、私が来ると思って待っていたのか。
待つことだけが、あの子の得意なことでした。
だからきっと、待っていたのだと思います。
その想像だけは、何年経っても、上手にやり過ごせません。
※
三和土に置かれたスリッパ
二十歳を過ぎた頃、私に恋人ができました。
彼もこはくを可愛がってくれて、私はそれが何より嬉しかったのです。
付き合って二年、私たちは結婚を決め、町を離れて暮らすことになりました。
こはくを連れて行くべきか、私は何度も迷いました。
けれど慣れた家のほうが、この子は幸せだろうと、母も言いました。
だから私は、こはくを実家に置いて、家を出ました。
家を出る朝、こはくは、いつもより長く私の足にすり寄ってきました。
何かを察していたのかもしれません。
車に荷物を積み込む私を、こはくは私の部屋の窓辺からじっと見ていました。
ガラス越しの、その小さなシルエットを、私はわざと見ないようにしました。
見てしまったら、決心が鈍ってしまいそうだったからです。
車が角を曲がるまで、こはくはずっと、同じ場所に座っていました。
※
離れて暮らすようになってからも、私は毎日のように母に電話をしました。
こはくの様子を聞くためです。
「毎日夕方になると、玄関で待ってるよ」
母はいつも、そう言いました。
「もう帰って来ないよって教えても、ずっと、玄関で待ってるの」
その言葉を聞くたび、私の胸は締めつけられました。
私は、いちばん私を待ってくれている子を、置いてきてしまったのです。
ある週末、久しぶりに実家へ帰ったときのことです。
夕方、玄関の戸を開けると、こはくはやっぱり、そこにいました。
前足を揃えて、お座りをして。
その足元を見て、私は少しだけ不思議に思いました。
母は、夕方になると、三和土に、私の古いスリッパを揃えて置きました。
もう履き口の伸びきった、学生の頃のスリッパです。
こはくは、その上に、きちんと座っていました。
「なんで、これ出してるの」
そう聞くと、母は台所のほうを向いたまま答えました。
「その子が、そこに座りたがるから」
私はその答えを、そのまま信じていました。
※
最後の鳴き声
結婚して一年が過ぎた頃、私のお腹に新しい命が宿りました。
予定日は、寒天の仕込みが始まる、冬のはじめでした。
出産が近づいた頃、私は身体を休めるため、実家に帰っていました。
こはくは、大きくなった私のお腹に、よく頬をすり寄せてきました。
中の命に、挨拶をしているようでした。
ところが、予定日の十日ほど前から、こはくの元気がなくなりました。
ごはんを残し、日向でうずくまっている時間が増えました。
近所の動物病院へ連れて行くと、この薬を飲んでいれば大丈夫、と言われました。
けれど薬を飲ませても、こはくは日に日に弱っていきました。
二日経っても、三日経っても、良くなる気配がありません。
私は別の病院へ、こはくを連れて行きました。
レントゲンを撮った先生は、画像を指さして、静かに言いました。
「お腹の中に、膿が大量にたまっています」
そのまま、即入院ということになりました。
私が帰ろうとすると、こはくが鳴きました。
これまで、別れ際に鳴くことなど一度もなかったのに。
「なんで置いていくの」
「私も帰る」
そう言っているような、精いっぱいの声でした。
それが、私が聞いたこはくの、最後の声になりました。
病院の駐車場で、私はしばらく車を出せませんでした。
ハンドルに額をつけて、あの鳴き声を、何度も思い返していました。
フロントガラスの向こうで、街灯がにじんで見えました。
※
同じ夜を越えて
その夜中、突然、陣痛が来ました。
予定よりも、ずいぶん早い夜でした。
母に病院へ連れて行ってもらいましたが、赤ちゃんはなかなか出てきてくれません。
夜が明け、昼を過ぎ、夕方になって、ようやく女の子が生まれました。
小さな、けれど力いっぱい泣く子でした。
痛みの合間に、私はなぜか、こはくが布団に潜り込んできた夜のことを思い出していました。
あのぬくもりに、もう一度だけ触れたいと、強く願いました。
出産の翌朝、私は不思議な夢を見ました。
元気だった頃のこはくが、私のそばで、ころころと転がって遊んでいる夢でした。
あんなに穏やかなこはくの姿を見たのは、久しぶりでした。
後にも先にも、こはくの夢を見たのは、その一度きりです。
目を覚ました私は、なぜか確信していました。
きっとこはくは、大丈夫なんだ、と。
その日、見舞いに来た母にこはくの容態を聞くと、母は少しだけ、返事を濁しました。
「まだ、どうなるか分からないけど……こはくも、頑張ってるよ」
私はその言葉を、信じることにしました。
※
何日かして、私は娘を連れて退院しました。
赤ちゃんのいる暮らしは、嵐のように慌ただしく過ぎていきました。
ある日、母が、思いつめた顔で私の前に座りました。
「言わなきゃいけないことが、あるんだよ」
その声で、私は何かを察しました。
実家へ帰ると、こはくは、私の部屋の窓辺に寝かされていました。
あの朝、車を見送った、あの場所です。
本当に、ただ眠っているようにしか見えませんでした。
けれど抱き上げると、その体は、固く、冷たくなっていました。
母は、私があの夢を見た朝に、病院から電話が来たのだと教えてくれました。
私が「こはくは大丈夫だ」と思っていた、まさにその朝でした。
こはくは、私が娘を産んだのと同じ夜を越えて、ひとりで逝ったのです。
※
母が答えなかった理由
その晩、母は台所で、私に背を向けたまま話しました。
電話が鳴ったのは、朝の六時前だったそうです。
その時間、母は干し場にいました。
凍った寒天を、日が差す前にひっくり返さなければならない時間帯です。
棚は十二本、全部で三千枚近くあります。
手を止めれば、その日の分が全部だめになる。
母は、家の中で鳴っている電話の音を、外で聞いていました。
「行けなかったんだよ」
母は、そう言いました。
「あの子の最後に、間に合わなかった」
私は、何も言えませんでした。
母を責める気持ちなど、少しも湧いてきませんでした。
ただ、母がその朝から今日まで、そのことを一人で抱えていたのだと思うと、息が詰まりました。
母は、まな板を拭きながら、続けました。
「あの端の棚な。割れたのを並べるって言ってたけど、あれ、わざと空けてたんだよ」
「あそこなら、あの子が寝ても、誰も怒らんでしょう」
十二年ぶん、母は毎年、一本だけ棚を空けていたのです。
※
玄関で待っていたのは
その次の朝、私は玄関の三和土を見ました。
私の古いスリッパが、まだそこに揃えて置いてありました。
こはくはもういないのに、置いたままになっていたのです。
私は、ようやく分かりました。
玄関で待っていたのは、こはくだけではありませんでした。
母は、こはくと一緒に、私を待っていたのです。
帰っておいでとは、母は一度も言いませんでした。
その代わりに、毎日、私の履き物を出していたのです。
猫が座りたがるから、という言い方で。
「毎日、玄関で待ってるよ」という電話の言葉は、こはくのことであり、母自身のことでもありました。
私は、いちばん近くにいた人の気持ちに、いちばん長く気づけませんでした。
家族の毎日の習慣に、ずっと後になって気づく話としては、父より一歩先を歩いた山守の犬も、私には他人の話に思えません。
親が子のために、何も言わずに続けていたことという意味では、七海の赤い自転車も、あわせて読んでいただけたら嬉しいです。
※
ねこ、いるよ
あれから二年が経ちました。
娘は、よちよちと歩き、たくさんの言葉を覚えました。
私に似て、猫が大好きな子です。
道で猫を見かけると、立ち止まって、いつまでも見送っています。
つい先日、実家に帰ったときのことです。
娘が突然、何もない廊下の隅を指さして、はっきりとこう言いました。
「ねこ、いるよ」
私は、思わずその場に立ち尽くしました。
その廊下の先が、玄関でした。
そして三和土には、今も、私の古いスリッパが揃えて置いてあります。
母は、こはくがいなくなってからも、それをやめませんでした。
理由は聞いていません。
聞かなくても、もう分かるからです。
偶然かもしれません。
幼い子の、ただの空想かもしれません。
それでも私は、こはくだったらいいな、と思うのです。
それから何日かして、娘がまた、同じ場所に手を伸ばしました。
まるで、何かをそっと撫でているような仕草でした。
「ねこ、なでなで」
娘は嬉しそうに、誰もいない空間に笑いかけていました。
私はその後ろ姿を見ながら、声を出さずに泣きました。
娘の名前には、こはくの「こ」の音を、こっそり忍ばせました。
誰にも言っていない、私だけの小さな約束です。
※
こはくへ
助けられなかった、という言葉が、何年経っても胸の底に沈んでいます。
あのとき、どうしていれば、こはくは助かったのだろう。
その問いだけが、いつまでも頭から離れません。
それでも、こはくと過ごした日々を、私は一度も後悔したことはありません。
あの子がくれたぬくもりが、今の私を、確かに支えてくれているからです。
今年の冬も、実家の干し場には、十二本の棚が組まれます。
母は、今も、いちばん端の一本だけ、雑に並べます。
「癖だよ」と言って笑います。
私は、その棚の前に立って、少しのあいだ、風の音を聞くようにしています。
こはくへ。
あなたに会えて、私は、すごくすごく幸せでした。
あなたは、幸せだったかな。
いつも玄関で、待たせてばかりでごめんね。
最後の最後に、ひとりにしてしまって、ごめんね。
きっと向こうでも、また待たせてしまうね。
だからどうか、もう少しだけ、待っていてください。
私のところに来てくれて、本当にありがとう。
大好きだよ。
いつか夢でも、おばけでもいいから、もう一度だけ会いに来てね。