あの日の下り坂

公開日: ちょっと切ない話 | 友情

海

夏休みのある日、友達と「自転車でどこまで行けるか」を試すために小旅行に出かけた。地図も計画もお金も持たず、ただひたすら国道を進んでいった。

途中に大きな下り坂が現れ、自転車はまるで自分の意志を持つかのように勢いよく滑り落ちた。ペダルを漕がなくても、何もしなくても進む自由さ。

その瞬間は、まるで世界一早い人間になったような気分だった。汗を滝のように流しながらも、青空の下で笑い合う僕たち。

しかし、帰り道が分からなくなり、不安と恐怖が襲ってきた。いらいらして友達と喧嘩になり、涙を流した。交番で道を尋ねて、ようやく帰宅した時には夜も更けていた。

家に着くと親に叱られ、蚊に刺され、自転車も汚れてしまった。それでも翌日、僕たちはまた元気になり、その冒険は楽しい思い出として、絵日記の1ページになった。

今、大人になって電車の窓からあの下り坂を見下ろす。実際には家から電車で10駅くらいの距離だった。子供の頃に感じたほどの大きさや長さはなく、永遠のように感じたあの坂は、実はそれほどでもなかった。

でも今も、あの坂を自転車で滑り落ちる子供たちがいる。彼らもいつか大人になって思うだろう。

どれだけお金や時間を使って遊んでも、あの下り坂を下っていた時の楽しさは二度と味わえないと。友達と笑いながら滑り落ちたあの坂を、もう二度と下ることはないだろうと。

あの時のように無邪気で、無鉄砲で、楽しい時はもう二度と来ないだろうと。

関連記事

母と娘(フリー写真)

強いお母さん

母さんが亡くなってから6年経つのに、まだまだ寂しがりやの私です。 昔の携帯を見つけたの。受信箱に母さんからのメール。 「まだ帰れない?」 「鍵忘れてるよ^^」 …

妊婦さんのお腹(フリー写真)

命懸けで教えてくれた事

13年前、俺は親元を離れて一人暮らしの大学生という名のろくでなしだった。 自己愛性人格障害の父親に反発しつつも、影響をもろに受けていた。 プライドばかり高く、傲慢さを誇りと…

通帳(フリー写真)

ばあちゃんの封筒

糖尿病を患っていて、目が見えなかったばあちゃん。 一番家が近くて、よく遊びに来る私を随分可愛がってくれた。 思えば、小さい頃の記憶は、殆どばあちゃんと一緒に居た気がする(母…

花

災害の中での大きな力

宮城県民の私は、朝からスーパーに並んでいました。 私の前にいたのは、母親と泣きべそをかいている子供。 その子供は、壊れたニンテンドーDSを大事に持っていました。画面には亀…

家族の影(フリー写真)

家族の時間

俺は昔から父と仲良くしている人が理解出来なかった。 ドラマやアニメなどで父が死んで悲しむとか、そういうシチュエーションも理解出来ない。 そもそも俺は父と血が繋がっていなかっ…

民家

救いの手

3年前の夏、金融屋として働いていた私は、いつものように債務者の家を訪れました。しかし、親は姿を消し、5歳の男の子と3歳の女の子だけが残されていました。 私はまだ新米で、恐ろしい…

ハンバーグ(フリー写真)

お母さんの弁当

俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。 なので料理は基本的に父が作っていた。 でも遠足などで弁当が必要な時は、母さんが頑張って作ってくれていた。 ※ 小学六年生の…

母に渡す花(フリー写真)

お母さんの看病がしたいよ

19歳の頃、癌で入院中のお母さんに、泊り込みで付き添っていた。 その頃、私は予備校に行っていた。 お母さんが 「看護婦さんになって欲しい」 と言ったから、一つく…

女子中学生(フリー写真)

中学生の時の娘の友達

今から8年前の話です。 現在21歳になった娘ですが、中学校時代の男友達が良い人過ぎて感動しました。 娘は自閉症などの障害を持っており、小学校の時は授業で当てられても話せな…

月(フリー写真)

月に願いを

俺は今までに三度神頼みをしたことがあった。 一度目は俺が七歳で両親が離婚し、父方の祖父母に預けられていた時。 祖父母はとても厳しく、おまけに 「お前なんて生まれて来な…