寮の公衆電話に並んだ夜

津波で折れ曲がったベランダ

寮の公衆電話は、三階の廊下の突き当たりにあった。

緑色の、テレホンカードを入れる型の古い電話だ。

受話器のコードが、伸びきって、床に少し触れている。

日曜の夜には、その前に女子生徒の列ができた。

私は、その列に並んだことがほとんどなかった。

家に電話をかける用事が、なかったからだ。

用事がない、と自分に言い聞かせていた。

中学一年の秋、私は長野の山の中の学校の寮にいた。

二人部屋で、同室の子は東京の子だった。

窓を開けると、落葉松の匂いがした。

実家は、愛媛の海沿いの町だ。

電車と船とバスを乗り継いで、八時間かかる。

その距離を、私は自分で選んだ。

普通とは少し異なる家庭で育った、と私は思っていた。

幼い頃から、常に我慢を強いられてきたと思っていた。

普通であるべきだと考えていた。

兄は軽度の知的障害と発達障害を抱えていた。

母は、注意があちこちへ飛んでしまう病気だと、自分で言っていた。

私は三人兄弟の真ん中で、父も母もいて、普通の五人家族だった。

しかし、いつも何かが違っていた。

普通ならば、毎朝出勤して、夜に帰ってくるはずの両親は、常に家にいた。

「フリーランス」だと言っていた。

父は看板の文字を書き、母は近所の子どもに絵を教え、二人で農家の手伝いもした。

町の商店街の看板は、半分が父の字だった。

魚屋、金物屋、パン屋。

私は、その字の前を通るとき、少し早足になった。

友達が「あれ、あんたのお父さんの字やろ」と言うのが、嫌だった。

「自分の好きなことをやれるって、最高なんだ。」

父はよくそう言った。

私は、それを聞くたびに、少しだけ恥ずかしかった。

寮の公衆電話の前を通るたび、私はその恥ずかしさを思い出していた。

三つ選んでいいケーキ

父も母も、とても子どもっぽかった。

父は私の言うことをなんでも聞いてくれた。

一緒に映画を見て、一緒にお菓子を作った。

私を叱るとき、父は途中で悲しくなって、先に泣いてしまうことがあった。

叱られている私のほうが、父の背中を叩いてなだめた。

母はいつも忘れっぽく、不器用で、我慢が苦手だった。

授業参観の日を、母は三度忘れた。

一度目は買い物に出ていた。

二度目は日付を一週間間違えていた。

三度目は、来たけれど、教室の前で入れなくなって帰った。

人が大勢集まるところが、母は苦手だった。

教室の後ろに、私の母だけがいない。

その景色を、私は三度見た。

三度目の夜、母は台所で、私の顔を描いていた。

教室の後ろから見たかった顔だと、あとで父が教えてくれた。

兄は、高校生になっても、一桁の掛け算しかできなかった。

怒ったり、気に入らないことがあると、すぐに癇癪を起こした。

皿が割れる音を、私は何度も聞いた。

割れた皿を片付けるのは、いつも私だった。

母は、破片を見ると手が止まってしまうからだ。

何度も何度も、兄がいなければと思ったことがある。

けれど、兄は毎朝、玄関で私の給食袋を持って待っていた。

私が靴を履くまで、黙って持っていた。

「ありがとう」と言うと、兄は頷くだけだった。

それを、私は当たり前だと思っていた。

だから、私は真ん中でありながら、いつも長女のように振る舞ってきた。

自分がしっかりしなければいけないと思っていた。

迷惑をかけてはいけないと思っていた。

自分が我慢ばかりしていると思っていた。

しかし、それは違っていた。

私は、結構、構ってもらっていた。

意外と、私のことを見ていてくれた。

小学五年の冬、母と二人でケーキ屋に行った。

兄の通院に父が付き添った日で、母が「二人で出よう」と言った。

ガラスケースの前で、私はどれも美味しそうで決められなかった。

「じゃあ、三つ選んで。」

母が言った。

「三つも?」

「一緒にいっぱい食べよう。今日は、あんたの日やから。」

苺のショートと、栗のタルトと、チーズケーキ。

母は、コーヒーだけを頼んだ。

三つのケーキは、二人で分けた。

母は、フォークを一口ぶんしか入れなかった。

「お母さんは、見てるだけでええ。」

私は、それを、母が甘いものを苦手なせいだと思っていた。

母が、私が三つ食べる顔を見たかっただけだと、気づいたのはずいぶん後だ。

(母親が台所で続けた小さな習慣の話は、水曜の朝の青い弁当箱にも書かれている)

小学六年の夏、私は県外の学校を受験したいと言った。

寮のある、山の中の学校だった。

うちには、あまりお金がなかった。

それを、私は知っていた。

知っていて、言った。

父は、しばらく黙って、チラシの裏に数字を書き始めた。

母は、私の隣に座って、何も言わなかった。

数字を書き終えた父が、顔を上げた。

「行けるようにする。」

受験したいと言った夜

「無理なら、いい。」

「無理やない。方法はいくらでもある。」

私は、泣いた。

行きたい学校に行けないかもしれないと思って、泣いた。

父は、私を抱きしめた。

「一緒に考えよう。」

父の作業着は、ペンキの匂いがした。

兄が、隣の部屋から出てきた。

手に、貯金箱を持っていた。

牛の形の、陶器の貯金箱だ。

兄はそれを、食卓の上に置いた。

何も言わなかった。

掛け算はできない兄が、貯金箱の重さだけは、毎晩確かめていた。

私は、その貯金箱を受け取らなかった。

受け取れなかった。

受験の日、父が駅まで送ってくれた。

母は来なかった。

駅の人混みが、母には多すぎた。

代わりに、家の前で、見えなくなるまで手を振っていた。

バスの窓から振り返ると、母はまだ振っていた。

合格の電話が来た夜、父は台所で、看板用の筆で「合格」と書いた。

その紙は、今も実家の冷蔵庫に貼ってある。

障害のある兄がいて、サポートが大変なはずなのに、両親は高い授業料を払って、私を行きたい学校に行かせてくれた。

本屋に行きたい。

お好み焼きが食べたい。

映画を見たい。

いろんなわがままを、聞いてくれた。

それなのに、幸せなのに、私はそれに気づけなかった。

いつも周りと比べて、妬んでいた。

もっとうちにお金があれば。

もっと普通の家庭だったら。

そう思っていた。

寮に入る前の日、母は玄関の柱に、油性ペンで数字を書いた。

寮の公衆電話の番号だった。

「忘れるから、書いとく。」

私は、柱に直接書く母を見て、また少し恥ずかしくなった。

電話は、その柱のすぐ横の棚にある。

母は、書き終えた数字を、指でなぞった。

一度、二度。

「ちゃんと書けた。」

ちょっと変わった家族から、離れたかった。

大好きな家族。

愛が溢れている家族。

それなのに、自分から遠ざけた。

新しい環境に、私は希望を抱いていた。

もっと広い世界でやっていけると、自分を信じていた。

案の定、「普通」の中学生としての生活は、楽で、楽しくて、幸せだった。

朝は六時半に起きて、食堂で味噌汁を飲む。

授業を受け、部活をして、夜は自習室で勉強する。

誰も、私の兄のことを知らない。

誰も、私の母が授業参観に来られないことを知らない。

それが、楽だった。

同室の子が、家族の話をするとき、私は黙って聞いていた。

お父さんが銀行員で、お母さんが看護師で、弟がサッカーをしている。

「あんたのお父さんは?」

「会社員。」

私は、そう答えた。

看板の字を書く人だと、言えなかった。

その夜、私は布団の中で、商店街の魚屋の看板を思い出した。

太くて、少し右上がりの、父の字。

嘘をついたことより、その字を思い出したことのほうが、苦しかった。

ホームシックなんて、ほとんどならなかった。

母からは、月に二回、手紙が届いた。

便箋の余白に、いつも絵が描いてあった。

庭の柿の木。

兄が拾ってきた貝殻。

父の新しい看板。

日曜の夜の長い列

字は、行の途中で別のことに飛んでいた。

「柿が色づきました。兄ちゃんが貝殻を、そういえば洗濯機が。」

私は、その手紙を机の引き出しにしまった。

返事は、書かなかった。

日曜の夜、寮の公衆電話の前には長い列ができた。

テレホンカードを握って、女の子たちが順番を待つ。

受話器を持つと、みんな声が少し高くなる。

「お母さん?」

その言葉が、廊下の突き当たりから、何度も聞こえた。

私は、月に一度だけ並んだ。

用件を決めて、三分で切った。

「元気。」

「テストは大丈夫。」

「お金は足りてる。」

母はいつも、最後に「兄ちゃんに代わる?」と聞いた。

私は、いつも「時間がない」と答えた。

後ろに列があるのは、本当だった。

でも、三分以上話したくないのも、本当だった。

電話を切ったあと、私は自分の部屋に戻って、机の上を片付けた。

片付けることが、何かを片付けた気にさせた。

しかし、地震が起きた。

深夜だった。

いきなり揺れた。

ベッドが、ガタガタと揺れた。

気づいたら、起きていた。

朦朧としながら、強い揺れを感じた。

本棚から、辞書が一冊落ちた。

窓ガラスが、細かく鳴った。

同室の子が、私の名前を呼んだ。

揺れが治まってから、廊下に出た。

非常灯だけが点いていた。

寮母さんが、懐中電灯を持って、階段を上がってきた。

「怪我はない? 全員、廊下に出て。」

揺れている時は何も思わなかった。

なのに、廊下に立って、気づいたら泣いていた。

声をあげて、泣いていた。

怖い時に、不安な時に、愛する家族がいないことが、どれだけ辛いことか知った。

誰かのラジオが、震源地を告げた。

愛媛沖。

実家の、すぐ近くだった。

もしかすると、家族が危険かもしれない。

家族が無事か、分からない。

それが不安で仕方なかった。

寮の公衆電話の前に、列ができていた。

私は、その列の一番後ろに立った。

初めて、自分から並んだ。

前の子が、受話器を置いて、首を振った。

「つながらへん。」

次の子も、その次の子も、同じだった。

ずっと発信音だけが鳴っている、と誰かが言った。

東京の子の電話は、つながった。

大阪の子の電話も、つながった。

愛媛だけが、つながらなかった。

私の番が来た。

テレホンカードを入れる手が、震えていた。

番号を押した。

実家の番号は、覚えていた。

発信音が、鳴り続けた。

誰も出ない。

もう一度、押した。

また、発信音。

後ろの子が、「代わろうか」と言った。

私は、受話器を置いた。

置いてから、列の一番後ろに、また並んだ。

不安で不安で、たまらなかった。

怖かった。

温もりを感じたかった。

こんなに遠くては、何もできない。

自分の無力さに、涙を堪えきれなかった。

二度目に受話器を取ったときも、発信音だけだった。

三度目は、並んでいる途中で、電話が鳴った。

寮の公衆電話が、鳴ることはめったにない。

寮母さんが、受話器を取った。

「はい、寮です。」

寮母さんが、廊下を見た。

私を、見た。

「あなたのお家から。」

(嵐の夜に届いた声が、家族の秘密をほどいていく話は、嵐の夜の白いカセットにも書かれている)

寮の公衆電話が鳴った

地震が発生して、三十分後だった。

受話器を受け取った。

「大丈夫? 結構揺れたね。」

母の声だった。

拍子抜けするほどに、優しい声だった。

安心して、私は大声をあげて、嗚咽を漏らしながら泣いた。

「どうしたの。怖かったよね。そうだよね。」

母は、優しく宥めてくれた。

父の声が、後ろから重なった。

「みんな無事やで。家も大丈夫や。」

「かわいそうに。不安だったよね。」

ずっとずっと泣き続ける私に、両親はずっと声をかけ続けてくれた。

それから、受話器が誰かの手に渡った。

「揺れたの、十四秒。」

兄だった。

「十四秒やった。数えた。」

掛け算はできない兄が、揺れている間、数を数えていた。

怖くて、数えていたのか。

私に教えるために、数えていたのか。

分からなかった。

分からないまま、私は「うん」と言った。

「うん、十四秒。」

兄は、それだけ言って、受話器を母に返した。

母が、もう一度言った。

「大丈夫やからね。」

「こっちは、停電しとるだけやから。」

私は、その言葉を、聞き流した。

電話を切ったあと、廊下に座り込んだ。

後ろに並んでいた子が、肩に手を置いてくれた。

寮母さんが、しゃがんで、私の顔を見た。

「お母さん、二時十分から、何度もかけてこられてたのよ。」

「うちの回線が、ずっと混んでて。」

二時十分は、揺れが治まった、その直後だった。

寮があった地域は、震度四だった。

でも、実家の付近は、それよりも弱かった。

結局、家族はみんな元気で、私が異常なほど泣いただけだった。

翌日には学校に行き、笑顔で給食を食べた。

けれど、給食のカレーを食べながら、私は母の言葉を思い出していた。

こっちは、停電しとるだけやから。

停電。

実家は、真っ暗だった。

玄関の柱に書いた番号は、暗闇では読めない。

それなのに、母は寮の公衆電話にかけてきた。

地震の直後から、つながるまで、三十分。

何度も、かけ直したのだと思う。

授業参観の日を三度忘れた母が、真っ暗な玄関で、寮の公衆電話の番号を一度も間違えずに押していた。

柱に書いたのは、忘れるからではなかった。

忘れないために、毎日なぞっていたのだ。

スプーンを持つ手が、止まった。

その週、母から手紙が届いた。

便箋の余白に、玄関の柱の絵が描いてあった。

絵の下に、一行だけ。

「暗くても、押せたよ。」

私は、初めて返事を書いた。

次の日曜、私は寮の公衆電話の列に、自分から並んだ。

用件は、決めなかった。

「兄ちゃんに代わる?」

「代わって。」

兄は、受話器を取ると、また「十四秒」と言った。

私は、笑いながら泣いた。

三分では、切らなかった。

あんなに大切だと知ったのに、まだ素直に伝えることができない私を、許してください。

そして、ここで言わせてください。

大好きです。

愛してます。

今までも、これからも、ありがとう。

泣ける話・感動する実話まとめ|ラクリマ

最後まで読んでくださって、ありがとうございます

この話が少しでも心に残ったなら、それだけで書いた甲斐がありました。
当サイトは個人で運営しており、いただいたご支援はサーバー代やドメインの維持費に大切に使わせていただきます。

¥240 の一度きりのお支払いで応援いただけます。
お礼として、以後ずっと広告を非表示にいたします(継続課金はありません)。

くわしく見る →

メンバーなのに広告が表示される方

ブラウザを変えた・Cookieを削除した場合は、登録のメールアドレスを入力してください。