優しい味のおにぎり

公開日: 友情 | 悲しい話

アパート

もう20年以上前のことです。古びたアパートでの一人暮らしの日々。

安月給ではあったが、なんとか生計を立てていました。隣の部屋には50代のお父さんと、小学2年生の女の子、陽子ちゃんが暮らしていました。

お父さんとは挨拶を交わす程度でしたが、陽子ちゃんとは洗濯場でよく会い、話す機会が多かったのです。

ある夕方、彼女と話していると、私のお腹が「グー」と鳴りました。陽子ちゃんは「お兄ちゃん、お腹空いてるの?」と心配そうに。

「まあね」と答えると、彼女は「ちょっと待ってて」と言って部屋に入り、しばらくして形のいびつなおにぎりを持ってきてくれました。味は無いけれど、彼女の優しさが心に沁みました。

その後、彼女との出会いは途絶えました。どうしたのかな、と思う程度でしたが、心の隅で気になっていました。

ある日、帰宅すると救急車が止まっていました。大家さんに聞くと、「無理心中だよ」とのこと。

救急隊が担架を運び出してきました。小さな身体が毛布に覆われていました。まさか、陽子ちゃん?

後になって知ったのですが、お父さんは病気がちで、ガスも水道も止められていたそうです。電気も止められ、市役所の職員が事情を聞きにきたときに事件が発覚しました。

「あれ?お兄ちゃん、お腹空いてるの?」彼女の言葉が脳裏に浮かびます。あの時、彼女はすでに食べ物がなかったのでしょうか。

食べるものがないのに、私におにぎりを作ってくれたのです。小さな手で一生懸命に。

涙が溢れました。やるせない気持ちでいっぱいになりました。

その後すぐ引っ越しましたが、今でもあのアパートの近くを通ると、彼女のことを思い出します。

関連記事

手話(フリーイラスト素材)

手話の先生

小学生の頃、難聴の子がクラスに居た。 補聴器を付ければ普通学級でも問題無い程度の難聴の子だった。 彼女はめちゃくちゃ内気で、イジメられこそしていなかったけど、友達は居なかっ…

学校の机(フリー写真)

君が居なかったら

僕は小さい頃に両親に捨てられ、色々な所を転々として生きてきました。 小さい頃には「施設の子」とか「いつも同じ服を着た乞食」などと言われました。 偶に同級生の子と遊んでいて、…

ベトナムの夕日(フリー写真)

あの子は僕の友達なんです

ベトナムの村にある宣教師たちの運営する孤児院が、爆撃を受けてしまいました。 宣教師達と二人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。 重傷になった者達の中でも、8才の…

運動会(フリー写真)

素敵なお弁当

小学校高学年の時、優等生だった。 勉強もスポーツもできたし、児童会とか何かの代表はいつも役が回って来た。 確かに、良く言えば利発な子供だったと思う。 もう一人のできる…

手を握る(フリー写真)

仲直り

金持ちで顔もまあまあ。 何より明るくて突っ込みが上手く、ボケた方が 「俺、笑いの才能あるんじゃね」 と勘違いするほど(笑)。 彼の周りには常に笑いが絶えなかった…

広島平和記念碑 原爆ドーム(フリー写真)

忘れてはならない

今日が何の日かご存知であろうか。知識としての説明は必要ないだろう。 だが一歩その先へ。それが、自分の経験であったかもしれないことを想像して頂きたい。 向こう70年、草木も生…

花

災害の中での大きな力

宮城県民の私は、朝からスーパーに並んでいました。 私の前にいたのは、母親と泣きべそをかいている子供。 その子供は、壊れたニンテンドーDSを大事に持っていました。画面には亀…

手を取り合う友(フリー写真)

友達からの救いのメール

僕の友達が事故で亡くなった。 本当に突然のことで何が何だか解らず、涙など出ませんでした。 葬式にはクラスのみんなや友達が沢山来ていました。 友達は遺影の中で笑っていま…

桜

再会と再出発

3年前、私は桜が開花し始める頃に自殺を考えていました。失恋、借金、会社の倒産と様々な問題が重なり、絶望していたのです。両親とも絶縁状態で、孤独を感じていました。 最後に何か美味…

手をつなぐカップル(フリー写真)

未来への遺言

私の初恋の人、かつての彼氏がこの世を去りました。 若さゆえに我儘を尽くし、悔いが残る行為ばかりでした。 ある日、突如として「別れて欲しい」と告げられ、私は意地を張って「い…