ペットとの別れ

公開日: ペット | 悲しい話 |

犬(フリー写真)

レオと出会ったのは、私が3歳の時。

山奥の綺麗な川へバーベキューしに向かっていると、運転していた父が

「あそこに犬がおる!」

と言って車を停めた。

窓を開けて見てみると、薄汚れて真っ黒になっている雑種の中型犬がいた。

赤い首輪はしていたが、首輪も汚れていてフラフラ歩いており、とても飼い犬とは思えない状況だった。

父が、

「乗るか?」

と運転席のドアを開けて声をかけてみると、当時キャンピングカーのような大きな車だったにも関わらず、その犬は運転席めがけて飛び乗って来た。

そのまま犬を乗せ、その場所からさほど遠くない川原でバーベキューをすることになった。

川原に着き犬を降ろすと、そのままどこかへフラフラと行ってしまった。

「おうち帰ったんやねー」

と母が言っていて、

「寂しいねー」

と話をしていた。

その後、川で遊んだりバーベキューをしたりして数時間が経った。

片付けも終えて車に戻ると、さっきどこかに行ったはずの犬が車の下で寝ていた。

「どうしたんや? うちくるか?」

と父が聞きながら車のドアを開けると、またその犬は飛び乗って来た。

そして、そのままうちに連れて帰ることに。

帰りの車の中で、その犬は『レオ』という名前になった。

レオはとても賢かった。

うちに来てから体調が悪い時を除いて、オシッコやウンチを家の中でしたことがない。

人や犬にも吠えず、絶対噛みつかない。

散歩は、一日一回。

共働きの両親が仕事を終えた夜に車で20分程の山の中に行って、リードを付けず車から降ろして走って行くレオを車で追いかける、というような散歩をしていた。

偶にレオが帰って来なくなり、一時間程探し回っても出て来ない時があった。

仕方なく一度家に帰ると、一回も散歩をしている山まで歩いたこともなくマーキングなどもしていないのに、車から見ていた風景だけで覚えたのか、夜中に自力で家に帰って来る。

バッテラが好き。

ちくわが好き。

チーズが好き。

そんな不思議で優しいカッコイイ犬だった。

レオがうちに来てから14年程が経った頃、父が大動脈瘤破裂で緊急入院することになった。

その後も何度か手術をすることになり、術後も熱がずっと下がらず、父の入院は一年ほど続いていた。

その当時、私は高校生で、母も夜までの仕事で足腰が悪く、レオの散歩は庭か家の近くをリードを付けて歩くだけになっていた。

すると今までずっと走る散歩をしていて、年の割には元気だったレオがみるみる弱って行った。

フローリングに寝てしまうと、足が滑って立てなくなってしまう。

20センチ程の段差が飛べなくなる。

庭に出て、そのまま座り込んで戻れなくなってしまう。

尻尾がクリンと上がっていたのに、ずっと下がっている。

あれだけ家の中で粗相がなかったのに、庭まで行けなかったのか、家の中でオシッコをしてしまう。

ずっと寝ていて、起きている時間が短くなっている。

そしてレオがうちに来て14年目の夏。

相変わらず父の入院は長引いていて、私は夏休みに海外へボランティアに二週間程行くことが決まっていた。

レオはいつも母と一緒に寝ていたが、その頃には夜中に息苦しそうにしていることが多くなっていたそうだ。

家の中での粗相も増え、お留守番が多い日中に庭へ出たまま戻れなくなっていて、私が学校が終わり帰宅して発見するなど、本当に弱ってきていた。

私には姉が居るが聴覚障害があり、レオが何かあって鳴いたり吠えたりしても聞こえない。

母に何かあった時も同様で、母は夜まで仕事があり足腰も悪いため、満足に散歩ができなかった。

私が海外に行っている間、

「二人だと散歩やレオの面倒など、どうしようね?」

と母と相談していた。

金曜日に終業式があり、少し不安な夏休みになってすぐの日曜日。

夜、私は部屋に戻らず、何となくレオと寝ようかなと思った日。

でも夜に遊びに行く予定が入り、私はそのまま出掛けた。

次の日、祝日の日の朝6時、姉がいきなり部屋に入って来て私を揺すり起こし

「レオが死ぬ」

と手話で伝えてきた。

私は飛び起きてリビングへと走ると、

「ハァハァ」

と息が荒く、グッタリ横になっているレオ。

その横で泣きながら、優しく撫でている母と姉。

全く意味が解らなかった。

3歳の頃からずっと一緒に育ってきたレオ。

小さい頃は『結婚する』と思っていたレオ。

ちょっかいかけても文句も言わず、怒りもせず、優しかったレオが今日死ぬなんて、ちっとも想像していなかった。

私はレオが息苦しそうだったので、首を上げてやろうと膝枕してあげた。

するとそのまますぐ、レオは息を引き取った。

私が飛び起きて、レオと一緒に居られたのは、駆け付けて10秒程のことだった。

「レオはあんたが来るの待っててくれたんやね。

全部解ってたんやね。

あんたが海外に行ったら、お母さんと、お姉ちゃんの負担になるって。

みんな揃って見送ってもらわれへんて。

お母さん、お姉ちゃん、あんたが揃ってて、みんなが仕事や学校お休みの日で、みんなで見送れる時に逝ってくれたんやね。

レオはほんまに賢いね…。

お母さん最近、覚悟しててん。

ちゃんと見送ってあげようね」

母はそう言って、ペット霊園に電話しに行った。

私には覚悟なんて全く無かった。

3歳からずっと一緒に居て、

泣いているときは慰めてくれて、

耳の毛がふかふかで、

肉球の間が凄くレオ臭くて、

一緒にお昼寝して、

イタズラもして、

一緒に走り回っていたレオが、いきなり今日居なくなるなんて。

『弱ってきたなー』

『年取ったなー』

とは思っていたけど、まだもっと一緒に居られると思っていた。

だんだん、レオが冷たくなる。

だんだん、レオの舌が紫になる。

だんだん、レオが硬くなる。

何で昨日、一緒に寝んかったんやろ。

私が首持ち上げなかったら、もう少しでも生きられたかな。

レオは幸せやったんかな。

涙が止まらなかった。

母は父にもすぐ連絡し、父は特別に一時退院して来た。

そして家族で揃って、レオを見送った。

いつも外で元気に走っていたレオが、小さな白い壺の中に居る。

14年も一緒に居たから解ってはいたけど、受け容れられなかった。

レオに触れたくて仕方なかった。

原因不明の熱が下がらず、一年も入院が続いていた父の熱が、レオが亡くなった次の日から下がりそのまま安定し、一週間後に退院できることになった。

レオは賢いだけじゃなかった。

本当に、家族みんなのことを解ってくれていた。

一年も離れていたけど、お父さんのこともちゃんと思っていてくれたんやね。

お父さんが苦しいの、レオが全部持って行ってくれたんやね。

レオはほんまに、すごいね。

すごいね。

あれからもう6年も経った。

毎年レオの命日には、レオと出会った川へ家族で出掛けている。

レオ、見てるかな?

みんなレオのおかげで元気だよ。

あの川で出会ったの覚えてるかな?

ほんとにほんとにありがとうね。

ずっとずっと大好きだよ。

また会えるまで覚えててな?

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